目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
【6】リベンジは雪の舞う夜

「んー……、よくワカランが、リベンジしたいってことでOK?」

 装備品一式を着込んだ吉富さんが、パイプ椅子に後ろ前に跨がって、半ば呆れたように無精髭を撫でながらそう言った。

 宿舎内にある、六畳間ほどの小さいブリーフィングルームの中は今、出撃準備を整えた吉富組のおっさんでいっぱいだ。夕食を済ませた彼等は、これから出かける現場について打ち合わせをしている最中だった。そして俺は、今夜の狩りに連れて行ってくれるよう、この少々ムカつくオッサンに懇願しているところだ。

「リベンジというか、現状でテトラマンティスを仕留めるのは無理だと分かってます。だから小物だけでもいい、手伝うだけでもいいから連れていってください。お願いします」

 俺は他のメンバーの冷ややかな視線の中、深々と頭を下げた。

「いまシスターベロニカから内線で了承もらいました」

 チームの中では比較的若い、鶴田と呼ばれる男性が、吉富さんに言った。いつのまにか手配していたんだろう。

「坊や、こういう事はちゃんとママに断ってから来るもんだぞ。いいな?」と吉富さん。

「すいません……」

 ハハハ、と周囲から軽い笑いが聞こえてくる。

 子供のくせにハイランカーなガキが、格下の自分たちに頭を下げているという状況が面白いのだろう。でも今の俺には、そんなこと、どうでもよかったし、悔しいとさえ思う余裕もなかった。ただ、少しでも何かを、罪滅ぼしに繋がる何かをしなければ、という気持ちで一杯だったんだ。


     ◇


 結局俺は、チームのおみそとしてみんなにくっついて行くことになった。

 一緒に現場に出られることになり、俺の気分はずいぶんと楽になった。

 シスターも俺の気持ちは分かっていて、快くOKしてくれたようだ。

 で、現状では片腕しか使えないので、普段は使わない、携帯性の高い小型の銃を使用することになった。ま、小物くらいならこれでなんとか。

 マガジン換えるのも大変だし、弾がなくなったら、後はその他の武器でどうにかするつもりだ。

 基本的に狩りは、地区単位で計画的に行うのが常だ。

 正確に言えば、一度狩った区画を数日ほど放置する。すると、二度目には、ゲートに残ったケモノがきれいに出尽くす。

 その異世界のルールを一応信用して、普段俺達は効率的に狩りを行っているのだが、今回ばかりはどこまでそれを信用していいものやら、とシスターベロニカは不安に思っているようだ。


「んじゃ出かけるぞー」

 まるで家族でショッピングセンターにでも行くようなノリで、吉富さんはみんなに声をかけた。表に出ると外は真っ暗。やつらの活動する時間だ。

 肌の出ているところが急激に冷えていく。冬の仕事はやっぱしんどいな。

 教会の裏の駐車場に駐めてあるランクルだかパジェロだかみたいなゴツい4WD車にみんなで乗って、今日の現場へと出発した。

 いちいち地元警察に文句を言われるのもうっとおしいので、教団の車には目印のリボンまたはステッカーを貼ることになっている。うちらの活動は地域住民のためなんだから、本来文句を言われる筋合いはないんだが。


