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【結】年末年始

 街に朝がやってきた。

 どこであろうと、太陽と地球のある限り結局朝は来るのだ。

 それがクリスマスの朝なのは、人間がそう思うからでしかないが、生き残った人間の中には祭を仕切り直す脳天気な者もいた。

 これが街中に異界獣の死骸が散乱していたならともかく、俺がすっかり一カ所に集めて処分してしまったのだから、十数年前の惨劇に比べれば、悪夢だったと思えないこともない。


     ◇◇◇


「ああああ――――っ! やめたやめたぁ!」

 スパァンッ!

 俺はベッドの上から、辞書ほどもある分厚いマニュアルを床に叩きつけた。ほこりが舞って、カーテンから漏れる日の光を白く浮き上がらせる。

 今いるのは教団本部の部屋じゃなく、弓槻のいる教会で間借りしてるあの部屋だ。そして今は、クリスマス・イブの翌朝、クリスマス当日。あの騒ぎの翌日だ。

「ったくもう、バリア的なものがあるんなら、最初から言ってよ、ったく……。本気で死ぬかと思ったんだからな!」

 俺は壁に立てかけられた、例の腐れ剣に毒づいた。

 腐れ剣が俺の羽を糧にして超高密度バリアを展開するというその事実も、先ほどブン投げた分厚いマニュアルから、今さら得た情報だった。

 いまいましい腐れ剣は、本名を大双剣デュアルディバインセラフィム・イーターという。この縁起の悪いふざけた名前をつけたヤツには、後でキッチリとお仕置きするしかない。とりあえずヤツはあれから電池が切れたみたいに、ずっと黙ったままだ。ま、その方がいい。

「何の音!?」

 いきなりドアをバタンッ、と開けて血相を変えた弓槻が部屋に飛び込んできた。昨日シスターベロニカに預けたクリスマスプレゼントは無事彼女に届けられた。カマキリの頭部は所有権を放棄した弓槻の手で、教団本部に不燃ゴミ、もといサンプルとして送られ、天使の翼を模したシルバーペンダントはいま、彼女の胸で揺れている。

「ご、ごめん。本を落としただけだから。なんでもない」

「ふうん」

 訝しげな目で俺を見ると、弓槻は床にたたき付けられてグチャっとなったマニュアルを拾い上げた。

「落としただけで、こんなになるわけないでしょ!」

 弓槻がギロリと俺を睨んだ。

「……すいません。ムシャクシャしてやりました。ごめんなさい」

 俺はベッドの上で土下座をした。

 でも別にそこまで睨まれるほど悪い事なのかなあ?

「もう、心配させないでよ!」

 そう言うなり弓槻は、ページがビロビロになった分厚いマニュアルを俺に投げて寄越すと、ドアをバンッと思いっきり閉め、モフモフしたスリッパをバタバタ鳴らして走り去っていった。

 ふう、とため息をつくと、俺はマニュアルを枕元に置いた。

「ちぇ。すっかり女房気取りだな、あいつ」


 昨日の戦闘を決したのは、上からじゃなく、横からの攻撃。つまり軍事衛星なんかじゃなく、教団が拝借 (!)した皇国軍の海底軍艦を使った、港からの艦砲射撃だったんだ。

 徹甲榴弾に現地で教団職員がちょちょっと細工を施したものを、巨大異界獣に向けてブッぱなしたんだとか。どおりで大蛇の皮膚をラクラク貫通し、内部を破壊出来たわけだよ。近隣で演習準備中のところを教団が急に呼び付けたらしい。

 先方には迷惑な話だがクリスマスで人が出払っていなかったのは、こちらにとっちゃ幸いとしか言いようがない。

 よくもまあ、そんなもんを……、とは思ったけど、都市ひとつ吹っ飛ばすコストを思うと、衛星よりは安上がりだったんだろう。


     ◇◇◇


 そして、翌年元日。

 俺はしばらく休暇を取り、そのまま弓槻の元に滞在することにした。

 後のことはそのうち考えるとして――


「よし、あがりぃ!」

 涙目になっている弓槻に冷笑を投げつつ、俺は残り二枚の手札を場に放り、高らかに勝利宣言を行った。

 つーわけで、俺と弓槻と海紘ちゃんは、海紘家のコタツで正月らしく札遊びに興じている最中だ。やたらと勝負に弱い弓槻は、現在勝率最下位をキープしている。

「きいぃぃぃっ! また負けたああ!」

「むっちょ弱いなお前。ふははははははは」

『ピキキキ……』

 弓槻は眉間にシワを寄せ、目を吊り上げると、無言で俺の顔に拳を撃ち込んだ。

「ぐぎゃっ! しどいよぉ……」

 と言って、俺は両手で顔を覆った。

『バンッ!』

 海紘ちゃんがいきなりコタツの天板を両手で叩いた。彼女のお父さんが作ったミカンの皮の動物たちも、一斉に跳ねた。

「もうっ! 二人ともいい加減にしてよ!」

「「……はい?」」

「ど、どうしたのよ海紘」

「どうしたもこうしたもないわよ! イチャつきたいなら外でやってよ! 外で!」

「いや別に俺等……なあ?」

「う、うん……」

 すると、修羅モードの海紘ちゃんがバッとこたつ布団をめくり上げた。

「これが動かぬ証拠よ!」

「「!?」」

 そこには、絡み合う俺と弓槻の足が…………。

 どうあがいても言い訳は出来なかった。


「あーあ、追い出されちゃったね~」と、弓槻。

 その口ぶりには、微塵も残念さがない。むしろ嬉しそうにも見える。

 快晴の元日の午後。

 俺達はいま、海紘宅前の歩道にいる。クリスマス・イブに降った大量の雪は路肩に積み上げられ、ギリギリ路面が見える程度に除雪されている。空気は冷たいが風はなく、日の光がほのかに暖かさを伝える。

