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【6】あたしは復讐やめないから

 食後一服してから、着替えて朝練に行こうと自室を出ると、弓槻が待っていた。

「……なんだよ。俺が部屋の前にいたときには蹴り入れてきたくせに。まだ文句言い足りないのか? 朝練まで待ちきれなかったなんて余程――」

「違うの。その……変えたいの」

 なんか、すごく言いにくそうにしている弓槻。

「え? 何を?」

「えっと……銃」

「銃? まあ、同じ型のやつなら他にも倉庫にあるから、変えてやってもいいけど?」

「そうじゃなくて………………火薬のにしたい」

 俺は息を飲んだ。

「火薬の……って、まさか本物の拳銃ってことか? 何で」

「だって、あんな空気銃なんかじゃカマキリに勝てるわけないじゃない! おじさんたちだって負けたのに……勝てるわけ……ないよ……」

 と言って唇を噛む弓槻。

 俺は、ふーっと大きくため息をつき、少し考えた。

 考えた。考えて……腹をくくった。

「いいよ。じゃ、手に合うの探すから一緒に来い」

 そう言うと、弓槻の顔がぱっと明るくなった。

 俺だってホントは、こいつに銃の扱い方なんて教えたくない。

 いつお姉さんみたいに、勝手に飛び出してって殺されるか分からないからだ。

 エアガンくらい非力な武器なら、最初から敵わないと分かってるぶん、無茶もしないだろうと思っていた。

 でも、威力のある武器に換えていくたびに、こいつが危険になる。

 どうせ拳銃だけで満足するタマじゃない。

 どんどん要求はエスカレートするに決まってる。

 次は自動小銃、その次は……って。

 だから、俺が確実に奴を仕留める前提で教えることにした。

 もう左手もかなり動くようになってきたんだ。

 もうすぐ、俺は奴を倒す。

 敵さえいなければ、弓槻も銃を使うことはないだろう?


 というわけで実弾の訓練を始めたのはいいけど、ちょっと困ったことになった。

 弓槻は真剣で真面目な生徒だから物覚えはすごくいい。

 そこは全く問題じゃない。じゃあ何が問題かというと、俺の方。

 エアガンの時とくらべ、指導する際に身体的な接触が格段に増えた。

 つまり、今の俺が弓槻と密着するとどうなるか…………。


 な、困るだろ?


 え、わかんない?


 だから……すごくドキドキするんだよ。


 平静でいるのが難しい状態。


「ちょっと! さっきから聞いてるんだけど!」

 ……弓槻がキレてる。あれ、なんだっけ。

「ご、ごめん……。ここんとこ寝不足がちなんで……えっと……なんだっけ」

「もー! 的のことだってば。空気銃のとは違うんでしょ? いつ貼り替えてくれるのって聞いてんのに。貼り替えたら寝ていいから、さっさとやってよ」

「へいへいすんませんすんません」

 俺は弓槻にキーキー言われながらターゲットのセッティングをした。

 それから二時間ほど指導をした後、悶々とし過ぎたので自室に戻るとドアの前に荷物が置いてあった。

 新巻鮭か小ぶりの鮪が入ってそうな大きさの細長いアルミのトランクだ。

「お、何とか間に合ったか! よかったあああ!」

 俺は嬉々として部屋に運び込むと、ベッドの上にトランクを置いた。

 バチン、バチンとロックを外してフタを開けると、ご丁寧にサテンの布がかけてある。それをめくると、中には真新しいSFチックな双剣がひと組と取説が一冊。

 取説の上にペロンと貼られたピンクの付箋には、女子中学生みたいな丸い文字でこう書かれてあった。


『ゴメン! ショウくん。まだ時間かかるからこれでしのいでね☆』


「………………マジかよ」

 俺は頭を抱えた。せっかく本部の武器開発部から新兵器が届いたと思ったのに。

 大体、相手はあの五本腕のカマキリなんだぞ?

