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【1】公共事業

 神崎青年の日常は、至って安穏としていた。それはこの国の治安が、徐々に安定に向かっている証拠でもあった。最新装備で固めたGSS社警備員の手によって。


 というわけで、親会社から更なる業績アップ(唾棄)を言い渡された彼が次に目を付けたのは公共事業だった。

 これなら国民の役にも立てるし金額もそこそこ大きい。会社は武器じゃなくても物が売れれば満足なのだし、現地の市民を雇用すれば政府や国民にも喜ばれるはずだ。(多分)



     ◇◇◇



 ある日のこと。神崎はオフィスの会議テーブルを二台くっつけて大きな作業台を作り、使用済みの破った大判カレンダーを何枚か並べた。

「これで何するんです?」

 作業を手伝っていた、イケメンドイツ人スタッフのセバスチャンが訊ねた。

 名前だけなら執事系なのだが、不器用なので残念ながら執事には向いていない。しかしビジュアルは良好なので執事カフェの給仕なら十分務まりそうである。

 セバスチャンが失業した暁には、神崎はアキバの執事カフェの仕事をあっせんしてやるつもりだ。

「ん? あぁ、ちょっとな。新規事業のためのネタ出しをするんだ」

 神崎は、セロハンテープで使用済みカレンダー同士をつなぎ合わせ始めた。テープカッターから、ビ――ッとテープを引き出しては、手際良くカレンダーをくっつけていく。

 セバスチャンもマネをしてテープを引き出したが、あちこちにくっついて絡まり、挙げ句髪の毛までくっつけてしまって、

「ひいいいいいいっ」

「なにやってんの」

「たすけてくださいボス~」

「しゃあねえなあ……うごくなよ」

 結局、神崎に少々髪の毛をハサミでちょん切られた。

 しかしこれでは手伝いにもならない。神崎は、セバスチャンにはテープを使わない作業――カレンダーを並べたり、貼り合わせたものをまとめる――をさせることにした。用意したカレンダーを全て貼り合わせ終えると、神崎は次の作業を開始した。

 まず最初に、軍事衛星の画像を見て気づいたことを、カレンダーに書き出してみた。主に交通インフラの整備が多少遅れているようだ。

 手帳のメモや記憶を参照しつつ列記してみると、じつは印象よりも不備が多いことに気づく。国の将来や国民の安全を考えると、どこも放置すべきではない。

 それを今度は青焼き大判コピーの地図の上に逐一書き出す。地図上であれこれするのは、本来軍人である彼の十八番おはこだ。アナログな方法ではあるが、長生きな彼にはこちらの方が遙かに仕事がしやすかった。

 更に現行の自社が行っている復興工事地域や、主要な既存施設を次々と書き込んでいけば、公共事業的視点に基づく、営業戦略マップが完成する。次に修繕すべき場所は丸わかりなうえ、既存工事エリアと近ければまとめて施工することもできる。工期も費用も節約できるという次第だ。

「あとは、これを指揮所に持っていって、仕込みをするだけだな……」

 完成したゲームの攻略マップのようなものを携え、神崎は空港内にあるGSS社の現地指揮所に向かった。


     ◇


「で、俺らは何すりゃいいんだ?」

 筋肉ダルマの同僚、グレッグ警備隊長が事務用イスに座ってグルグル回りながら満面の笑みで神崎に訊いた。

「なに、大したことじゃない。若干、車の巡回ルートを変えてもらうことぐらいだ。もちろん変更後のルートに関しては、俺が責任を持って設定させてもらうよ」

「それで何が分かるんだ?」

 グレッグは訝しげな顔をしながら、イスの回転を止めて言った。

 神崎は、不敵な笑みを浮かべて言った。

「この国に、本当に必要なものさ」――俺はそれを売りに来たんだ。


 なんと神崎は、ヒマを持て余していたグレッグに営業活動への協力を要請したのだ。先日、困り果てたグレッグから、着任早々に依頼された警備計画再編めんどうごとの件で貸しがある。余程の内容でもなければこの脳筋とてイヤとは言えまい。


