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20:隊長は上の空

 相も変わらず会議は、退屈で冗長としている。頬杖をつくティーゲルは、眠気に負けないようにするので精一杯だ。さすがにこれ以上、白目をむく醜態は晒せない。

(夜の眠りは浅いままなのに、こういう時に限って眠くなる……なんとも理不尽だ)

 不機嫌そうに眉根を寄せて目を細め、つい内心で不平をこぼす。


 眠気覚ましも兼ねてこっそりと隣を盗み見れば、同席中のファリエは綺麗な横顔をキリリと引き締め、他部隊隊長の報告を熱心に拝聴していた。

 手元のノートにも、報告内容の要点が素早く書き留められていく。箇条書きで、矢印等の記号も的確に使われた、非常に分かりやすいノートだ。


 また、そこに書かれているのは走り書きの文字群のはずなのに、ティーゲルがじっくり丁寧に書いたものよりも綺麗で読みやすかった。軽い敗北感と、彼女への深い敬意を覚える。


 ファリエは慣れない補佐官業務だろうに、文句のひとつも言わずにティーゲルを支えてくれていた。

 幸い事務作業については、部隊付きの事務員二人も積極的に協力してくれているようだ。彼らはファリエの真面目さや覚えの早さを歓迎しつつも、揃って

「ちょっと危なっかしくて、娘の小さい頃をつい思い出してしまいます」

「姉のところの姪っ子みたいで、放っておけないんですよね」

とも評していたので、どことなく頼りない雰囲気も協力を漕ぎ着ける一助となったようだ。


 とはいえ補佐官はただ、隊長が抱え持つ書類や各種手続きの管理・代行をするだけではない。

 その一環がこの、まどろっこしい会議である。忌々しいことに秋祭りも近づいて来たため、開催頻度もそれに比例して増えていた。増えるな。

 補佐官は会議のたびに、議事録を取る必要がある。以前は団長付きの補佐官が取った議事録を複写して配布していたが、その頃はびっくりするぐらい隊長の出席率が低かったらしい。


「ウチの隊で報告することもないし、後で議事録を読めばいいだろう」

というのが、当時の隊長たちの欠席理由だったようだ。

 そこで出席率回復の解決手段として、議事録の配布を取りやめた挙句、隊長と補佐官を連座で出席させる形式になったそうなのだ。

 当然思うところはあるものの、会議嫌いのティーゲルは先人たちを責めることが出来ない。


 他にも補佐官は、会議で決まった案件等々を隊長の予定表にねじ込んだり、あるいは隊員への周知が必要な決議があれば、その諸準備も行わなければならない。

 場合によっては、頭が固くて腰の重い隊長や副隊長の尻を蹴っ飛ばし、業務全体の流れを見直すよう提言する必要もあるのだ。


 隊長・副隊長の尻叩き係も兼任しているため、ベテランの事務員の中から補佐官を選任するのが通常の流れだ。

 そのため彼らにとっては慣れるのも早い業務が多いのだろうが、なにせファリエは事務員未経験かつ、自警団団員としても入団二年目。社会人経験自体も二年目の、とんでもないド新人なのだ。


 時折目を白黒させている現場に居合わせると、申し訳なさでティーゲルの頭もうなだれてしまっていた。にもかかわらず、彼女が愚痴らしい愚痴をこぼさないのがまた、申し訳なさと感謝に拍車をかけている。


 ティーゲルの眼力に気付き、ノートと発言者の間で視線を行き来させていたファリエが、束の間彼を見上げた。彼とばっちり目が合うと、たれ目がちの大きな瑠璃色の瞳が、一瞬びっくりしたように見開かれる。


(あ、まつ毛も長いんだな)

 ふとそんな、取り留めのなさすぎる感想がぼんやり浮上する。

 ファリエは見つめられている理由が分からず、うっすら白い頬を赤らめて困惑した様子だったが、慌ててティーゲルが笑いかけるとホッとしたように微笑み返して、またノートへ視線を向け直した。


(特に理由もなく笑ったのに、そのままごまかされちゃったぞ。ファリエ嬢、いい子過ぎるだろう……これでは悪い連中に騙されないか、心配になるな)

 ごまかし笑顔がつい、苦笑いに代わってしまう。

 悪い連中の筆頭が自分およびシリルである気もするのだが、これには気付かなかったことにしよう。


「――以上で、第二部隊からの報告は終了です」

 締めくくりの言葉だけは、ぼんやりしているティーゲルの耳にも届いた。視線を前方へ戻すと、ホッとした安堵顔の第二部隊隊長が壇上から降りるところが見えた。

 併せて傍聴側から、おざなりな拍手が響く。


 次は、彼の番である。

 いっそ「特にないです」の一言で終わらせようか、と毎回考えてしまうのだが――

「ティーゲル隊長、はい」

声を潜めたファリエが、報告用の原稿を差し出してくれた。この原稿は事務員コンビではなく、ファリエ謹製である。

 ギデオンが補佐官だった頃には考えられないサポートの手厚さと、こちらを勇気づけるような微笑みに、思わず胸がキュンとする。


(いやいや、キュンはおかしいだろ。ここは感動すべきところだろう)

 不埒な己のときめきに呆れつつ、どこかティーゲル以上に緊張した様子のファリエへもう一度笑いかけた。

「ありがとう、ファリエ嬢。いつも見やすくて助かるよ」


 これはお世辞ばかりではない。実際彼女の作ってくれる原稿は、要点に赤線が引いてあったり、目が滑らないよう行間を広めに取られていたり、とにかく見やすい。

 また自分のような低学歴でも分かりやすいよう、出来るだけ簡単な単語を選んでくれている点も、ありがたかった。


「い、いえ……恐縮です」

 照れてもじもじと指をこねる彼女に報いるよう、ティーゲルも気合を入れ直して席を立った。

 他の隊長たちも、ティーゲル同様どこか気だるげな者が多い。だいたいが頬杖をつき、遠い目をしている。中には思い切り、船を漕いでいる者もいた。


 前隊長のようにお勉強好きな方も半数ほどいるはずなのだが、どうやら勉強熱心でも会議に集中できるわけではないようだ。

 今までティーゲルは、自作の拙い原稿の見返しに必死だったため、そのことに気付く余裕がなかった。新鮮な発見に小さな面白味を覚えつつ、

(つまりこんな退屈な場でも、ああも熱心なファリエ嬢はだいぶ変わり者なんだな)

とも再確認した。


 優秀な吸血鬼の魔術師なのに、こんな人間の地方都市に出てきているのだから、変わり者で当然なのかもしれないけれど。

(ニーマ市に移住した理由も、機会があれば聞いてみたいものだ)


 吸血鬼の暮らしや生態について、ティーゲルはほとんど無知だ。魔力切れによって彼女を飢餓状態に追い込んだのは、自分の知識ならびに配慮不足によるところも大きいと考えているので、いつか詳しく知りたかった。

 これらも可能であれば、彼女自身の口から。


 そんな呑気な思考で行われた報告は、今までの強張って抑揚のない声でのものとは異なり、普段通りの朗々とした聞きやすい仕上がりだった。

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