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【2】俺の夜廻りと犬と可愛いお菓子たち

 俺は晩飯の後、早速今日から一人で夜回りを始めることにしたんだ。

 左手の調子もちょっと良くなってきたし、ご近所だけでも治安を守らないと。

 ゲート周りは本来、フェンスや塀などで囲ってあるんだけど、数が多いと管理も行き届かず、ところどころ破損してケモノが外に出ていってしまうことがある。

 教団も人手不足だから、直しても直してもそのうち別の場所が壊れて、完全に封鎖するのは難しい。

 とうとう細かい異界獣たちの生ゴミ漁りも始まり、人目に付きやすくなってしまった。表沙汰にはなってないが、徐々に住民への被害も出始めた。

 中には、カマキリにやられたと思しきホームレスのバラバラ死体も……。

 この街での被害の拡散スピードが、あまりにも早いのを実感する。

 俺は、昼間海紘ちゃんのお父さんが言ってたことを思い出した。


『あの時、俺にも力があれば、お義父さんとお義母さんを守れたのに』、と。


 確かに教団の武器があれば、お父さんやこの間会ったお巡りさんでも、小物を退治したり、身を守る程度なら十分可能だし、吉富組の人たちだって、元々は軍事訓練を受けた一般人なんだ。

 教団の武器の使用には、とりたてて資格もなにも必要とはしないのだから、住民のことを考えるなら、最初からゲート付近の警察にでも一定数を配布すればいい。

 でも、教団がそれをしないのは何故なのか。実は俺も知らない。

 俺は二つの理由を思いついた。

 一つ目は、特殊な兵装であるために、供給が間に合わない。

 確かに、多くの兵装には特殊な材料を必要とする。

 それは異界獣から得られた素材や、やつらの中に入っている鉱石などだ。

 まれに体内に鉱石のようなものを持っている異界獣がいるんだが、その鉱石は上等な装備品の材料になる。まあ他にもあるかもしれんけど。

 ゲームみたいな話だけど、こちらの世界の素材が連中に効きにくい以上、連中の持ち込んだ物質が頼りになるのは道理が通っている。

 貴重なことには間違いないのだけど、弾丸のような消耗品でもなければ、多少は配布しても構わないんじゃないか、と俺は思う。

 二つ目は……技術の独占。

 理由は俺には思いつかないけど後者な気がしている。

 潤沢な資金を持ち、一世紀前から宗教団体を騙る秘密結社が、清廉潔白なんてありえない。


     ◇


 宿舎の廊下に貼り出してある駆除作業の工程記録からすると、吉富組の作業状況は東側から徐々に駆除が進んでいるようだ。

 でもカマキリにはまだ遭遇していない。

 もっとも、それなりに大きいのや中くらいの奴とは遭遇してるようで、日を追う毎に少しづつ、彼等のケガが増えているのが見て取れる。

 俺のようにすぐ治るわけじゃないから、後に行くに従って仕事がやりづらくなっていくのは仕方がないんだけど、やっぱり少し申し訳ない気分になる。

 あの夜以来、吉富組のみんなとはまだビミョーな壁があるものの、ありがたいことに宝田さんが擁護してくれて、徐々に軟化してる感がある。

 外部の人でこんなに人外に理解のある人ってめずらしい。


 俺がひとりで夜回りに出かけようと玄関で靴を履いてると、吉岡組の面々がドカドカと床を鳴らしてやってきた。

 揃って現場に向かうらしい。

 俺のなりを見て自主パトロールに行くと知ると海老原さんが、

「あーこわいこわいわぁ、早よ仕事を済まさないと、みんなこの子に狩られてギャラ減ってしまうわぁ。わはは」

 なんて言いながら、元気に出かけていった。

 ……んなわけねーっつの。銃もナイフも満足に握れないってのに。

 こないだ印刷工場で振り回してた電磁ウイップだって、せいぜい中型犬程度の大きさまでしか使えないんだし、マガジンの入れ替えがうまく出来ないから銃の運用も限定的だ。カマキリなんかに出くわしたら、ペイント弾か発信器でもブチ込んで、とっとと一目散に逃げるしか、今の俺にゃぁ出来ないんだ。くやしいけどな。

