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【7】人外兵とは、すなわちバケモノ

 また冷えてきたな、と思ったら粉雪がチラついてきた。

 寒さでケモノの活性が下がってくると、発見しづらくなる。

 こういう時は、てきとうに小物を捕まえて、むぎゅ~~~~っと爆ぜない程度に握るんだ。そうすると、プキャ――ッとひどく耳障りな悲鳴を上げて仲間を呼び集めるから、その習性を利用する。

 ……というわけで、俺が早速小物を捕まえようと思ったとき、

「おう、やるぞー」

 と吉富さんが、長い竿のようなものをみんなに配っている。

 何に使うんだろう?

 ちなみに俺はケガしてるから竿はナシだそうだ。

 皆に竿が行き渡ると、おざなりにバリケードで囲われた区画に全員入っていった。

 バリケードといっても鉄パイプと鋼板で出来た背の低いもので、大人なら跨いで入れる程度だから、小さくて高い所に上れないような異界獣でもなければ防ぐことは出来ない。

 おまけに、中は資材置き場になっているみたいで、バリケードの一部には日常的に開閉された形跡があり、あちこちに隙間が出来ている。俺は地主の神経を激しく疑った。

(えええええええええええええええええええ――――――?????)

 こいつら、なんて非効率的な狩りをしてるんだ!

 俺は自分の目を疑った。

 囲いの中に入ると、吉富組のみんなは驚くべき行動を始めた。信じられないことに、彼等は揃って、竹竿で資材の物陰をつっつき始めたんだ。

「あのー……」

 俺は、遠慮がちに吉富さんに声をかけた。

「なんじゃー少年。今忙しいんだが」

 ポリタンクを積み上げたパレットのあたりを突っつきながら吉富さんが応えた。

「これ、けっこう効率悪そうですねえ……」

「ああぁ? 何か文句あるみたいだなあ、ん?」

「いや、おびき寄せればいいんじゃないかなあと……」

 吉富さんが手を止めて、俺を見た。

「おびき寄せる? どうやって」

 俺は死角にいた、モルモットくらいの大きさの異界獣を捕まえた。

 黒っぽくてトカゲのような足が四本生えていて、胴体はゴム風船のように丸く手触りはブニュっとしている。

 食うと不味い。

 俺は吉富さんの目の前で実演してみせた。

「こうするんです」

 むっぎゅうううううううう――――ッ!

 俺は、爆ぜないよう注意しながら、そいつをぎゅっと握りしめた。


『プキャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――ッ』


 辺りにひどく耳障りな鳴き声がこだました。

 俺が美声を披露したら、ミソもクソも集まってしまうけど、この方法なら一種類だけ集まってくれるから安全なんだ。

「な、何してんだ! そいつ仲間を呼ぶんだぞ!」

 吉富さんが血相を変えた。

 周りのメンバーも竿を放りだして銃を構えた。

「マズい! 囲まれるぞ!」

「ファッキン!」

 みんなひどく周囲を警戒している。

「ん? なに慌ててるんです? 棒なんかでつっつくより早いじゃないですか」

 ぞわぁっと異界獣の集まる気配。

 臭いも濃くなってきた。俺は銃を抜いた。

 一分もしないうちに、小波のように黒い異界獣がゾロゾロと押し寄せてきた。

 さあ、ボーナスステージだ。

「来ましたよ!」

 俺は片っ端から弾丸をブチ込んで、ケモノたちを粉砕し始めた。

 水風船のように内容物を撒き散らしながら爆ぜる小さなケモノたち。

 不思議なことに、ケモノを潰す度に薬品のような臭いが漂ってくる。

 しかも、近くで見ると体表にはうっすらとカラフルな色までついている。

 普通は黒っぽい連中なのに、一体この街のケモノはどうなってるんだ?

 まあいい。

 俺は、そろそろ弾がなくなりそうなので、腰から下げた電磁ウィップに持ち替えた。ヒュンと耳障りのいい音をさせながら、次々とケモノに先端を打ち込む。

 ……あれ? みんなオロオロしてるばかりで動かない……

「ど、どうするんだこれ! キリがないぞ! く、食われる!」

「ぎゃあッ、足に食いつかれた!」

「クソッ」

「なんてことしやがんだ、クソッタレ!」

「ど、どこにいるんだ! うああ!」

 何故か吉富組の皆がパニックになった。

 この程度の小物、何でそこまで慌てるんだ?

