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episode.04 じゃあ一緒に寝ましょうか


 もう夜も遅いのだから、今後のことはまた日をあらためて話すことになった。

 父たちと別れたリリーは、ハルモニアと手をつないで廊下を歩いていた。ハルモニアは目に映るものすべてがめずらしいのか、せわしなくあたりを見まわしている。


「公爵さまは許してくださいましたけど、私は怒っていますからね」


 三人になった瞬間、ユナのお小言が止まらない。

 うしろからちくちく言われることにリリーは慣れているが、ハルモニアはかなり怯えているように見える。廊下をぐるぐると見たり、うしろのユナをふり返ったり、リリーを見上げたり、せわしない。

 リリーは、ハルモニアだけに聞こえるように「大丈夫よ。あれは怒っているんじゃなくて、心配しているだけなの」とつぶやく。


「お嬢さま、聞いています?」

「勝手に行動して悪かったと思っているわ」

「ほんとうにわかっているのならいいのですけど。私だってお嬢さまの侍女としてひと通りの護身術は心得ていますが、ああいう場の人間と戦って勝てるかはわからないのですから……」


 ユナの言うことはごもっともだった。

 この屋敷の使用人は、男も女もあるていどの戦闘ができるように仕込まれている。そのなかでもユナは優秀で、父に聞くところによると暗殺も偵察もお手のものらしい。

 そんなユナでも、奴隷市場にいた人々の異様さには少々圧されているような印象を受けた。素人のリリーの目から見ても彼らはみな、戦うこと――人をいたぶることを躊躇しなさそうな殺気を放っていたが、ユナも同じような雰囲気を感じ取ったのだろう。


 ――正直、あそこにはもう行きたくないわ。


 自分のせいでユナに怖い思いをさせてしまったことを反省しつつ、これ以上はあの場所の空気を思い出したくないリリーであった。

 話を変えようと、ハルモニアに目を向ける。


「それより、ハルモニアのお部屋はどこにしましょうか。空き部屋はあったかしら」

「使用人の部屋が一部屋空いていますから、そこでいいんじゃないでしょうか。ちょっと狭いんですけど、ひととおり家具も揃っていますし」


 空き部屋の場所を聞くと、どうやらユナの部屋の隣らしい。それなら安心だと思い、リリーはうなずく。


「じゃあそうしましょうか。今日はもう遅いからお父さまにはあした報告するとして、とりあえず今晩はそこで過ごしてもらいましょう。ハルモニア、それでいい?」


 そう問いかけると、ハルモニアは足を止めてうつむいた。

 言っていることが理解できなかったのかと思って、もう一度尋ねようとすると、ハルモニアががばっと顔を上げる。


「……リリーと一緒がいい」

「私と?」


 ハルモニアは捨てられた子犬のような瞳でリリーを見上げた。

 ぎゅっと結んだ唇が、健気でいじらしい。


「こら! お嬢さまのことを呼び捨てにしない!」


 ユナが鬼の形相で怒るので、「いいのよ」と止める。

 名前を覚えてくれていて、呼んでもらえただけでうれしいのだから、呼び方なんてどうでもいい。


「一人のお部屋はいやかしら」

「……こわい」


 小さな小さな声だった。

 自分を取り巻く環境の変化に混乱しているであろう少年の、決死の意思表示を無視するわけにはいかない。


「じゃあ、私の部屋で一緒に寝ましょうか」

「お嬢さま!?」

「いいじゃない。知らないところで一人で寝るのは怖いものよ。私だって今日は危ないところに行ってちょっと興奮しているから、誰かいてくれたほうがありがたいわ。ね?」


 ハルモニアに目線を合わせると、こくりとうなずいた。

 ユナの大きなため息が聞こえる。


「今度こそ公爵さまに叱られても知りませんからね……」


 リリーと離れることを嫌がるハルモニアをむりやり風呂に入れさせてもらい、清潔な服を着せてあげると、ハルモニアは立ったまま船をこきはじめた。

 慌ててベッドまで引っ張っていくと、「リリーも一緒がいい」とぐずられ、しぶしぶハルモニアの隣にもぐりこむ。


 すぐに寝息を立てはじめたハルモニアを見て、リリーは安心する。


 ――むりやり連れてきてしまったけれど、怖がっていないようでよかったわ。


 ハルモニアは悪夢を見ているのか、小さくうめいていた。苦しそうに歪む顔がかわいそうで見ていられない。


「大丈夫よ。ここにはあなたのことをいじめる人はいないから」


 そう言って頭を撫でると、彼はわずかに目を開けた。


「ほんと……?」

「ええ。私がずっと一緒にいるわ。約束ね」


 そう言って微笑むと、ハルモニアはぐずぐずと泣き出した。リリーはたまらなくなって抱きしめる。

 リリーは子どもの奴隷が存在することを知らなかった。それくらいめずらしい。

 ハルモニアの境遇は知らないし、本人が話したいと思わなければ聞くつもりはないが、孤児か家族に捨てられたかあたりだろう。リリーが考えつくかぎりでも、ろくな人生を送っていないことは明らかであった。

 ハルモニアが落ちつくまで、リリーは彼の背中をさすっていた。


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