 ボコボコ立ち上っていた虹色の柱たちは、あれから日を追うごとに光が弱くなり、年を越す頃にはすっかり消えうせてしまった。多分向こうに溜まっていた有機溶剤や塗料がみんな出尽くしたんだろう。

「ん~~~、どうすっかなあ。あ、金なら心配すんな。使い道のないギャラがしこたまある。足りなきゃATMで下ろせばいいし」

「すごーい。お金持ちってホントだったんだ」

 そりゃな。口座には億単位の金が入ってる。お前一人を一生養うくらいは楽勝さ。

 俺は、生まれて初めて恋人と迎える正月を、心から堪能していた。

「どうしよ?」

 いたずらっぽく俺の顔を覗き込む弓槻。

 さすがに今日は二人とも私服を着ている。

 弓槻は、フラノの白い膝上丈ワンピースの上に、ウールのタータンチェックのチュニックを着込んでいる。

 足元はヒールの高い、開口部に黒ボアのついたブラウンのスエードブーツだ。

 外からはよく見えないが、ちゃんとプレゼントしたネックレスもしている。

 俺の方は……、まあ、野郎の服なんかどうでもいいだろ。

 緊急でこの街に来たもんだからロクな服がなく、先日急いで教団本部の自室から冬物の衣類を送ってもらったところだ。なんとか正月に間に合った。

 車はまばらで、通りを歩く人たちはほぼ初詣帰りなのか、破魔矢や、おみじくか何かの入った封筒を持っている。

 皆、楽しそうだ。街が焼け野原にならなくて本当に良かった。

「じゃあ、俺等もこれから初詣行こう!」

「え?? そ、そういうの、ショウも行くの?」

 いつの間にやら、俺の呼称が多島君からショウにランクアップしている。

 海紘ちゃんの前では多島君だったのに。恥ずかしかっただけかな?

「へ? 別に行くけど? というか、むしろ行きたがるのはうちのママンの方だぜ」

「あ、あのシスターベロニカが????」

 目が点になっている弓槻。

「ただの和風好きだったのが、日本に来てからさらに和の文化にかぶれちまってなあ。今じゃ神社仏閣の写真を撮るのが趣味なんだぜ。ああ見えて日本酒を飲んだり、茶を嗜んだり、着物も自分で着るんだから恐れ入るよ」

「似合わない……」

「だろ。俺もそう思う。で、ここいらの神社とか知らないから案内してくれよ」

「オッケー」

 俺は弓槻とシスターベロニカの無病息災を願うつもりだ。いつものように。


     ◇


 初詣を終えて、参道の甘酒屋で一服していると弓槻がかしこまって言う。

「ショウ、本当にありがとう。お姉ちゃんの仇を討ってくれて」

「俺の仕事だ。改まって礼を言われるようなことじゃ――」

「私ね、これから一人でがんばるから」

「へ?」

 えっと……俺ら、付き合ってんじゃなかったっけ?

「恋人ごっこ、楽しかった。射撃の練習も」

「……うん」

「私のために、付き合わせてごめんね。もう大丈夫だから」

「………………そっか」

「ショウが私に責任感じることない。もう十分してもらったから」

 なんだか憑き物が落ちたような、正月らしい晴れ晴れとした顔で弓槻は言った。

 俺、こういう時どんな顔すればいいんだろうか。――わりと本気だったのに。

「俺は別に……責任取っても……良かったんだけど」

「ううん。そういうの、よくないでしょ。ショウにはショウの人生があるんだから」

「いや、でも」

 必死かよ俺。でもこんなのって……ない。

「ショウはみんなの、教団のアイドルだから。独り占めしたらいけないでしょ」

 あいたたた……それを持ち出すか、こいつは。

 広告塔なんて、イヤイヤやってるだけなのに。

「そんなの関係ないし」

「ん? 本当に私のことなら、気にしなくて大丈夫だから」

 ああああ、そんなにスッキリした顔で言われたくない。

 新年早々、俺の方がスッキリできない。

「でも……」

 くっそ、これじゃ弓槻をめっちゃ心配してる人みたいじゃんか。そうじゃない。

「だ・い・じょ・う・ぶ!」

「…………そか。わかった」

 あいつは満面の笑みで、うんと頷いた。

 俺は……ちょっと涙が出た。失恋の涙な。

「じゃあ、休暇中は恋人続行でいいかな、弓槻」

 ならせめて、もうちょっと粘りたい。

「ううん、今日でおしまいにする。だって、これ以上仲良くしてたら、名残惜しくなっちゃうから……」

 惜しくなってもらっていいんですけど!? ねえ?

「…………」

「ショウは素敵な彼女を見つけてね。教団のお・う・じ・さ・ま」

「……はい。見つけます」

 教団機関誌のグラビア撮るときみたいな笑顔で、俺は答えた。


 結局俺は、後でもっかい神社にお参りした。

 可愛い彼女が出来ますように、ってな。


                     (了)


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