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第10話 騎士選び



 日傘を片手に許された外へ出る。


 外、と言っても、敷地内にある騎士の鍛錬場に行くだけだ。


 それだけなのに、ばっちりとローラが私を着飾って、昼食に食べる用のサンドイッチまで、用意してくれていた。


「ようこそ、いらっしゃいました、皇女様っ」


 頭を下げて、私に挨拶してくれたのは、壮年の騎士だった。


 この人、誰だろうと、一瞬だけそう思ったあと。『……ああ、そうか、騎士団長だ』と、思い出す。


 人の顔や、名前を覚えるのが苦手な私でも騎士団長くらいは何度も見たことがあるから分かる。


 だけど、記憶にある騎士団長と、今の騎士団長が合致しなかった。


 私の印象が薄くなってしまっているのは、彼が未来では故人であり、別の人がその地位についているからに他ならなかった。


(未来の騎士団長は、豪傑というイメージがぴったりな人だったけど、この人は、どちらかというと官僚とかにいそうな、ルールに厳しいタイプの人だった気がする)


 記憶の中にある、私の浅い知識をなんとか引っ張り出していると……。


「皇女様、どうぞ、こちらへ。このような場所で申し訳ありません」


 と、騎士の訓練が見やすい場所へと案内された。


 ローラに日傘を預けて、大きめのハンカチが敷かれた後、石畳の階段に腰をおろす。


 どこか、緊張したような面持ちを崩さぬままの騎士団長を不思議に思っていたけれど、よくよく考えれば、それもそうか、と直ぐに思い直した。


 ――皇帝の気紛れで、自分の所の騎士が一人、皇女とは名ばかりの我が儘な女に持っていかれるのだから。


 誰が選ばれるのか、内心気が気では無いのだろう。


「こちらの我が儘に付き合わせて申し訳ありません、騎士団長。……手早くすませるつもりです」


 一言、そう言って、私はジッと周囲を見渡した。


 このお堅そうな雰囲気の騎士団長にお勧めを聞いてしまったら、彼はきっと嘘などなく、将来有望な若者を紹介してくれるんじゃないかな……。


 ――それは、困る。


 出来れば、サボっているような腕のない、軽薄な騎士。


 ……もしくは、まかり間違っても、私に情など欠片も持たないようなそんな騎士。


 何度かくまなく、騎士候補を探していたものの、直ぐに私は、困った、と内心で呟いた。


(……私の求める条件にピタリと合致するような人間がいない)


 そうして、ようやく私は今の状況に思い至る。


 皇族が来るのを分かっていて、騎士団長がこうやって、誰が選ばれるのかやきもきしている状況で、手を抜く騎士がいるだろうか……? ということに。


 いたら、その人は多分、役立たずではなく、とんでもない豪傑に違いない。


 ――私の騎士選びは、思った以上に難航した。


 既に、頓挫とんざしたと言ってもいいかもしれない。


 困惑したような表情の私を見て、誰にしようか決められなくて迷っていると思われたのだろう。


 騎士団長がこの世の終わりかと思うくらい重い口を開いて『あの騎士は、優秀です。あ、皇女様、あと、あちらにいる騎士も』と、声を上げていく。


「あと、あそこにいる騎士は、将来有望でっ……とても期待されていて……」


 ……言いながら、どんどん、くぐもっていく口調に、いっそ、可哀想に思えてきてしまった。


 騎士団長から推薦された騎士を候補から外しながら、私は暫くその推薦を、邪魔することなく黙ったまま聞いていた。


 騎士団長と私の会話をちらちらと、気にするように何人もの騎士が、鍛錬に励みながらもこちらの様子を窺っている。


(自分のこれからの一生が、私の一言で決まってしまうのだから、そうなりもするだろうな……)


 それも、決してその地位は、栄転なんかじゃない。


 皇族の護衛だから、給料も上がるし地位もあがるだろうけど、でも、それだけだ。


 他の皇族だったら名誉なことでも、私は違う。


 だからこそ、誰が選ばれるのかと心配になってしまうのも頷けた。


 だけど、私からしてみれば、その態度も含めて、みんな、同じにしか見えず、……これでは、全く、その人の人となりが分からないも同然だった。


 あと、もう一つだけ『可笑しい』と、素直に浮かんできた疑問が、点と点で繋がって、私はため息を吐く。


 その様子を窺っていた騎士団長の肩がびくり、と跳ねるのが見えた。


 私の我が儘ぶりは、有名だったから、何か気に障ることでも言ったのか、と、気が気では無いんだろうな……。


「他の騎士は、どこにいるのです?」


 問いかけに、騎士団長が驚いたような顔をして此方をみた。


 その表情に、私の推測が正しいものであると即座に知る。


 ……私だって、騎士団のおおよその人数を把握している訳ではない。


 だけど、あまりにも、この場で訓練している騎士が少なすぎた。


 そうして、多分それは……。


 皇族である、私につけても問題ない騎士を事前にある程度、騎士団長の手か、それとも皇帝の圧力か、で『間引いている』ということに他ならない。


 いや、まかり間違っても騎士団長は勝手なことは出来ないはずだから、そうなるとこれはやっぱり皇帝の指示のもと行われたことなのだろう。


(なぜ……?)


