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第16話 たからもの



(何か、あったのかな……?)


 手持ち無沙汰になりながら、一人でそわそわしていると。


 ローラが私の手をぎゅっと握ってくれて、安心させるように微笑んでくれた。


「……あー、悪い。姫さんも含めてなんだが、俺じゃ、ちょっと判断つかないから、降りてきてくれるか?」


 それから、そんなに待たないうちに、セオドアが扉を開けて戻ってきてくれて『……? 分かりました』と言われた言葉に頷いて、全員で一度外へ出ると、森の中は木が多いだけあって、思ったよりも涼しく、外は心地のいい風が吹いていた。


 籠もった馬車の室内にいたから、余計、空気が美味しく感じられるのかも知れない。


 セオドアに促されて、私は馬車の前方を見る。


 ……崖崩れでもあったのだろうか、土砂と大きな岩が道の真ん中に鎮座していた。


(だけど、崖崩れにしては、その崩れたような崖がどこにも見当たらない)


 困ったことに馬車が通るにもやっとな道の、その真ん中にあるせいで、まるで、この場所だけ、誰かが意図して通行止めにしたようなそんな痕跡だった。


「えっと、これは……?」


 その状況に困惑しながら問いかけるように声を出せば、セオドアが私達の方を見ながら『分からない』と、首を横に振ったのが目に入ってきた。


「地図には、こんなもの書いてなかったからな」


「……そうなってくると、迂回しなければいけないのでしょうか?」


「そうですね、ローラの言う通り迂回するしか方法はないかと。

 ……そうなると、こちらの道しかありません、ね」


「おい、医者のアンタ。

 もし、迂回するなら、今日中に砦に着くかどうか分かんねぇぞ。

 昼間は良くても、夜の森は危険だ。

 どんなに安全だと思われていても、先住民が森の中には、うじゃうじゃいるからな」


「森の住民……。この森に住む野生動物のことですね?


 私の心配を余所に、従者の面々が各自、広げた地図の周りに集まって緊急会議を始めてしまう。


 ――それぞれ、本当に頼りになるなぁ、という気持ちと同時に……。


 『私だけ、役立たず……』と思いながら、馭者の人を見れば、彼も話に入っていけずに暇を持て余していたようだったから、私と彼は視線があったあと、何も言わないけれど、お互いの状況を共有し合う。


(良かった。……あの人も、私と同じ境遇だ)


 自然と仲間意識が芽生え、私が頭の中で、そんなことを考えている間にも、優秀な従者達の話は、サクサクと進んでいってしまう。


「おい、馭者のアンタ。ここから、一番近い街と宿には、今から発っていつくらいに着く?」


 そうして、セオドアがそう言ったことで、いよいよ、仲間はずれは私だけになってしまった。


「あぁ、はいっ!

 森に入って結構、経っていますので、引き返すにも夕方か、最悪、夜になるかと」


 話を振られて、誰かから頼られた事が余程嬉しかったのか、心なしか弾んだ声を出した馭者の人が、真面目に話に加わっていく。


 ほんの少しだけ感じた疎外感をそのままに、私は黙ったままセオドア達の話に耳を傾ける。


 ……今、自分に出来ることと言えばそれくらいしか出来なくて、とりあえずみんなの邪魔にだけはならないように気をつけていると。


「夕方か、夜か……どっちだ?」


「……えっと、流石にそれは、太陽に聞いてみないことには……」


 と、セオドアの圧のある言葉に、答えられずに段々と尻すぼみになっていく馭者の人が見えて、ちょっとだけ可哀想になってくる。


(……勘違いされやすいだけで、セオドアは、本当はいい人なんだよ)


 と、私は声を大にして言いたかったけど、視線が合ったので、にこりといつもローラがしてくれるように、微笑んでみせた。


 私が微笑んだことで、ちょっとだけ安心してくれたのか、馭者の人も、まだ若干引きつった感じではあったものの、私に笑顔を見せてくれる。


 暫くそんな感じで、のほほんとした和やかな遣り取りを交わしていると……。


「それでも、アリス様のことを考えると引き返した方がいいと思います。

 本日は、宿を取ってどこかに泊まるのが得策かと」


 と私の事を思って言ってくれたのだろう、ローラの発言に、セオドアが苦い顔を浮かべたのが見えて気を引き締める。


「……そりゃぁ、街にちゃんと着けばの話だろう?

