『ゲート』と呼ばれる異世界へ通じる門。そこから『
『ゲート』を監視し、『
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異界への扉、『ゲート』。
「異世界の大怪獣を召喚して帝都を破壊するため」に作られた。
百年ほど昔、この国に、国家転覆を企む召喚師が現れ、帝都の周囲をぐるりと囲むように時空の穴ボコを無数に開けまくった。
全てのゲートから同時に大量の異界獣を発生させると、もっとでかいゲートが完成する。そして、大怪獣がこちらの世界に出現して大暴れ……という計画だった。
その当時はまだ我が教団はなく、後に教団の中心的メンバーとなる連中が計画の存在に気付いた時にはもう手遅れで、帝都周辺はゲートだらけ、今にも異界獣が大量発生するという、まさに帝都崩壊寸前だったんだ。
メンバーの活躍により、召喚師による大怪獣の召喚儀式だけは阻止出来たものの、結局そいつの開けた膨大な数の穴ボコは、そのまま残ってしまった。
穴を塞ぎたくても、開けた当人があの世に行ってしまってるもんで、誰にも方法が分からず、かれこれ一世紀が経過。
……まったく迷惑な話さ。
異次元のバケモノ、『異界獣』。
我々の世界の生物とは根本的に異なる
異界獣は基本的に明るい場所が、特に紫外線が苦手だ。だから、奴らが活動するのは決まって夜間となる。
昼間は何をしているかというと、暗がりに潜んで眠っている。
異界獣の発生には予兆がある。
エリア一帯のゲートよりまんべんなく、小さい奴から沸きはじめ、そして順を追って大きい奴が出現する。何故かは向こうの御都合だからわからないけど、ここ百年の観察記録からいって疑いようのないお約束だ。
一度沸いたものを駆除すれば、そのゲートからは数年から十数年は、おかわりが沸いてこない。その間、俺達ハンターは点々と移動しながら沸いた連中を処理して回っている。
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俺が現在アクセス出来るレベルの文書から分かるのは、せいぜいその程度だな。
というわけで、ゲートの根絶に失敗した連中は、どんな手段を使ったのか、なんらかの方法で何年間か一時的にゲートを封印し、その間に極力ゲートを隔離し、監視体勢を構築したんだ。
――それが我々の組織、『聖紺碧女神教団』だ。教団なんつってるけど、実際には宗教団体ではない。武装した秘密結社の隠れ蓑、社会に溶け込む仮の姿さ。
沸かないゲートはない。それが教団の常識だった。
ところが、今回だけは違ったんだ。
今回、音沙汰のないゲートがある。
そして、いきなり大物が沸いたゲートもある。
――何故?
それを、これから調べに行くのさ!
◇◇◇
シスターベロニカと俺は目立たない格好に着替え、地図を片手に街へと繰り出した。乗り慣れたシスターのバイクに二ケツして、不審なゲートに向かった。
それは
午前中の街は風はないが少々曇っていて、あまり暖かくなりそうにない。
俺達は県道を走り、町外れにある一カ所目にすぐ到着した。
周囲を木に囲まれた、古い何かの施設で、長らく使われていないらしい。
入り口には立派なレンガ造りの門柱と、格子状の金属の門。
チェーンと南京錠で封鎖され、格子は赤くサビサビになっている。
シスターはそこらにバイクを停めると、軍手をして南京錠を開け始めた。
ふと門柱を見ると、マンガ雑誌くらいの大きさの、「教団管理地」とペンキで書かれた金属プレートが掛けられている。
――つまり、中はゲートのある危険区域ってことだ。
シスターが南京錠と錆びたチェーンと格闘している最中、俺は彼女から預かった街の地図を眺めていた。
地図には、古くから確認されているゲートの位置と、いま敵が沸いているゲートが記されているけど、ケモノが沸いてないエリアが街の北西側に集中しているのがわかる。
ゲートの数は増減しないが、位置は微妙に動く。
数㎝だったり、数mだったり。
だからときどき囲いを造り直さないといけなくなる。
そのため可能な限りゲート周辺の土地を広く確保するんだけど、道路のすぐ脇とか、商業地域の中だと、なかなかそうもいかない。
「沸いてないトコを見て回るのも、そうとう骨だなあ。けっこうあるみたいだし……」
俺は誰に言うともなくつぶやいた。
「面倒か?」
背中を向け、作業をしながらシスターが俺に声をかけた。
「べつに。どうせこんな腕じゃ、しばらく狩りは出来そうにないし……」
「それにしても治りが遅いようだが。まだ指も満足に動かないのだろう。大丈夫か?」
ガラにもなく、ひどく心配そうに言うシスターベロニカ。やはり義理の息子のケガが気がかりなんだろう。逆の立場なら俺だって心配する。
「ん……。よくわからない。自分でも、どうしてこんなに治りが遅いのか」
「あの鎌に治癒を遅らせる効果があるようには思えんが」
「資料にも、テトラマンティスにそんな追加効果があるなんて、どこにも書いてないし」
