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第15話 出発古の森の砦


「はぁ……」


 仕方なく自室から出て、宮の中を歩きながら、私は小さくため息を溢した。


 憂鬱なのは他でもない。


 ……今日から古の森の砦にいく為に、あれこれローラと一緒に準備をしていたのに、行く前に、父親である皇帝から急遽呼び出しがかかってしまった。


 重たい足取りで前に進む私に、セオドアが半歩下がった状態で後ろからついてきてくれる。


 私の事情を知ってから、自分と重ね合わせて何か思うようなことがあったのか……。


 何故だか、ちょっとだけ過保護気味になってしまったセオドアは『俺は、姫さんの騎士だから』と、いつでもどこでも着いてきてくれるようになった。


 まぁ、私自体、普段は禁止されていることもあって城から殆ど出ない上に、今は半ば引きこもり気味だから、誰とも会わないし、そこまでの危険はないとは思うんだけど。


 そうしてくれる分には凄く有り難いので、私はセオドアの厚意を甘んじて受け入れている。


(それに仮に私が死んだあとも、騎士としてちゃんとセオドアがこうやって働いてくれていたことの証明にもなるし……。そうなったら、少しでもセオドアの地位が良くなっていればいいな)


 内心でそんなことを思いながら、コンコン、と一つ、ノックをすれば……。


「どうぞ、お入り下さい」


 という、父親、皇帝以外の人の声が聞こえてきた。


 ……この声には、聞き覚えがある。


「失礼します。帝国の太陽にご挨拶を」


 向こうから扉を開けてくれるのを待って、即席でカーテシーを作り上げ、いるであろう皇帝に声をかけたけれど、顔を上げた私の目に映ったのは皇帝ではなくて……。


「お待ちしておりました、お嬢様 」


 硬い口調を崩さずにそう言ったのは、皇帝に忠実に仕えている執事のハーロックだった。


 実力主義の皇帝らしく、この執事も、宮での殆どを皇帝から一任されていて、かなり優秀な人間であることは間違いない。


 ……ただ、私はたまにしか会わないこの執事のことも苦手だった。


 普段なら、目が合っても失望したような視線を向けてくるだけで、話したりすることもないのだけど、珍しいこともあるものだなぁ、と思う。


 それから、きょろり、と一度、室内を見渡してみたけれど、肝心の私を呼び出してきた人が『何処にも見当たらず』私は眉を寄せた。


「お父様に呼ばれて来たのですが」


「ええ、聞き及んでいますよ。

 ですが、急遽外せない用事が出来てしまいまして」


「そうですか」


「……貴女に会えるのを、楽しみにしていらしたのですが」


「そうなんですね。……急用ではないのなら、また日を改めて出直します」


 当たり障りのない言葉で私のご機嫌を取ろうとしなくても、もう私は我が儘も癇癪も、誰にも言うつもりはない。


(父親である|皇帝《あの人》がいないなら、もうここにいる必要も無いな)


 私は、一度お辞儀をして、その場を後にしようと、くるり、とハーロックに背を向けて歩き出す。


 瞬間、私の後ろに着いてきてくれていた、セオドアとかちりと視線が合った。


 少しだけ口元を緩めて、穏やかに私に向かって微笑んでくれたセオドアは、開きっぱなしのままの扉の横でじっと私の事を待ってくれていた。


(あれ、セオドアって……こんなに、優しく笑いかけてくれる人だったっけ?)


 ぼんやりと頭の中でそんなことを考えていたら……。


「お嬢様、お待ちください」


 と、背後から声がかかり、私はもう一度、目の前の執事に視線を向け直す。


「本日、古の森の砦に下見に行くと伺っています。……陛下が、お嬢様に馬車の用意を」


 そうして、次いで言われた言葉に、私は思わず眉を寄せて険しい表情になるのを抑えきれなかった。


 ――別に、私が馬車を用意出来ない訳ではない。


 お母様の持ち物だった、皇族の馬車を使うつもりだった。


 馭者ぎょしゃは、ロイや、ローラが信用してくれている人だと聞いていたから大丈夫だと思っていたのだけど。


「……なぜ、お父様が?」


 自分の口から、出た率直な疑問に応えるように、目の前で、ハーロックが私に向かって頭を下げてくる。


「陛下からのご厚意です。……決して、お嬢様のお心が乱れることのないように、と」


 それから、言われた言葉に、はいそうですか、と素直に頷くよりもまず、苦笑してしまった。


(お父様が、私に、馬車の準備を……)


「……分かりました。


 誘拐事件の時のような間違いが起こってはならない、という皮肉も込めた言い回しなのだろう。馬車ごと狙われたあの事件のことを、暗にほのめかしてきているのだ。


 そうでなくとも、能力が発現して、魔女になった訳だから、『迂闊な真似はするなよ』という、意味合いが多分に込められているのだと思う。


 皇帝がわざわざ、馬車の用意をしたということは、その馬車が細工など何もされていなくて、安全であるということの何よりの証明となるはずだから。


 私の一言に、ハーロックが顔を上げて、一度左右に視線を揺らしたあと「お嬢様……っ、」と、私を呼んで、何かを言いよどむのが見えた。


 ――その一瞬の空白に。


「……っ、セオドア?」


 私は、扉の横でずっと待機していたセオドアにグッと、腕を引かれていた。


 というより、セオドアの力が強すぎて、一瞬ふわっと宙に浮いてから、そっと、抱き寄せられるようにして、セオドアの元へと着地する。


「話は、もう、終わりでしょうか?」


 強い威圧と共に、セオドアが、ハーロックに向かってそう声をかける。


 彼が、セオドアに向かって頷いたのを確認すると、セオドアは、私を背中に隠すようにしたあと。


「じゃぁ、この場所から離れても、問題ありませんよね?」


 と、ハーロックに声をかけて、扉を閉めた。



 **********************



「……悪い、姫さん、やっちまった」


 あれから、ローラやロイと合流して、古の森に行く道中、珍しくセオドアが落ち込んだような声を出すから、私は思わず、笑ってしまった。


「大丈夫。ありがとうございます」


 私を引き寄せる時も、力は強くても、痛みなどはまるでなかったし、セオドアが、本当は優しい人だということは、分かってる。


(魔女である私の境遇を、怒ってくれるような人だから)


