目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
episode.08 人見知り、ふたたび


 ハルモニアとともに屋敷の離れにある庭園に向かうと、姉のルルベルとアルベルトはテラスのテーブルで談笑していた。

 二人に気づくと、アルベルトが手を挙げる。


「リリー、来てくれてありがとう」

「お誘いありがとうございます。式の話はもう終わったのですか?」

「いや、まだ終わってないんだけど、午後に衣装デザイナーが来てくれるらしいから、それまで休憩」


 アルベルトははぁと大きく息をこぼす。すると、ルルベルがアルベルトをじろっと睨んだ。


「逃げないでよね」

「……僕みたいな男が何を着ても変わらないと思うんだけど」

「はあ、わかってないんだから」


 ルルベルは盛大なため息をついた。

 アルベルトは温厚な性格に加えて容姿端麗なのだが、己の容姿にまったく興味がないのか、服装や髪型にあまりこだわりがないのだ。

 思春期を迎えても一向に適当な服しか着ないアルベルトを見かねて、兄やディジー公爵家の使用人たちが何度口すっぱく叱ったか。その甲斐あって最低限は身なりを整えるようになったらしいが、それでもあまりこだわりはない様子で、もったいないとルルベルはいつも嘆いている。

 アルベルトとよく似た容姿だが、いつもきらびやかな出で立ちのアルベルトの兄も、そんな弟のことを嘆いていた。

 二人の痴話喧嘩が収まったところで、リリーは一声かけて空いている席に腰をおろす。

 ハルモニアはどうさせるのがいいのか逡巡してアルベルトを見ると、「きみも座りな」とうながされる。


「おじゃまします」


 ハルモニアはリリーの隣に座った。

 借りてきた猫――顔立ちは犬みたいなのだが――のように椅子にちょこんと収まっていて、なんとも愛らしい。

 リリーが内心でほほえましく思っていると、そんな様子を見ていたアルベルトが口を開いた。


「で、リリー。彼が元奴隷の子?」

「え!? あ、はい! そうです!」


 いつ言いだそうと思っていたことを何の気なしに聞かれて、リリーは声がひっくり返る。アルベルトは好奇心を隠さずにハルモニアをじっと見つめた。


「はじめまして。アルベルト・ディジーだ」

「……ハルモニアです」


 ハルモニア、とアルベルトはくり返す。たしかにこのあたりでは少々なじみのない名前だから、めずらしく感じているのかもしれない。


「リリーがまたおもしろいことをしているってレイモンド卿に聞いて、楽しみにしてきたんだけど、ほんとうに人間を拾ってきたんだ。ハルモニア、きみ、年はいくつなの?」

「十四歳です」

「十四……それはまた……ずいぶんかわいいね」


 まさか十四だとは思っていなかったみたいで、アルベルトは言葉を濁した。

 そんな様子を見たハルモニアは、むっとする。


「アルベルトさま! ハルモニアはですね、かわいいって言われるのを気にしてるみたいなんです! そう、さっき私が言いすぎちゃったから! すみません!」


 素直すぎるハルモニアに慌ててそう言うと、ハルモニアは「気にしてないって」と笑う。

 そんな二人を黙って見守っていたルルベルは、あきれ顔で笑った。


「あんたたち、仲がいいようでよかったわ。でも、たしかにハルモニアは年のわりには小柄よね。まあ、たくさん食べているからすぐに大きくなるんじゃない?」

「がんばります」


 姉の裏表のない性格が伝わったのか、最初からハルモニアは姉にはあまり人見知りをせずに言うことも素直に聞く。

 ユナだって姉と同じくかなり素直な性格なのだが、いかんせん言葉が強いから心証がよくないのだろう。二人のにらみ合いを思い出して、悲しいようなおかしいような気持ちになる。


「あ、ねえ、ハルモニア」


 アルベルトがハルモニアに話しかける。

 すると、ハルモニアはリリーのうしろに隠れた。


「あ、あれ……あの、ハルモニア……」


 アルベルトが身体を乗り出してハルモニアと目を合わせようとするも、ハルモニアはリリーのうしろから離れようとしない。

 アルベルトが動くと、ハルモニアはその視線を避ける。それを何度か繰り返して、アルベルトはがくっと肩を落とした。


「も、もしかして僕、あまり好かれていない……?」

「すみません、ハルはちょっと人見知りなんです。こら、ハル、失礼よ」

「……すみません」


 アルベルトはまさか自分が子どもに嫌われると思っていなかったのか、あからさまにショックという表情で苦笑いした。


「どんまい!」


 ルルベルがおかしそうに笑って、アルベルトの肩をたたく。


「ちょっと悲しいな……」

「なにかハルに尋ねたいことがありましたか?」

「ああ、うん。ハルモニアはなにができるのかなって気になって」


 ハルモニアはおとなしく席に戻ると首をかしげた。


「なにって……たとえばどういうものでしょうか」

「勉強とか剣とか」

「剣はできる……と思います」


 初めて聞いた。

 驚いてハルモニアを見ると、「言ってなかったっけ」と言われる。


「聞いてないわ。剣をふるのが好きなら、そう言ってくれれば訓練所を使えるようにしたのに」

「いや、べつに好きってほどじゃなくて……」


 ハルモニアは言葉を探している様子だったが、結局何も言わずにうつむいてしまった。

 そんな様子がめずらしく、リリーは心配になる。


「よし、じゃあちょっと外で試そうよ。ルルベル、訓練所と模造刀を借りてもいい?」

「お父さまはいないけど、まあいいんじゃないかしら。あとで言っておくわ」

「ありがとう。よし、じゃあ行こうか」


 ルルベルとアルベルトは立ち上がって訓練所のほうへ歩いていってしまった。ハルモニアはどうみても乗り気ではなさそうだったが、二人の勢いに圧されて黙ってついて行く。


 ハルモニアが気がかりなリリーは、慌てて三人のあとを追うのであった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?