 森に、いりゃ、少なくともその辺のもので暖は取れる。

 一番、最悪なのは街にもつかず、森の資源も何も無い、田園地帯で夜を迎えることだ。

 木もない、見晴らしの良いところで、真っ暗な上に、明らかに高級な馬車がポツン、とあったら、如何にも狙ってくださいって、公言してるようなもんだからな」


「夜盗ですね?」


 セオドアの言葉に、補足するようにロイがそう言ったところで、今度は全員の瞳が私の方を向いたのが、私自身にも理解出来た。


 一応年齢としてはこの中で最年少ではあるものの、決定権に関しては私の意見が最優先されるものだから、ここでしっかりとした決断を下さなければいけないのは自分が一番分かってる。


 頭の中で、改めてみんなの意見を整理すると……。


(今から引き返して宿を取るのなら、最悪、田園地帯で夜を迎えることになり、夜盗に狙われる恐れがある)


 ――このまま迂回するなら、森の中で一泊になり、野生動物に襲われる恐れがある。


 どちらにしても、それなりにリスクはあるし、どちらにせよ『私が決めなければいけない』ということに変わりはない。


 みんなが、こうして私の方を向いているということは意見を聞きたいということに他ならないだろうから……。


(そうして、こうして考えている間にも時間は刻々と過ぎていってしまう)


「このまま迂回して、進めるところまで進んだ方がいいと思います。

 日が傾いてきたら、たき火の準備をして交代で寝ずに番をすれば……」


 そこまで言った所で、みんなが私のことを驚いたような表情で凝視していることに気付いた。


 『何か、変な事を言ってしまっただろうか?』と、そう思っていたら……。


「あー、姫さん……ストップ、ストップっ!」

 と、セオドアが『まるで、理解が追いつかない』というように、私を手で制してくる。

 その言葉に思わず、きょとんとしながら、セオドアの方を見上げれば……。


「アリス様、一体、どこでそんな知識を覚えられたのですか?」


 と、びっくりした様子のローラにそう言われて初めて、私は自分が今、十歳であることを思い出した。


 ……みんなの反応を見て、自分の言動が拙【まず】かったかな、とは思ったんだけど、一度言ってしまった言葉は、どんなに頑張っても取り消すことは出来ない。


「……本、で……」


 かなり言い訳っぽくなってしまったけど、決して嘘は言っていない。


 巻き戻し前の時の私は、ローラが退屈をしないようにと買ってきてくれていた、市井で流行っていた冒険活劇にまっていた。


 その時の知識で主人公達が寝ずの番をして、交代交代で森の中で一日過ごすという話を読んだことがあったから……。


 私の言葉に、「はぁ……っ』」と小さく呆れたようなため息をついて、セオドアが笑いかけてくる。


「まぁ、なんにせよ、決まったな、お姫様が御所望だ」


「ええ、動くにしても、早いほうがいいでしょうからね」


「……うぅ、アリス様、本当に馬車の中で過ごされるの平気ですか? 辛くなったら、いつでも私に言ってくださいね!」


 セオドアと、ロイと、そうして、私を心配してくれるローラの一言に……。


「一晩くらい、大丈夫」と、私は自信満々に微笑んでみせる。


 ……なんせ、未来では牢獄に入れられていたのだから。


 あの時は、何日も当然お風呂に入れなかったし、これくらいのことは正直に言ってなんともない。


 これからの方向性が決まって、もう一度みんなで馬車に乗り込めば、馭者の人が馬を上手く誘導して、方向転換してくれる。


 迂回して進めるだけ進んだあと、森の中で馬車が止まったのは、セオドアが周囲の景色を見ながら『ちょっと、早いけどここにしよう』と、言ってからだった。



 ***********************



 それから、セオドアが、馬車を止めたのは、森の中でもそこだけぽっかりと開けた空間だった。


「ここは、比較的、周囲が見やすいからな。その上、ほんの少し前に水が綺麗そうな、渓流を見た。……この先、これ以上の場所に出会えるかは運だ」


「……ええ、適切な判断だと思います」


 この場所の説明をセオドアが分かりやすく言葉にしてくれて、それに対してロイが感心したような声をあげるのが聞こえてきた。


 完全に停止した馬車を降りた後、凝り固まった身体を伸ばすために、一度、グッと伸びをして、私は、ローラの腕をそっと引く。


「ローラ、たき火になりそうな薪とか拾ってきた方がいいかな?」


「……え? ええ、そうですね。では、アリス様、私と一緒に薪を拾いましょうか?」


 私の問いかけに否定したりすることもせずに、にこり、と笑って一緒にしようと提案してくれるローラに頷くと、その話を聞いていたセオドアが……。


「ああ、じゃあ、二人は細い薪を拾ってきてくれ。言っておくが、無茶はしなくて良いからな。この近辺で拾える範囲でいい」


 と、テキパキと指示を出してくれる。


 きっと、セオドアはノクスの民で色々な所を転々としていたから、誰よりも、こういうことには詳しいのだと思う。


 こういう時は凄く頼りになるなぁ、と思いながら、私はローラと巻きを拾うのに専念することにした。 


 それから少しのあいだ、私は、ローラと一緒に周辺にある小さめの薪を拾って回っていた。


 森の中というだけあって、小さな枝も含め、材料になりそうなものは豊富にあり、資源の回収には全くといっていいほど困らなくて、ロイや、馭者の人は私達よりも、もっと遠くの方まで行くと言っていた。


