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【4】淋しがり屋の戦神

 吉岡たちを乗せた特殊車両の列は、GC社の現地キャンプまで、残り僅かの所まで来ていた。周囲はすっかり暗くなり、山の端には金星アフロディテが顔を出してきた。


 暗い車内では、最初は素気なかった神崎がすっかりデレたので、吉岡が彼とのおしゃべりに夢中になっていた。大好きな会長の弟様である。吉岡的には絶対に仲良くなりたい。

「ほら、これうちの娘なんですよ。今年で成人式迎えましてね。美人でしょう?」と、携帯の待ち受け画面に映る一人娘の皐月さつきの写真を、神崎に見せた。

「へえ……、確かに綺麗な方だ。着物もよくお似合いです。あ、これは加賀友禅ですね」と写真の着物を指さした。

「おお、良くご存じで。妻の実家が金沢でしてね。向こうのお母さんが反物を買って、自分で仕立てて下さったものなんですよ」

 娘の話で吉岡のボルテージは更に上がっていく。つられて神崎にも、吉岡の上機嫌が若干移ったようだった。

「そうですか。加賀友禅、僕けっこう好きなんですよ。優雅な中にも、さりげないリアリティのある所……たとえば、葉の虫食いの穴だとか。装飾的であっても、どこかにリアリティがあって欲しい、という僕の好みに結構合っているんです。逆に京友禅はちょっと苦手……かな」

「着物、お詳しいんですね」

「いや……たまたま北陸を訪れたときに、染め元を見学させてもらったことがありましてね。いつか恋人が出来たら着せてやりたいな……なんて思って」

「ところで、良かったらうちの娘を嫁にどうでか?」

「はい? ぼ、僕がですか?!」

 神崎のあまりの素っ頓狂な声に、運転をしていた部下がびっくりして、強化プラスチック板越しに声をかけてきた。

「貴方のようないい男は、そうそういないですよ。私は本気です」

「でも、あの、……ぼ、僕、こんなん……ですよ?」と、首から提げたサブマシンガンを、ちらと持ち上げて見せた。傭兵コントラクターなんかを婿にしたいなど、正気とはとても思えない。

「さすがにそれは辞めて頂くしかないですが。でも、若いし就職先ならいくらでもあるじゃないですか。なんならウチの会社でもどうですか? 紹介状書きますよ」

 狼狽する神崎を捕まえて、吉岡はすっかりノリノリだった。

「いやあの、ちょっと待って下さいよ。……困ります。お気持ちはとても有り難いですが……」

「ああ……、もしかして意中の方でもいらっしゃる?」

「いえ、いませんが……」いたらこんな所になんかいない。

「あの……吉岡さん。僕はさんざん汚れ仕事もしてきた男です。それをよりによって、大事な娘さんの婿になんて……」

「あはは、そんなに真剣に断られちゃうとはなぁ。いい男なのに、もったいない」

「こんな奴に縁談なんか勧めないで下さいよ。娘さんが可哀想じゃないですか」吉岡の強い押しに、調子が狂ってついつい地が出てしまう。

「でも……有り難くて涙が出ます。本当に……」

 なんとか吉岡をなだめ、婿候補から解放されてひと息ついた頃、キャンプの明かりが見えてきた。


 キャンプの宿舎前に車を駐めると、中からスタッフが出迎えにきた。

「私は子供の頃からこの仕事に就くのが夢でした。いろんな建物をたくさん建てて、みんなを幸せにしたい、みんなに喜ばれることで、私は幸せを感じたかった」

 まだ話し足りないのか、もう車を降りたのに幼い頃の事を語り出した。

「――でも、現実は違った。ということですか」言ったあとで、余計なひと言だったろうか、と神崎は少し後悔した。

「そうですね。私は日本で出来なかったことを、せめて少しでも、ここで、この国の人々のためになるものを造りたい。そう思ってこのプロジェクトに志願しました」

 そう語る吉岡の目には、決意とこの国の未来への希望が見て取れた。

「吉岡さんって、すごいな。……僕にはとてもそんなこと出来ません」

「コントラクターだって、命を護るという立派な仕事です。神崎さんはこうして今、私の盾となってくれているのだから」と、真っ直ぐ彼の目を見つめている。その瞳は日の落ちたキャンプの中にあって、眩しくさえ思えた。

