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16:闇深きクッキー缶

「机の書類は、こんなものだろうか」

 圧倒的質量を誇る、期日破りの箱の前に改めて立ち、ティーゲルは軽くため息。

 これから関係各所への謝罪行脚あんぎゃが待ち受けているとはいえ、一応、第一段階は終了したのだ。ほんの少しだけ、達成感を覚える。


 ファリエも机の引き出しを外し、奥に残されている書類がないかも確認してから、大きくうなずく。

「はい。机はこれで全部だと思います。あとは……」

 引き出しを戻しながら、ギデオンの机の隣にある書棚を見た。パンドラの箱、その二である。


 ティーゲルと極力顔を合わさないよう、両者の机を断絶する形で置かれている書棚は、ファリエの身長よりおそらく十五センチほど高い。百七十五センチ辺りだろうか。

 ただ横幅はさほどなく、また書棚に詰め込まれているファイルも背表紙を見る限り、過去の報告書や出納帳すいとうちょうの類が多くを占めているらしい。


 こちらには爆弾はあまり仕込まれていなさそう、と内心で安堵したファリエの目は、書棚の上に縫い付けられた。

「あれ? 棚の上に、何か箱がありますね」

 ちらりと見える影から察するに、どうやらブリキ缶らしい。


 書棚より更に十センチほど背丈の高いティーゲルが、それをひょいと手にした。ブリキ缶を机に置きながら、太い眉を訝しげにひそめる。

「見てくれは大きなクッキー缶だが、それにしては随分と重いな」

 たしかに外見上は、一抱えほどあるクッキー缶だ。側面に書かれた店舗名を見ると、自警団本部の裏手にあるケーキ屋のもののようだ。


 ただ机に置く時も、中からガシャガシャと金属音がした。缶の上部にはうっすら埃も積もっているので、購入当時のクッキーが入りっぱなしの可能性は低いだろう。

 缶を動かしたはずみで空中に舞った、埃を吸い込まないようシリルも口元を腕で覆って、眉をひそめる。

「何が入っているのでしょうか。内部から金属音もしておりますので、現金の可能性もあるのでは」

 手を振って埃を散らすティーゲルがまさか、と彼の呟きに目を丸くした。


「職場にへそくりを置いておくか? 普通は家に隠しておくものだろう」

「自分の給与や小遣いでしたら、自宅に忍ばせておくのが一般的ですね。ですので、自警団の金銭を隠し持っていた可能性もあります」

 彼が言わんとしていることを察し、ティーゲルも真顔に。


「書類の隠匿に加えて、横領の可能性もあると?」

「あくまで推測ですが」

「……クッキー缶で、横領を? 子どもじゃないんだから、まさか」

「普通はあり得ませんが、相手は奴ですので。いずれにせよ、開けた方がよろしいかと」

 シリルが言い終わる前に、埃にむせつつティーゲルが缶を開けた。


 幸いにして、ギデオンは団の金銭にまでは手を付けていなかった。

 怠け癖こそあるものの、そこまで倫理観が死んでいるわけではなかったらしい。

 ただその怠け癖に関しては、コソ泥も裸足で逃げ出すレベルの凶悪さであったと思われる。


 中に入っていたのは、バングル状の魔道具だった。

 それも缶いっぱいに詰め込まれており、引き出し同様の過積載かせきさい状態だ。よくぞ今まで、缶の蓋がはじけ飛ばなかったものである。


 人間の過半数は魔力を持たない。そんな彼らが魔術を使う際に用いるものこそが、魔道具である。

 用途に応じて様々な形状のものが作られているが、魔力を肩代わりする魔石がはめられていることと、本体に魔術の術式が刻まれていることは共通している。


 なお魔道具は、ここニーマ市の主力産業でもある。市内に魔道具工房を数多あまた有していることもあって、自警団からも団員へ、非常時用の魔道具が支給されている。


 そしてクッキー缶の中のバングルにはいずれも、支給品であることを示す「ニーマ市自警団」の刻印も施されていた。

 その刻印から諸々を察した一同が、たちまちしょっぱい表情となる。

「あの……どれも年季が入ってますし、これってもしかして……」

「ああ。恐らく定期点検が面倒で、ここに押し込んだんだろうな」

 バングルを指し示す青ざめたファリエに、ティーゲルが重苦しい声で同意。


 魔力がなくても魔術が使える夢の道具だが、もちろん道具である以上、経年劣化や破損の危険性はある。

 それらによって魔術が誤作動すれば、最悪大事故につながることもあるし、過去にも実際に起きている。

 よって魔道具には、たとえ施されている術式がどれだけ些細な代物であったとしても、定期点検が義務付けられているのだ。国によって定められた時期に点検を行い、不備があれば専門業者に修理を依頼するのが、魔道具を持つ者の義務である。

 なお違反者には最悪の場合、懲役刑または罰金刑が課せられる。


 クッキー缶のバングルたちは、その定期点検を受けられずに「なかったことに」された面々と推察された。つまり懲役または、罰金をもたらす可能性を秘めているのだ。

 額に手を当てたシリルが、うつむいて大きく息を吐く。

「道理でいつも、管理簿と数が合わなかったわけです……」

 管理簿と実際の在庫数が合わず、備品管理課にいつも嫌味を言われるのは、副隊長であるシリルの役目だった。もちろん彼の場合、言われるたびに百倍にして返り討ちにしていたのだが。


 たださすがの彼も「もっと身内を疑うべきだった」と、少しだけ反省する。

 次いで、いつも返り討ちに遭っていた備品管理課が、真犯人のギデオンを引き取ってくれた理由も悟る。シリルに一切身に覚えがない様子であれば、ギデオンが何かをやらかして第三部隊に秘匿している可能性がある、と彼らが察していてもおかしくない。


「恐らくこちらの備品の管理状況に不満を持っていたからこそ、その原因と思われるギデオンを引き取り、そのまま飼い殺しにする算段なのでしょうね」

 他部隊に異動されて、そこでも同じ問題を起こされてはたまったものじゃない、ということらしい。職業意識が高いと言うべきか、執念深く狡猾と評するべきか。


 ティーゲルも太い腕を組み、背中を力なく丸めてため息をついた。

「つまりこのバングルたちも、早急に処理する必要があるわけか……しかし、魔道具の点検となると」

「はい。別途、検査用の魔道具が必要となりますね」

 応じるシリルも陰鬱いんうつとした声だ。


 検査用の魔道具は、各部隊に常備されていない。なにせ必要となるのは、定期点検時のみである。

 使用頻度の低い備品は、備品管理課で保管されているのだ。そして必要な時に、各部隊で貸出申請を行っている。

 つまり、知らず知らずの内に備品隠しの件で恨まれていた備品管理課へ、貸し出しのお伺いを立てなければいけないのだ。これは物凄く、気まずい。


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