目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報
15:隊長の秘められし才能

 ギデオンの机の中では書類や文房具やその他備品が満員御礼状態であるが、全てがごちゃ混ぜで混然一体となっていた。

「うーむ……これは見事なまでの散らかりよう。辞書の『混沌』という項目に、見本図として載せたいかもしれない」


 手つかずだった、机の二段目の引き出しを開けたティーゲルは、シャツをまくって露わになった太い腕を組んでしみじみうなった。引き出しの収納可能な容量を無視して詰め込まれていた書類や文房具が、全開にした途端はじけるように飛び出して来たのだ。


「何を馬鹿な事を仰っているんですか。現実逃避をなさるお暇がございましたら、手も動かしていただけませんか?」

 辺りに散らばった書類をファリエと共に拾うシリルが、灰色の目を細めて鋭い視線を投げかける。もちろん二人も、動きやすいようジャケットは脱いでいる。

 彼の声につられてファリエもティーゲルを見上げ、こてりと首を傾げた。


「あれ? ティーゲルさ――あ、すみません、隊長」

 今までの癖でまた役職名を忘れてしまった。慌てて訂正したが、彼は朗らかに笑い飛ばす。

「すまない、呼びづらいだろう。俺も隊長と呼ばれるのは、今でもかなり照れくさいからな」


 怒らせたわけではない、と分かって安堵したファリエだったが、居座る気恥ずかしさでへどもどと続けた。なんだか子どもの頃、基礎学校の担任教師を「お母さん」と呼んだ時の気持ちに似ている。

 ちなみにその教師はふくよかで、おっとりと包容力のある――男性だった。

「あ、いえ、すみません、まだちょっと慣れてなくて……それでですね、隊長。あの、書類がいっぱいなのに、ちょっと嬉しそうな気がするんですが……いいことありました?」


 ファリエの指摘で気付き、シリルも口をへの字に。

「たしかに、ニヤけていらっしゃいますね。何ですか気色の悪い」

 右腕による酷い言い草にまた笑い、ティーゲルは広い肩を一つすくめる。

「ああ、すまない。しかしここまで隠し持たれていたとなると、逆に愉快な気分にならないか?」

「いいえ、全く」

 一刀両断に否定されるが、ティーゲルは慣れているので全く気にしない。


「だがまるで、冬眠前のリスのようだぞ」

「リスという生き物は、食べるために食料を集めて貯蔵するものです。ただ貯め込んで腐らせるなんて、リスよりもよほど悪質ではありませんか。そもそもあの男には、リスのような愛くるしさなどございませんが」

