『必要なものは全て与えている』
と気難しい顔をしていたお父様は言った。
私がもしも、紅色の髪を持って生まれなかったら
愛して貰えていただろうか、と。
――そう思ったのは、人生の内の、ほんの一瞬にも満たないことだった。
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「暇になってしまった、な」
あれから、一週間の月日 が経過しようとしていた。
その
ローラが持ってきてくれた幼児向けの本に視線を落とし、もう何度も読んで覚えてしまった内容にひとつ、欠伸する。
思えば、この誘拐事件が、私の立場を更に悪化させる一つのきっかけ要因でもあったと思う。
テレーゼ様は、皇帝陛下であるお父様の寵愛を受け、二人の、息子を産んでいる。
それは、皇后であるはず筈のお母様が私を産むよりも先のことで、皇家の者の証である『金』が、色濃く出でた二人だった。
お母様が『後継者』を産むその前から『後継者』は実質決まっているようなものだった。
二人息子がいたことで言い方は悪いけれど『スペア』さえ、母が産むことを期待するような声はなかったみたいだし……。
そうして、事実。
生まれたのが、
馬鹿だな、と今になって苦笑する。
何を夢見て、必死になって、その関心を精一杯
そうして、その関心が向かぬことに気づき、私は形の無いもの物ではなく形が有る物に、より固執するようになってしまった。
母が、そうだったように……。
今ならその全てが、どうしようもない程に無駄だったと、私にも理解出来る。
パタン、と持っていた本を閉じた。
タイミング良く扉が開いたから、入ってきたのはローラかと思ったけれど、どうやら違ったらしい。
「何かご用でしょうか、お兄様」
視線を向けて、一言、口に出せば、金色の瞳が表情も変えずに、私の方をじっと見つめていた。
第二王子である、
理由は色々とあるんだけど、幼少の時から殺されそうになったことも多々あるお陰なのか。
それとも、その所為だと言った方がいいのか、私も、それに対して、恨みなどを抱いたりするなど、特別な感情が湧いてくることもなくて……。
本当に、淡々とした再会だった。
「医者がまだ、体調が思わしくないと言っていたから来てみたけど、随分元気そうだな?」
それから、どれくらい経っただろうか。
皮肉の一つでも言ってやらなければ、気がすまないとでも思われてしまったのだろうか。
確かに、仮病ではなかったけど、ベッドの上にいるものの、上半身を起こして本を読んでいたとあれば、あまり病人には見えないのかもしれない。
そういえば、一度目の人生の時はお母様が亡くなったショックもあり、随分と
今度はそんなことも、する必要がないことは分かっている。
自分にかかっていたシーツを捲まくり、ゆっくりと立ち上がり……。
「帝国の第二皇子様にご挨拶を。このような格好で申し訳ありません」
と、ゆるり、と着ていた寝間着のワンピースの裾を掴み挨拶する。
「……一体、どういうつもりだ?」
殊更、特別を心がけたつもりはないのだけど。
傍若無人に、我が儘を言っていたようにしか見えていなかっただろうから、あまりにも、今までの私の像からは、かけ離れてしまっていたのだろう。
眉間に
(そんなにも、関わり合いを持ちたくないのなら、わざわざ近づかなければ良いのに……)
テレーゼ様が皇后になられたことで、動きを見せなかった此方への牽制のつもりだったのか。
私は思わず、自分の口が、穏やかに緩むのを感じた。
「テレーゼ様が皇后になられたと聞きました。
母は死に、これから先、継承権を持った男の皇族はよほどの事がない限り生まれないでしょう」
私の言葉に、ひどく驚いたような表情をする兄に構わず、私は淡々とありのまま、事実を事実として告げる。
「名実ともに、皇女とは、名ばかりになったのです。……どうぞ、お笑いに」
くすりと小さく微笑んで、敵意がないことをお兄様に告げる。
真正面から見上げた兄は、驚いたままの表情を崩さず、こちらをじっと見つめた後、そっと、視線を私から逸らした。
「……名ばかりの皇女だと? 自分で何を言っているのか理解しているのか?」
「母が死んだことで、私も死ぬべきだと嘆願する貴族は後を絶たないでしょう」
「……っ!」
当たり前のことを事実として伝えているだけなのに、その目からは此方に対する『疑心』が透けて見える。
牽制するにしても、あまりにもその態度が幼すぎて……。
隠す気がないのか、それとも、幼すぎてまだ、その率直すぎるほど真っ直ぐな態度を隠すことすら、覚えていないだけなのか。
――嗚呼、私の記憶 の方が、今のこの少年よりもまだほんの少しだけ、大人であるが故なのか。
傍から見ればまだ、十三歳の少年と、十歳の私。
どちらも、子供だ。……だけど私には、十六年生きた時の記憶がある。
「お話がそれだけなのでしたら、どうぞお帰りに。出口はあちらですよ」
はしたなくも指さした方へと視線を向けて、帰宅を促せば……。
何か言いたげな視線がこちらに向かってきたけれど、適切な言葉が思い浮かばなかったのだと思う。
ぐっと握りしめたその拳からは、何が言いたかったのかまでは読み取れず。
「申し訳ありません、これでもまだ体調不良なのです」
と、苦笑しながら告げる。
私の態度に何を言っても無駄だと思われたのか、チッと、小さく舌打ちしたかと思ったら少年の姿の兄はそこから何かを発することもなく乱暴に部屋を出て行ってしまった。
「きゃっ!」
丁度、そこに入れ代わりでローラがやってくる。
ドンとぶつかる音がしたから、あの暴君はローラにぶつかったまま走りさってしまったのだろう。
「ローラ」
声をかければ、びっくりした様子のローラの瞳が此方へ向いて、慌てた様に、私に向かって小走りで駆け寄ってきた。
「アリス様っ! 大丈夫ですか!」
それは、こっちのセリフじゃないかな……?
思わぬ侍女からの声かけに、きょとんと目を見開いてしまうことしか出来なかったんだけど。
慌てた様子のローラが、私の姿を逐一確認しながら、どこかに怪我でもしてないかと心配してくるものだから、とりあえずなんとか落ち着いて貰おうと、声をかける。
「大丈夫。そもそも、部屋から抜け出すことも出来ない私が、怪我なんてするはず筈がないし……」
一言、そう言えば、安心したようにほっと胸を撫で下ろし。
「第二王子様が此方へ来られていたので、てっきり、何かされたかと……」
と、あまりにも真面目に、はっきりと声に出す彼女に、耐えきれなくて思わず私は、小さく笑みを溢した。
「え、アリス様っ?」
「えっと、素直すぎるのもどうかと思って……。
今の不敬な発言は私の胸の中に仕舞っておいたらいいのかな……?」
「あっ! 申し訳ありません、つい、心配でっ!」
「うん、分かってる」
穏やかに笑えば、ホッと胸を撫で下ろした様子のローラが、私にとってはどこまでも有り難い存在だった。
……たった一人でも、この世に信じられる人間がいるのといないのとでは大分違う。
彼女は元々、病気がちで身体が弱かったお母様に代わって、私のことを育ててくれた存在だ。
自分の境遇から、癇癪を起こして手がつけられなかった『前の記憶』の時も根気よくただ一人、私に付き従ってくれていた人だから。
だからこそ、今回は失敗したくない。
目覚めた当初、混乱して『ずっと私を支えてくれる?』なんて、言葉が出てしまったけど、ローラが望むなら、いつだって私の元から去ってくれて構わないと思ってる。
また『繰り返し』私の人生に付き合わせることなんて出来るはずもない。
だって、私だけが知っているのだから。
――その道に、