 ロクに抵抗出来ないまま、みんなが襲われている。

 何故?

 何故なんだ?


 ………………あ!

 ――こりゃヤバい!


「動かないで!」俺は叫んだ。

 みんなの足に纏わり付いている細かいケモノをウイップではたき落とし、周囲に群がる連中も次々と叩き潰した。



 小物ばかり百はいたろうか。

 ものの二、三分ほどで全て片付けた。

 敵は片付いた。

 でも、みんな異様な目で俺を見ている。

「どう……したんですか?」

 吉富さんが肩をいからせて、俺に近づいてきた。

「バカヤロウ!」

 怒声とともに、吉富さんの拳が顔に飛んで来た。

 俺はそのまま後に数メートル飛ばされ、冷たい地面に叩きつけられた。

 吉富さんは俺に近づき、俺の胸ぐらを掴んで引き起こした。

「俺達を殺す気か!」

「ころ……す? どうして……」

 俺には殴られた意味が分からなかった。

「貴様、自分が何をしでかしたのか理解してないみたいだな」

 俺は頭をぶんぶん振った。

「人外だから、分からないんだな……」

 後の方で宝田さんがボソっと言った。

「こいつ、俺等人間には、何が見えなくて、何が出来ないのか、分かってないんですよ……」

「……どういうことだ、宝田」吉富さんが訊ねた。

「俺ぁ色んな人外に遭ったことがある。彼等が超人的なのは、力が強いとか、足が速いとか、高いジャンプ力とか、そんなものだけじゃない。人間と根本的に違うのは――」

 俺は、宝田さんが何を言いたいのか分かった。その違いとは――

「超感覚だ」

「「「「超感覚?」」」」

 他の四人が口を揃えてオウム返しをした。

「ルドキャプリックスの大群が迫って来ても、俺達には気配を感じることは出来なかった。ヘッドランプの光の当たっていない所では、視認することすら出来なかった。そして、高速で振り下ろされるムチは、暗がりに群がる奴らを的確に仕留めていった。つまり――」

 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「コイツはワンマンアーミーという二つ名のとおり、――バケモノだ」

 吉富さんが、俺の胸ぐらを掴んでいた手を放した。俺はそのまま背中から地面の上にバタリと落ち、頬には雪が舞い落ちて水滴を作っていった。

「……ごめん……なさい」

 俺は、それしか言えなかった。

 吉富さんが、哀れむような忌むような複雑な顔で俺を見下ろしている。

 彼の頭上で光るヘッドランプが眩しい。

「お前、血ィ、青いんだな」

「ッ……。」

 さっき殴られたときに口の中を切ったんだろう。俺は口元を手の甲で拭った。

 やっぱり……。

 青いと気持ちが悪いんだろうな、と漠然と思った。

 そして、復讐すらさせてもらえないのか、と悲しくなった。

 俺はゆっくりと身を起こして立ち上がり、みんなにお辞儀をした。

「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。俺、やっぱり教会戻ります……」

 吉富さんは、ふう、とため息を一つつくと、

「悪いが、そうしてくれるか。お前に罪はないが、ここまで感覚が違い過ぎると、またケガ人が出るかもしれん。俺等人間は要領が悪い分、人海戦術でこなしているんだ。一騎当千のお前とは、方法も考え方も違うのは仕方のないことだ。……悪かったな、初日お前らをバカにして。教団の秘蔵っ子の力、よく分かった。お前の腕を落としたような大物に俺達がどこまで戦えるかわからんが、万一返り討ちにでも遭ったら、仇を討ってくれると嬉しい」