「面と向かって言われると……少し照れくさいです。日頃は裏方なものですから」

「神崎さん、こう考えてみてはどうですか? その手にした銃で誰かが死んでしまうとしても、別の場所で貴方に救われる人たちがたくさんいる。もしその銃を使わなければ、きっと死んでしまったかもしれない人たちの未来を救った。今の世界を生きるために、綺麗事では済まないのなら、せめて自分を必要としている人たちの未来を救えることを、救える力を持っていることを、誇りにしてもいいんじゃないかって、私はそう思います」

 そんなこと言われても……。

 底辺職の自分を急に持ち上げられても……。嬉しいけれども。

 神崎は困惑した。

「吉岡さん、今日はちょっとしゃべりすぎてしまいました。忘れて下さい。では」

 そう言って吉岡にくるりと背を向け、車に向かって歩き出した。

「神崎さん、私の護衛は今日だけですか?」と背後から神崎を呼び止めた。

「恐らく。僕は、本来別の任務でここに来ていますので」

 背中を向けたまま、切り捨てるかのように答え、再び歩き出した。

「待って下さい。今後もぜひ、貴方にお願いしたい」吉岡は再び神崎を呼び止めた。

「タイミングが合えば」

 正直、嫌いな相手ではないが、兄の影がチラつくことと、内心に踏み込まれるのが、まあ、しんどいのだ。それにあくまで護衛であって話し相手でもない。ゲームする時間を奪われるのもイヤだった。ここには遊びに来てるのだし。

「上からの指示、でもですか?」

 さっきまで要警護者だった目の前の男は、そう言って、伝家の宝刀を抜いた。神崎の意思を無視してでも、自分の望みを通すという意思を表したのだ。

(平社員の俺に、それを言いますか……)

 小さくため息をつき、振り返った。

「仕方ないですね。なるべくご要望にはお応えしたい、と思いますが……」

 吉岡は、期待で目を輝かせながら、神崎をじっと見ている。

 神崎は腕組をして、五秒間思案をした。そして意を決したように、

「そうですね……、今回の僕の任務は単独の後方支援なので、ある程度の自由はきくと思います。指揮所か僕の携帯に事前に連絡を下さい。極力ご都合に合わせて調整します」手帳を上着から取り出して電話番号を書き、一枚破って吉岡に渡した。「これ、僕の衛星電話イリジウムの番号です」

 吉岡は、ありがとう、と言ってメモを受け取って丁寧に折りたたむと財布にしまい、神崎にニッコリ微笑んだ。神崎は照れくさそうに、はにかんでみせた。


     ◇


 神崎は先日の吉岡の警護任務からこちら、彼に度々呼び出されることになった。実際に警護を依頼されることもあれば、単なる酒の付き合いなこともあった。

 顔を出せば、まるで息子がやってきたかのように、嬉しそうに迎えてくれる。当の神崎も、親戚が出来たような気持ちになって、いつも身を包んでいる寂寥感をひととき忘れることが出来た。

 一体、自分のどこが気に入ったのか、正直よく分からない。そんな吉岡も、空港施設改修工事や、中央病院の復旧工事などの本格化で忙しくなってきたのか、ここ数日は呼び出しもなく静かなものだった。


 この日は久々に、午後から吉岡との約束があり、彼の身辺警護役として比較的優先度の高い現場を一緒に回ることになっている。

 まもなく迎えの車がやって来るので、神崎は身支度を始めた。自分のロッカーから予備の拳銃、ショルダーホルスター、予備弾倉、防弾ベスト、そしてスーツの上着などを引っ張り出して身につけだした。

