……困った。

　最近、どうしてか分からないのだけど、ローラがいつにも増して私を甘やかしてくる。

　お医者さんであるロイも巻き込んで、二人して、市井で買ったお菓子をプレゼントしてきてくれたり、くまのぬいぐるみを買ってきてくれたりと誕生日でもないのに大盤振る舞いだ。

　侍女や医者という立場の二人にそんな風にされなくても、必要ならば皇帝陛下であるお父様が買ってくれるのに……。

　わざわざ、二人のお金を使う必要なんて何処にも無いのにな……。

（嗚呼、でも皇帝陛下のお金だと皇室を通さねばならないから、そっちから入手する方がかえって毒殺などの危険があるのか。

　……そういえば、前の時も、お母様が亡くなった直後は特に、私自身が皇女であると認めない人間がプレゼントと称して、毒が混入する食べ物を贈ってきたりしてきたっけ）

　――あれ以来、贈り物が食べ物だった場合は、それがどんな物であれ、手をつけないようにしていた。

　どうせ、私が体調を崩していても、皇族は誰も気付かない。

　だからこそ、他の皇族だったら慎重に検閲して調べるものも、私のものに関しては別だ。

（だって、私がどうなっても、みんな、別にどうでもいいのだから……）

　市井で買ったものよりも、皇室を通したものの方が『私の身が危険』なのは本末転倒のような気もするんだけど、それは別に今に始まったことじゃないから今更だ。

　それと、二人が私のことを子供として扱っていることにずっと違和感を覚えていたけれど……。

　それもそうか、と思い直した。

　二人にはどこまでも、奇妙なように映ってしまったと思う。

　起きた当初は混乱していて十六歳の時の私の喋り方だったし、今もその癖は抜けないんだけど、考えてみれば、今の私は十歳だった。

　前の時の私が十歳だったころは、こんな喋り方をしていなくて、もう少し子供らしい子供だったと記憶があるから、余計ローラ達からすると変だったのだろう。

　心配もされてしまう訳だ。

「はぁ……」

　プレゼントされたくまのぬいぐるみを枕元に置いて、ベッドから降りる。

　どこにも出かけないのに。

　……いや、どこにも出かけないからこそなのかもしれない。

　ローラが、私が暇をしないようにと、絵本の読み聞かせをしてくれたり……、服を着替えさせられて、髪を結わえるためのリボンを選んでくれたりということがもう暫くしたらルーティーンのように始まってしまう。

（嫌な訳ではない）

　嫌な訳ではないのだけど、なんともむず痒くなってしまうその対応に、未だ慣れず。

　また、怠惰に甘やかされて過ごすそんな日々が決して『当たり前』だとは思わずに、今日こそはそんな日常をなんとかしようと、早めに起きてクローゼットの中を開ける。

　十歳の頃の私の、フリルやら装飾がついた派手なドレスに思わず辟易【へきえき】してしまった。

　別に流行遅れ【りゅうこうおくれ】な訳でもなく、この年頃であるなら、至って普通のドレスだ。

　ただ、時の流れによって、私の感性が大きく変わってしまったのと……。

　前の時の経験から好んで着ていたこういうドレスが、私にはあまり似合わないと知ってしまっているだけで。

「無駄遣い、ダメ、絶対……」

　思えば、この洋服全てにどれだけのお金を費やしてきたのだろう。

　いずれ 、この流行が去ってしまうその前に、不必要なものは売ってしまった方がいいと思う。

　一度しか着ない服はまだ良い方で、これだけあっても袖を通していないものすらある。

　そんなものにお金をかけても、結局未来では何の意味ももたらさなかった。

　一時の自尊心が保たれるだけで、私を救ってくれる訳でもなく……。

（殺される時、かえって動きにくいだけだった）

　と、遠い記憶に想いを馳【は】せながら。

「ああ、これがいいかも……」

　と、クローゼットの中で、一番大人っぽくて上品な感じのシンプルな服を手にとって、ローラが来る前に手早く着替えてしまう。

　一通りのことは、誰かの手を借りなくても一人で出来てしまう今の状況を私自身それほど悲観的になることもなく、楽に感じていた。

　ローラやロイみたいな存在が奇特なだけ。

　紅色の髪を持つ私に対して他の人間がローラのようにお人好しを発揮して好んで仕えてくれる訳がないことは分かっているし、それは、前の人生で私が学んだ唯一のことかもしれない。

