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第8話 父娘の会話



 あれから、日にちが経って……。


「久しぶりの再会だな、息災か」


 と、久しぶりに会った自分の父親……。


 皇帝に、心配した様子でも無く淡々と事務的に言葉を発せられて『変わらないな、この人は』と、私は、小さく苦笑する。


「帝国の太陽にご挨拶を、お時間を取らせてしまい申し訳ありません」


 カーテシーで、ドレスの裾をつまみ、挨拶をすませ、書類を片手に忙しそうにペンを走らせる父親である人に声をかける。


 事実、仕事で忙しいのだろう。


「医者から、お前の体調がかんばしくないと聞いていたが?」


 一言だけ、そう言って、ちらり、と此方を見遣った皇帝に、私は首をふる。


「暫く療養をさせて頂いたおかげで、今はもうなんともありません」


「そうか……」


「ええ、ですが……。どうやら能力が発現してしまったようなのです」


 一言、声に出せば、今まで忙しなく動いていた動作が、パタリ、と止んだ。


 ……この人でも、こんな風に動きを止めることがあるのか、と。


 あまりの珍しい光景に思わずこちらがびっくりしてしまう。


(関心など、ひけたことがないのに、手放した瞬間、ひけるのか)


 ――まぁ、それももう、どうでもいいことだけど。


 それから、どれくらい経っただろうか、一向に反応を見せないその姿を不審に思っていると。


 暫くしてから、『身体は……?』と、ようやく皇帝から発せられたその一言に、私は『御覧の通り』、と声をあげる。


 ……現に今は、身体は本当になんともない。


 使用するごとに、じわじわと身体を蝕むと言われている能力だけど、使ってすぐ反動として吐血し、身体に『貧血や重くなる』などの症状が出ても、それは一時的だ。


 実際、能力を使いすぎて末期症状と言われている、『寝たきり』になってしまうまでは、幾つもの段階があり、本当に能力者の命を削りきってしまってから、と言われている。


 そうでなくとも、先ほどなんともないと口に出したからは、なんともないと思って貰わなければ困る。


「……身内から、魔女を出してしまい、本当に申し訳ありません。

 ですが、私の血が繋がった身内はもう、お父様のみ。

 皇帝陛下であるお父様に不幸を振りまくことは余程のことがない限り、あり得ないでしょう」


 回る、回る、流暢にりゅうちょう、口が。


 ……自分でも、淡々と、事務的になっている自覚はある。


「それでも、私の存在自体が邪魔だと望むならば、何処へでも行きましょう。

 ……全ては、皇帝陛下の御心のままに」


 ――このまま、いっそ、何処か遠く。


 皇帝が所有する別荘にでも、永遠に送り出してくれれば、残りの人生、ゆっくり出来るのに、と。


 その願いは、此方の意図を試すようにジッと見つめてくる瞳から叶わないと知る。


「能力、は……」


「時を戻す力です」


 間髪入れずにそう言えば。


(なぜ、私に何も伝わっていない?)


 と、在り在りと書かれた表情に、意外にも分かりやすく顔に出る人なのだと、今知った。


 二度目の私の人生は、発見と驚きの連続に満ちている。


「発現は、三日前。私の侍女が転びそうになったのを、救う形で、偶発的に起こりました。知っているのは私の侍女、一名と、医者のロイのみです。誤認の恐れを防ぐため、お父様には自分から伝えたいと彼らに言って、今日機会を設けて頂くまで、勿論、このことは誰にも話してはおりません」


「……っ、時間を、どれほど巻き戻したのだ」


「数分です」


 嘘は言っていない。


 ……だけど、本当のことを言うつもりは毛頭ない。


 実際、私自身、自分が意図してどれくらい時間を戻せるのか分からないから。


「……私が、どれだけの時間巻き戻せるのか。

 そして、それを上手く扱う方法があるのかは、未だ不明です。望むのであれば、色々と試す必要があるでしょう」


 はっきり、と口に出してそう言えば、額に手をあてて……。


「はぁ……」


 と、いう、あからさまな、ため息が聞こえてきた。


 ……なるほど、思ったより使えないことに落胆してしまっているのだろう。


 以前の私ならば、その失望したようなため息に、なんとしてでも、皇帝の意識を此方に振り向かそうと、躍起やっきになって……。


(お父様が望むのなら、自分で能力をもっと開花出来るように頑張ります)