 と、申し訳なさそうに言った。

「そんな……縁起でもないことを」

 吉富さんは口では謝ったりしてるけど、明らかに警戒してる。

 彼の緊張がうっすらと伝わってくるんだ。他のみんなも空気が変わった。

 でも宝田さんだけは、それほど変わったようには見えなかった。


 教団には、俺以外にも人外が少しはいる。異界獣なんてバケモノを退治してるんだから、そのくらいいても当然で、皆揃って上位成績者ハイランカーだ。

 俺は子供だし、教団育ちだし、一応天使だからってことで、教団のアイドル扱いだけど、他の人外の連中は残念ながら教団の中でも疎外されているようだ。


「ボ、ボク、暖房かけて、車で待っててもええんやで」

 遠慮気味に海老原さんが声をかけてくれた。

 根は優しい人なんだろう。その気づかいがかえって切なかった。

 俺は少し迷った。

 さっきのプニプニ野郎以外にもここにはケモノはまだいるし、今夜まわるべきゲートもいくつか残っている。

 いざというときの補欠要員として、車で控えていた方がいいのか、それとも……。

「いえ、一人で帰ります。何かあったら連絡下さい。シスターベロニカのバイクで駆けつけますから」

「さよか……じゃあ、気ぃつけてな」

 俺はみんなに挨拶をし、一人で印刷工場を後にした頃には、雪は止んでいた。


     ◇


 一人でとぼとぼと、県道の封鎖されてるところまで歩いていくと、バリケード前にいた中年のお巡りさんが駆け寄ってきた。

「何か問題でもありましたか?」

 俺のなりを見て、教団の人間だとすぐ分かったようだ。

「いえ……体調が悪いので、俺だけ早退です」

 片腕を三角巾で吊ったままの俺を見て、お巡りさんは、

「ああ……ケガなさってるんですね。大丈夫ですか? 教会まで送りましょう」

 と、半ば強引にパトカーに俺を乗せてくれた。

 こんなに協力的なお巡りさんを見たのは初めてだ。

 パトカーが走り出すと、お巡りさんが俺に話しかけてきた。

「若いのに大変なお仕事をされてるんですね」妙に好意的。

「ええ、まあ……教団には世話になってるので……」

「以前こんな風にバケモノが沸いたとき、私の同僚だった男が目の前で市民を殺されるのを目撃しましてね……」

「……はい」

 痛ましい話だけど、警官が惨殺現場に出くわすなんて、ありふれすぎていて俺にとってはあまり心が動くような話題でもなかった。

 それじゃあ弓槻のお姉さんのことはどうなんだ、って言われそうだけど、それはそれ、これはこれだ。

 どのみちお巡りさんに奴らを倒すことは出来ないし、俺には出来る。

 出来るのに倒せなかった方が、守れなかった方が、ずっとずっと悔しいと思わないか?

「助けられなかったことを酷く気に病んで、警察を辞め、その殺された一家の唯一の生き残りだったお嬢さんと結婚したんです」

「責任を感じて?」

「それもありますが、狭い町です。もともと顔見知りだったのですが、彼女は祖父の代から苦労して続けてきたケーキ屋を畳みたくない、なんとかしたい、と思っていて、同僚はそれをなんとかしてしまったんです。まあ、常連客だった彼は、好きなケーキが食えなくなるのがイヤだったから、なーんて言ってましたけどねえ」

「ケーキ屋? もしかして二丁目の交差点近くの?」

 まさか海紘ちゃんのお父さんって……。

「よくご存じで。那々原さん毎年教会にクリスマスケーキを提供してるでしょう? うちの子供が楽しみにしてるんですよねえ、クリスマス会。私がこんな商売なものですから、なかなか一緒に楽しんでやれませんで。プレゼントをやっても、手柄はサンタさんでしょう」

 お巡りさんは、ふふ、と軽く、でも少しさみしそうに笑った。

「そうですか。礼拝堂に大きなツリーを飾って準備していますよ」

「他の連中は分かりませんが、あのバケモノとまともにやりあえる教団のみなさんを、私は心底すごいと思ってるんですよ。十数年前、私は恐ろしくて何も出来なかった……」

「それが普通です。慣れない方がいい……慣れてしまったら、何かの一線を越えてしまうような気がするから」

 その二丁目の交差点に差し掛かり、パトカーは赤信号で止まった。

 ケーキ屋を見ると、海紘ちゃんの両親が店じまいの準備をしていた。

「お兄さん海紘ちゃんと友達なんでしょ? 楽しそうに一緒に歩いてるの見ましたよ」

「ええ。まあ」

 こういう所、狭い街なんだなって実感する。

 海紘ちゃんのお父さんと目が合ったのか、お巡りさんは小さく手を上げた。

「私は……元同僚、いや親友の娘さんに、お母さんと同じ気持ちを味わわせたくない。だから……よろしくお願いします」お巡りさんは俺に頭を下げた。

 その言葉は、本心からのものだと思った。前回の襲来時、悔しい思いをしたのは、海紘ちゃんのお父さんだけではなく、このお巡りさんも同じだったんだ。



     ◇◇◇



 異界獣は、この世界に哀しみや苦しみしか生み出さない。

 なんであんなゲートを開けちまったのか。 

 その張本人はもう、この世にはいない。

 膨大な後始末だけを俺達に残して。

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