 普段の内勤の場合は、半袖ワイシャツにネクタイ、ズボン、そして腰には、愛用のベレッタPx4、といった出で立ちで過ごしている。

 彼ほどの男でも、たとえ内勤で一日中ひきこもり決定であっても、丸腰はやっぱり不安だった。

 基本的に物を所有しない男ではあるが、兵器の選り好みはするようで、どの現場に出向いても可能な限りは同じ種類の武装をオーダーしている。


 身支度を終えた神崎青年は、迎えの車が待つ階下に向かった。エントランスから建物の外に出ると、すぐさま太陽の強い光が射るように彼の頭上に照りつけ、防弾ベストを着込んだ厚着の体を容赦なくあぶり始める。乾いた土ぼこりの匂いにも大分慣れてきた。

 遠くで国軍兵士たちが自社インストラクターの前で腕立て伏せをしている。彼等を横目で見つつ「自分たちが去っても、ちゃんと国を護れるように仕込んでやってくれよ」と思いながら車止めに向かう。


 車止めでは予定通り、特殊車両が二台待っていた。指揮所からの連絡によれば、今回は比較的脅威の少ない地域のため車両は1台少なく、警護要員は神崎を筆頭に、マイケル、ジェイク、マーカスの四名だった。

 確かに、実質的に復旧作業や建設作業に取りかかっている場所では、付きっきりで警備している班がいるため、それだけ安全なエリアが広がっていることになる。


     ◇


 空港には現在、治安維持業務に従事する警備員と医療スタッフ、ロジスティクス関連の一般職、車両や航空機の整備員等を合わせて三百名以上の社員が寝起きをするキャンプが設置されている。

 空港機能の回復に伴い、グレッグ隊長の指揮所の元に、海外から一斉に追加人員が赴任してきたのだった。

 滑走路の脇には、GSS社のヘリや航空機が何台も置いてあり、この空港は現時点で、この国の防衛を担っている最重要施設となっている。

 神崎の逗留している『自称この国最大の軍事基地』は、この空港から車で十五分ほどの距離だったが、航空機類を運用するにあたっては、燃料タンクの不備や整備環境の不備、管制設備の不備など、とにかく不備だらけ、現状では資材置き場や教練場ならともかく、軍事拠点として利用するメリットがほとんどなかった。


 神崎のいる国軍基地を出発し、GC社現場スタッフキャンプで吉岡を拾った一行は、程なく空港内のGC社出張所前に到着した。そこには、建設スタッフが居住しているキャンプと同じく、二階建てのプレハブが並んでいた。

 空港内出張所の主な役割は、新規赴任者の受け入れや、建材・建機の荷受けと管理など、この国の復興・開発の要である。

 プレハブの周囲には、水道が引いてあり、空港内から持ってきたと思しき、飲み物の自動販売機まで置いてあって、吉岡のいるキャンプよりも住環境は良さそうに見えた。

 護衛の社員らが自販機でやいやい騒いでいるので神崎が覗いてみると、どのフレーバーが好きかでモメているところだった。

「ボス! ボスはこのトマトソーダ好きっすよね!」

「いやいやいや、激甘プリンシェイクが好きでしょ」

 日本でもレアな部類のドリンクが、こんな場末にあるもんかと、神崎が自販機の品ぞろえを見て見ると――まさかの、おでん缶が売っていた。

「どういうこっちゃ……」

 当然のように、神崎はおでん缶を複数お迎えした。


 出張所の二階に図面を届けた吉岡がまもなく手ぶらになって、プレハブの金属階段をカンカンと音を立てて降りてきた。一行は再び車に乗り込み、移動を始めた。

 動き出した車内で、吉岡が傍らの神崎に訊ねた。

「失礼な質問かもしれませんが、貴方はどうしてこの仕事をされているんですか? もっと安全な仕事にだって、いくらでも就けるはずなのに」

「ギャラがいいから……、なんてウソは言いません。どうせ貴方にはお見通しでしょう?」そう言って苦笑する。

「僕がこの仕事をしている理由は……、何も考えなくていいから、ですね」過去に何度も、戦場カメラマンやジャーナリスト相手に、同じ返答をしたことがある。

「何も、ですか?」吉岡は意外そうな顔をした。

「嫌な場所とか嫌な物から逃げるだけなら、こんな場所には来ない。でも、嫌な気持ちから逃げるには、何も考えなくていい場所、考える余裕のない場所に来る必要があった……」