 腕を落とされたあの日、せめて発信器でも撃ち込めていたら、罠を張るとか、もうちょっとマシな仕事が出来たのにと思うと、もう、なんか、アレだ。俺のバカ。


     ◇


 分厚いコートの中に使い捨てカイロを貼り付けて、俺は雪のチラつく夜の街へと歩き出した。遠くのショッピングセンターの壁に、大きなクリスマスのイルミネーションが輝いているのが見える。あちこちの家々でも極彩色の光が瞬いていて、異界獣騒ぎがまるでウソのような錯覚を覚える。

 ――でもそんな妄想は、俺の横をいくつも通り過ぎるパトカーのサイレンに、いともカンタンにかき消された。


 さて、今日の俺の得物=メインウェポンは、こないだの電磁ウィップだ。

 銃よりリーチは短いけど、弾切れの心配がないのがいいところだ。

 扱いには熟練が必要だし、人も選ぶ。

 このムチはただビリビリするだけじゃない。

 弓槻が使っているエアガンの弾同様、通常武器のほとんど効かない異界獣の強固な表面を、破壊する物質が含まれているらしい。人間に当たればフツーに痛いから、お仕置きにも使えるぞ。

 難点は、予備動作が必要なので反応が一拍遅れてしまうことや、狭い場所では使いにくい所、あと必然的になぎ払ったり打ち付けたりする動きになるので、トリッキーな相手には、対応しきれない場合も生じる所だろうか。


 俺は夜道を歩き、教会から数分の所にある歩道橋までやってきた。ケモノの臭いを嗅ぐにはちょっと高い所が丁度いいからだ。

「スンスン……ん~~~~。んー。……あっちかな」

 鼻の頭が冷たくなる。

 鼻水が出そうになりながら、俺は奴らの匂いを探る。

 南の方に、中型クラス少々と、ちっさいクラスがそこそこいるのを感じる。

  確かに、ケモノを感知する手段が多いというのは、便利っちゃ便利だね。

 人間には、あいつらの気配を感じることも、嗅覚も、暗がりで見つける視力もない。人にこの嗅覚がないのは知っていたけど、あそこまで見えないとは思わなかったな。とはいえ俺だって、真っ暗な場所ではさすがに見えないから、現場によっては暗視ゴーグルを装備する。

 まったく、吉富さんたちには悪いことをしてしまったなあ。反省反省。

 ――それにしても、俺がこの街に来たときよりも、はるかに奴らの臭いが濃厚になってきている。こんなに早く増殖するなんて、確かにシスターベロニカの言うとおり、イレギュラーだ。

 このままじゃ、吉富組の駆除もマジで追いつかなくなるだろう。

 ……教団からの増援も多分ムリな以上、俺がどうにかしなければ……。

 俺は信号が赤になるのを待って、歩道橋の上からストンと交差点の真ん中に飛び降り、コンテナ車の上に着地した。

「ちょっとおじゃましますね。すぐ降りるからさ」

 コンテナのはじっこに腰掛けると、顔に当たる雪をちょっとでも避けたくて、俺はコートの襟を立てた。

「ふぅ……ちべてっ。あんま強くなんないといいけどなあ……雪」


     ◇


 コンテナ車を降りた場所は、この街の埠頭の入り口だった。

 夜の波止場はとても綺麗だ。

 汚いものはみんな隠れて、光だけが浮かんでいる。

 コンビナートの夜景は愛好家も多いから写真集なんかも売ってるな。

 実は俺、数冊持ってる。


 ゲート位置を書いたマップと脳内で照合すると、少し奥の教団所有の倉庫群の中にゲートがあるはずだ。その倉庫にしたって、最初から使うつもりもなく、壁として建てられたカモフラージュに過ぎない。

 大事な臨海部の敷地を広大につぶすわけにもいかず、極力狭い敷地にケモノを押さえ込む工夫がしてある……はずなんだけど、上手く行っていたらこんなに臭いが漏れてくるはずはないから、多分そのへんで連中が遊んでいるんだと思う。

