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17:魔術の申し子

 不機嫌顔の、シリルの目が殺気を帯びて光る。

「この際折角ですし、点検道具とついでにあの馬鹿も連行いたしますか? そのまま馬鹿に点検をさせれば一石二鳥です。いざとなれば、この件を理由に逮捕も可能かと」

 あの馬鹿とは勿論、ギデオンのことである。


 意趣返しとしてはなかなかいいかもしれないが、ティーゲルはその案に躊躇。下唇を軽く噛み、小さくうなった。

「……しかし、そんなことをしては余計に備品管理課との仲がこじれないか? 俺たちにも、魔道具の管理がいい加減だったという落ち度はある」

 彼の指摘ももっともなため、シリルも沈黙。


「あのう……」

 バングルの数に唖然となっていたファリエが、ここでおっかなびっくり右手を挙げた。

「もしよければ、なのですが……この検査、わたしが代わりにしましょうか? 検査はしてたけど、まとめて保管してそのまま修理に出しそびれてた、の方がまだ角も立たなさそうですし……たぶん」

 彼女の方を見下ろし、ティーゲルは目をまたたく。


「ファリエ嬢が? 君は、検査道具を持っているのか?」

 魔術が使えるのに魔道具が必要なのか、と不思議そうな彼に慌てて首を振る。

「あ、いえ、すみません、道具はないんですっ。でも道具がなくても、検査用の術式は知っていますから」

 持ち上げていた右手を下ろし、両手の人差し指を胸の前でこねこねさせながら、ファリエは赤い顔でそう言い切った。


 吸血鬼たちは「魔術の申し子」という別名を持っている。その名前通り、種族全体が膨大な魔力量を有しているのだ。

 だが彼らの魔力が、生命力そのものにもつながっていることは、案外他種族に知られていない。


 怪我や大病などで生命力に陰りが出れば、生命力と同義である魔力もまた低下するのだ。よって非常時に備え、魔道具を持っている吸血鬼は多い。ある程度の良識を備えた吸血鬼であれば、一つぐらいは必ず持っている。

 そして歴史上初めて魔道具を生み出した人物が吸血鬼だということは、吸血鬼たちにすら知られていない一幕だったりする。


 以上の事情により、吸血鬼たちは魔道具にも精通しているし、もちろん点検用の魔術だって覚えていて当然なのだ。

 だが他種族であるティーゲルとシリルに、そういった吸血鬼たちの事情を説法したところで、さほど興味もないという顔をされそうな気がする。特にシリルは、露骨に無の表情を晒しそうである。


 よってファリエも

「わたしたちもいざという時のために、魔道具を持つことはありますから。わたしも自前の日傘に、護身用の術式を刻んでいますし。なので、点検も一通り出来ると思います」

と、当たり障りのない説明だけをした。


 なるほど、と深々うなずいたティーゲルだったが、続けて縋るような顔になって少し身をかがめる。

「ではファリエ嬢は……俺たちが備品管理課にこっぴどく叱られる前に、こいつらを秘密裏に調べてくれるのだろうか?」

「あ、はい、わたしでよければ」

 ティーゲルは自分よりも年上で、普段はとても頼りがいがあるのに。こうやって時折、仕草に幼気いたいけさがにじみ出るのだ。

 今もうっかり両親お気に入りのグラスを割ってしまい、困り果てている子どものように見えて、ついファリエも微笑んだ。


 それとは逆に、政敵の暗殺でも企んでいそうな非常に悪い表情のシリルも、満足げに両手をそっと合わせる。

「これ以上、彼らに借りを作らずに済むのは幸いです。あの馬鹿を引っ張り出せないのは、少々癪ですが――それではファリエさん、お手数ですが点検をお願いいたします」

「ひゃ、ひゃいっ」

 まだギデオンへの報復が足りていないのか、と備品管理課同様に執念深い彼に内心怯えつつ、ファリエは忌まわしきクッキー缶の中身に向き合った。


 缶はかなりの期間、書棚の上に放置されていたらしい。外側だけでなく、バングル型の魔道具が押し込まれていた缶の内側も随分と埃っぽい。

 ティーゲルやシリルは、ギデオンの在職中に何も疑問に思わなかったのだろうか――ファリエは一瞬そう考えたが、すぐに先日執務室で見た光景を思い出す。


 お互いに全く信頼関係を築けておらず、おまけにこうして机の間に棚を置くような間柄だったのだ。確実な疑念でも抱かない限り、古ぼけたクッキー缶にわざわざ触れないだろう。それに自警団団員の、備品管理の荒さは周知の事実だ。数が合わないこともしばしば起きる。


