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※69:祭りが終わって

 拳闘大会開催直前に、襲撃事件こそ一度勃発してしまったものの。

 その後は秋祭りを大きな騒動もなくやり過ごし、ニーマ市自警団にもようやく日常が戻って来た。多くの団員は、祭りの前と変わらぬ日々を過ごしている。

 襲撃事件での唯一の重傷者だったファリエも、今はピンピンしていた。


 ただギデオンだけは、現在自宅謹慎という形で処分を待っている。解雇が妥当という声が多い一方、元補佐官で現備品管理課の雑用係という転落っぷりに「まあ、酒でも飲まんとやってられないだろうな」と憐れむ声もいくつかあった。

 恐らくは三ヶ月減給となり、ギデオン自身に進退を決めさせる流れになるのでは、というのがシリルの予想である。


「さすがの鉄面皮である彼も、議員の命を危険に晒したとなれば、自警団に居続ける決断は出来ないでしょうが」

 そう付け加えたシリルは呆れ顔にもちょっとだけ、同情の色があった。鬼畜にも一片の慈悲はあるらしい。


 当事者であるカーシュ議員はもちろん本土へ帰還済みだ。

 彼女は今回の襲撃事件について、前言通り自警団への抗議は行わなかった。

「首謀者と目される政敵には、常々裏社会との癒着疑惑がありましたから。違法改造された魔道具を足がかりに、引きずり落としてみせましょう」

と意気揚々であったという。


 ファリエが彼女と最後に会ったのは、アルマの車で自警団本部まで護送した時である。その際に何故か好きな色を訊かれた。

 どうしてだろう、とファリエは疑問に思いつつも

「赤、が最近好きです」

と素直に答えた。これが三週間ほど前のことだ。


 そして本日。

 訓練日である第三部隊は、午後の訓練を堂々とサボっている。

 代わりに慰労会も兼ねてのお茶会を開く予定なのだ。開催場所は、第三部隊のオフィスである。

 当初はいつも通り、飲み会を行う予定だった。しかし以前に執務室で開かれたお茶会を気に入ったシリルと、その他家庭持ちの面々がお茶会を激推ししたため、このような健全慰労会となった次第である。


 皆でお茶とお喋りを楽しみやすいよう、机は壁際に追いやられた。次いで床掃除を行い、開けた空間に大きなレジャーシートを置く。

 適当に好きな場所に座っての、ピクニック風お茶会スタイルである。座りっぱなしでお尻が痛くならないよう、クッションも準備していた。


 アルマはレジャーシートの折り目を手で伸ばしながら、それを手伝うファリエを見た。彼女の口元は、楽しそうに緩んでいる。

「せや、ファリエ。今日やねんけど、帰りにご飯行かへん?」

「え? ご飯ですか?」

 アルマと食事やお茶に行くことは多々あるが、当日急に誘われることは珍しい。ためにファリエは、意外そうにたれ目を瞬いた。


 少し面食らう彼女を見つめ、アルマはわざとらしくのけぞった。芝居がかった仕草で、額もぺしりと叩く。

「あー! ごーめーん! ひょっとして今日、彼氏とデートあったん?」

「なっ、ないですっ!」

 ファリエはたちまち真っ赤になって、がなった。


 襲撃事件ならびに血の味キス事件によって、ティーゲルとの仲は公然のものとなっていた。

 おかげでファリエはこうして、時折同僚にからかわれている。ティーゲルをからかうと、その倍の惚気話をぶつけられる羽目となるため、彼の分もファリエが餌食になりがちなのだ。

 とはいえ二人も業務中は、あくまで隊長と補佐官の立場を優先しており。仕事に私情は持ち込まないよう努めているので、周囲も好意的だ。


 ただ好意的すぎて、団長から

「子どもの名前さ、一緒に考えてもいいかな? ちゃんとお洒落なの考えるから」

と尋ねられた際にはファリエもティーゲルも思い切りドン引いた。

 二人はまだ婚約すらしていないのに、気が早すぎるだろう。あまりの生き急ぎぶりに、ファリエは

「団長、治療院で余命宣告でもされたのかな……だから死ぬ前に、爪痕を遺そうと……?」

としばらく本気で心配していた。


 なお当の団長は、尿酸値がやや高い以外は健康そのものである。


 本部裏手にあるケーキ屋で、あらかじめ予約していたケーキや焼き菓子を引き取りに行っていた面々が、オフィスに戻って来た。

 花柄のレジャーシートが敷かれ、フリンジの付いた可愛いクッションも配置された室内に歓声が上がる。

「わぁ! 秘密のお茶会っぽい! これいいかも!」

「今度はお花も飾ろうよ!」

「あとキャンドルどうよ、キャンドル!」


 引き取り組の一員であったヘイデンも、頬を紅潮させてはしゃいでいたが、途中でファリエの元へとあわあわ駆け寄って来る。彼は焼き菓子が入っているらしき紙袋以外に、細長い箱も抱えていた。

 ファリエとアルマで彼を出迎えつつ、二人そろって首をかしげた。

「ヘイデンさん、お帰りになさい――ところでその箱、なんですか?」

「むっちゃ長いロールケーキとか頼んでたん?」

「いやいや、長すぎでしょ。乗っけられる、まな板もお皿もないよ」


 ヘイデンはアルマの言葉に苦笑を返し、細長い箱をファリエへ差し出す。

「帰り際に総務の人から、預かったんだ。ファリエちゃん宛のお荷物で、さっき郵便で届いたんだってさ」

「お荷物、ですか……?」

 箱をひっくり返すと、たしかに伝票が貼られていた。そこに書かれた差出人の名前を見て、ファリエのみならずアルマとヘイデンも目をむいた。


 まさかのカーシュ議員からの宅配物だったのだ。

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