 今日の現場は、今朝調査をしたエリアとは真逆、東南の端。

 カマキリが沸いた場所のもっと先の方にある、大きな印刷工場の敷地内だ。

「あー、そろそろクリスマスかー」

 車内でメンバーの一人、鶴田さんが街道沿いに飾られたイルミネーションを見てつぶやく。

「教会でもクリスマス会の準備してますよ」と俺。

「世間様を欺くためとはいえ、ニセ教会がクリスマス会までやる必要があるのかねえ」と、別のメンバー、亀山さんが言った。

「ニセ教会だからこそ、必要なんじゃないか」と吉富さんが諫めるように言った。

「そこまでやらねえよな、ってくらいやらないと、信用は生まれない。どこにでもある町の教会という風情、そのイメージを市民に浸透させるのが大事だ。

 それに、日頃から子供を預かって面倒を見てくれる人間を悪く言う奴ぁそうそういない。良くも悪くも、子供ってのは印象操作には格好の材料なんだよ」

 まったくもって、吉富さんの言うとおりだった。

 教会の表の部分を担っているのが、一般職のシスターたちだ。

 神父が存在しないところも、女性で固めてイメージを重視している証拠さ。

 そんなんだから、たまたまレアポップした若い神父つまり俺に海紘ちゃんが胸キュンしてしまったワケなんだけど。

 日頃から近隣住民のみなさんに溶け込み、様々な行事に参加したり、イベントを行ったりしているが、ほとんどが子供がらみのもの。

 あまり敷地の中に面倒そうな大人を入れたくないから、ってのもその理由らしい。

「俺、こないだ業者の人が搬入したクリスマスツリーの下敷きになっちゃって……」

「なんじゃそりゃ」

「礼拝堂のドアを開けたら、いきなりドサっと倒れ込んできて、それでペッタンコに」

「「「「「わはははははは」」」」」

 車内がどっと沸いた。そんなにウケるような話だったかなあ?


 途中、警察の検問で挨拶をし、近隣の封鎖状況を確認。

 俺が仕事をする時と違って吉富組は大所帯だし余計な騒音や被害も出しやすい。

 スムーズな仕事のため、事前に所轄に連絡して、すみやかに駆除地域を封鎖してもらうことになってる。

 でもお巡りさんたちは、正直いい顔をしてない。

 ハンターはどこの町でも警察にはあまり好かれていないんだ。

 ……半分はひがみだけど。

 それに対して、俺はほとんどが単独任務だ。

 シスターは支援役に徹し、大物を仕留める時には狙撃手も担う。

 だから、小物駆除程度では所轄の警察のお世話になることがない。

 多分そこが、教団が俺を使いたがる理由の一つかもしれない。

 ゲートの周辺は、おおむね教団が買い集めた敷地だが、たまに買収に失敗することがある。今夜の現場もそんな土地だった。

 地主兼工場オーナーには、

「分かってると思うけど、ごくたまーにバケモノが出るから、有事の際には何があっても知らないよ、特にゲートには近づかないでね、一応は駆除に行くけど」

 って言ってある。

 でも分かっててこんな怖い土地を使い続ける方もどうかと思う。

 従業員の命を何だと思っているんだろう?

 多分サイテーな奴なんだろう。


 俺達は現場の印刷工場に到着し、からっぽの駐車場に車を停めた。

 敷地は広く、一方は資材運搬に使うのか、運河に面している。

 ケモノはあまり水に入りたがらないから、この運河から向こうに渡ることはない。

 俺が車を降りる時、降りにくそうにモタモタしていると、メンバーの中でも大柄なお兄さんが俺を抱き上げ、車から降ろしてくれた。

「すいません……」

「気にすんな。俺は宝田だ。よろしくな、坊主」

「よろしくです。俺は――」

「多島勝利、だろ? みんな知ってるよ」

 確かに、教団では有名人なのは自覚してる。どこの教会にも、俺の写真が使われたポスターが貼られているし、機関誌の表紙も毎号俺が飾ってる。

 わりと宗教団体って広告塔と呼ばれる芸能人信者がいるでしょう。アレみたいなもんさ。ま、外で芸能活動をしてるわけじゃねえけどな。

「俺も世界中で人外を含めいろんな奴を見てきたが、天使ってのは初めて見たぜ」

 宝田さん、あんたは外国で一体ナニを見てきたんだ?