治りが遅い、というのは、俺にしては、って意味だ。
あいつと相打ちになって左腕を切断された俺は、教団の経営するこの街の病院に担ぎ込まれ、ズレないように接合面同士をピタっとくっつけてもらった。
あとは包帯やらテープやらでぐるぐる巻きにしておけば、半日程度で元通りになる――――はずだった。でももう数日経過している。
確かに接合部分の皮膚はすっかり元通りになって、どこが継ぎ目かわからない。
肘もぼちぼち動く。
しかし手首から先が動かない。
心因性かもしれない、と医者は言っていた。
これが右手だったら、思春期男子にとって致命的な事態を招いているところなのだが、幸い俺は右利きで、動かないのは左手だ。逆じゃなくてホントによかったヨカッタ。
ガチャン、と錠前とチェーンが外れる音がした。振り返ると、シスターがギギギと門を開けている。俺は念のため、腰から銃を引き抜いた。シスターも同様に銃の用意をしながら、俺に話しかけた。
「朝っぱらからケモノが沸くことは基本的にはないのだが、この街は今イレギュラーな状態に置かれている。何があってもおかしくはないのだから警戒は怠るな、勝利」
「了解。もうしてる」
「よろしい」
彼女はふふ、と鼻で笑うと雪交じりの枯れ葉を踏みながら奥へと歩き出し、俺も後をついていった。
門からてくてくと豪勢なアプローチを数分歩くと、一カ所目のゲートに到着した。
そこはとても古い洋館の裏庭だった。
結構大きい屋敷だけど昔は誰かの別荘だったんだろう。
ゲートは、見た目には分かりづらいのだが、たしかに気配は感じるし、よくよく目をこらせば、人が通れるくらいの時空のゆらぎが分かる。
でもそんなに一生懸命探さなくても、観察者にも分かりやすいよう、ゲートであることを示すポールが最初から立っている。
ここは、薙沙さんの残した観察資料によると「沸かない」エリアのはじっこだったせいか、小物の異界獣が数匹、日光を避けて物陰で惰眠を貪っていた。
甲殻を背負ったモルモットのようなそいつらは、本来黒っぽい色のはずだが亜種なのか色が着いていた。
「ヘンだなあ……。最近カラバリでも増えたのか?」
この異界獣は、ハンターの中にはペットにしている奴もいるくらい、外に出さえしなければ害もない種類だ。
つまんでゲートに放り込んでやるのも一興だけど、戻してもすぐまたこちらにやってきてしまうので意味がなく、別の強い奴の餌食にでもなれば、そいつを強化してしまう。というわけで、可愛そうだが処分することにした。
「ここはもういい。次に行くぞ」
何枚か写真を撮ったあと、シスターが言った。
「何か分かった?」
「ふむ……ただ発生する量が少ないだけのようだが、はっきりとは分からない」
「そう……」
「お前の方はどうだ。何か感じることはないのか?」
「……微かにゲートの詩が聞こえる」
「他には?」
「いや。だけど、初めて聞く詩だ……」
俺はポケットからメモ帳大の五線紙ノートを取り出して、ゲートから漏れ聞こえてくる不思議な音を記録した。
この「ゲートの詩」というのは、俺が命名した現象のことだ。
まれにゲートから不思議な音楽のようなものが聞こえてくることがある。
この音楽は人間には聞こえない周波数だが、何故か俺には聞こえるんだ。
きっと動物には聞こえるのかもしれない。
ゲートによって音楽の種類が違うんだけど、俺は新しい詩が聞こえる度にノートに記録して、これまで結構な数の詩を収集してきた。
不謹慎かもしれないけど、新しい詩が聞こえると何だかトクした気分になるんだ。まあ、俺の趣味みたいなもんだな。
こうやって収集した詩を、時々楽器で演奏して人に聞かせている。
どの曲も俺は気に入ってるんだけど、みんなにウケる詩は案外少ない。
ちょっと残念だな。
新しいゲートの詩を写し取り、俺達は無人の洋館を後にして次のゲートへと向かった。
◇◇◇
俺や弓槻には両親がいない。
二人とも身元引受者は教団ってことになっている。
俺は赤ん坊の頃、教団に捨てられていたのを拾われ、弓槻姉妹はガキの頃に両親を異界獣に奪われた。異界獣がらみの孤児は昔っから教団が引き取るってことになってるから、弓槻姉妹にもそれが適用されて今日に至っている。
両親を失ったのが原因で、薙沙さんはあの仕事をすることになったんだが、正確に言えば、生まれ故郷をケモノから守りたいってのが半分、残り半分は弓槻が将来、教団に頼らずに自立するための資金が欲しかったからだそうだ。
高校を卒業後、薙沙さんは教団で監視員の資格を取り駐在監視員として任務についた。
――その矢先にあの不幸だ。きっとすごく無念だったに違いない。
もしも俺に妹がいて、同じような立場だったら、死んでも死にきれない。
だって、弓槻はもう、天涯孤独になってしまったんだから。
弓槻のことは、幼少期まで教団の孤児院で育てられた俺にとって、とても人ごとには思えない。でも、彼女を孤独にしてしまった原因の一端は俺にもあって……、どう言っていいのか分からないけど、その、とにかく、いろいろ許せない。