 私達が今拾っているものよりも、もっと、大きめの薪を拾ってくるらしい。


 そのあいだ、セオドアは私達が集めた薪を、手際よく組み立てるように並べていく。


「姫さん、コイツはダメだ、湿ってる。もうちょい断面にヒビが入ってるやつとか、薪同士を叩いて乾いた音がするやつがいい」


 そうして、私には全くその違いが分からないけど、セオドアには違いが、分かるらしく……。


 コン、コンと一度、セオドアが音を鳴らして教えてくれたけど、耳を傾けて聞いてみても、その違いは私には、いま一つ理解出来なかった。


 コン、コン、と私も同じように、セオドアにならって手に持っていた薪同士をたたき合わせてみる。


「……??」


 音を打ち鳴らしてみても、やっぱりどう違うのかが分からず、混乱する私を見て、セオドアが楽しそうに、くっと笑うのが見えた。


(……これは、からかっている時の顔だ)


 思わず、ジト目になりながら、セオドアを見つめれば……。


「ふ、はっ!」と、セオドアが吹き出し笑いしながら。


「つっても、上々の成果だから気にすんな。

 姫さんが嫌がらずに拾ってきてくれるおかげで、助かってる」


 と、今度は、そう言って、手放しに褒めてくれる。


 ローラ以外で、あまり人に褒められ慣れていない私は、それだけで何も言い返せなくなってしまった。


(いつも、出来のいい兄二人と比べられてばかりだった)


 ――当然、腹違いの兄二人がいつも褒められる側で、私は出来損ない側だ。


 だからこんな風に、私自身の行動を褒めて貰えると、どう反応したらいいのかさえ分からなくて、反応に困ってしまう。


 気付けば、そんな私の反応に、ローラが嬉しそうな瞳で私のことを見守ってくれていて、セオドアも、優しそうな表情をしながら私の事を見つめてくれていて……。


「……っ、」


 ……こういう時、二人のそんな対応に、一体どんな表情をすればいいのか分からず、唐突に恥ずかしくなってきてしまい……。


 大人しく薪を拾うことだけに専念していた私は、けれど、突然の出来事に、不意に顔を上げた。


「……今、なにか……?」


「アリス様、どうかしました?」


 ――目の前を、淡い光が横切ったような、気がした。


 顔を上げて、自分の瞳をパチパチと何度か、瞬きさせて見たけれど。


 確かに、見えたはずの、淡い光は、もう、どこにも無く……。


「ううん、何でも無い……勘違いだったのかも」


 と、私がローラに向かってそう言ったタイミングで、ちょっと遠くまで薪を拾いに行っていたロイと、馭者の人が戻ってくるのが見えた。


「遅くなってすみません。

 あちらに、ベリーのなってる木を見つけたので取りに行ってました」


「ありがとうございます、ロイ。煮詰めてジャムにすれば、明日の朝ご飯は、乾パンにそれを塗ったもので簡単な朝食になると思います」


 ……保存食も含めて、何日間分か余裕のある食事を持ってきてくれていたローラは、それを見て、直ぐに、どういう風に食事にするか、決めてくれたらしい。


 私の傍に居る人は、本当にみんなそうなんだけど、即断即決で全く行動に迷いが無い。


「じゃ、明日の朝の方針も決まったことだし、飯でも食うとするか」


 セオドアの言葉に、椅子なんて、何もないから地べたに座って……、みんなでセオドアが作ってくれた、たき火を囲いながら保存の利くローラが持ってきてくれていた、パンにかぶりつく。


 晩ご飯は、もともと、ローラが持ってきてくれていたパンだと当初から決まっていたから、別にそれ自体は問題がある訳じゃない。


「アリス様、こんなにも簡素な晩ご飯で申し訳ありません。明日になれば、業者が砦まで食材を運んできてくれる予定になっているので、お任せ下さい」


 けれど、ローラは、出発前の準備段階の時から……。


(朝食や、昼食ならまだしも、夕食までパンだなんて……)


 と、私の事を考えてくれて、ちょっとだけこのことに対して反対気味だった。


 夕方には砦に着く予定になっていたけど、慣れない馬車の移動でみんな疲れているだろうから、持ってきたパンでいい、と言ったのは私だった。


「ううん、大丈夫。

 ……それに、地べたに座って、たき火を見ながら食事するなんて初めてで、みんなと一緒で、凄く楽しいな」


 こんな経験なんて、これから先もあまり出来ないだろうから、本当にそう思う。


 今、私のそばにいる人が皇族の誰かだったなら、私はこの状況に危機感を抱いたかもしれないけど、そうじゃない。


 信頼出来る人達に囲まれて、自由に外を歩き回ることも出来なかった私が、巻き戻し前に見た冒険活劇の、主人公達のように貴重な経験をしてる。


 宝石みたいに、キラキラしてる訳じゃ無い。


 形ある物みたいに、ずっと手元に残る訳でもない。


(それなのに、こんなにも愛おしい)


 思い出なんて、その形は、全く目に見えないものなのに。


 でも、きっと死ぬまで、私の心の中にずっと、今日の日が残り続けるんだろうって、そう思えるから……。


 ――それは、私にとって、何物にも代え難い宝物、だった。




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