 これも、いつものジャーナリスト達への回答と全く同じだ。毎回毎回、連中は同じことを聞いてくるので面倒で仕方がない。もっと手短に済む答えを考えよう、としたこともあったが、そんな部分で嘘をつくのも間違っていると思った。


 大切な人にウソをつきながら生きる息苦しさを、神崎はイヤというほど経験している。嘘をつかずに済むのなら、極力つまらない嘘はつきたくない。ただでさえ、素性を隠し、嘘で塗り固めながら永い時を生きているのだから。


「それが、貴方にとっては戦場だったということですか?」

「そういうことになります」

 神崎は、ここまでを、定型文のようにすらすらと答えた。

 吉岡は、淡々と答える神崎の横顔をじっと見ていた。そして、しばらく思案した後、再び口を開いた。

「私の護衛が、貴方のような方で良かった」

「どうしてですか? 日本人だから?」

 正直、要人警護など誰がやっても同じだ。サービスの質にそれほどの差があるだろうか?

「私が過去見てきたコントラクター達は、どこか横柄だったり粗野だったり、私を物扱いしたりして、正直ちょっと怖かったんです。なにか違う生き物のような気がして。ゲリラに囲まれれば、顔色一つ変えずに人を撃ったりする、戦争屋の彼等が。――でも、貴方は違う」

「僕だって、吉岡さんに危害が及ぶような事があれば、眉ひとつ動かさずに迷わず相手を射殺します。他のコントラクター達と何ら変わらない、ただの人殺しです」

「いいえ。少なくとも私にとっては、貴方はごく普通の感性を持っている方だと思うんです」

「えっ? ……普通ですか? 僕が?」

 急に変な事を言われて、神崎はポカンとしてしまった。

「そうです。武器を人に向けることを喜んだりせず、むしろ心のどこかで善しとしていない。……そういった、日本では当たり前の感性をお持ちです。実際にそういう業務をしていることは、私だって系列会社の人間ですから重々承知をしているつもりです。――でもね、神崎さん」

「……何、でしょうか……」

 一体、何を言い出すつもりなのだろうか。いやな汗が背筋を伝う。

 吉岡は居住まいを正し、神崎の方を向いた。

「私は、そんな貴方だから安心できる。貴方のような方にこそ、護ってもらいたい。そう思っているんですよ」

 サブマシンガンのストラップに掛けた神崎の手を、吉岡は少し荒れた大きな両手で、しっかりと握った。彼の暖かい体温が、想いが皮膚を通して伝わってくる。

「…………」

「会長に聞いて、貴方に実際にお会いするまでは、正直少し怖かった。だって会長の弟さんが、私の苦手な『傭兵』だったんですから。でも、まさか貴方が、失礼ですけど、こんなあどけない、もっと言ってしまえば、可愛らしい青年だったとは……」

「そういう目で見てたんですか、僕のことを」

 神崎は顔を真っ赤にしながら、憮然とした表情になった。

「怪しい意味じゃなくて、少年みたいなってことですよ。……でも、こうして実際にお会いしてみて分かった。確かに会長の言うとおり、貴方は誠実で、信用に足る方でした」

「そんなこと……ありませんよ。僕は……」

 そう言われて、嬉しいと素直に思う反面、激しく否定する自分もいる。兄ほどではないものの、己も相当な嘘つきである。

「……僕はもしかしたら、誰かに殺して欲しい、と思って、戦場に来ているのかもしれません」

 ふと、そんな言葉が神崎の口をついて出た。

 膝の上の、サブマシンガンの銃身をなぞる指先に、金属のヒヤリとした感触が伝わってくる。心もとないとき、ついやってしまう神崎のクセ。

 乾いた地平線に向かって落下していく陽の光が、車窓の反対側から横様に差し込んで、逡巡する神崎の表情を影の中に落とし込んだ。

「有人さんは、生きているのが、つらいんですね」

 自分の名を呼ぶ、吉岡の言葉に息を飲んだ。

「えっ……、いや………」生臭く、後ろ暗い考えを、たった今自分が声に出してしまっていたことに驚いた。

「正直、分かりません……」

 何度も銃をなぞり続けていた指に、吉岡はそっと手を重ねてきた。立ち止まり、己と向き合え、と言わんがばかりに。


 ――人間なんて、放っておけばいずれ死ぬ。いや、大概の生き物ならば、死は等しく訪れる。しかし、自分達のような生き物は、誰かが引導を渡すまでは、死は訪れない。自分は、放っておけば死ぬような生き物を相手に、引導を渡し続けているというのに……。


