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【5】のたうつ大蛇、喰われる翼

 弓槻を見送った俺は、ふと考えた。

 こいつだけ始末出来れば、街は焼かれずに済むんじゃないかって。

 だが教団との連絡手段がない以上、そんな都合のいいことは出来ないだろうな。

 しかし、出来れば街は無傷で取り戻したい。

「さてと。おー……ナマコが超進化して、ケバいウミウシみたくなって、今度はヘビに躍り食いされて、とうとうカラフルな生春巻き状態だぞ。うわーあはははは、こりゃ大変だなあ」

 俺は人ごとのように言うと、腐れ剣を担いで、どこを狙おうか考えていた。

 やはり、首根っ子なんだろうか。フツーに考えて。


『xxxxxxx――ッ』


 言葉で表せないような声で巨大ヘビが叫んだ。

 人間への恨み言なら、彼等にも言う資格はあるだろう。

 最低線、今回に限ってはな。

 巨大ヘビが、モゾモゾとうごめきながら山の斜面を真っ直ぐ這い上がってくる。

 ナマコを喰らい過ぎて、すっかりツチノコみたく腹ボテになって、動きも緩慢だ。

 ヤツはぶよついた腹で、木もアスファルトもなんでもかんでも押しつぶしながら、一直線に俺目がけて接近してくる。

 時折、体の側面から触手を出して、食い残したナマコを捕まえては口に運んでいる。まさに壮観だ。

 俺はガードレールの上に立ち、奴がもっと近づくのを待った。

「そうだ。俺はここにいる。早く来いよ!」

 ヤバイ。心臓がバクバクしてきた。

 さすがの俺でも、ここまでデカい奴とやりあった事はないんだからしゃーないよな。

 ヤマタノオロチとかだったらこの八倍だ。

 まともな神経じゃやってらんねえ。

 三十m、二十五m、二十m……近づくにつれ、奴の姿が露わになってくる。

 奴の体表の模様は、飲み込んだ奴が集まって出来ていたんだ。

 半透明の皮膚の下で、色ごとにまとまった細かいケモノたちが蠢いている。

 まるで巨大なテレビ画面みたいだ。

 雪はさらにその密度を増して、もう麓どころか五十m先すら見えず、虹の柱の光を受けた巨大ヘビだけが俺の視界を埋めていく。

 翼が、ひどく凍える。

 羽毛の下には血だって通っているのだから、雪をかぶれば冷たくもなる。

 十五m、十m、……そしてわずか五mまで接近したとき、俺は思いっきりガードレールを蹴って奴の頭上に飛んだ。

「ジェロオオオオオオオオニモオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 大剣を背中から真下へと、かま首をもたげた大蛇に向かって渾身の一撃を叩き込んだ。

ぐにゅり。ぐ……ずずずず……

「んんん??」

 一瞬こんにゃくのような弾力が柄から伝わる。

 次いでぷつり、と表面が裂け、剣を飲み込みはじめた。他のやつならすぐさま粉状になってしまうのに。

「ナタデココかよ……」

 そして刃はずぶずぶと、奴のかま首のてっぺんから喉元を一気に通り、接地している胸のあたりまでを中途半端に断ち斬った。

 さながら弁当のウィンナーみたいだ。

 断面の表面部分だけが一瞬粉状になって風に舞ったが、すぐにウェットな断面に戻っていく。

 頭上を仰ぐと、途中まで真っ二つになった巨大ヘビが、頭の方から次第に外側へと開きつつ落下してきた。

 地面に激突すると、山の端に轟音を立てながら雪を巻き上げ、周囲が真っ白になった。

 いま俺は、見たこともない、極彩色の谷間にいた。ひどい溶剤の臭気がやつらの臓物の臭いと混ざり合い、俺の体を包む。

 切り開かれた半透明の巨大な体が、氷河の亀裂のように俺の両側で壁を作った。

 異界への口からほとばしる光の柱が、グミのような体に透けて見える。

 半ば切り裂かれた大蛇の体が、まだウネウネしている。

 セオリーでは、異界獣の弱点は首のはずだが……。

 それとも胴から切り離さないとダメなのか?