　どうせ自分への評価は何もしなくても、いつだって『最底辺』なのだから、今更それを変えようとも思わない。

　だけど、前の時みたいに何も考えず、我が儘放題で、傍若無人に振る舞うことも、今はする気にはなれなかった。

　ギゼルお兄様に斬られたあとの、あの日の後悔がまだこの身に残ってる。

（お前が、何で殺されるか知ってるか？　王家にとってお前はいつだって恥でしかないからだよ！）

　そうして、ギゼルお兄様に言われた言葉を思い返して苦笑する。

　――そんなこと言われなくたって、私が、一番分かっていた。

　一番上の兄が、新しい皇帝になったタイミングで、世間はお祭りのように賑わっていた。

　そんな中で、私だけが独房に居た。

　多分だけど、罪状は、でっちあげられたものだったと思う。

　何か、それらしい罪を並べ立てられたけれど、どれも私がした覚えのないことだったから……。

　それでも、その状況に至るまで、私は色んな人間を、敵に回しすぎていた。

（……アリス様、お逃げくださっ……う、ぁっ）

　そうして、私を解放してくれたことで、ローラまで殺されてしまった。

　大切な人が、自分の行いのせいで死んでしまう苦しみ。

　あんなのは、もう二度と味わいたくない。

（結局、何もしないのが一番なのかもしれない）

　――このまま、何もしなければ未来は変わるだろうか。

　それとも、何も変わらずに、結局また、殺されるだろうか。

　何もしなくても、私が紅色の髪を持つ忌み子だという事実は変えられない。

　どうせ、死ぬならば……、今度は、ひっそりと、誰にも知られることなく死にたい。

　ぽつり、と浮かんできた自身の考えに笑う。

　ただでさえ『紅色の髪を持つもの』は、迫害によって能力の発現など関係なく、短命だというのに、さすがに、死に方まで、選びたいというのは高望みしすぎてしまっている気がする。

　魔女の能力が発現したならば、或いは、それも可能かもしれない。

　……魔女の能力は、使えば使うほどに、使用者の身体を蝕むしばむと言われている。

　だけど、前の時、私は終ついぞ、魔女の能力には目覚めることが無いままだった。

　だから、何かのきっかけがあったとしても、今回も、同様に、魔女の能力に目覚めるとは思えない。

「前世、あれだけ傾倒けいとうしたのにな……」

　くつり、と自嘲する。

　前の人生で、あれほど必死になったのに……、無意味に終わった自身の研究は、当然ながら今、この場所には欠片もない。

　十歳の時、あんな事件があってお母様が亡くなってしまったあと、私は皇宮内にある図書館で、魔女に関係する資料については、それこそ片っ端から読み漁っていた。

　だから、魔女のことに関しては、一般的に世間でも広く知られていることだけではなく、嘘か本当かも分からない眉唾物である、魔女の能力の発現条件が書かれた本などについても読んでいたことで、それなりに知識は持っていて、自分の能力が何とかして発動しないかと、その内容を試してみたこともある。

（もしも、何かの能力が発現したのなら、それが呪いではなく、誰かの手助けとなるものだったなら、私は……、|わ《・》|た《・》|し《・》|は《・》……）

『あいしてもらえる？』

『こっちをむいて』

　――あまりにも子ども染みた考えだった。

　それゆえに、馬鹿らしいと今ならば思える。

　呪いが、救いに変わることなどない。

　誰かを幸せにする主人公ヒロインがいるのなら、私はその反対の悪女役がお似合いだろう。

　テレーゼ様が正であり、母がその対であったように……。

　一度過ごしてきたからこそ分かる。

　私の人生には決して、真っ当な道へ続くレールはひかれていない。

　そして、今の状況の様に時間を引き延ばして引きこもっていても無意味だろう。

　先日第二皇子であるギゼルお兄様が様子を見に来たように、私は名ばかりの『皇女』の役目を放棄することを決して許されてはいない。

　私に出来ることは、せいぜい、ほんの少しでも彼らと関わる時間を短くすることだけだ。

　そして、他者との関わりを短縮して作る自分の時間を今度は、少しでも大切にしようと思う。

（十六歳で、死ぬ、その日まで）

　そう考えると、なんだか、ちっぽけだった自分の人生に大きな意味があるように見えてくるから不思議だ。

「うん、そうだな……そう、決めた」

「……アリス様、失礼します」

　ひとつ、今後の方針に納得していたら、いつの間にか扉が開いてローラの声がした。