(ギデオンさんがもちろん悪いけど、お互いに気が合わなかったことも、やっぱり原因の一つよね……とにかく点検しなくちゃ)

 そんな結論に至り、ファリエはバングルの上に白い小さな手をかざした。

 次いで自身の体内をめぐる魔力に干渉して、術式を構築する。それは、魔道具に刻まれた術式へごく微量の魔力を流し、術式に欠損等がないかを検める魔術である。


 彼女が魔術を実行するや否や、バングルに刻まれた術式が淡く光り始めた。魔術に疎い男二人が、おおっと素直に歓声を上げる。

 バングルの多くは淡い光をたたえているものの、中には不規則に明滅するものや、はたまた全く光らないものも十点ほどあった。


 ファリエは手をかざして魔術を継続したまま、もう片方の手で明滅するもの・光らないものを箱から取り出して机に並べていく。

「……はい。この子たちが、整備の必要な魔道具みたいですね」

 魔術をかき消して、ファリエは安堵したようにたれ目を細めて、一つうなずいた。


 魔力の欠片も持たないティーゲルは、琥珀の瞳をキラキラさせて感動に打ち震える。

「一瞬で終わったのか! さすがは魔術の申し子だな! すごいぞ、ファリエ嬢!」

 シリルも珍しく、恐れ入ったようにしみじみと深いため息を吐く。

「なんと。これは思わぬ僥倖ぎょうこうでした。隊長、よくぞファリエさんに血を吸われて下さいました」


「そっ、そこまで凄いことじゃないです! 吸血鬼だったら、出来る人がほとんどですし! あと吸血は、出来るだけなかったことに……!」

 照れと焦りで赤くなり、ファリエは涙目であわあわと両手を上下させる。

「わたしはちょっと、魔力が余ってるだけですから……あと魔石の破損がないかは、結局目で見て確かめないといけませんので……」


 おや、とシリルがまばたき。軽く首をかしげる。

「そちらは魔術で検査されないのですね」

「はい……そこまで調べることはあまりないので、わたしたちも魔石の点検用の術式までは覚えていなくて。気になる時は目視確認してます……すみません」

「なるほど。ですが全てを魔術で解決されず、適時効率的な方法を模索なさる姿勢を、私は好ましく思います」

「あ、ありがとうございます」

 珍しくシリルから素直に褒められ、ファリエは両手を胸の前で組み、頭を下げる。


 硬い魔石が欠けること自体が稀であり、少々欠けた程度では魔術の発動にも支障はない。加えて、魔石が大破した際は魔術が使えなくなるだけなので、事故など起きるわけもない。


 よって魔石の点検までは義務付けられておらず、魔道具業者でもない一般吸血鬼ならびに人間はそこまで調べないのだ。自警団においても、魔石の点検は推奨であり義務ではない。

 ただ今回に限っては、バングルたちは狭い箱に押し込められていたので、割れている可能性がある。少しでも備品管理課の心証をよくするためにも、魔石の目視点検も行うべきだろうが。


 恐縮する彼女に、ティーゲルは笑って首を振る。

「それでも術式の点検が一瞬で終わったのは、本当に助かる。ありがとう、ファリエ嬢!」

 キラキラとした笑顔のまま朗らかに感謝されて、ついファリエの頬を赤らむ。

「い、いえ……お役に立って、よかったです」

 もじもじと照れて、視線を落とした。縮こまる彼女を見下ろすティーゲルの眼差しは、穏やかで優しかった。


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