 こんな巨大なヤツ、どうやって倒せばいいのか見当がつかない。

「クッソー! あいつらがドバドバ廃液流したりしなけりゃあ、こいつ食えたかもしれないのにぃッ! クソもったいない! テラもったいない! あーもったいない」

 異界獣を見れば食材に見える。多分そんなのは俺だけだ。

 だから、最初は怖かったけど、出来ればこいつも食ってみたかったんだ。

 せめて味見くらいはな。

 見た目だけは、すっごく甘そうなお菓子なんだけど……。

「ギャッ! 切り口が修復しはじめた!」

 切った元の方から切断面がくっつきだした。このままじゃ俺はケーキの具にされちまう! まったく、どうしたものか。

「とりあえず、この腐れ剣を信じてるしかねえな! でええええやあああああああ!」

 俺は頭をぶん、と振って不快な溶剤臭を追い出し、まだ体の繋がっている胸から尾に向かって、もう一度、気を込めた全力の斬撃を叩き込んだ。

 ぐちゅうぅッ、というイヤな手応えの後、巨大なグミはさらに裂けていった。

 体の内側からの攻撃なせいか、最初よりは斬りやすかった。

 しかし、しばらくすると断面がまたくっついてしまう。

 ――まいったな。

 このまま爆撃されるまでコイツを足止めし、心中するか。

 さっさと片付けて逃げる、もしくは爆撃を中止するか。

 だけど片付けられる気がしねえ。

 衛星レーザーみたいなもので、コイツだけピンポイントに焼いてくれるといいのだが、あいにくそんなご都合兵器の存在、俺は聞いたことがない。

 細切れにすればあるいは……。

 だが、切った端からくっついてしまう。

 マジでどうすりゃいいんだよ!


 スケスケカラフルスネーク。

 今命名した。

 新種の異界獣の命名権は、発見者にある。これ教団公式記録に残るんだぜ。

 ……でだ。どうしたもんか。

 早くしないと俺の翼は丸裸になっちまうし、そうなれば益々こいつを倒す可能性は失われる。だが、何かで山ごと焼き払う以外、いい方法が思いつかない。

 万事休すだ。

 とにかく切ったところが再接合しないよう、ちまちま切りながらヤツを観察する。

 コイツだって見た目だけなら、でっかいスイーツだ。

 ロウソクでも立てればさしずめ、ババロアで作ったクリスマスケーキか。

 ……ん? 

 ケーキ?

 ピキーン!

 俺はひらめいた!!

 ケーキってんなら、アレが必要だろう。

 俺は、一目散に虹の柱に向かって走った。

 そこには、炎上しているトラックと、産廃業者とカマキリテトラマンティスの死体が転がっている以外、変わった様子はない。

 ま、一般的に言えば、それ自体が変わってるといえば相当変わってる状況だけども。巨大ヘビスケスケカラフルスネークが飛び出したにしては、周囲は踏みつぶされた形跡がないから、穴からポンと飛び出したあと、ちょっと先に着地したんだろう。

 十mくらい離れた場所から雪が抉られ地面が露出し、そこから道路の方まで木々がなぎ倒されている。

「あった! よかったぁ、間に合って」

 俺は早速、倒木を適当な大きさにカットすると、炎上中のトラックから火をもらい、数本のたいまつを作った。

 名付けて、オペレーション・プロメテウスだ!

 ダサい? だから俺はネーミングは苦手だって言っただろ?

 たいまつの束を抱えた俺は、髪の毛を少々焦がしながらフェンスの外まで急いで戻ると、ヘビ野郎はようよう切断面の修復が終えようとしていた。

「さあ、パーティを始めようぜ!」

 俺は動きやすいよう大剣を二つに割り、片手にたいまつの束、もう片方に剣を持ち、スケスケ大蛇の頭の上へとジャンプした。

 着地するとぐにゅりとした皮膚に足元をとられ、バランスをクズしそうになった俺は、慌てて剣を突き刺した。

 けっこう深く刺さってるのに、鳴きもしないのは、痛覚がないからなのか?

