ケーキの打ち合わせを終えた海紘ちゃんを見送った俺は、夕食が始まるまでの間、礼拝堂の掃除を再開した。
海紘ちゃんは面白い子だったなと思いながら、床に散らかったもみの木の葉っぱをかたづけていた。
ふと俺は、誰もいない礼拝堂で弓槻の姉、薙沙を救えなかったことを急に思い出し、後悔で押しつぶされそうになった。
お姉さんの殉職した日は、俺がここにやってきた日だ。
――俺のせいで、彼女は死んだ。
そう言うと語弊があるのは間違いない。
殺したのは俺じゃなくて、バカでかいカマキリのバケモノ、異界獣なんだから。
でも、救えたかもしれないのに、俺は救えなかった。
……間に合わなかったんだ。
そのことで、妹の弓槻には死ぬほど罵られた。当然だ。彼女にはその権利がある。
絶対許さないとも言っていた。当然だ。俺は許されるべきじゃない。
弓槻の大切な大切なお姉さんを、俺は守れなかったんだから。
◇
この街には、異界獣という異次元のバケモノが定期的に湧き出す穴「ゲート」が多数点在している。ゲートはこの街だけでなく関東一円に存在している。
ゲートの監視者だった、教団職員で弓槻のお姉さんの薙沙さんは先日、十数年ぶりにゲートから出現した異界獣を発見した。
早速駆除のため
わずかに遅れて到着した専門家は、その異界獣、六本腕の大カマキリ『テトラマンティス』と戦った。
しかし互いに腕を一本づつ失って、戦闘は
それを痛み分けだなんて言う向きもあるけれど、あちらは六本、こちらは二本。
カマキリは、都合三本の腕を切り落とされなければ
……そのみっともない専門家ってのが、俺だ。
いいわけがましい話だけど、俺は直前まで別の街での異界獣退治で疲弊しきっていた上に、薙沙さんから教団に送られた敵の情報もあやふや、装備も前の現場で使っていたものをそのまま持ち込む、という有様で、あまりにも準備不十分な着任だった。
俺はとにかく現地に到着することで頭がいっぱいだったが、前の現場での作業が押していた上に、降り始めた雪のために道路は渋滞、予定よりも大幅に遅れてしまった。
業を煮やした薙沙さんは、被害を少しでも防ぎたくて、あの林に行ってしまった。ゲートのある、あの林に。しかし田舎の駐在レベルの彼女の腕では、立ち向かうだけムダな話だったんだ。だって、プロの俺ですら、腕を一本持って行かれたんだから。
彼女は信じていた。俺等が間に合うって。だからこそ、単身あいつらの中に突っ込んでいったんだろう。俺に言わせれば、バカなことを、って思うけど、彼女には守りたいものがたくさんあった。だから、皆の制止を振り切り、独りで行ってしまったんだ。薙沙さんの守りたかったものは、唯一の家族である妹の弓槻、そして、生まれ故郷のこの街だった。
俺は生きてる時の薙沙さんを知らない。
初めて会ったときの彼女は、巨大な鎌で全身を輪切りにされて、さながら太巻き寿司のようにバラバラになっていた。多分、死にたてだっただろう。
まだそんなに積もっていない雪の上に真っ赤な血と臓物をバラ撒きながら、彼女の頭は、なぜか安らかな顔で、俺を待っていた。そして俺も、腕を一本断ち落とされ、彼女の血の上に、己の穢れた青い血を撒き散らした。
汚したのは悪かったって思ってる。
せめてあと三十分、いや十分でもいいから待っていてくれたら、カマキリの餌食になったのは俺だけで済んだのに。――そう思うと悔しくてならない。
◇◇◇
弓槻のお姉さんの葬儀は、つい三日ほど前に近所の教団の墓地で執り行われた。
俺は、カマキリに切り落とされた腕をムリヤリくっつけて、神父姿で参列していた。腕がこんな有様でなければ、葬送の曲を俺の笛で奏でたんだが。
その参列中、海紘ちゃんに見初められたってわけさ。そこに弓槻もいた。
弓槻は学校の制服に喪章をつけ、セミロングの髪の両サイドを三つ編みにし、後頭部でシルバーの天使の羽型クリップでひとつにまとめていた。
綺麗だけど、かわいげの無い造り物のような顔立ちで、どちらかといえばきつい印象の女の子だった。
薙沙さんの棺が完全に土中に隠れたとき、土をかけていたスコップを振り上げて、弓槻が俺に襲いかかってきた。
「お前のせいだ! お前がお姉ちゃんを殺した!」
弓槻は半狂乱で髪を振り乱しながらそう叫び、スコップで思いっきり俺を殴った。何度も何度も俺を殴った。
もしかしたら、彼女からしてみれば、姉も救えず、両親も救えなかったハンターという存在そのものが憎かったのかもしれない。いや、多分そうだろう。
人ならぬ俺だったからかすり傷で済んだものの、普通の人間だったら頭くらいカチ割れてるか肉を裂かれて大出血だったろう。
身内の葬式中に犯罪者になるなんて、うっかりしたらお姉さんが化けて出てくるところだ。結局彼女は早々に周囲の人に取り押さえられ、俺は余計に傷を負うことはなかった。
けど、今にして思えば、あそこで弓槻の気の済むまで打ち据えられていれば良かったんじゃないかって気もする。
ただ、俺が楽になりたかっただけかもしれないけれど。
そんな修羅場を見てるはずの海紘ちゃんは、俺をなんだと思ってたんだろう。ただ八つ当たりされていただけの、可愛そうな少年にでも見えていたのだろうか。
それとも、……それとも、まさか俺の仕事着しか見えてなかったんだろうか。
いやいや、仮にも幼馴染みの葬式なんだ。やっぱそれは、ないな。