 人気のない今のうちに処分しないと、そこいら中で暴れたり、いたずらし始めてしまうから急がないと……。


 俺が臭いを頼りに歩いていると、港湾を警ら中の若い警官に出くわした。補導されそうになったけど、俺の格好に気付くと直立不動で敬礼した。

「し、失礼しました! 教団の方でありますか。……あの、今夜はこの辺りにも……?」

 まだ港の方では被害が出ていないので、油断してたんだろうな。お巡りさんは急にびくびくしだした。

「出ました。なるべく外を出歩かず、屋内の明るい場所にいてください。連中は明るい所が嫌いです」

「りょ、了解しました! ででで、では、失礼します!」

 ガクブル状態の彼は、白い自転車をカっとばして去っていった。

 薙沙さんやホームレスがナマス切りにされた事件のせいで、地元警察は早速震え上がっているという。前回出現したときにいた警察官ほど怯えているそうだ。

 グログロしいケモノの現物や、無残に殺害された死体の山を見ているからトラウマが蘇っているんだろう。

 俺が再び歩きだそうとしたとき、背後からガッシャーン、と自転車がハデにコケた音がした。

 それと同時に、男性の絶叫。

「あちゃー……。間に合わなかったか」

 俺は振り向きざま腰から銃を引き抜き、そいつを見た。

「……おなかすいてたのか? 悪い子だな」

 四つ足でハスキー犬くらいの大きさ、黒っぽくぬめぬめして体の半分が口のそいつは、警官を頭からばっくり咥えていた。

 頭からってのがいただけない。これじゃあご遺族に合わせられないよ。

 哀れ若いお巡りさんは、すでに鳩尾のあたりまで喰われていて、はみ出した体はビクンビクンと震え、辺りは血の海になっていた。

 そいつ――教団でのコードネーム『アギト』は警官を美味そうにムシャムシャと喰っている。

 そのうち口の中がからっぽになったのか、次は内蔵を引き摺り出して喰い始めた。

 ちなみにアギトは食用には向かないが、素材としては使わないこともない。

 まったく運が悪いよな。

 職質なんかしなければ、逃げおおせたかもしれなかったのに。

「じゃ、体がなくなる前に、俺が仇討ってやるよ。お兄さん――」

 言い終わらぬうちに、俺は呑気に食事を楽しんでいるアギトの横っ腹に、銃弾を四発続けざまに撃ち込んだ。

 ギャンッ! と悲鳴をあげ、咥えた臓物を振り回しながら宙を踊るアギト。

「鳴き声まで犬みたいだな、お前は……」

 ぐちゃっと路面に倒れたアギトに俺は近づいた。

 あちこち食いちぎられた警官みたく、アギトも俺の撃った弾丸であちこち穴が空いて、今はぷるぷる震えて虫の息だった。

「エイメン」

 俺はマンガのキャラみたくそう呟くと、体外に露出したアギトの急所を思いっきり踏み抜いた。

 ぶちゅり。

 足の裏にイヤな感触が伝わる。

「まず、一匹目」

 俺は、難なくお巡りさんの仇討ちを完了した。

 俺は念のため、アギトの死骸の中に鉱石が存在しているかどうか確認した。

 一応こいつらは鉱石を持っている種類だからな。

 当たり確立は低いけど。それ以外の使い道はない。

「くっせえなあ……」

 それにしても、なんでこいつの内蔵は薬品臭いのか。ケモノの死体を星の数ほど作ってきたけど、こんな臭いのするヤツは、先日のプニプニ野郎に続いて二例目だ。

 結局、死体をブーツで小突き回しても鉱石は発見出来ず、臓物と体液で汚しただけだった。あとで公園の水道でブーツを洗って帰らないとなあ……なんて思っていると、悲鳴を聞きつけたのか、血の臭いを嗅ぎ付けたのか、アギトの団体さんがやってきた。

