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19:会議前の一幕

 質素倹約な追加報告書が総務部に案外歓迎され、無事に夏の賞与が前回よりも少し色付きで支給されることとなった。

 もちろん第三部隊の面々の仕事ぶりが、癖の強い副隊長や前補佐官にもめげずに優秀であったことが、支給額増の一番の理由であろうが。


 先輩たちから石を投げられたり、紫外線を照射されることなく済んでよかった、とファリエは密かに胸をなでおろしていた。

 吸血鬼と人間が対立していない昨今、紫外線を照射する魔道具が現存するのかは怪しいところではある。もっとも今は夏なので魔道具など使わずとも、虫眼鏡で日光責めにされるだけでも十分かもしれないが。

 そんな彼女は現在、ティーゲルの補佐官として働きつつ、引き続き魔術師として街の治安維持活動も行う二刀流状態だ。


 本来の補佐官は、隊長 (と、たまに副隊長)の参加する会議に帯同したり、スケジュールを管理したり、隊長の決裁が必要な書類の管理を行ったり――あるいは隊長の代筆として書類作成を行うのが主な仕事だ。

 なお代筆はよろしくない行為とされているものの、どういうわけか隊長職に就く人間は悪筆が多い。こういった事情もあって、黙認されているのだ。


 だがファリエは魔術師も兼任のため、書類関係に関しては第三部隊に所属する事務員二人に助けてもらっている部分がかなり大きい。代筆などは特に。

 補佐官というよりも、事務員たちと隊長・副隊長の間を行き来する伝書鳩のような立ち位置が正しいであろう。


 今も会議の前に、事務員二人との軽い打ち合わせを行っていた。

 一人の事務員の机の前に立ち、彼らに準備してもらった書類についての説明を受けているのだ。

 年嵩としかさの女性事務員が、机に並べた書類についてそれぞれ簡単な説明を行ってくれる。

「こちらが集計済みの経費一覧、こちらが今月の事案報告書になります。それぞれ他部隊の隊長方も含めた、会議の参加人数分を準備しておりますので」

 経費、事案、と指さし確認しつつ小声で復唱したファリエが、深い青色の瞳を潤ませて勢いよくお辞儀。

「はいっ、ありがとうございます! ほんとに、何から何までお世話になって、すみません……」


 頭を下げたまま、己の至らなさと不甲斐なさで段々と声が小さくなったファリエに、女性事務員は快活に笑う。

「いえいえ。こちらこそ、ファリエさんが補佐官になっていただいて感謝してますし」

 この机の持ち主である、ファリエと年齢の変わらない青年事務員も深々とうなずいて同意。

「申し訳ないけど僕たちは、あの人の後釜になる勇気なんてなかったもんで。本当に助かってます」

 あの人とはもちろん、ファリエの前任のギデオンだろう。


「そうそう。それに今までは、補佐官との連携も全く取れていませんでしたし……」

 女性事務員からも「名前を呼んではいけないアイツ」扱いのギデオンであるが、それよりも彼の怠慢ぶりが事務員にも迷惑を及ぼしていたことに、ファリエは顔を歪めた。


「そ、そんなに、酷かったんですか……?」

 胸元に手を重ね、恐々と尋ねるファリエへ女性事務員は神妙な声で返す。


「ええ、それはもう。ファリエさんはご自分のことを『伝書鳩ぐらいのお仕事しか出来ていない』と以前おっしゃってましたが、あの人は伝書鳩の仕事すら出来ておりませんでしたから」

「ですよね。うっかり籠から飛び出して帰る場所が分からなくなって、そのまま公園に住み着いて、暇なお年寄りから豆貰ってる野良鳩ぐらいが関の山だったと思います」

「そうそう。だってあの人、物凄い役立た――私たちを全然信用してくれなかったものだから、いつも業務が滞っていたんですよ」


「わぁ……」

 おっとり穏やかな女性事務員から「役立たず」というキラーフレーズが途中までまろび出たことで、ファリエはアホ面で感嘆するしかなかった。

 今まで現場で走り回っていることが多かったファリエは、オフィスに戻って来た時しか事務員とも接点がなく、彼らの詳しい内情までは知らなかった。


 新しく隊長になったティーゲルは、どうやら古参の補佐官であるギデオンと上手く行っていないらしい、という程度しか把握していなかったものの、ギデオンのもたらす害は同僚である彼女たちにも及んでいたようだ。


 束の間呆気に取られていたファリエだったが、すぐに脳裏にあの、ゴミ箱と大差ない有様だった彼の机がよぎった。掃除はしたものの、無理な詰め込みによって引き出しが壊れており、結局廃棄処分となったギデオンの机だ。

 捨てざるを得なかったあの机の惨状を思い出すと――そりゃ同僚にも迷惑をかけていて当然か、と納得も出来た。

(他の部隊や部署や、市民の方から怒鳴り込まれていないだけでも、きっと奇跡なんだろうな……)


 二人のこれまでの苦労をつゆほども知らなかったことへの謝罪と、彼らへの感謝の気持ちを改めて込めて、ファリエはもう一度お辞儀をした。今度はゆっくりと。

「ほんとにありがとうございます。わたしもまだまだ、いっぱいご迷惑をかけてしまうかも、ですが……でも、これから頑張って、補佐官の仕事も覚えていきます」


 殊勝しゅしょうなファリエの姿に、事務員二人はこっそり視線を交わす。双方ともにどこか嬉しそうな、温かい眼差しだ。

 代表して女性事務員が、彼女の華奢な肩を軽く叩く。

「ゆっくりで大丈夫ですよ。ファリエさんに代わってくれたおかげで、今は私どもも元気が有り余ってますから」

「ですね。気負わず、お互い頑張りましょう。新しい隊長はまだ若いから、色々と手もかかりそうですし」

「いい人だけど、事務仕事は下手っぴだものね。じっとしてるのも苦手って、ご自分でも仰ってましたもの」


 笑顔まじりの女性事務員の嘆きには、思い当たる節しかないため、顔を上げたファリエも男性事務員と一緒になって、つい笑ってしまった。

 幸いにして、彼らとも友好的な関係を構築していけそうだ。


 三人でその後も和やかに打ち合わせを行っていると、執務室の扉が音もなく開いた。そちらに背を向けている三人は、生憎まだ気付かない。

 執務室からは自前のノートとペンを持った、至極嫌そうな顔のティーゲルが出て来た。全身で「俺は会議が嫌いです」と訴えかけている。


 ティーゲルは事務員二人と楽しそうに談笑するファリエを見つけると、一瞬おや、と目をまたたいたものの、すぐに顔をほころばせる。

「なんだか楽しそうだな」

「ひゃっ――あ、隊長」

 視界の外から明朗な声で話しかけられ、思わずビクついたファリエだったが、振り返って笑い返す。


「お二人と、会議の打ち合わせをしてました。書類もばっちり、準備していただいてます」

 机に積み上げられた書類を、両手を広げて示すものの、ティーゲルは湿っぽい表情になる。

「会議の話でよく盛り上がれるなぁ……俺は悪夢にうなされていたというのに」

 予想通りの反応であったため、三人は視線を向け合ってつい含み笑いとなる。


 薄っすらニヤつく彼らを、ティーゲルは不可思議そうに見下ろした。

「そんなに会議が好きなのか……君たちは相当な仕事好きだったんだな。俺も見習わねば」

 そして心底感心したように呟くものだから、こらえきれずに三人は吹き出した。

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