 そりゃーないよりマシとはいえフツーの双剣じゃあなあ、と半ばげんなりしながら雑な造りの取説を手に取ってみた。

 嫌がらせのように、ひらがな過多で印字されている。

「……ん? こうし・ゅうはぶ・れー・ど? ――――高周波ブレードだって!?」

 聞こえだけは何か凄そうな気はするけど、どのくらいスゴイのかゼンゼンわかんないので、俺はちょっくら試し斬りをすることにした。


 宿舎のウラのゴミ置き場を漁ると、粗大ゴミ回収待ちの家具がいくつか置いてあったので、名誉ある俺様の実験台に指名してやった。

 解体処分される前に人様のお役に立てるんだから来世は生物に生まれ変われるだろう。おめでとう、ベッドさん、クローゼットさん、そして本棚さん。

「おーりゃああ!」

 俺は剣を構えると、手始めにクローゼットを切ってみた。

 ガスッと角に刃が食い込む――――と思っていたのに、高周波ブレードはいとも簡単にクローゼットをナマス切りにした。

 ほとんど手ごたえなく、サクサク切れてしまった。

 古い木製のクローゼットは、安作りの量産品と違って板も厚く、普通の剣はもとより、チェンソーでも持ってこなければザクザク切るのは不可能だ。

「うそぉ……」

 俺が呆然としていると、裏口のドアが開いた。

「こらあああ――――! なにしてるの!」

 ものすごい剣幕で飛び出してきたのは、以前クッキーを缶に詰めてくれた、ヒマそうなシスター(メガネ、ロングヘア、推定二十代前半)だった。

「あ……な、何って、試し斬り……なんですけど……」

 メガネシスターは、バラバラになったクローゼットを見た途端、真っ青になった。

「ああああああ、な、なんてことしてくれたのよ……。あとでアンティーク屋さんが引き取りに来るから、さっき苦労して外に出しといたのに……。

このクローゼットの評価額、十万円だったのよ! もーどうしてくれるのよ、ショウくん!」

「う、うそぉ……」俺も真っ青になった。「べ、弁償します……済みません……」

 言われてみれば、多少凝った造りだとは思ったけど……。

 まいったな。

 結局、今は手持ちがないので、あとでコンビニで金を下ろして弁償することになった。

 とりあえず良く斬れることは分かった。でも、異界獣にどのくらい効果があるのかまだ分からないから、早速今晩から使うことにしようと思った。


 というわけで、俺は仕方無く近所のコンビニに金を下ろしに出かけた。

 そのコンビニは、ATMこそポピュラーなものだったけど、品揃えは珍しいものが多かった。地元企業の商品を積極的に扱っているせいだろう。

 違う街に出かけて、見慣れないコンビニやスーパーを見つけたときの高揚感が俺は大好きだ。

 もちろん期待外れなことも多いけど、それでも未知なる味覚に出会えるワクワクには代えられない。

 今日出向いたコンビニもそんな地方ローカルなコンビニだった。悪趣味なことに、異界獣をモチーフにしたぬいぐるみがレジ前に並んでいた。一般市民が分からないと思って教団はこんなもんを作りやがって、一体何を考えてんのかね、まったく。

 俺は暇つぶし用のマンガ雑誌と、仕事中に食べるお菓子と、紅茶の二㍑ペットボトル、それと中華まんを買ったわけだけど、マンガ雑誌だけは全国どこでも同じものが買えるから有り難い。

 もしも街によって売ってる雑誌が違っていたら、読み切りマンガしか買えなくなってしまう。移動の多い仕事だから、続きが読めなくなると困るじゃないか?


 教会に帰った俺はメガネシスターに金を渡すと、裏庭のベンチで買ってきた中華まんを食った。

 うかつに中に持ち込むと、匂いを嗅ぎ付けた連中に奪われかねないからな。

 一服した後で気付いたけど、昼飯まであまり時間が開いてなかった。

 まあいいや。

 俺は気分転換に、ベンチでハーモニカを吹き始めた。いくら白昼とはいえ、左手がまだ不自由な状況で、扱いがピーキーな獣奏笛リリコーンを吹くのは度胸が要る。 気を緩めると、途端に魔除けどころか魔寄せの笛になってしまうからな。

 歌の代替行為だけど音楽を奏でるのは、それはそれでとても気持ちのいいもんだ。

 何でこんな声なのに歌いたい欲求だけ湧き出すんだ?

 ほとんど罰ゲームじゃないか。

 俺は、ゲートの詩を五分ほど吹いたところで、背後に気配を感じた。

「上手いもんだな」

 振り向くと、宝田さんが五mほど後の宿舎の壁に寄りかかって立っていた。

 今日は珍しく戦闘服や部屋着ではなく私服を着ている。

 どこかに出かけるんだろうか。

「いつからそこにいたんです?」

「お前さんが肉まんを八つ食い終わったあたりから」

 そう言って宝田さんは歩み寄り、俺の隣に腰掛けた。

「盗み聞きですか。やだなあ」

「俺も昔よく吹いてたんだよ、ハーモニカ」

「そうなんですか」

「娘によく聞かせていた」

「子供いるんですか!」

「いた、が正しいな。何年も前に外国で、嫁と一緒にテロに巻き込まれて死んだ」

「……済みません」

 宝田さんは屈託なく笑うと、気にすんな、と言った。

 気にするよ。普通。

「それでやさぐれて、あちこちの戦場で死に場所探して、でも俺、案外優秀だからついつい死ねなくてさ」

「ぷっ、何ですかソレ」

「親の墓参りに帰国したとき、教団からリクルートを受けた。もしかしたら、俺の嫁が人外だってのを前の職場で嗅ぎ付けて、適性があると思われたのかもしれんなあ」

 うちの教団のスカウトって手当たり次第だな。ったく。

「人外……?」

「当人もあまり言いたがらなかったので明確には分からんが、どこぞの魔族の血筋だったらしい。海外で人に紛れて暮らしていた彼女を、強盗から救ったのが馴れ初めだったが、本当は俺の助けなんか要らなかった。なのに彼女は、随分良くしてくれた」

