翌朝、予想外の事態で派遣早々使い物にならなくなっちまった俺と相棒の代わりに、教団本部が慌てて増援を送ってきた。
慢性的に人手不足な我が教団にしては、これは例外中の例外と言える。だって忙しすぎて、回したくても回せる人員がいないのが常だから。
その朝は、俺と俺の相棒シスターベロニカが、宿舎の食堂でのんびり朝メシを食っていたんだ。
メニューはエッグマフィンと海鮮サラダ。
男の俺にはやや物足りないメニューだけど、マフィンのおかわりは自由だから、数で補うつもりだ。
で、俺の目の前で美味そうに三個目のエッグマフィンを頬張っているのが、俺の相棒であり師匠であり、そして最愛の家族、シスターベロニカだ。
彼女はロングの金髪に青い瞳、身の丈二メートルを越す年齢不詳の大女だ。シスターというくらいだから、とりあえずシスターの格好をしてはいるが、これほどシスター姿が似合わない女を見たことがない。
シスターベロニカは米国の優秀な軍人だったが、ある日セクハラ上官を半殺しにして除隊。その後、和風好きな彼女が観光で日本にやって来たところを、教団にスカウトされたんだ。日本に滞在しながら仕事が出来る点が、契約の決め手だったらしい。
数年後、
俺が一人前になった今では、バディとして一緒に各地を回ってケモノ退治や観光をする毎日だ。
そんな俺と彼女が呑気に朝食を楽しんでいるところへ、誰かが挨拶をしにやってきた。……が、どう見ても友好的な様子じゃあない。
増援でやって来たチームのリーダー、フランス外人部隊上がりでアラフォーくらい
のタバコ臭いオッサン、吉富さんが到着早々こんな風に俺達を挑発してきた。
「フン……これが、教団の秘蔵っ子、ワンマンアーミーと名高い天使君と、保護者の型落ちメスゴリラか?」
俺が人外だというのは、教団関係者なら誰でも知ってるし、ハンターの中にも若干数の人外がいる。
ただし、
他のメンバーもニヤニヤしながら俺達を見ている。
こんな躾けのなってない連中だからこそ、異界獣なんてグロいバケモノとも平気でやりあえるってもんだけどさ。
今朝方この街に着任したこの吉富組 (ヤクザか土建屋みたいなチーム名だな)のメンバーは五人。
リーダーの吉富、宝田、海老原、鶴田、亀山だ。
全員どっかの軍隊の経験がある二十代から三十代くらいのムサくてゴツい連中だ。多分元自衛隊員もいたと思う。
ハンターの慢性的な不足のせいで、教団本部の事務所ですら滅多に他の連中と遭遇することはないんだが、顔を合わせりゃこうしてケンカを売ってくる奴がそれなりにいる。
普通ハンターは、軍隊上がりが数人でチームを組むところ、こっちは得体の知れない人外のガキ一匹と、元軍人のバカでっかい金髪姉さん(?)の二人組だ。
しかも駆除成績は教団内でも圧倒的なんだから、そりゃー嫉妬や中傷を受けるのは当然だろう。
平たく言えば、目障りってことさ。気分は悪いが毎度のことなのでそう気に病んだりしない。ただ――
「俺のことは何とでも言ってもらって構わないが、偉大なる俺様の師匠をメスゴリラ呼ばわりとは、全くもって失礼な話だな。オジサン」
「ケモノに手足を食われて狩りもままならないお荷物女に、そこまで義理立てすることもなかろうよ」
「このッ――――」
俺が立ち上がったその時、吉富さんの悲鳴が食堂内に響いた。
「ぎゃぁぁぁぁ!」
「すまんな。義肢ゆえ、手が滑ってしまった。許せ」
シスターベロニカが吉富さんの顔に熱々のコーヒーをブッかけたのだった。
メスゴリラというのもそう遠い表現ではないものの、他人に言われれば息子の俺としちゃあ腹も立つ。
一発ぶっとばしてやろうとした矢先、その一発を先にカマしたのはシスターベロニカの方だったってわけさ。
そこへ、
「はいはいはいはいはい、ケンカするなら外でやってね~~~~!」
と言いながら厨房から飛んできたのは、この教会の調理担当者のおばさんだ。
シスターたちには、「タムラさん」と呼ばれているから、多分「田村さん」というのだろう。
三角巾をかぶり、調理用の白衣に身を包んだ四、五十代くらの小太りの女性、タムラさんはモップを持って小走りにやってきて、
「食器や什器を壊したらギャラから引きますからね!」
とキレ気味に言うと、床に撒かれたコーヒーを拭きはじめた。
「す、すんませんっした……」
髪からコーヒーを滴らせながら吉富さんが謝った。
到着早々にモメ事を起こした吉富組の面々は、毒を吐きながら俺等の席からは遠く離れたテーブルに陣取った。
ベロニカ師匠はタムラさんに謝罪すると、食べかけのエッグマフィンをほおばった。
チーム名ってのは各自好き勝手に付けてるようだけど、ウチは二人しかいないから特になにもない。
ネーミングとかあんまり得意じゃないし、別になくても困らない。
でも強いて名前をつけるとしたら、「ベロニカ姐さんと愉快な下僕天使」あたりだろうか。
我ながらヒドイ名前だな。
さて、俺の師匠のためにもう一杯コーヒーを汲んでくるとするか。
「ああ、すまない」
シスターベロニカは俺からコーヒーカップを受け取ると、ヘタクソな笑顔を作った。
彼女はいつもこうだ。
よくわからないが、笑うのが苦手で、俺以外にはほとんどニコリともしない。
俺にだけは笑ってやらないといけないって義務感でもあるらしく、いつもギシギシと擬音が出そうなくらい、ぎこちなく表情を作る。
それはそれで、彼女なりの愛情というか、子供に歩み寄る努力のようなものと認識しているので、そう悪い気はしない。愛する母上の優しさだ。
「いえいえ。……で、今日はどうするの?」
俺は、今日のスケジュールを訊ねた。
どのみち、腕がくっついたかくっつかないかの状態の俺と、義手義足で素早い動きがとれない師匠とでは、狩りのしようもない。
教団本部からは戻って来いとも言われてないので、別の仕事をするまでだ。
「そうだな……。ケモノの異常発生の原因を調べなければなるまい。今日は穴を見聞しに行くぞ」
「はーぁい」