 とでも、言っただろう。


 だけど、今は、そうするつもりもない。


 今の私の根本にあるものは、例え、誰に失望されようと私の大事な人が傷つかなければそれでいいという、思いだけだから……。


「……本当に身体には、負荷はかかっていないのか?」


 深いため息と、共に吐き出された言葉に意味が分からなくて、首をひねる。


 そうして、暫くして……、私は、その言葉の意図に思い当たった。


 能力が、もしも、使えるのだとしたならば、なんとしてでも使いたいと思っているんじゃないだろうか。


 だけど、使用者に負荷がかかるようなら、と。


 まがりにも、娘の体調を心配するのだ。


「問題ありません」


 一言だけ、そう言って、私は頷いた。


 体裁として気遣われたものに、わざわざ血を吐くなど本当のことを教える必要もない。


 それで、表向きにでも、気遣っている風にされて能力の使用を制限されても困る。


 私は、自分の能力がどこまで使えるものなのかを、これから試すつもりでいる。


『能力者の身内にも不幸が起きる』それらが、どこの範囲までの話なのか。


 そのためには、もっと、この力の事を知らなければいけない。


 ローラや、ロイを危険な目に遭わせる訳にはいかないから……。


「そうか……、話は分かった」


「はい」


「偶発的だと言ったが、能力の使用は、可能な限り控えなさい。……出来れば、だが」


「勿論です、お父様。

 ……誰かに見つかったら大事おおごとですから。けれど、有事の際に使えるようになっていて越したことはない。……ですよね?」


 話の本筋はきっちりと理解している風を装って、声をあげる。


「……っ」


 小さく驚いたように目を見開く姿からは、何を思っているのかまでは読み取れない。


 でも、皇帝からしても、私の能力が有事の際には使えた方がいいに決まっている。


「どれくらいの時間使えるか、自発的に使えるか、試したいことの幾つかは、挑戦してみても構いませんよね?」


 私の返答に、ぐっと、言葉に詰まった様子の皇帝は、少しだけ時間をあけてから小さく頷いた。


「……使ってない砦が、一つある」


「古の森の奥の? ……もしかして、私に、下さるのですか?」


「好きに使っていい」


 皇帝から言われた言葉に私は、思わずびっくりしてしまった。


『古の森の砦……』は、その名の通り、森の奥にある砦のことだ。


 元々は、隣国との境目に作られた要所だったのだけど、何十年も前に隣国との戦争で我が国が領地を広げてからは、すっかり必要なくなってしまっていた。


 結果、今は城の中が大分改築されて、すっかり、夏の避暑地として訪れる皇族の別荘のようになっている。


(それでも、元々砦で使用していただけあって、能力を使用する場所として使うには、打って付けの場所には違いない)


 だけど、まさか……、能力のためとはいえ、皇帝のその大盤振る舞いには思わず驚いた。


 使ってない砦の一つを、私にくれるとは思ってもみなかったから……。


 お父様の所有物は、全て、何一つ。私や、お母様のものにはならないと、そう思っていた。


 幾らお金や、物をくれたとしても、直接、皇帝が所有するものは、お兄様に全ていくと思っていた。


 現に、『一度目の人生』では、古の森の砦は、一番上のお兄様の物だった。


「だが、必ず、騎士を連れて行け」


 はっきり、と、口に出されて思わず、困惑する。


「……どうした?」


 顔に出てしまっていたのだろうか。


 怪訝な顔をしている皇帝に、私はどうすることも出来ずに立ち尽くしてしまった。


 ――我が儘三昧の、皇女様。


 ――皇女ではなく、アレは魔女。


(そんな人間に誰が仕えたいものかっ!)


 その言葉を言ったのは、誰だったろう。


 少なくとも、私の周囲は荒れに荒れていた。


 ……だから、私も、周囲には当たり散らした。


 そうして、最期、私の傍らにずっといてくれて、手元に残ったのは、ローラただ一人。


「お父様、私に騎士はいません」


 くつり、と自嘲するような苦い笑いが溢れた。


「……なぜだ? 騎士も侍女も必要なだけ送っていたはずだろう」


 そう言われても、私だって困る。


「……お前に仕えていた騎士の、名前は?」


 問われて、私は困り顔をするしかない。


 ――だって、答えられないのだから……。


 ……記憶に残る、最後に仕えてくれていた人間は、一体、誰だっただろう?


 ローラを除いて、入れ代わりの激しい騎士も、侍女も、みんな、嫌々私の傍にいた人達だったから。


 必然的に、その名前すら、覚えることがなかった。


「魔女には、気味悪がって誰も仕えたがらないものです。

 能力の情報が必要なら、私から直接お父様に報告しにいきます」


 『それで、構いませんか?』と、声をあげれば、皇帝の顔が僅かに曇った。


 今まで興味がなくて、放置していたのだから……、入れ代わり立ち替わりで、人が流れていることに気付かなかったのだろう。


 まさか、騎士が一人も私の傍に存在していないとは、夢にも思ってなかった顔だ。


「……古の森は、一人で気軽にいけるような場所ではない」


「……そうですか。では、私には古の森の砦は身に余りますね」


『それじゃあ、どうしようもないな』と、早々に諦めた私に……、けれど、何故か、今まで私に興味も関心もなかったはずの皇帝が、次の瞬間には驚くべき言葉を口にした。


「騎士団に話を通しておく。一人、誰でもいい、お前が決めなさい」


 それは、思っても無い申し出だった。


「私が、決めていいのですか?」


「もう、古の森の砦はお前のものだ。何があろうと、私が一度言った言葉は覆らない。だが、騎士を決めるまでは、砦に一人で行って能力を使うことは禁止だ。……分かったな?」


(それは、事実上、一生禁止なのでは?)


 私に好んで仕えたいと思う人間なんて、いる訳がないのだから。


 そう思ったけど、私が決めていいなら、幾らでもやりようはある。


 簡単だ。……後腐れのない人間を選べばいい。


 例えば、そう……。『軽薄でお金とかが直ぐに必要な騎士』とか。


 皇帝のいう一人でという言葉には『十歳の私が』という意味合いが多分に含まれている。


 巻き戻す前の人生の時も、古の森自体に危険な要素など、なかったはずだ。


 だから、別に本気で護って貰う必要なんてない。


 一緒に古の森に着いてきてくれさえすればいい。


 それで、砦は使用出来るし、真面目に護ってくれるような、そんな私だけの騎士など、いつ死ぬか分からない私にとっては、足枷にしかならない。


 『能力者の身内』がどの範囲まで及ぶのか分からない以上、周りにいる人間は、できるだけ、私にとって大事ではない人達で固めるべき。


「ありがとうございます」


 どういう意図で、そんな風に言ってくれたのかは分からないけれど、これは、またとないチャンスだった。


 少しだけ弾んだ声で、お礼を言って、私はその場を辞した。


 背後で、父親である皇帝陛下がどんな風に思っていたのかを、知る由もなく……。





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