「嬉しかったんですよ」

「だろうな……。女一人で素性を隠して生きていたんだ。それで仲良くなって、な」

「その時、宝田さんは外国で何してたんですか?」

「PMCで内勤だ。その前は現場で指揮やってたが体壊して配置を変えてもらった。当時やってた仕事は企業の海外進出向け情報収集や現地調査とかだ。ま、サラリーマンだよ。だから結婚なんて呑気な事も出来たし子供も設けられた。あの頃が一番幸せだったな」

 そう言って宝田さんは遠い目をした。

「あの……宝田さんが教団と契約したのって、まさか死に場所を探して?」

「いやいやいや。さすがに帰国した時点で死ぬのは諦めていたよ。そうじゃなくて、教団のリクルーターの提示したものが魅力的だったからさ」

「魅力……的?」

「ああ。この仕事、ギャラはもちろんだが、表の世界の戦場よりも遙かにエキサイティングだろ? 見たこともないようなバケモノとやりあうなんて、楽しいじゃないか!」

「あはは、宝田さんはハンター向きなんですね」

「かもな。君は?」

「俺は、ゲートの音を集めるのと、美味しいケモノを食べるのが楽しみです」

「音? 食べる!?」宝田さんはギョっとした。

「さっき吹いてたのは、ゲートから聞こえる音です。人間には聞こえない周波数の音が、沸いて出てくるゲートがたまーにあるんですよ。俺は『ゲートの詩』と呼んでます」

「そんなものが……。じゃあ、俺は随分と貴重なものを聞かせてもらったことになるな」

「かもしれませんね」

「で、異界獣を食う、ってのは? アレ本当に食えるのか? もしかして、最近流行のジビエ料理とかいうヤツに入るのか?」

 微妙に引いてる宝田さん。

「ものによりけり、ですかね。でもこの街のやつはダメですよ」

「どうして?」

「どいつもこいつも、溶剤の臭いが染みついていて……。あんなの食えない」

「不法投棄が原因のアレか?」

「可能性は高いですね。全く、人の楽しみを何だと思ってんだ」

 不謹慎なのは分かってる。でもさ、実際に鹿とかイノシシとかの害獣駆除をやってるハンターさんたちだって、食べるの楽しみにやってる人もいるわけで。

『ガタンッ』

 背後からまた物音が。戸口の方だ。何なんだよ今日は。

「た、食べるって……ホント?」

 そこには、裏口のドアから半身を乗り出し、微妙な顔をした弓槻がいた。

「えっと……いつからいた?」

「弓槻ちゃんなら、俺と一緒に裏に来たんだぜ。食堂で一緒にテレビを見ていたらお前のハーモニカが聞こえてきたから、何だろうなってさ」

(ハァ……)

「食べるの? あれ食べられるの?」

 何故か戸口にしがみついたまま、鬼気迫る形相で訊ねる弓槻。

「……食べたいのか?」

「あ、あいつ……食べられる、かな。やっつけて、食べて仇討ってやる」

「やめときなよ弓槻ちゃん。この街の異界獣は全て、薬品で汚染されているんだ」

 と、宝田さんが言った。

「なんだ。じゃ、いい」

 そう言って、弓槻は奥に引っ込んだ。

 というか、なんだこの二人、仲良さそうじゃん。なんかイラっとすんな。

「なんなんだあいつは。で、えっとどこまで話しましたっけ」

「えーと、不法投棄の話だったかな、勝利君」

「あの……」

 弓槻がまた戸口から顔を出して、何か言いたそうにしている。

「ん? どうした弓槻。まだ何か用か?」

「えっと……。ハーモニカ、上手かった」

「そか。ありがと」

 それだけ言うと弓槻はすぐに戸口に引っ込んで、廊下をバタバタと走り去っていった。

「あはは、照れ屋さんだなあ、弓槻ちゃんは」宝田さんが言った。

「そうなんすか」

「だいたい、先に聞きに行こうって言い出したの、弓槻ちゃんなんだぜ?」

「ホントに?」

 そう言うと、宝田さんは苦笑いをした。その時、

「お二人とも、お昼ごはんですよ」

 と、裏口から、メガネシスターが俺達に声をかけた。

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