 浮かんできたのは単純な疑問だった。


 魔女につける、どうでもいい騎士ではなく、ちゃんとした皇族としての騎士。


 何処に出しても恥ずかしくない騎士。……そう言った類いの人間しか、今この場にはいない。


 そうして、その胸中はどうであれ、私を見て、誰一人、悪感情を表に出さないことが何よりの証明だった。


(ある意味、徹底している)


 そのことが、私にとっては何より不気味に思えた。


(|皇帝《あの人》が、私に優秀な騎士をつけるはずがない)


 もしも、私に選ばれないように、間引くのだとしたら……。


 反対に、将来有望な騎士こそ選ばれないようにと、真っ先に間引くんじゃないかな?


 将来、活躍を期待されている兄二人と違い、私はいまや、特に役にも立たないお飾りの皇女だ。


 しかも、能力の発現によって、皇族の汚点とも呼ぶべき魔女に正式に成り下がったというオマケ付き。

 ましてや、私が行くのは古の森の砦だ。


 あそこは、皇族の所有する土地ということもあり、基本的には一般の人間の立ち入りは許可されていないし、特に危険があるような場所でも無い。


「騎士団長」


 ひとつ、ため息を溢して、はっきりと、私は明確に声に出す。


「皇帝である、お父様からどういう風に言われているか分かりませんが、私はこのたび、砦のひとつを譲り受けることになったのです」


「はい、承知しています」


「古の森の砦です。……ご存じですよね?

 あそこは、余程のことがない限り、危険なことなど起こりません」


 ――だからこそ、今は使われていない場所なのだから……。


 私の一言に、こくりと騎士団長が頷くのが見えた。


「見たところ、ここにいらっしゃるのは、それなりの経験を沢山積んだ歴戦の騎士の方達とお見受けします。

 私の警護をここまで慎重にする必要はどこにもありません」


「……っ!」


「ですが、アリス様……っ」


 はっきり、と声に出せば、騎士団長は驚いたように目を見開いていて、後ろでローラが私を咎めるように声を出した。


 ウキウキ気分で、お嬢様に相応しい騎士をと、望んでくれていたローラには悪いけど、私はここで自分の意図をはっきりさせておく。


「他の騎士も、見せて頂けますか?」


 まだ、後ろで何か言いたげなローラを無視して、騎士団長にそう告げる。


 何度か狼狽したように、悩みに悩んだ様子の騎士団長は、それでもやっぱり、皇帝からの指示があるからなのだろう。


「しかし……っ」


 と反論しかけて、けれど、直ぐに口をつぐんだ。


「此処に私の望む騎士はいません」


 と、私が言い切ったから……。


「聞こえませんか?

 お父様からは、私が好きに選んで良いと言われています。

 私の騎士は私が決めます。先ほどは、騎士団に配慮してああいう言い方をしましたが、はっきりと言いますね。

 ……ここには私の望む人材はいないと、言っているんです」


 さっきまで、騎士団に配慮したような言葉を紡いでいた発言を、根本から覆すような言葉を無遠慮に出せば……、目の前に居る騎士達の瞳に、静かに、だけど、怒りに満ちた表情が灯った。


(此処に、私の望む騎士はいない)


 と、そういったことで、彼らの自尊心を傷つけてしまったのだろう。


 そうでなくとも、表情に見せないだけで本来なら、赤髪の魔女の警護など、誰も進んでやりたがらないのに……、それでも、皇帝陛下の命令だからと、忠誠心に厚い騎士達が集まっていたのだろうから。


(気に入らないから、全部、総取っ替えしてっ)


 と、言っているに等しい『私の言葉』に憤慨するのも当たり前のように思う。


 ――昔の自分は、そんなことも分からないくらい自分勝手に生きていた。


 けれど、今は違う。


 今の私には経験がある。


 昔の自分のように傍若無人に振る舞えば、どんな反応をされるのかも、手に取るように分かる。


 だからこそ、それを逆手に取る。


(……っ)


 ……可笑しい、な。


 巻き戻す前の自分は、過去を振り返りもせずに真っ直ぐに、進んできたというのに。


(まだ、私にも良心みたいなものがあったんだろうか)


 いや、多分これは、一回、死んだからこそ……、間違えたと後悔したからこそ分かる。


 誰かに傷つけられたからといって、それを同じように返しても何にもならないと。


 だからこそ、率先して、人を傷つけるような、自分の発言に、チリっ、と……、そっと痛んだ、その胸の痛みを、私は振り払うように無かったことにして顔をあげた。


 だって、私の騎士になるだなんて、彼等にとっても嫌なことでしかないだろう。


 だったら、別に軽薄な騎士で良いし、彼等のような騎士を選ぶ必要もないと思うから……。


 ただ、自分から望んで吐いた言葉には、きちんと責任を持たなければならない。


(それが、せめてもの礼儀だと今は思っている)


「……承知しました」


 やはり、噂通りの人物なのだな、とでも思われてしまっただろうか。


 失望の色を在り在りと表情に乗せた騎士団長は……。


「どうぞ、こちらへ」


 と言って、私を案内してくれる。


 用意されたのは、先ほどの訓練場よりも少し小さなもう一つの訓練場だった。



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