「フン。今ので済むたぁ思ってないが……」

 ざっと五匹ほど。

 でっかい口をばくばくさせて、早く喰わせろと訴えている。

 息が白くないのは、こちらの動物とは違う理で生きているケモノだからだろう。

 探す手間が省けたのはいいが……ちょっとやっかいだな。

 今の俺は手負いなんだから。

 チラと辺りを覗ったけど、上れそうな高い場所はちょっと離れてるし……。

 仕方ない。

「お前等、まとめて相手してやんよ!」

 俺は銃をホルスターに戻すと、両手を鋭く振って袖口から刃渡り四十㎝ほどあるナイフを突き出した。

 腕にくくりつけた、仕込みナイフってやつだ。

 これなら左手の握力がなくても何とかなる。

 超接近戦になってしまうから、あまり使いたくはないけど、余裕をもって倒せる数じゃあない。

 ガチでやらないと、喰われるのは、『こっち』だ。

 一匹がフライングで飛びかかってきたのを合図に、俺は地面を蹴った。

 宙高く舞った俺を見失いキョロキョロしているアギトたち。

 そのド真ん中に俺は漆黒のコートを翻して音も無く舞い降り、着地と同時に二匹の首を刎ねた。

 明後日の方向に吹っ飛び地面に転がった二つの頭は、己の身に何が起こったのかも分からずカクカクと機械的に顎を動かしていた。

 切り離された胴、と思しき部分は、おかしな方向に足の関節を曲げながらヒョコヒョコと歩き、そしてバタリと倒れた。

 俺達の世界の生物とは違うと分かっていても、このグロテスクな連中を見ると壊れているんじゃないかと思ってしまう。

「残り、三」

 いきなり出現した俺に一瞬戸惑ったが、すぐさまアギトたちは飛びかかってきた。

 遮蔽物のない真っ平らで広い場所じゃ俺の方が不利だ。

 両のナイフで一匹は防いだが、残りが足やら腕やらに食いついた。――が。

「牙なかなか貫通しねえだろ。防刃素材なんだよバーカ」

 とは言ったものの、顎に足が生えたマンガのような連中だ。

 噛まれればリアルに痛い。

 「うぅらああああッ!」

 俺は痛みに耐えながら体をスピンさせ、クソッタレどもを振り払った。

 はずみであちこちを俺のナイフで切り裂かれ、ギャンギャン言うアギト。

「やかましい! 俺だって痛いんだよ!」

 こいつらは、上顎の付け根の奥あたりから喉の中ぐらいが弱点だ。

 首を刎ねればたいがい死ぬが、言うほどカンタンじゃない。

 俺は、噛まれるのも厭わず、特殊素材のコートをあちこちボロボロにしながらザクザク突きまくり、確実に仕留めていった。

 腕には軽装甲もあるけど結構ガブガブされたから、あとで見たらひび割れだらけ、アザだらけになっていそうだ。

「ちっ、よけるな!」

 四匹目のアギトの首根っ子を斬り損ねて、正面から途中まで真っ二つになった。

 バックバクのビロンビロンだ。

 ガボラか物体Xかバナナの皮のように口が四つに割れてしまって余計に禍々しい。

 背後から迫ってくる別の奴を体をひねって蹴り飛ばした俺は、目の前のこいつに引導を渡すため、側面に回って両手のナイフを思い切り首根っ子に振り下ろした。

 ――哀れなアギトは、必要以上に細切れになっちまった。

 一瞬でバクバク野郎を楽にしてやった俺は、最後の一匹、つい数瞬前に蹴り飛ばした奴に対峙した。

「待たせたな! お前で最後だ!」

 俺が二本のナイフを構えると、アギトはガウッ、とひと鳴き。

 まるで昆虫のように外側に足を開き、限界まで関節を折り曲げてカニのように体をぐぐっと低くすると、バンッと大きく宙に飛び上がった。

「うえッ、飛ぶなんて資料に書いてないよ!」

 俺は慌ててバックステップで距離を取った。

 なるほど、この跳躍力で倉庫の上を飛び越えてきたのか。

 教団の資料だって万全じゃない。

 種類と性質がなんとなく分かる程度のラフな記録だって、あるだけマシな方さ。

 山ほどのハンターを犠牲にして造り上げられてきたのが、ケモノの図鑑、そしてハンター専用の武器なんだ。

 俺は帰ったら資料にこう追記する。

 ――ノミのように超跳ねるってな。

「そんじゃーこうしてやるまでさ!」

