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【9】復讐の手ほどきはドライフルーツの味

 幸か不幸か朝の大食いバトルのおかげで、ヘコみまくってた俺はなんとか立ち直れた。そして食い過ぎで苦しかった俺は自室に戻ると、ひっくり返したカエルのようにふくれた腹を天に向け、ひとりベッドで転がっていた。

 腹がこなれるまでマンガでも読んでいようと思ったのに、徹夜したのを忘れてて、いつのまにやら眠っていたんだけど……


『ドンドンドン』


 けたたましくドアを叩く音で目が覚めた。チラと時計を見ると、もう昼近くだった。

「多島君、いないのー? 多島くーん」

 俺のお昼寝のジャマをした犯人は、なんと弓槻だった。

 俺は毛布を羽織り、渋々ドアを開けた。足元から廊下の冷たい空気が入り込んでくる。腕組みをした、こわい顔の弓槻が突っ立っていた。

「……なんだよ。夜寝てないんだから静かにしろよ」

「銃の撃ち方教えて」と強い口調で言う弓槻。

「……ソレ、お願いというよりも命令に聞こえんだけど、弓槻さん」

 弓槻はさらにぎゅっと眉間に皺を寄せると、

「お姉ちゃんの――仇が討ちたい」

 それだけ言って、口を横一文字に結んだ。


 俺は心臓を掴まれた気がした。

 肩に掛けた毛布がバサリと床に落ちる。

 俺は弓槻の顔を直視出来なかった。


 数十秒か、数分かわからないが、しばしの間絶句していた俺を、弓槻はずっと黙って見ていた。いや、返事を待っていたんだろう。

「俺じゃ、ダメなのか。仇討つの。……朝食堂にいたおっさんたちでも難しいんだぞ」

「負けたくせに」

 それを言われるとつらい……。

「俺、聞いたんだ。お姉さんがお前のために貯金してたこと。それって、お前にこんなことをさせるためのお金じゃないだろ? お前が教団に頼らずに生きていけるようにって、願っていたんだろ? お前が銃を手にしたら、お姉さん、喜ばないよ……」

「お姉ちゃんはお姉ちゃんよ。私、そんなこと頼んでない」

「そりゃそうだけど……」

「私はお姉ちゃんを殺したあのカマキリを倒したい。それだけ」

 こいつには絶対倒せやしない。それははっきりわかってる。

 ちょっとやそっと教えてもムダだ。だってこいつは、ただの非力な女の子なんだぞ。当人だって目の前でカマキリと俺がやりあったのを見てるから、わからないはずがないんだ。

 もしかして、俺が食堂から出ていった後に、おっさんたちに何か吹き込まれたんだろうか? だったらひどく迷惑な話だ。

「お前、俺のこと憎んでるだろ」

「そうよ。この役立たず。ハンターなんてみんな役立たずよ!」

 ぐふっ。肋骨一本分のダメージを食らった。

 こいつの姉どころか、両親さえ救えなかったのだから、ハンターそのものを恨んでいてもおかしくはない。

「俺のこと恨んでるだろ」

「あたりまえじゃない。いいからさっさと教えなさいよ、この人殺し」

 ぐはっ。残りの肋骨が全部やられたほどのダメージを食らった。

 分かっちゃいたけど、露骨に言われるとキツい。

「お前がカマキリとやり合えるようになる前に、俺がとっくに始末しちゃってるぞ。そんでもいいのか」

「やんないとわかんないでしょ」

「わかるよ。お前にはムリだ」

「でもあんただって負けたじゃない」

 ぐふっ。……それを言われると(略)

