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【3】地獄の釜に毒を投げ込む人々

「うえー、ベットベトになっちまったなあ……」

 ぷにぷに共を数百匹ほどシバき殺したせいで、俺の黒いコートやズボンの裾はカラフルなまだら模様になってしまった上、薬品臭くなってしまった。

 一応というか何というか、教団の制服は作業着でもあるので、夜でも目立たず、異界獣のどす黒い体液や内臓がこびりついても目立たないよう、黒い素材を使っている。忍者的には真っ黒は目立つので避けるけど、異界獣どもには黒の方が見えにくいようだ。ベタベタなだけならまだしも、冬の真夜中だから濡れたところが冷たくて仕方がない。

 ひと仕事終えたので、俺はズボンを換えるため教会に戻ることにした。

 港からヒッチハイク出来そうな車が見当たらず、寒い中をしばらく歩いていくと、ツンと溶剤の臭いが漂った。臭いの元を探して見回すと、近くで信号待ちをしているトラック――産廃業者――からだった。

 荷台には、パレットに載せられたポリタンクや一斗缶などが山積されていた。

 信号が青に変わり、タポン、と液体の揺れる音をさせて車が走り出したその先は、処理場とは真逆、町外れの方向だった。

 ……まさか。俺はイヤな予感がした。

 俺は全力でダッシュして、まだ加速しきっていないトラックの荷台に飛び乗った。

 案の定、車は中心部からどんどん離れ、人気のない町外れへと進んで行く。

 もっと進めば山林ばかりの無人エリアだ。

「このあたりは……シスターが調査してるエリアに近いな……」

 金網に囲まれた広大な敷地――複数のゲートが存在する、教団所有の雑木林――に車が近づく。

 誰ともすれ違わず、フェンスぞいの二車線道路をしばらく走ると、何もない場所でトラックが停車した。

 運転手が降りてきたので、俺は急いで荷物の間に入り込んだ。

(ションベンでももよおしたのかな……)

 そう思ってパレットの隙間から様子を覗っていると、運転手はおもむろに金網を枠ごと外しはじめた。

(ん!? まさか中に入る気なのか!)

 なんてこった! 車が入れるよう、金網が事前に加工されていたんだ!

 再び車は動きだし、敷地の中へと入っていった。

 車道を振り返ると、敷地入り口からいくつも轍があり、常習的に賊が不法侵入しているのが見てとれた。

 林の中をひどく揺られながら進んでいくと、少し開けた場所に出た。

 荷物の上からあたりに目を凝らすと、すり鉢状になっている直径五メートルほどの穴があり、その脇には水平型のゲートであることを示すポールが立っていた。

 ――穴の底はゲートだぞ! ここに何かの廃液を流し込んでいたのか!

 たしかに、ゲートは底なしの穴だ。

 ゲートそのものはよく見えなくても、液体を流し込めばすりばちの底の地面が勝手に吸い込んでいるように見えるだろう。

 周囲には、後で回収する気なのか、空になったと思しきポリタンクや缶が整然と積み上げられている。

 産廃業者がここを廃液処理に利用しているのは誰が見ても明白だ。

 轍は途中でいくつかに分岐をしていたから別の穴にも同じように流し込んでいるかもしれない。廃液を容器ごとそこいらに放置しないのは、山火事などを恐れての事なのだろうか。それとも、やっぱり容器を再利用するためだろうか。

 車は穴の近くにゆっくりと停車した。

(もしかして、街の異変の原因って……)

「おう、そろそろ始めるぞ」

 業者の男の声がした。

 どうやら運転手だけではないようだ。それもそうか。一人でトラック一杯の産業廃液の積み降ろしなんて大変すぎるもんな。

 車から土方ジャンパーを着込んだ二人の男が降りてきた。

 トラック備え付けの小さなクレーンを使うため、一人は固定用の足を荷台と車体前部の隙間から引っ張り出している。

 もう一人は足が地面にめり込まないよう、ピザの箱くらいの大きさの分厚い板を敷いていた。

「おじさんたち、俺も手伝おうか?」

 俺は荷物のてっぺんに仁王立ちして、不法投棄の現行犯たちの頭上から声をかけた。

「ひッ! だ、誰だ!」

 彼等はビックリして跳ね上がった。

「土地管理をしている団体の者だが? お前等、いつからここ使ってんの?」

「……なんだ、子供か。おい、降りてこい! このクソガキ!」

 懐中電灯で照らして俺の姿を見るや、男達は急に横柄になって脅してきた。

 やれやれ、脳味噌が溶剤にでもやられてるのかな。

「はいはい、降ります……よ!」

 俺はトン、と軽く一斗缶を蹴ると、一人の男の両肩に着地した。

「ぎゃッ、な、何しやがる! うああ」

 男がパニックになる前に、俺はプロレス技みたいに男の頭を両ひざで抱え、そのまま後に引き倒した。

 着地の瞬間、俺は背面宙返りをキメると、天に向かって一発銃を撃った。

「もっかい聞きます。おじさんたち、いつからここ使ってんの? ちゃんと答えてくれないと、次は当てちゃうよ?」

 やっと自分たちの立場が飲み込めたのか、彼等はトラックに背中を貼り付かせて、ついでに顔も引きつらせて、話を始めてくれた。

 ガタガタ震えながら話すので要領を得ない彼等の言い分を要約すると、


『半年ほど前、市の産業廃液処理場の利用料金が大幅値上げをした。儲けが減るのを良しとしなかった数社の産廃業者は、町外れにある広大な私有地に目をつけた。日頃からほとんど人の出入りのないその敷地に不法投棄しよう、と企んだ彼等がフェンスを破壊して入ってみると、点々とすり鉢状の穴があるのに気が付いた。なんとなくそのくぼみに廃液を捨ててみると、枯れた地下水脈にでも繋がっているのか、いくらでも廃液を飲み込んでくれるので、格好の共有処理場になった。複数の穴を使っている理由は、単に業者ごとに固定の場所を使おう、と話し合って決めたから』


 ……ってことらしい。

 どうやら、異界獣が薬品臭いのはオッサンたちのせいみたいだ。

 これじゃあ、せっかく美味い肉が手に入っても食えないじゃないか、クソッタレ!

 俺は、二人の免許証を小型カメラで撮影し、車のナンバーと会社の所在を記録した。

「えー、追って管理団体から沙汰があると思いますが、とにかくここに捨てるのは禁止。命が惜しければ入るな。次やったら俺がおじさんたちを殺して薬品で溶かして穴に流して捨てます。あとフェンス直すこと。他の連中にもちゃんと連絡して下さい。いいですね」

 ふくれっ面のおじさん二人は、ごにょごにょと煮え切らない返事をしている。

「いいですね!」俺はまた、一発空に向けて発砲した。

「「はい!」」

 やっといい返事が聞けたので俺と彼等はクッソ寒い深夜の林から撤退することにした。


 俺はとても友好的なおじさんたちにホットコーヒーをおごってもらい、教会の近くまで送ってもらうと、早速一部始終をシスターベロニカに報告した。

 産業廃液と異界獣の薬品臭さに関連があるかどうか分からないが、限りなく黒に近いグレーな気がする。

 俺は後をシスターベロニカに任せ、風呂に入って朝飯までの短い時間、仮眠を取った。

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