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第12話 ノクスの民と魔女


 あれから……。


(本当に、コイツで宜しいんですか、皇女様っ)


 と、慌てふためく騎士団長にセオドアがいいことを何度も伝えて……、なんとか止めようと、あの手この手で渋る騎士団長を尻目に、無理矢理契約を交わし、その身を引き受けてから、私は自室に戻ってきていた。


 恐らく、皇帝に色々と言い含められていた手前、私がノクスの民であるセオドアを連れて帰ったことが知られたら、立つ瀬が無いとかそんなことでも考えているのだろう。


(別に騎士団長に配慮するつもりもないし、正直な話、そんなことは、私が知ったことではない)


 初めて入る宮に、キョロキョロしながらも、私の後をついてきていた彼は……、私が自室に入る頃には、この場所の異様さに気付いていたのだと思う。


 どんどん、険しくなっていくその顔に私は思わず苦笑する。


「ローラ、紅茶を三人分持ってきて貰えるかな? 遅くなったけど昼食にしよう」


 一言、そう言えば、ローラが心得たとばかりに一度私に向けて頷いたあと、部屋から出て行った。


 その間、私は、所在なさげにしていたセオドアを、自室のテーブルに案内して座るように促した。


「いや、俺は……」


 そう言って断ろうとするセオドアに『まだ、お昼ご飯、食べていませんよね?』と、有無を言わせず座らせる。


 ローラが紅茶を持ってきてくれる間、何かを言いにくそうにしているセオドアに、私は自分から声をかけた。


「侍女のローラ、医者のロイ、そして、セオドア」


「……っ」


「私の部屋に出入りする人間の全てです」


 たまにローラがいないとき、ベルを鳴らせば、仕方なしに来てくれる入れ代わり立ち替わりの侍女は何人か待機しているけど、彼女達は、私の数には入っていないし、彼女達も、私に仕えているという感覚はないだろう。


「……随分、少数精鋭なんだな」


 吐き出された皮肉ともとれるセオドアの発言に、私は嫌な気持ちは欠片も抱かなかった。


 これくらい、正直でいてくれた方が、裏表がなくていい。


「お飾りの皇女なので」


 苦笑しながら、自分の今の状況をセオドアに伝えれば……。


「そりゃあ、また。……とんでもねぇ、お人に仕えちまった訳か」


 と、セオドアが、本気とも、冗談ともとれるような口調で、そう言ったから……。


「一応、お飾りの皇女とはいえ、給金が滞ったりすることは無いと思います。皇族に仕える騎士としての待遇はきちんとされるでしょう」


 と、慌てて、私はそう付け加えた。


「……あー、そりゃ、分かってるよ。

 契約書交わしてるんだし、抜かりなくその辺は確認済みだ。……つうか、なんの心配してんだよ」


 私の言葉を聞いて、どこか呆れたようにそう言ってくるセオドアにホッとする。


 これで、仕えたくないとか言われたらどうしようかと無駄にヤキモキしてしまった。


「それでも万が一、契約の不履行ふりこうが行われるようなら直ぐに伝えて下さい。私が対処します」


 それから告げた一言に、セオドアは、今度は、はぁーと脱力したようにため息を吐いて『あんた、皇女だろう?』と声をかけてくる。


 その言葉には『曲がりなりにも、皇族との契約を履行しない奴がいるのかよ?』という彼の率直な疑問が乗っかっていた。


 私は真っ直ぐにセオドアを見つめながら、一度、こくりと頷き返す。


『お飾りの皇女』というのは、本当にそのままの意味で……。


 私は皇族であって、広く世間一般の人間から、皇族であることを認められていない。


 事実として皇族であることと、感情論で皇族を敬うこととは、また別問題だから。


「っ、そうかよ」


 納得したのか、納得していないのか、ぶっきらぼうにセオドアがそう言った所で、部屋から出て行っていたローラがタイミングよく紅茶を持って帰ってきてくれた。


 そうして、騎士団に持って行ったバスケットの中のホットサンドをわざわざ温め直してくれたのだろう、お皿に三人分綺麗に並べて机の上に置いてくれる。


 カリカリに焼き目の付いたパンの中に、ハムとチーズが挟まって、じゅわり、とお皿に向かってチーズがとろけていく。


 ローラが人数分紅茶を淹れて椅子に座ったところで『アリス様、どうぞ、お召し上がり下さい』と、彼女が声をかけてくれたあとで、私は遠慮無くそれに手を伸ばした。


「セオドアも、良かったら召し上がって下さい」


 ローラはいつもの事なので、気兼ねなく私と一緒に食事をとってくれるんだけど。


 私達二人の様子を窺うようにジッと眺めていて、一向に手をつけようとしないセオドアに、私はひとまず、食事をして貰えるように促すことにした。


 そうして、サク、というパンの食感と伸びる熱々のチーズが美味しくて、思わず表情が綻んでしまう。

 巻き戻す前の軸、一度目の時は、こういう手軽に食べられる食事をしたことはなかったから、私にとってはそれ自体が新鮮だ。


 暫く、そうやって、もぐもぐと焼かれた食パンを頬張っていると、セオドアからの視線を感じて、私は彼の方へと視線を向ける。


「……セオドア?」


「……まさかとは思ったが、従者と一緒に同じ飯食うんだな」


 呆れたように吐き出されたその言葉に、私は苦笑しながら、こくりと頷き返した。


「一人で食べても美味しくないので、一緒に食べて貰ってるんです」


「……一人で? ほかの皇族は?」


「私を抜いて、他は一緒に食べているはずですよ」


 巻き戻す前の私はそれなりに、彼らと一緒の食卓につくこともあったんだけど、いつも、あまりいい顔はされなかった。


 私だけ、半分しか血が繋がっていないから、それも当然の反応だろう。


 わざわざ嫌われているのに顔をつきあわせ、嫌な気持ちになりながら、ご飯を食べることもない。


 向こうから何か言ってくれば、それも別だけど、それは絶対にないだろうし……。


「…………っ」


 私からすれば、特段、珍しくも無いその状況だったけど、セオドアは私のその説明が納得のいくものじゃなかったのか、私の言葉に険しい表情になりながら、眉間に皺を寄せる。


「……? セオドア? 今、何か言いましたか?」


 そうして、あまりにも小さい声だったから、セオドアが何か言ったのが、上手く聞き取れなくて質問をすれば……、むっつりとしたセオドアから『なんでもねぇよ』と、言われてしまった。



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