 俺は体勢を立て直すと、剣を引っこ抜いて一本目のたいまつを深く差し込んだ。そして同じ要領で五mおきくらいにたいまつを差し込んだ。

「ふふ。これで内部の溶剤に引火すれば……フフフ」

 持ってきたたいまつを全部大蛇にブッ立て終えた俺はフェンス前の道路まで戻り、剣を一本に合体させ大きめに剥がれたアスファルトを盾にして、座って時が来るのを待った。

 デカかわいいケーキが完成だぜ!

 と思って離れて見てみると、お灸をしたなめくじのようなビジュアルなので心底ガッカリした。

「ふ、ふふ、まあいい。もうちょい。もうちょいだぞ」

 雪は相変わらずだけど、たいまつには溶けた樹脂製品やらをなすり付けてきたから、消える心配はあまりないだろう。

 見ていると、黄色かった炎が、ジジジ……と音を立て、緑や青に変わる。切り口から漏れる溶剤かなにかのせいだろう。もうすぐだ。


『ボンッ!』


 早速、一本目のたいまつが、ヘビから湧き出した溶剤に引火し、爆発した。

「あれ……?」

 揮発した溶剤が爆発したのはいいんだけど、なんだか思ってたのと違う。

 すんごいプチ爆発だった。

 爆発したあたりだけ、一mくらいの穴がヘビの背に空いた。

 そして、間を置いて次々とたいまつは爆発してくれたんだが、どれもプチ爆発だった。

 ――かくして、オペレーション・プロメテウスは予想を遙かに下回る成果を収めた。

「うあああぁ、全身に誘爆して大逆転、って思ってたのにぃッ」

 俺は頭を抱えた。

 斬ってもダメ、燃やしてもダメ、どうしたらコイツを倒せるんだ?

「ちくしょうッ、この役立たずめが!」

 俺は腹立ち紛れに大剣を地面に叩きつけた。

 アスファルトを深く抉り、土が露出した。

『マスター・ヒドイ・デス・ワタシハ・ヤクタタズ・デハ・アリマセン』

 腐れ剣の合成音声がイラっとさせる。

「やかましい! ちっとも攻撃が効かないじゃねえかこのクズ! まともに仕事しねえんなら、俺の羽食うのやめろ!」

『トリセツ・ヲ・ヨンデ・ナイノデスカ』

「こんのクソ忙しい時に取説読むバカなんかいるかボケぇ!」

『……ピキキキ』

 いっちょまえにムカついてるっぽい。

 その最中も大蛇は綿雪をかぶりながら、ゆっくりと穴の空いた部位を復元している。

 ヤツを切ったり、穴を空けたりすれば、復元中は俺に向かってこない。

 それを繰り返していれば俺はとうぶん襲われなさそうだけど、こんなのキリがない。

「で、相変わらずピンチなんだけどさ! どーしてくれんだよ! どーにかしろよ!」

『デハ・テキ・ヲ・スキャン・シマス』

「どうやってだよ」

『タイショウ・ニ・ワタシ・ヲムケテ・クダサイイイイイ』

 ん? なんかレーザー的なもんでも出るのかな。

「こうか?」

 俺は大剣の切っ先を、絶賛くっつき中の大蛇の頭部へと向けた。

『スキャン・カイシ・シマス・ウィィィィン』

 口で効果音入れるなよ。

 で、冗談かと思ったら、本当にスキャンレーザーが出て来たんで、俺は驚いた。

『スキャン・カンリョウ・シマシタ』

「お、おう。そんでどうすんだよ。そろそろ蛇が完全にくっついちゃうぞ?」

『エイセイ・メタトロンⅡ・ト・ツウシン・ヲ・カイシ・シマス』

「えいせ……衛星!? そんなこと出来んのか!、ここにレーザーとか落とせるのかよ!?」

『ワタシ・ヲ・ジョウクウ・ニ・ムケテ・クダサイ』

「そういうの、早く言ってくんない!? って、取説を読まないのが悪いってんだろ」

 俺はぶつくさ言いながら、切っ先を天空へと突き上げた。

 すると、飛行機のエンジン音のようなキーンという高周波が鳴りだし、スリットから淡く漏れていた光がどんどん強くなり、そして急に全身の力が抜けていった。

「な、なんだ? 立って……られ……ねえ」

 分かった。

 こいつ、この腐れ剣が、俺の羽を、生気をものすごい勢いで吸い上げているんだ。

 メタトロンⅡとかいうのと通信すんのにどんだけエネルギーを使ってるんだ?

