ハルモニアは正式に騎士団に入ることが決まった。
アルベルトからは「まずは見学に行ってみればいいんじゃない」と勧められたハルモニアは、見学で摸擬戦に混じると、なんと全員に圧勝してしまったのだ。
それを見た騎士団長は大喜び。騎士団は実力主義なので、ハルモニアがもともと奴隷だったことなどおかまいなしに、熱烈な誘いを受けたのだ。
その日から、ハルモニアの人生はめまぐるしく動きはじめた。「正式に騎士団に入るまでの間にもうすこし強くなったほうがいいんじゃない?」とアルベルトに挑発され、これまた彼の紹介でどこかの道場かなにかに通うことになったのだ。
そんなこんなで、リリーはバカンスの間、あまりハルモニアと遊べずにいた。
さらには騎士団ではしばらくは寮生活になるとのことで、ハルモニアはレイモンド公爵家を出て行くことになった。
――せっかく仲よくなれたのに。
リリーはため息が止まらない。
仲よくなったハルモニアがいなくなってしまうことはもちろん寂しい。でも、それ以上に、あの日、アルベルトと一戦を交えたときのハルモニアの様子が気がかりだったのだ。
「無理しなくていいのよ」
道場から戻ったハルモニアにそう言うと、滴る汗を乱暴に拭いていたハルモニアは目を丸くした。
「無理してないよ。強くなりたいんだ」
「でも……」
以前より明るくなったハルモニアだったが、それが自分のおかげではないような気がしてリリーはもやもやする。そして、そんなあさましい考えをしている自分が一番みっともなくて消えてしまいたくなる。
「ずっと一緒って約束したじゃない……」
小さな声でそうつぶやくと、どんどん自分が惨めに思えてうつむいてしまう。
「リリー、顔を上げて」
ハルモニアの声はやさしかった。
おずおずと顔を上げると、ふわりと微笑まれる。
トレーニングをはじめてからより食べるようになったからから、ハルモニアの身体はがっしりと男らしくなった。いまはまだリリーのほうがかろうじて背が高いが、抜かされるのはきっともうすぐ。
リリーの鼓動ははやくなる。
「俺、強くなるからさ……や、やっぱ、なんでもない」
大人びた表情をしたと思いきや、すぐにあの子犬の顏で慌てふためく。
ころころと変わる表情がおかしくて、リリーは笑みがこぼれた。
「なぁに?」
「な、なんでもないって!」
ハルモニアはそう言って、ふいっと顔をそむけてしまう。耳がほんのりと赤く染まっているのは、暑さのせいだけでないことくらい、リリーにもわかった。
自分とハルモニアの間にじわじわと湧きおこるこの感情が、なんなのかまだ知りたくない。まだ、名前をつけなくていいと思う。
そう感じるリリーは、ずっと考えていたことを口にした。
「じゃあまた約束してくれない?」
「約束?」
「ええ。ずっと一緒にいるって約束したでしょ。でも約束は一個じゃなくてもいいはずだから、もう一個したいなって思って」
ハルモニアは首をかしげた。
「いいよ。なに?」
「私の約束はね、ハルが帰ってきたときのこと。たくさんがんばったハルのために、大きいケーキでも焼いちゃおうかしら。お屋敷くらい大きいやつ! あ、ハルはハンバーグが好きだから、ユナに作り方を教わっておくわ。あとは、そうね……ご本もたくさん用意して待っているから、また一緒に読みましょうね。お父さまとお母さまにバレないように、毛布を被ってこっそり読むの!」
二人で本を読んでいるところを想像して、リリーの声は弾む。
ハルモニアを見ると、見たことのないくらい穏やかな顏で笑っていた。
「帰ってきたときにはもうリリーの背を抜かしてると思うよ」
ハルモニアが笑顔なのがうれしくて、リリーもつられて笑う。
「じゃあ俺は強くなって、リリーを守るって約束する。それでいい?」
「ええ」
明朝、ハルモニアは少ない荷物を持って、レイモンド公爵家を去った。
リリー十六歳、ハルモニア十四歳の晩夏の日のことだった。