 シリルにも小動物を愛でる気持ちはあったのか、とファリエが内心で感心する。


 一方のティーゲルは、二人にならって床にしゃがみこみ、押し込まれてしわだらけになった書類拾いを始める。

「ふむ、それもそうか……確かに愛嬌はなかったかな」

 納得した様子の彼を、シリルは拾ったペンで指し示す。

「更に申し上げれば隊長の方が、リスに似ていらっしゃると思いますよ」


 ぱちくり。ティーゲルは不可思議そうに、琥珀色の猫目をゆっくりまばたき。

「そうだろうか? つまり俺は可愛い、のか?」

 自分を指さし、ちょっと照れている。その仕草でシリルの眉間の皺が、更に深さを増した。

「図体も大きくむさ苦しい貴方が、可愛いはずないでしょう。どれだけ自己肯定感の塊でいらっしゃるのですか」

「それもそうか。しかし、君は遠慮がないなぁ」


 情け容赦なしに否定され、ティーゲルがかえって楽しそうに呟くと、シリルは不愛想なまま鼻だけで笑う。

「遠慮しても、何の実りもございませんから。貴方はよく制服のポケットに、どんぐりを貯め込んでいらっしゃるでしょう」

 視線を一度上に持ち上げて記憶をたどり、ティーゲルはにっかり笑う。


「――ああ、あれか! あれは巡回中に、街の子どもたちから貰うんだ。きちんと持ち帰らないと失礼だろう?」

 馬鹿正直な回答に、シリルは嘆息。拾い上げた書類の向きを確認しつつ、ざっくりと日付順に束ねている。

「ご事情は分かりましたが、それにしても貰いすぎでしょう。よくポケットが、パッツパツになっていらっしゃいますよね」


 ファリエも思わず、その様子を想像して小さく微笑んだ。丸まっていた紙を広げながら言う。

「隊長は、お子さんからも人気ですよね」

 以前に一度だけ二人で街を巡回した際、子どもと年配者からよく声をかけられていたのを思い出したのだ。

「そうかもしれない。ありがたいことに、子どもたちから慕ってもらっているようだ――あ、もちろんどんぐりは虫食いの可能性もあるから、ちゃんと庭に埋めているぞ!」

 後半は少し焦った口調になって腰を浮かせ、後ろを振り向いた。ファリエとシリルもつられて、背後の壁へと振り返る。


 白い壁にはカレンダーと、「備品は命より重い」という最近作られた標語が貼られており、その隣には黒い木枠の窓があった。

 窓の向こうには、自警団本部の中庭が広がっている。

 庭師によって管理されている中庭には、花々や樹木が秩序だって植えられているのだが、執務室の周辺だけ妙に樹木の比率が高い。ブロッコリーのように、みちみちとひしめき合っている。


 しかもどの木も、まだ小さく若々しい。

 そのため現在は一応、中庭全体を見渡せているものの、あと数年もすれば窓から樹木以外を拝めなくなるかもしれない。

「……植えられたドングリの中にはしっかり発芽して、成長したものも多々あるようですね」

 渋い表情で口元を引き締めたシリルが、若木たちは上司の仕業であることを察した。


「リスは度々、地中に隠した木の実の存在をそのまま忘れてしまい、結果的に種子の散布に貢献していると聞きます……隊長、貴方の行動はまさしくリスそのものです。リスの適性が非常に高いようですね」

「なんだと! 俺に、そんな才能があったのか……?」

 ハッと口元を押さえて驚愕するティーゲルの様子がおかしくて、ファリエも今度はコロコロと笑い声をあげた。


 ティーゲルの頓珍漢な発言のおかげで少し空気も和んだ。

 そこで一気呵成に、三人は机から引っ張り出して積み上げた書類たちの、仕分けと後始末を始めることにした。

 まず書類を、大きく分けて三種類に分類する。


 一つ目は「期日前なので、大至急かつ最優先で処理」。

 二つ目は「期日後のため、対応可否について発行元に謝罪とお伺い要」。

 三つ目は「期日を大幅超過。恐らく後の祭り案件であり、必要に応じて発行元へ平謝りをすること」。


 以上の三つだ。

 仕分けは主に、ファリエとシリルが担当する。

 ティーゲルには最優先で処理を行う必要がある、期日前書類の確認を担当してもらった。


 ただ悲しいかな、期日を過ぎてしまった書類の方が圧倒的に多い。また、前隊長の就任時代から隠匿されていた、はるか大昔の書類もまあまあ発掘されるのだ。

 当初は発行日と期日を見てはめまいを覚えていたファリエも、後半になると無心でそれらを「期日大幅超過」と書かれた箱へ突っ込むようになっていった。そう、あまりの多さに罪悪感が麻痺したのだ。


 他にも期日前ではあるものの、汚損おそんが酷すぎてこのままでは提出できない、発行元にやはり陳謝が必要なものも度々出土している。

 そのためもっぱら、三人揃って仕分けを行う時間の方が長かった。


 三人で行っているため、仕分け自体は案外順調に進む。

 途中で何度かシリルが「あのクソ野郎め」「社会的に始末しなければ」と、ギデオンへの呪詛めいた呟きをこぼしていたものの、そのたびにティーゲルがなだめることで備品管理課への討ち入りは未然に防げている。

 あくまでも、ティーゲルの理性が保たれている今のところは、だが。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?