気付いたら、ベッドに逆戻りしていた。
ぱちり、と目を開けて隣を見れば、ローラが私の手を握ったまま、今にも泣きそうな表情で、此方を見ていた。
頭の上には冷たいタオルがそっと置かれている。
「……っ、アリス様っ! ご無事ですかっ⁉︎」
私が起きたことを知ると、ホッとしたような安堵の表情を浮かべて、そのまま、ローラは私の状態を一度確認すると。
「直ぐにロイを呼んで来ます」
と、言って、部屋を出ていってしまった。
私は、その間、身体を動かそうとして、けれど動かないことに気付く。
身体が鉛のように重たくて、貧血の症状というものには、覚えがある。
『能力を使用した魔女に訪れる反動』
魔女が短命だと言われる理由、そのものだ。
一人になった静かな部屋で、私は乾いた笑みを溢した。
あの時、あの瞬間、私は確かに……。
(自分の周囲が、次元を無視して歪む瞬間を、見た)
ローラの危険を察知して巻き戻したのが、私だと言うのなら、私の能力は恐らく……。
『時を戻す力』
……誰かのために能力が使えたら。
――あれほどなりたいと願った時には、能力の発現の欠片もなかったのに。
「なんて、皮肉、だろうか」
今になって、どうして……? そう、思ったけど、多分。
能力の発現のきっかけになったのは、きっと。
(今、じゃない)
その想いは確信だった。
一度目の人生……いや、
その時の、研究が今になって生きる。
『ローラを助けるために、戻した時間は数分』
一度の能力の使用で、あんな風に血が出るとは考えにくい。
だとすれば、私の能力の発現は、もっと前だともう分かっていた。
――【第二皇子【ギゼルお兄様】に剣を突き立てられた十六歳の時。
「死の、間際……」
嗚呼……。こんなことがあっていいのだろうか。
本当に、どうしようもない。
恐らくだけど、私は『私自身の能力』で、生きたくもない自分の人生をもう一度やり直すハメになったのだから。
そうして、もしも、そうならば、『私は、次は、何歳まで生きられるのだろう』と、自分の考えに思わず苦笑する。
生きたくもないと思いながら、次の瞬間には自分が何歳まで生きられるかの心配をしている。
(手放したいと思う、そのかたわらで、生に執着して)
……矛盾しているな、と思った。
だけど、そう思えたら前向きになれるような気がした。
何故なら、今度の人生、私は兄に剣で刺される心配などしなくていいのだ。
もしかしたら、そう……。
――もしかしたら、その前に、能力によって死ぬかもしれない。
そうなれば、あの日、ローラが死ぬ運命も変えられるかもしれない。
ましてや、ローラが危なくなった時も、自分の能力を使えば守れることに繋がるかもしれない。
……それは、私にとって一筋の光だった。
「……様っ、アリス様っ!」
呼びかけにハッとした。
……どれくらい、自分の考えに没頭していたのだろう。
気付いたら、ローラと、そして、ロイが私のことを心配そうに見ていた。
「……考え事をしていて、気が付かなかった」
あまりにも切羽詰まったような表情をされて、慌てて大丈夫だと伝えようと、ふわりと微笑んで見せたけど。
よほど、血の気が引いたようなそんな青白い顔をしていただろうか。
二人の心配そうな顔はますます濃くなっていく。
「皇女様、先ほど、血を吐かれたことは覚えてらっしゃいますか?」
ロイに質問されて、私は小さく頷いた。
「ローラに聞き取りをしましたが、それまでは、とりとめの無い話をしていたとのこと」
――普段と、何も変わらない日常を過ごしていた。
それは、間違いない。
少なくともローラにとっては、そうだろう。
ローラが転びそうになったことも、私だけが覚えているのだから……。
こくりと、私はもう一度ロイに向かって頷く。
「他に、何か、その時、変わったことは起きませんでしたか?」
……病気なのか、能力なのか、ロイの真剣な瞳が、私がどっちで、血を吐いたのかを見定めようとしている。
少しの間、どう言えばいいか、考えあぐねて……。
「ローラが、花瓶を持ちに行った時、滑って、転けそうになって」
……けれど、私は、ローラにも、ロイに対しても嘘はつけなかった。
二人の瞳には、私の事を【慮【おもんばか】るような視線しか向いていない。
だったら、私も二人には誠実であるべきだと思うから。
「危ない、と。……そう、思ったら、時間が少し巻き戻っていて」
私の口から語られる『真実』に驚いたように目を見開いていく二人の姿が映る。
「多分、【能力【・・】が発現したのだと思う」
『十六の時に兄に殺されて巻き戻した』ということは伏せたまま、事実を伝えた。
ローラが目の前で……、わなわなと震えながら……。
「私を守るためにっ。……そんなっ、そんなっ……アリス様……」
と、絞り出す様な声で、今にも泣きそうな声を溢すのが聞こえてきた。
ロイは、暫く絶句した様子だったけど。
……私の手のひらをとって真剣な様子で。
「この事実は、決して公に出してはなりません」
と、そう言った。
……私も、彼の言葉には賛成だし、異論はない。
能力の発現は、知られないならば、あまり他人には知られない方がいいだろう。
私にとって、この二人が、特別なだけだから。
……ただ。
「父親……。皇帝陛下には、言った方がいいと思う」
一番、言わなければならない人間が他でもなく一人いる。
そのことに、ロイにしては、珍しく失念していたのだと思う。
それがどんな事態を巻き起こすのかを今、頭のなかで計算したのか、ロイは私の一言にグッと唇をかみしめた。
(父親でありながら、父の情など一切かけてくれたことがない人だから)
別に、それはどうだっていいんだけど。
能力の発現を言わなかったことによって、
それで二人に何か不利益が生じたら、それこそ本末転倒だから……。
「隠すかどうかは、皇帝が決めるべき」
その上で、身内に魔女がいると、知られたくない皇帝が隠すのは別に構わない。
多分、あの人のことだ。
……色々なことを天秤にかけて、隠すことを選ぶに違いない。
……そして、私の能力は、使えると判断したら、容赦なく使うだろう。
――そういう人だ。
「……皇女様、ですがっ」
何かを言いかけて、口をつぐんだあと。
……暫くして、ロイは、諦めたように重たい口をそっと開いた。
「……承知、しました。……そのように」