「あんたに拒否する権利あると思ってんの?」

 弓槻はさらにダメ押ししてきた。是が非でも教えさせたいようだ。

「俺は、お前のお姉さんを守れなかった。その上、お前まで死なせちまったら、俺、お前のお姉さんに合わせる顔がないよ。頼むからそんなことやめてくれよ……」

「なんであたしがやっちゃいけないのよ! お姉ちゃんの仇なんだからあたしが討って何が悪いのよ! バカッ」

 弓槻の瞳から、大粒の涙がポロポロこぼれ落ちた。

 俺だって泣きたいよ。夜中ずっとヘコんでたの知らないくせに。

 言いたいことばっか言いやがって。ちくしょう。

「俺に罪滅ぼしもさせてくれないのかよ……」

 弓槻は握った両の拳と頬を振るわせ、目を涙でいっぱいにして俺に訴えた。

「だってあたしの復讐だもの……」

 俺は思わず弓槻を抱き締めた。お姉さんを死なせてしまって、悲しいのも苦しいのも悔しいのも腹立たしいのも全部、俺もこいつも同じだ。

「お前が死んだら俺が復讐しなくちゃならなくなる。俺も教団の子供だから。……弓槻、一緒にやろう。それならいいだろ?」

 弓槻は俺の腕をほどき、背中を向けて啜り泣いた。

 髪留めの天使の羽も震えている。

「……手伝いくらいなら、許してあげるわ……」

「ありがと。それなら、俺もお姉さんに顔向け出来そうだよ」

 弓槻は振り向くことなく、啜り泣きながら俺の部屋を後にした。

 今の俺には、弓槻を慰める資格もないんだな。そう思った。

 一緒にパンケーキ食った仲なのに。


 さすがに、俺の一存で勝手に武器の扱いを教えるわけにもいかないので、シスターベロニカとシスター長さんに、弓槻の訓練に関して相談することにした。

 シスターベロニカは俺と同じく、あんまり意味のない行為だと言ってた。当然だろう。でも、シスター長さんはちょっと違ってた。

「お手間かけちゃうけども、弓槻ちゃんの気分がそれで少しでも晴れるのなら、なるべく安全な武器で……」

 俺とシスターベロニカは顔を見合わせた。

 結局、ベロニカ師匠と相談して、一番威力の弱い特殊エアガンを使うことにした。

 エアガンとは言っても、市販品よりはずっと強いし、特殊弾を装填すれば異界獣に致命傷を与えることが出来る。

 火薬を使ってないから、誤射しても多分大丈夫……だと思いたい。

 まあ、目とかに当たらなければアザくらいで済むかな。

 訓練は、早速今日から始めることになった。

 弓槻にそれを伝えると、彼女は神妙な顔で「うん」とだけ返事した。

 そして俺は彼女を自室待機させ、諸々の準備を開始した。


 教会の武器庫でお目当ての銃と練習用の弾、フェイスガード等々を袋に詰めていると、この教会のシスターが、あとで食堂に来るようにと俺に声をかけた。

 なんだろう、と思って食堂に行くと、入り口に程近いテーブルの席でタムラさんが、俺を待っていた。

「ごくろうさん。ショウくん、ちょっとこっち座ってくれる?」

「はあ……。何ですか?」

 俺は促されるまま、タムラさんの横に座った。

 タムラさんは俺に向き直ると、改まった調子で話を始めた。

「シスター長さんから、弓槻ちゃんのこと聞いてます。あの子を預かってもう何年にもなるけれど、私たちではあの子に何もしてあげられないんだなあって思ってたの。だから、弓槻ちゃんのこと、よろしくお願いね」

「はい……。俺も、何が出来るかわかんないですけど……」

 無力感に襲われていたのは俺だけでなく、タムラさんを始め教会のスタッフも同様だったようだ。ものすごくありきたりなセリフだけど、あいつのことはあいつ自身がどうにかするしかないのだろうか。

 射撃の訓練なんかで、あいつの気が本当に晴れるんだろうか。

 やはり俺が思っていたとおり、弓槻はお姉ちゃん子だった。そうタムラさんが言っていた。ただ、薙沙さんが亡くなる前と比較すると、今はいろんなものを自分から遠ざけているように見えるそうだ。

 彼女を疎外しているシスターなんかいないはずなのに、勝手に孤独感をこじらせているのかもしれない。

 ――俺だけでなく、いろんなものを遠ざけている、か。

 その弓槻が、唐突に銃の使い方を覚えたいっていうのは、ただ復讐を遂げたいからなのか、お姉さんの遺志を継ぎたいのか、気を紛らわせたいのか、一体何なんだろう。


 俺はタムラさんからの差し入れをもらい、弓槻を礼拝堂地下の射撃場に連れて行った。射撃場は教室二つ分くらいの広さで、手前にカウンターのようなのがずらっと長く並んでて、遠くにターゲットがピロンとかバタンとか出てくる場所がある、映画やドラマでよく見る、ありきたりな屋内射撃場だ。

 ここは、数年前に避難所を兼ねて作られたらしい。薙沙さんくらいしかここを使う人がおらず、他のレーンは新品で綺麗なものだった。

 室内はひどく寒くて、俺は暖房を入れた。

 このままじゃ、手がかじかんで練習どころじゃないからな。

「えー、今日弓槻さんに使ってもらうのはこのエアガンです」

 俺はコンビニ袋からエアガンと弾のケースを取り出し、カウンターの上に置いた。

「エアガン!? バカにしないでよ! おもちゃで誤魔化そうってつもりなの?」

 ううむ弓槻さんがキレてしまった。

 知らないからしょうがない。気持ちは分かります。

「あーもー。違うってば。ちゃんと教団で正式に使用されている銃なんだよ?」

「うー……」

 ジト目で俺を見る弓槻。激しく信用されていない。

「確かに、人や動物に対しては殺傷力はない。ケガする程度だ。でも、特殊弾を使えば、ちゃんと異界獣を殺傷出来る威力があるんだ。これなら非力な女性でも扱えると思って、シスターベロニカやシスター長さんと相談してチョイスしたんだぜ。お前は素人なんだから、まずはここから始めるんだ。いいな?」