「でも、安らかに死ねる、ということに、憧れはします」

 口にしてみると、彼は案外気分が楽になったような気がしていた。


 ……自分は『楽』になりたいのだろうか。『呪い』から……?


「大丈夫、生きるのがつらい人なんて、世の中にはいくらでもいる。だから、そういう時には、誰かを頼ってもいいんじゃないでしょうか」

「別に僕は、自殺志願者、というわけじゃないんです。でも……自分は、耐える事しか出来なくて……」名カウンセラーを相手に、ポツリ、ポツリと吐露していく。「他の方法も知らないし、楽になりたいなんて、思ったこともありません。それに……」

「それに?」

「楽になれるとも……思っていない」

 それは、思う思わない、ということじゃなく、リアルに自分で「楽に生きられない」道を選んだからだ。「ステュクスの流れ」に誓ってしまったから。

「それは、自分への罰ですか?」

「いえ……違います。それはむしろ『呪い』……かと」

 吉岡に、自分の心の鎧をどんどん剥ぎ取られていく。この男に手繰り寄せられるかのように、心中を吐露していく自分に歯止めが効かないのは、本当はそれを望んでいるからなのか――。

 懺悔なんて言葉が脳裏をよぎったが、今の自分なら、神父相手に箱の中で告白大会をやっている連中の気持ちが、少なからず分かる気がする。

 神崎は吉岡から顔を背け、喉から絞り出すように言った。

「もう……許して下さい……これ以上は…………」

 追い詰められたような気になって、彼はいつのまにか許しを乞うていた。それに気づいたのは、続く言葉が見つからなかった時だった。

 ――神崎の心は、ぐちゃぐちゃだった。

 ふと、吉岡に肩を抱かれた。帰国すると必ず顔を見せに行く友人、恵比寿がいつも神崎にするのと同じように、しっかりと肩を掴んで抱き寄せられた。たまらず、唇を噛んだ。

「いやぁ、ごめんなさい神崎さん。いじめるつもりはなかった。気に入った人がいると、つい本音が知りたくなるのは、私の悪い癖なんです」

「済みません。こんな程度で動揺しているようでは、護衛失格ですね!」と空元気で、ははは、と声をあげて笑ってみせた。

「いいじゃないですか、今だけは」

「――!」

 吉岡の強力な一言は、神崎の思考を、強制停止させた。そして吉岡は、別のコマンドを強制割り込みさせてきた。

「今だから正直に言いますけど、会長は、本当はにこう私に言われました。「向こうに行ったら、弟に会ってやってくれ。そして気に入ったなら、どうか私の分まで可愛がってやってくれ。あいつは淋しがり屋なんだ」と。……そう、淋しそうに言われたんですよ」

 だから、貴方に大人しく、頭を撫でられて可愛がられておけ、とでもいうのか? どいつもこいつも、一体自分にどうしろというんだ――。

 神崎は、数瞬の逡巡の後、ぼそりと呟いた。

「……僕は、淋しくなんかない」

「本当に?」

「こんな男、可愛がる価値なんてありませんよ。ほっといてください――」

 震える唇で訴える、神崎の掠れた声を、吉岡は諭すように遮った。

「自分をそんなに嫌いにならないで下さい。――私は、貴方が好きですよ」

 黒曜石のごとき瞳孔が大きく開き、こらえていた涙がポロリ、とひと粒、膝の上の銃身にこぼれた。

 いま言葉を発すると涙が止まらなくなりそうで、強く唇を噛んだ。


 ――――やめてくれ。甘えたくなってしまうから。

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