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【5】切り刻まれた同胞

 晩飯後、俺はまた一人で夜回りに出かけた。

 昨日よりもうちょっと手も動くようになり、装備品を多少変更した。

 あと、風邪がぶりかえすと困るので、ズボンの下に防水処理をしたアンダーウェアを履き込んだ。まあ、平たく言えば防水ももひきってカンジかな。

 今日は、出がけに吉富組の方と打ち合わせをして、彼等が回っていない場所に行くことにした。

 そろそろ本格的にヤバくなってきたし、昨日の件で警察から文句言われちゃったみたいなんだ。別にこっちが悪いわけじゃないのにさ。

 打ち合わせどおりの区域の駆除はあまりにも淡々と終わったけど、強いて言えばみんなカラフルな色がついていた点が普段と違うところだった。

 順当に考えれば、不法投棄された廃液や塗料のせいでヘンな色になった……ってなるんだけど、でも捨てられた場所と駆除地域は何キロも離れている。

 一体、穴の中では何が起こっているんだろう?

 あまり常識的に考えてはいけないのだろうけど……。

 ゲートの詩も聞こえなかったし、食べられそうなケモノもいなかったから、本当に収穫ナシってやつだ。

 まあ、いたところで溶剤まみれの肉なんて食いたくもないけど。


 モヤモヤした気分で教会に帰ってくると、夜中だというのに弓槻が廊下をうろうろしていた。何だか様子がおかしいので、声をかけてみた。

「どうしたんだ? こんな夜中に。風邪、ひくぞ」

 弓槻は一瞬、救いを求めるような目で俺を見たけど、すぐにいつもの険のある顔に戻って、一言『眠れなくて』と呟いた。

「俺も今帰ってきたとこだし、食堂でココアでも入れてもらうか?」

「……うん」

 実際、外はクソ寒かったから、俺自身も暖かい飲み物が欲しかった。

 弓槻を促して食堂に行こうと思ったその時、脇の駐車場に車が入ってきた。

 そして、乱暴にドアが開いたかと思うと、吉富組のみんなが血相を変えてドカドカと上がってきた。

「おかえりなさ――――、ッ!?」

 俺は、彼等に何があったのかすぐ分かった。何故なら、彼等は黒い納体袋ボディバッグを抱えて入ってきたからだ。

 ――――つまり死人が出た、ってことだ。

 メンバーの一人、亀山さんが俺を見つけると、蔑んだ目でこう言った。

『この役立たず』と。

 俺は弓槻を背後に押しやり、小声で話をした。

「殺ったのは、カマキリですか……」俺は吉富さんに訊ねた。

 その根拠は、俺がカマキリを仕留め損なったことを亀山さんが暗に非難してるからだ。もっとも、それはかなり筋違いな非難だけども。

「ああ……。五本腕の奴だった」吉富さんは顔を伏せた。

 ……俺が仕留め損なった奴だ。間違いないだろう。

 宝田さん曰く、敵が去ったのを確認して、急いで死体を回収したそうだ。

「為す術も無かったよ。逃げるのが精一杯だった」

 吉富さんはそれだけ言うと、鶴田さんの死体と一緒に皆と奥へ消えていった。

 ――でも『この役立たず』と、俺を罵る資格があるのは、傍らの弓槻だけだ。


 出現数も少なく、効果的な討伐方法が不明瞭な敵、テトラマンティス。

 これまで討伐してきたのは、いずれも人外や陰陽師などの超人的な連中ばかり、しかもガチバトルで、データもなにもあったもんじゃない。

