誰かを蔑ろにした上に立っていた。
誰も私を必要としていないことを、いつだって、分かっていた。
傷つけられるその前に、傷つけてしまう方が楽だった。
だから、我が
気付いたら、後に残っていたものは何一つ。
私の手元には何一つ……。
欠片すら残らずにぼろぼろと。
――ただ、零れ落ちては消えていた。
✽ ✽ ✽ ✽ ✽
覚えているのは深紅に染まった、自分。
心臓をめがけて、剣を突き刺さされたと気付いたのは一瞬のことで……。
見慣れた金色の瞳と、忌々しげに歪められた唇から、見て取れる憎悪。
(――嗚呼、間違えたんだ、私は)
そう、悔いたのは、本当に最期のことで……。
自分の身体が倒れていくのも、まるで『スローモーション みたいだな』と、どこか、他人ごとのような頭で考えた。
「……私は、死んだはず 、では……?」
薄らぼんやりとした意識が次第に覚醒していく。
伸ばした指先が、自分の胸をなぞるように往復する。
怪我など何一つなく、五体満足であることに違和感を覚えながら、周囲を見渡して、此処が、見慣れた自室のベッドであることに気が付いた。
「死ねなかった……?」
ぽつり、と漏れた言の葉が、存外、重たくて自嘲する。
「……っ! アリス様、お目覚めですか!」
――誰かの声が耳を通り抜けていく。
いや、誰か、じゃなかった。……この声は、酷く聞き慣れた人の声だ。
「……ローラ」
声のした方へと視線を向けて、ゆっくりと声を
「はいっ! アリス様、良かったです」
ふわりと、穏やかに笑いかけてくるその姿に、そんな筈はないと、混乱する。
生前、私に仕えてくれたこの侍女は、最期の瞬間まで私に仕えてくれたままで。
(……アリス様、お逃げくださっ……う、ぁっ)
(っ! ……ローラっ!)
――最期のあの瞬間。
彼女は私を逃がそうとして、私よりも先に殺されたはずだった。
「……身体はっ? どこも怪我してない?」
咄嗟にその全身にくまなく視線を走らせ、確認するように声をかければ……。
「……え? ええ、なんともありませんよ?」
私の言葉が意外すぎたのか、きょとんとするローラに、私の方が驚いてしまう。
(本来なら、死んでいるはず筈の人間が生きている)
……だったら、そう、これは未だ、醒【さ】めることのない夢なのかもしれない。
そうだとしたら、今なら何でも言える気がして。
『今まで、私に仕えてくれて本当にありがとう』 と、頭を下げて、声を溢す。
私が、そう口にしたことが、どこまでも意外だったのか、ローラの瞳が驚きに見開かれた。
「アリス様……?」
「もう、我が儘は言わない。
だから、これからもずっと、可能なら、私に仕えてくれる?」
その問いかけに、驚きに染まった表情がふっと穏やかな物へと変化するのが見えた。
「勿論です!」
嗚呼、そうだった……。そう言われることは分かっていた。
ローラは、生前の私の我が儘にすら、根気よく付いてきてくれていた人だったから、試すような物言いになってしまったことが、恥ずかしくなって、胸がきゅっと痛んでしまう。
また、私に仕えてほ欲しいだなんて、そんなのあまりにも烏滸がましすぎるのではないか、と。
「…ううん、違うな。
私に仕えなくてもいい。
……時間が許すなら、今度は好きな様に生きてくれていい」
ゆるり、と口に出した言葉は、いとも簡単に、表へと出た。
最早、何にも縛られることもなく、私は自由だ。
それならば、ローラも私に縛られることなく、自由であるべきだと思う。
私から解放されるべき、だ。
「いいえ、アリス様!
私は、アリス様がなんと言われようと、あなたに一生お仕えいたします!
もしも、誘拐に遭われたことで、未だ、そのお心が傷ついているのなら、まずはその心を癒やすところから始めましょうっ」
「……うん……?
聞き間違えたんだと思う、今、なんて?」
「そんなっ!
もしかして、誘拐された記憶が、ごっそりと消えていたりしますかっ?
ああっ、そんなっ、やっぱりまだ本調子ではなかったのですねっ、直ぐに医者を……」
「……待ってっ!
ゆうかい、誘拐、……覚えている。
でも、あれは、私が十歳になったばかりの話で、……っ!」
「アリス様?」
「……ローラ、やっぱり今すぐお医者さんを呼んできて欲しい」
「……っ! 承知しました!」
バタバタとローラが走り去っていく音がする。
その足音が、完全に消えたあと、私は今、自分に起こっている現象があり得なさすぎて、手のひらを眺めたあと、布団を
何度みても、同じだ。……五体満足であることに変わりは無い。
だけど、どう見ても、手足が小さくなっていることを確認してしまった。
恐る恐る、ベッドから這い出ることにした。
どうしても、確認しなければいけないことがもう一つだけあったから……。
震える足で、よたよたと、自分の部屋の片隅に置かれた姿見に足を向ける。
「……そん、なっ……!」
絶望の声がぽつり、と零れ落ちた。
この世界では、忌むべき
ぺたり、ぺたり、と、どこを触っても。……私は、私だ。
だけど、あまりにもその姿は『記憶にあるもの』よりも幼かった。
「過去に、戻ってる……?」