 携帯や車のGPSだって、そんなにエネルギー使わないだろうが。

 剣を持ち上げ続けるのもつらくなってきた。

 羽も締め付けられるように痛む。それに、蛇の傷が治れば、真っ直ぐ俺に向かって進んで来る。

 このままじゃ、俺、食われる。

「なあ、これ、いつまでやってればいいんだ?」

 キーン……。返事がない。耳障りな音だけが響いている。

 ドーン、と遠くの方で地鳴りのような音がして、雪けむりが舞い上がっている。

 あのあたりは、大蛇のしっぽだったっけか。

 先っぽで地面をビターン、とはたいたようだ。

 再生するとはいえ、ちくちくと攻撃され続けてきたんだ。イライラしてるんだろう。

 気付くと雪はやんで、真っ白な街に虹色の柱が点々と立っているのが見える。

 でも、いまさら信号弾が打ち上げられても、俺は生気を吸い尽くされて、ここから動くことも出来ない。

 それに今の俺は、衛星との通信アンテナのようなもんらしいからな。

 位置情報が変わってしまってはマズいだろう。

「おい、いつまで――」

『コウゲキ・シークエンス・ヲ・カイシ・シマス?』

「そこ疑問系なの?」

 うっかり逆に聞き返してしまった。


『xxxxxxx――――ッ』


 今度は大蛇が雄叫びを上げた。ヤバい、ガチで俺を喰らいにやって来る。

 俺の足はフラフラで、本気で追われたら逃げ切れる自信がない。

「あああもう! やっちまえええ――――ッ!」

『リョウカイ・ヤロウドモ・ブッパナセ・ブッパナセエエエ』

 野郎、共……?

 見下ろした街のその向こう、港にいくつかの閃光が走った。

 ――え?


『ドドドドドドドドドドドドドドドド――――――――――…………』


 何だろうと思う間もなく、次の瞬間、俺のいる山の端は轟音と振動に埋め尽くされた。辺り一面、雪が舞い上がって何が起こっているのか見当もつかない。

 ものすごい振動で立っていることすら出来ず、俺はガードレールに掴まった。揺れのせいで頭がクラクラして目眩に襲われた。

 俺は自慢の三半規管までおかしくなってしまったのか。

 その激しい揺れは、地震じゃあなかった。

 揺れはあっという間に収まったのだ。

 だが衛星からの攻撃とも思えなかった。

 だって、その音は上からじゃなく、正面から聞こえたのだから。

 軽く頭痛のする頭を片手で押さえながら、俺はふらりと立ち上がった。

「くぅぅぅ……、ん? なんだあの炎は」


『xxxxxxx――――ッ』


 大蛇が、わめきながら苦しそうにのたうち回りはじめた。

 見れば、体のあちこちが破れて青白い炎が上がっている。

 腐れ剣の言う攻撃ってこれ? 

 じゃあ衛星はどうなったんだ? 港から一体何が飛んできたんだ? 

 明らかに教団の兵器なのは非常識に青い炎の色で分かる。でも――

 答えを手繰ろうと頭の中をかき回していたとき、さっき正面から聞こえたあの音、そう……、ミサイルらしきモノの複数飛んでくる音が、また聞こえた。しかも、増えている。


 そうか。

 ミサイルか。

 たしかにこいつは怪獣だ。


「俺……ごと始末する気なのか――――」

 なら、それでもいいさ。

 さて次は、何に生まれかわろうか。

 やっぱり、人間がいいな。


 轟音、振動、そしてまばゆい光。

 いまさら命が惜しい。

 けど。


 俺は大蛇と腐れ剣と一緒に、クリスマスイブの夜、心中した。

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