 記録が全く役に立たないんだ。

 吉富組は教団のハンターの中でも、決してレベルの低いチームというわけじゃない。ただ、相手が悪すぎるんだ。

 ガムのようなものでベタベタにして、動きを封じることが出来たら倒せるかもしれない。でも弱点がよくわからないし、動きは敏捷だ。

 装甲も固いから、対物ライフルなんかで射貫いてやりたいところだけど、そもそもポイントに誘い込むのも難しい。釣ってくる間に背中からバッサリ、ってのがオチだろう。

 やっぱり俺が自分で始末をつけるしかないんだろうな……。

「……ん、大丈夫か?」

 マズった。カマキリのことを考えていて、弓槻のことを失念していた。

 弓槻の顔は青ざめ、引きつっているように見える。体が震えているのは、寒さのせいだけじゃないだろう。

「た、多島……君」

 それだけ言うと、弓槻は俺にひし、としがみついた。

 鶴田さんがカマキリにやられたと聞いて、お姉さんのバラバラ死体を思い出してしまったのだろう。

 教団で生活してるとはいえ、普通の女子高生なんだ。恐くないわけがない。

「大丈夫。……外に出なければ襲われることはないから……」

 そう言って俺は弓槻を抱き締めた。

 そして彼女の髪を撫で付けた。弓槻の体がひどく冷えていたところを見ると、長時間廊下に立っていたのだろう。

 お前は俺が守るから、と胸を張って言えないのが悔しかった。

 言った途端、お姉ちゃんを守れなかったくせに、お姉ちゃんを死なせたくせに、と罵られるのが恐かった。

 いつから俺は、そんな卑怯者になっちまったんだろう。

 寒い廊下にいつまでも居続けるのも弓槻の体に悪いから、当初の予定どおり食堂でココアを飲むことにした。

 弓槻を伴って食堂に入ると、灯りや暖房はついているものの、夜間当番のシスターが誰もいなかった。

 多分、吉富さんたちのケアに回っているのだろう。

 俺は弓槻を暖房の近くに座らせると、勝手に厨房に入り冷蔵庫を物色、鍋にミルクを入れて火にかけた。

 缶入りのココアパウダーをダマにならないように溶き、砂糖を入れた。

「はい、お待たせ。火傷しないようにな」

 俺はマグカップに入ったココアを弓槻の前に置き、弓槻の隣に座った。

 弓槻は小さくうなづくと、ゆっくりココアをすすった。

 俺も続いてココアをすすった。

 しばらく沈黙が続いた。先に耐えられなくなったのは俺の方だった。

「海紘ちゃんのお母さんの話なんだけど……」

「おばさん?」

「海紘ちゃんには言うなよ。……海紘ちゃんのお母さんのご両親、つまりおじいちゃんとおばあちゃんは、海紘ちゃんの生まれる前に、海紘ちゃんのお父さんとお母さんの目の前でケモノに殺されたんだ」

「……ホント?」

「当時現職警官だった海紘のお父さんは、ご両親を救えなかったことをひどく悔いて、警察官を辞職し、お母さんと結婚した」

「そんな……。おばさん、私たちと同じだったなんて……」

 弓槻は涙ぐんだ。

「……もし、お前が望むなら、俺、責任取るよ」

「――――――え?」

 弓槻は目が点になった。

「一般人ならムリだろうけど、関係者のお前なら多分大丈夫なはずだ。俺の伴侶だったら教団内での立場もそう悪くないだろうし、稼ぎだって人並み以上あるし、あちこち移動が多いからあまり顔を合わせずに済むだろうし……だから……その……」