 多分、心配してくれたのだろう。


 そうして、今も、自分のやったことで何か私に不利益なことがなかったか、後悔してくれているのだと思う。


 ――相手は、執事といっても皇帝の専属だ。


 だけど、あれくらいなら、忙しい皇帝にわざわざ、皇女の騎士が無礼を働いたなどとは、ハーロックも、報告はしないはず。


 ゴトゴト、と揺れる馬車の中から、ゆっくり移り変わる風景を眺め見る。


(こんなに、まじまじと外の景色を眺められることが出来るなんて、思ってもなかったな)


 皇帝が用意した専属の馬車は思ったよりも広く、荷物を載せて全員乗るには充分だった。


 何台か、用意されていたけれど、一台で事足りた。


 ローラが用意してくれていた馭者も、一人だったし……。


 何せ、私を含めて、四人しかいない。


 普通は、従者とは別の馬車に乗るらしいのだけど、私達にはその必要もない。


 ただ、護衛騎士であるセオドアには、ちゃんとした馬をつけてあげられたら良いのに、とそう思う。


 ……まぁ、私自身が外に出ることはあまりないと思うから、無用の賜物かもしれないけど。


 それでも、所有していて、困るものでもないだろう。


 騎士団でも、地位の高い人間になればなるほど、自分の馬を持っているものだから。


(皇帝に、お願いしてみようかな)


 自分で、騎士をつけろと言ってきたくらいだから、それくらいはしてくれないと割に合わない。


 ――いや、ほしい物はいつだって。


 それが、あまりにも無茶な物じゃ無い限り、あの人は与えてくれていたから、二つ返事で許可は出してくれると思う。


(そうなったら、セオドアに良馬を送ってほしいとお願いしよう)


 能力が上手く使えるようになったと、手土産代わりの報告がもしも出来たなら、機嫌良く大盤振る舞いしてくれるかもしれない。


 だけど、もし……。


(お飾りの皇女が、自分の周囲の強化を図っていると取られたらどうしよう)


 別に私自体、皇帝とも二人の皇子とも、テレーゼ様とも敵対する意思はない。


 だけど、急に今まで気にかけてこなかった身の回りに目を向けたことで、誰が何を思うかは、分からない。


 皇帝の近しい人間が、私にとって良くない進言をすることだって考えておかないといけないよね。


 ……仮に、もしも、万が一、あまり良い返事が返ってこなくても、私は今、かなり資金を持っている。


 セオドアに騎士になってもらうちょっと前くらいに、思い切って、ドレスも、宝石も、何もかも、不必要な物は、自分が必要な最低限だけを残してローラに頼んで売って貰ったから。


(本当に宜しいのですか?)


 と、ローラに何度も確認されるようにそう言われたけど、私は、それに頷いて、必要な物だけを手元に置いた。


 どれほどの金額で売れたのかは、分からないけど、かなり、潤沢になったのだと思う。


(その辺、よく分からないから、全部ローラに任せっぱなしだ)


 だから、今なら、私の従者達に、必要な物を買い揃えることが出来る。


 特にセオドアは、騎士団で使っていたものを今も使用しているから、護衛騎士としてのきちんとした装備を、整えた方がいいだろうし。


 ローラは、いつも着ている給仕の服が、ちょっとほつれかけているのをこの間、目撃したから、どうせならこの機に、私専属の制服を贈ってもいいかもしれない。


 ロイは、いつも手土産にと、お菓子とかを買ってきてくれるから、そのお礼に何か渡せないかなとも思ってる。


 ――私が気にかけないと、誰も彼らに気付けない。


 そのことに、今になって、気が付いた。


 主人である私がしっかりしてなかったら、面と向かって私には言えないから、笑われるのは従者達になってしまう。


(まぁ、私の場合は|貶《けな》してもいいと思われて、面と向かって色々と言ってくる人間もいるにはいるけど……)


 それから、外の景色が、郊外を離れて、いよいよ森へと入っていくのが見えた。


 森に入るのは、人生で初めてのことだから、ドキドキする。


 砦までは、まだもう少しかかるのだろう。


 セオドアが『予定では、夕刻ぐらいに着くだろう』と、地図を見て、事前に予想を立ててくれていた。

 そうなったら、完全に今日は向こうに泊まりになる。


 外泊する機会なんて滅多にないことだから、なんというか凄く緊張する。


 人知れず逸る気持ちを抑えながら、心の中でわくわくして、暫くはずっと代わり映えのない森の風景を楽しんでいたら、馬車が急に、キィ、という音を立てて止まってしまった。


「……?」


「姫さん、俺が見る」


 どうしたんだろう、と扉を開けようと動いたら、セオドアが私を手で制したあと馬車の扉を開けて、外に確認しに出て行ってくれた。



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