「厳密に言うと、天使かどうか、誰もわかんないんですけどね」

「違うのか?」宝田さんはちょっと驚いていた。

「俺はその……羽があるからみんなに天使って言われてるだけなんですよ。捨て子だから親もわからないし」


 クリスマスとは、どこぞの神の子の誕生日を祝うものだということになってるけど、実際はもう少し年末寄りに日付がズレているそうだ。

 聖母に受胎告知をした天使の絵は有名だから見たことのある人も多いだろう。

 俺も便宜上、そいつらと同じってことにされているものの、実のところ本物の天使なんて、誰も実際に会ったことはないし、俺も主とやらの顔も知らなければ声も聞こえない。

 ただ、背中に飛べないポンコツな翼が生えていたから、みんなに天使呼ばわりされているだけで、実は別の種族かもしれない。

 現に各国の伝承には少ないながらも有翼の種族や神族の記述が残っている。

 ――たとえばギリシャとか。

 ただ、どうして教会の前に捨てられていたのか、さっぱり分からない。

 天界に帰るのにジャマになったから?

 それとも両親が死んでしまったのか。

 ……まったく迷惑な話だ。


「ところでさ、君の翼ってどうなってんだ? 見たところハミ出てないようだが、キューピーみたくちっこいのがくっついてんのか?」

 と、興味津々な宝田さん。

「ないですよ。しまってあるんですー。というか教団のポスター見たことないんですか? わりと大き目の翼出して撮影してますけど」

「そうだっけか。気にして見てなかったよ。んで普段はどこに格納してんだい?」

「背中の中ですー。今見てもなんもないですー」

「ホントに?」

 しつこいなあ。子供扱いの次は珍獣扱いかよ、ったくもー。

「ホントですってば! さー行きましょう。仕事仕事」

 俺が、すでに歩き出している吉富さんたちを追おうとすると、いきなりコートの首根っ子を掴まれた。

「いーじゃん、見せろよー。減るもんじゃなし」

 そう言うと、目に怪しい光を灯した宝田さんが俺のコートを剥がし始めた。

「だから何もないんだってば! 減る! やだ! たすけてぇ~~~(泣)」

 じたばたする俺を横目に、他の連中はゲラゲラ笑ってるばかりだった。

「やだー! 寒い! 犯される~~~~!」

 生命の危機に遭ったことは少なくないけど、貞操の危機に出くわしたのは生まれて初めてだった。

 圧倒的な体格差で、俺の装備品はどんどん剥がされていった。

 ひどく寒い。

 寒い寒い寒い。

 寒いったら寒い。

「ひいいいっ!」

 シャツの裾から背中に冷たいものが侵入してきた。

 ヒエヒエの宝田さんの手だった。

「冷たい冷たいやだやだやだやだ出せ出せ抜いて抜いてやだやだらめええええ」

「おんやぁ? なんかブラみてぇのがあるな。ムムム……」

「ぎゃぁあっ、やめてぇっ、ひいぃぃぃぃっ」

 肌に直接着けた、翼が飛び出さないようにするハーネスの下に、ずいずいと指を突っ込んできた宝田さん。

 ブラに手が侵入してくる感触ってこんなカンジなのか? こんなおぞましい感触に耐えるくらいなら、カマキリとガチバトルした方がマシだ!

「お、男に穢されるなんて、絶対にイヤだあああああああああああああああああっ!」

「ん? アレ?」

 ハーネスの下をあちこち指でまさぐると、宝田さんが意外そうな反応をした。

「当たり前でしょ! 最初っから何もないって言ったじゃないですかっ、サイテーだ! 陵辱された! もーお婿に行けない! 帰りたい!」

 肩すかしをくらった宝田さんに解放された俺は、半泣きで服の乱れを直した。

 そんな俺を、複雑な表情で見下ろす宝田さん。

「なんでないの……」

「だから……な、中に、背中の中に入ってるんだってのに……」

「すまん」

「ううう……えぐえぐ」

 片手が不自由でうまく着られない俺を、メガネのおじさんがあきれ顔で手伝う。

「しゅ、しゅみましぇん」

「ええよええよ、ウチのモンが悪いんやからきにせんといてや。ワシは海老原いうんや。覚えといてな」

 メガネの関西弁のおじさんは、そう言うと、俺のベルトを締めなおし、パンパンと尻を叩いた。

「ほい、これでええ。しっかりやれや、ボク」

 と、海老原さんは笑ってそう言うと、自分の装備品を担ぎなおした。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?