「ちょ、ちょっと、多島君、何言ってるの? 責任って?」

「あいつを倒す以外にお前に出来る償いなんて、お前と一緒になる他には……」

「待ってよ、あんた私のこと好きでも何でもないのに、どうしてそんなこと出来るの? おかしいでしょ? 自分を恨んでる女とどうして結婚なんか出来るのよ!」

 声を荒らげてはいたけど、弓槻は怒っているようには見えなかった。

 どちらかといえば理解出来なくて戸惑っているように見えた。

 ……そりゃそうだ。

「……いや、一緒にいたら、多分好きになれるんじゃないかって……思ったんだけど」

「はあ?? あんた自分が何言ってるか分かってるの?」

 さすがに弓槻も呆れてきた。

 有り得ないよな。姉貴の仇と一緒になるなんて。

 俺もヤキが回って来たようだ。でも、お見合い結婚だってあるんだから、時間をかければきっとこいつを愛せる。そんな気がしている。

「悪い。海紘ちゃんのお父さんから話を聞いて、思いつきで言っただけなんだ。……忘れてくれ。それから、テトラマンティスは、必ず俺が倒す。約束する」

「多島君……」

「じゃあな。早く寝ろよ。おやすみ」

 俺はそう言うと、弓槻の肩を軽くポンと叩いて席を立った。


 自分の部屋に戻り、装備一式を外して寝間着代わりのジャージに着替えたところで、俺は自分のバカさ加減にうんざりした。

「ヤバイ……あんなこと言っちまったせいで……」

 俺は、弓槻のことを猛烈に意識しはじめてしまったのだ。

 いや、「のだ」じゃねえよ。

 もう。

 バカバカバカ。

 雰囲気に流された俺マジでバカだ。

 なにカッコつけてたんだか。

 もー最悪だ。

 だいたい、弓槻なんかと四六時中いたら、いつ寝首を掻かれるか分からない。

 ……のに、じわじわと弓槻への気持ちが沸いて出てくる。

 どうなってんだコレ。

 もしかして、これが思春期のアレ的なヤツなのか?

 そうなのか?

 どうなんだ?

 気付いたら、俺は枕を抱き締めて、ベッドの上を左右に転がりまくっていた。

「ううう……弓槻……いやいやいやそうじゃないそうじゃない気のせい気のせい」

 小一時間ほどゴロゴロしてから俺は、気付いたら弓槻の部屋の前にいた。

「もう寝てるよな……ちゃんと寝れたかな……風邪ひいてないだろうな……」

「なに人の部屋の前でブツブツ言ってんのよ、このヘンタイ」

「ギャ――――ッ!」

 ドアに貼り付いた俺の目の前に、弓槻が腕組みをして立っていた。

 全力で侮蔑の眼差しを俺にブチ込んでくる。

 ああもう、しにたい。

「おおおおお俺はそのあのお前がちゃんと寝れたか心配でそのあのあのその、というか何でまだ寝てないんだよお前」

 慌てる俺を冷ややかに見つめる弓槻。

 この時ほど量子力学を実感した事はない。

 だって視線が体に刺さって痛いんだから!

 気のせいじゃないよ!

 痛いんだよ!

「……あの後、アンタと入れ替わりにシスターが来たからちょっと話してただけよ」

 そう言うと、弓槻は視線を床に落とした。

 多分、俺には言えないようなことでもジックリと聞いてもらっていたんだろうな。シスター職は人の話を聞くプロのハズだから。

「そっか……。で、もう大丈夫か?」

「ま、まあ……」

 微妙に恥じらう弓槻。

「……って、別に心配してくれなくていいわよ」

 それ以上何を言ったものか、いや言い訳をしようか、と足りない脳味噌をフル回転させてしばらく考えこんでいると、

「どけ」と冷たく言い放った弓槻が、俺の股間に鋭い蹴りを入れてきた。

「――――――――ッ、ぐぐぐぐ」

 床でのたうつ俺。

 ヒドイ。あんまりすぎる。

「いつまで突っ立ってる気よ。ドアの前にいたら入れないでしょ、このヘンタイ男!」

 弓槻はフン、と鼻を鳴らすと、けたたましくドアを閉めて鍵までかけた。

「お……おやすみ……弓槻さん」

 あんな話するんじゃなかったなあ。

 弓槻のやつ、やっぱすげえ怒ってる。


 翌朝、遅めの朝食を取りに食堂に行くと、お通夜になっていた。

 昨日の今日の話だ。吉富組のみんながうなだれている。

 シスターベロニカは食事を済ませたようで、シスター長さんと一緒に食堂のテレビを楽しそうに見ている。

 俺が吉富さんたちにウス、と挨拶をすると、宝田さんが声をかけてきた。

「お前、あんなのとやりあって、よく生きてたな。しかも、ロクな装備もなかったっていうじゃないか。体長約四m、体高約二m超。大きさだけなら珍しくはないが、あの鋭い鎌と素早い動き。とても今の我々の装備では対応しきれん」