「むー……」

 ひじょーに不服そうな弓槻さん。

 確かに気持ちは分かります。でもダメよ。

 俺は、もう一つのコンビニ袋から、魔法瓶とアルミホイルの包みを取り出した。そして魔法瓶のフタの中からカップを二つ取り出し、アツアツの紅茶を注いだ。

「暖房入れたばっかでまだ寒いし、これ飲め。それと、こっちのケーキも。両方タムラさんからの差し入れだ。お前を応援してた」

 俺はアルミホイルの包みを開いて弓槻の前に置いた。

 中身は、ドライフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキだ。

「応援……」

 弓槻は両手で包み込むようにカップを持つと、ケーキをじっと見つめた。

「うん。応援」

 と言って、俺はケーキを一枚つまんだ。

 口の中に甘酸っぱさが広がって、すごく美味い。

 お店で売ってもいいレベルだ。

「食えよ、すごい美味いぞ。それに糖分取った方が集中力も上がる。射撃は集中力と感覚だからね」

「そう……なんだ。じゃ、食べる」弓槻はケーキに手を伸ばした。

「実技がらみなら、ずいぶん素直なんだな」

「うるさいわね。余計なこと言うと紅茶頭からぶっかけるわよ」

「はいはいすいませんすいません。んじゃ、タムラさんの愛情ケーキ、有り難く食えよ」

 弓槻はムスっとしながら、ケーキを口に運んだ。

 もそもそと二口ほど食うと、にんまりとしてきた。そりゃそうだ。

 ほっぺたが落ちそうなくらい美味いんだから。

 静まりかえった射撃場の中、二人っきりでのティータイムは、なんか不思議な気分だ。

 俺は一つの学校に長居出来ない。

 一つの街に長くても数ヶ月の滞在だから、基本的に部活には入らないことにしている。でも、もし部活ってのに入ってたら、こんな風なのかな、と少し思った。

 同じ年頃の子と、なにかの練習場みたいなところで、お茶したりお菓子を食べたり……。これまでそんなありきたりな生活に憧れたことなんてなかったのに、今はそれにひどく憧れる。

 きっと、似たようなものを一口食べてしまったからなのかもしれない。

 ――それは、とても甘くて美味しくてクセになってしまいそうな経験だった。

 今の俺、すごく不謹慎なのかもしれない。

「おいしいか?」

 ふと、聞いてみた。

 美味いのなんか分かりきってる。でも、聞いてみたかった。

 ……少しでも、仲良くなりたかった。

 自分でも不思議だった。今まで弓槻と仲良くなろうなんて、これっぽっちも思ったことなどなかったから。

 そもそも、仕事で各地を回っていて、しかも滞在は短期。

 教団の人間でさえ、あまり深く関わらないようにしてきた。

 だってバイバイするときに淋しいじゃないか。その上、弓槻には俺は憎まれている。殺されそうになったことさえある。なのに。

「あんたが作ったんじゃないでしょ。なによエラそうに」

「作った奴じゃなくちゃ、聞いちゃいけないのかよ」

「むぅー……」

 ケーキでほっぺたを膨らませたまま弓槻がにらむ。リスかなにかみたいだぞ。

「今のうちに言っとくけど、指導中はいちいち噛みつくな。早く覚えたいんならな」

 弓槻はぷーっとしたまま、目線を泳がせ、わかってるわよ、とつぶやいた。

 いざ訓練を始めてみると、ぶつぶつ言いながらも弓槻は飲み込みが早くて、ぐんぐん成長していった。

 やっぱり本気度が違うってことなのか。

 だからといって才能の片鱗が見えるってほどじゃないんだけど。

 それでも二時間もすると集中力が切れてきたみたいなので、今日の稽古はそろそろ終わりにすることにした。また明日、朝食後にでも訓練すればいいや。

 俺は、まだやれると駄々をこねる弓槻を連れ、ちょっと遅めの昼食を取りに食堂に向かった。今日の昼メシは親子丼。これまた俺得メニューでちょっとうれしい。

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