 俺は手首のストッパーをカチリとならすと、落下してくる奴にアンダースローで仕込みナイフを投げつけた。

 手首ほどもある幅広の刃物が、奴のデカい口に吸い込まれると、上顎部から後頭部へ突き出した。

 アギトはフラリと体勢を崩し地面にグシャッ。

 その拍子に首根っ子から突き出したナイフが体外にカランと落ちた。

 俺はフーッと大きく吐き、重油の香りの混じった、波止場の冷たい潮風を吸い込んだ。

 五匹のアギトを仕留め、鉱石漁りまでするとさすがに疲れたので、俺は一服出来そうなコンテナの上に腰掛けた。

 夜回りを始めて早々、こんなに苦戦するとはな。

 動かない左手が恨めしい。

 この周辺にはさっきの連中以外、小物しか残っていないのを臭いで確認すると、出かける時に持って来た戦闘糧食、もとい、クッキーを三枚食って、ゼリードリンクをちゅーっと一気に啜った。

「んー…………。生き返る。出来りゃあホットが飲みたかったけどな……」

 ブン投げちまった仕込みナイフの刃を収納し、軽く体のチェックをして、俺は最寄りのゲートに向かった。

 アギトに噛まれた場所が、正直あちこち痛い。


     ◇


 俺は記憶を頼りに数分歩きゲートを囲うニセの倉庫の前にやってきた。外観はそこいらの倉庫と同じだけど中身はぎっしりと詰まっていて、分厚い壁になっている。

 ニセ倉庫は小物ならほぼ遮断出来る程の高さがあるので、そこから出てこられる奴はそれなりに強い奴とか特殊な奴ってことになる。

 外からゲートに侵入するには、地下通路か屋根の上かのいずれかだ。

 完全にゲートを塞いでしまわないのは、大昔に別の街で事故があったからだ。

 異世界から突風や水が吹き出し、穴の上を塞いでいた構造物が四散して付近の住民が大勢犠牲になる大惨事になった。それ以来、ゲートの周囲を囲むことはあっても、ゲートそのものを何かで塞ぐのをやめたんだ。

 異界獣がやってくるだけでも迷惑なのに、ヘンなものまで吹き出してくる。

 一体この穴どうなってんだろうなあ。

 俺は、一旦隣の登りやすそうな建物から、屋根伝いにゲートに接近した。

 ロの字に囲まれた敷地の中を覗き込んだ俺は、見慣れないものをそこに見た。

「なんじゃこりゃ……。えらいカラフルだなあ……」

 LEDの懐中電灯で照らされたテニスコートくらいの小さな箱庭の中には、ゼリービーンズのように色とりどりの小さな異界獣が遊んでいた。

 ――黒いのが普通なのに。

 昔はLEDなんてなかったから、煌々と灯りを点けるとケモノに逃げられてしまうことが多かった。でも、LEDのライトなら、連中の目には眩しくないから逃げられることはなく、随分と狩りが楽になったんだ。彼等は昆虫のように紫外線を感知しているが、昆虫とは逆に忌避していて、昼間は出歩くことがほとんどない。……基本的には、だけど。

「おまえたち、ちゃーんとおうちの中で遊んでいて、えらいぞ。……さあ、俺と遊ぼう」

 外に出なければ害はない……と言いたいところだが、こんなに大量に密集していたら、デカい奴に食われて強化アイテムにされるか、共食いして大きく育ってしまうかのどちらかだ。それに色がついているなんて、どんな危険な亜種かもわからない。あっちの世界に戻る気がない以上、駆除するしかない。


 ホントは俺、好きでこいつらを殺しているわけじゃない。

 家業だからやってるだけだ。

 こちらにやって来なければ、殺されずに済んだのにって、可愛そうだと思ってる。

 だから俺は、食えそうなヤツは出来るだけ食って供養することにしている。

 あくまで食って美味いヤツに限るけど。

 でも、どうもこの街のケモノたちは、ヘンな匂いがする。

 これじゃ美味しく頂けない。

 一体、何でこんな薬品みたいな匂いがついているんだろう?


「考えても、しょうがないか」

 俺は電磁ウイップのスイッチを入れると、中庭に音もなく死神の如く舞い降りた。


 ――ジェノサイドを始めるために。

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