 聞けば、仲間が死んでお通夜状態ってわけじゃなく、カマキリの凶悪さを目の当たりにしてドン引いてる状態なんだとか。

 それもそうか。連中だって、普段から最大で数m級の異界獣とやりあっている百戦錬磨のハンターなんだ。傭兵仲間が死んだ程度でそこまでショックを受けてるのも、ちょっとおかしいと思ってたんだ。

「食事中失礼する。昨夜遭遇したテトラマンティスの出現場所と、発信器を付けたかどうかお尋ねしたい」

 俺の横からシスターベロニカが顔を出して、吉富組の連中に訊いた。

 俺が最初にやらかした失態。

 カマキリを退けるのに必死で、発信器を打ちこむことすら出来なかった。だってあの時は案内役の弓槻もシスターベロニカも一緒だったんだから、俺の致命的な失敗を理解している。居場所だけでも分かれば大分違うんだが……。

「いいや。全員でありったけの銃弾をブチ込んで逃げるスキを作るのがやっとだった。追ってこないので注意して鶴田の所に戻ると、ヤツがゲートの中に消えていくのが見えた」

 吉富さんがイスの背もたれに体を預け、虚ろな目で天井を見上げながら言った。

(ゲートに逃げ込んだだと? まさかあいつは、ゲートの内側を移動してるのか?)

「そうか。別に責めているわけではない。むしろ成功していたら賞賛するつもりだった」

「そりゃどうも」

 シスターは会釈をすると、配膳カウンターに向かった。俺もくっついていくと、丁度弓槻が食堂にやってきて、俺の後にならんだ。

「お、おはよう」

 無視すると後が怖そうなので、一応弓槻に挨拶してみた。

 仏頂面で罵声でも浴びせられるか、それとも無視されるかと思ったら、無言で顔を真っ赤にし、手にしたトレーで俺を殴った。

「……なにすんだよ朝っぱらから」

 狼藉の理由を尋ねる権利くらい俺にもあるはずだ。

「か、顔、見たら、なんかムカついたから」

「あっそう。んじゃ俺もムカついたからお前のことシバくわ」

 言い終わらぬうちに、俺は弓槻に足払いをかけた。

 一瞬で床に転がる弓槻。

「きゃああっ!」

 綺麗に転がるように蹴ったから、そう痛くもないはずだ。

「わめくな、大袈裟な。痛くないだろ」

「た、多島のバカーっ」

 弓槻は多分別な意味で顔を真っ赤にして、またトレーで俺の頭をバンバン連打した。

 十発ほど殴られたところで、俺はトレーを掴んで止めた。

「お前、トレーじゃなくてさ……スコップで殴りたくないか?」

 真っ赤にした弓槻の顔が、どんどん青くなった。

「バカ!」

 今度はグーで顔を殴られた。

「……ててて。ご要望を聞いてみただけじゃんか~」

 弓槻はぷい、っとむくれて、そそくさと朝食をトレーに載せて、はじっこの席に行ってしまった。ちょっとさみしい。

「お前は相変わらずバカで子供だな」

 シスターベロニカがくっくっと笑う。鉄面皮に見える彼女だけど、普通にお笑い番組とかを見て爆笑出来る。

 外人のくせに笑いのツボは日本人と同じみたいだ。

 彼女が苦手なのは、愛想笑いの方だ。

「ちぇー」

「どうしたんだ? 彼女、お前に気があるみたいじゃないか」

 と、含み笑いをしながら言うシスターベロニカ。

「まさか。昨日だって変態扱いされた挙げ句、キンタマ蹴られたばっかなのに」

 とは言うものの、怖がったり、悲しんだり、引き籠もられるよりはずっといい。

 俺がこの街にいる間だけでも、弓槻の気が紛れるのなら、いくらでも叩かれてやる。

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