     ◇


 翌日の朝、神崎青年はその日の仕事を「丁稚デッチーズ」と自ら名付けた、優秀なイケメンドイツ人スタッフたちに言いつけると、車で出かけて行った。

 なぜ丁稚デッチーズがイケメンなのかと言えば、神崎がリクルートを依頼したGSS社フランス支部のスカウト担当の御婦人が、趣味丸出しで選考したからイケメンなのである。

 そしてドイツ人なのは神崎のオーダーで、集めやすく几帳面に働くからという理由だった。日本人でも良かったのだが、語学が堪能で軍の仕事をするような日本人は少ないからだ。


 車で基地を出て行った神崎の行き先は、空港内のGSS社指揮所だ。昨日グレッグに依頼した、外回りの社員が収集した最新の国内道路画像データを己の目で精査するためである。社の軍事衛星はあるものの、地上での走行ナマ情報には代え難い。

 神崎が指揮所の隅でモニターに齧り付いていると、ひまそうな顔をした米国人の友人マイケルが、山伏印のビーフジャーキーをもしゃもしゃと囓りながらやってきた。

 こいつは、米国ドラマでバーベキューでもやって、青春を満喫していそうな人相風体の青年だ。神崎の基地赴任時に、装甲車から彼を蹴り出したのもこの男である。

「おはようございます、アルトさん」

「マイク。なんかいいもの食ってるなぁ。ちょっとくれ」

 神崎は机の上の、アラビア語で書かれた新聞を突き出して「ここにのせろよ」とマイケルにジャーキーをねだった。

 マイケルは、袋からジャーキーを数枚つまみ出しながら、

「で、これが、昨日ガチャガチャやってたアレの画像ですか?」と図々しい神崎に訊ねた。

「サンキュ。……ん~。そう。あ、ここもか……」

 マイケルから略奪したジャーキーを囓りつつも、画面からは目を離さない神崎。

 ふと、気になった場面が映ったのか、何度もシークバーで戻して再生している。崖が道路側にむき出していて、普段から頻繁に落石事故が発生している山間やまあいの道の動画だった。


 昨日彼が指揮所でやっていた作業仕込みとは、治安維持業務に就いている社員たちの車両に搭載されている「車載カメラ」や「GPS」の調整と、重複なく広い地域をカバーして情報収集するため巡回ルートのコース変更作業だったのだ。

 無論、軽々しくコース変更などするべきではないが、神崎にとって変更は雑作もない。情報収集と、保安の両方が成り立つようにコースを選択していけばいいだけだ。

 公共事業の必要とされる場所を自分で探し、顧客に提案して事業を受注するというのは、悪い言い方をしてしまえば『自作自演』だ。しかし善意に基づいて行うのであれば、それは国家運営上の自己治癒力を「かさ増し」してやることに繋がる。

 そして、自分で直接現地調査に動き回らなくとも、日頃から国内をウロウロしている連中がここには沢山いる。そいつらにカメラをくっつけて、一斉に走り回らせれば、いっぺんに情報が集まる。

 最終的に、自社の軍事衛星をちょっと拝借して、宇宙からサクサク撮影をしてしまえば、プレゼン資料のハイ出来上がり、というわけだ。


「なぁ、マイク今日ヒマぁ?」

 神崎の視線は道路の動画に釘付けのままだ。背後からつまらなそうに画面を見ていたマイケルは、微妙に嫌な予感がしていた。

「なんですか、一応今日は公休ですけども……」

 動画の画面を一時停止し、クルリとイスを回して神崎が振り返った。

「うちでバイトしない? ジャーキー一箱で」

 そう言う彼の笑顔は、邪気に満ちていた。

「み、魅力的ではあるけど、……ヘンな仕事じゃないでしょうねえ」

 結局マイケルは、ジャーキー二箱と二食つきの条件で丸一日神崎の下僕となった。仕事を始めて間もなく、マイケルは、この仕事は割が合わないことに気が付いたが、もう後の祭りだった。大量のコピーの山に埋もれてさんざんな目に遭った。


「あ、もうこんな時間か……」

 神崎は机の上いっぱいに広げた衛星写真をまとめ始めた。

「ん? 夕方にはまだ早いんじゃないんですか?」

 マイケルはちらと腕時計を見た。時刻はまだ午後三時を回ったあたり、神崎と作業を始めてまだ半日も経っていなかった。

「人と会う約束があるんだ。今日はここまでにしよう。あとは、書類をまとめてこの箱に入れておいてくれないか」

 神崎はダンボール箱を二つほど机の上に載せて、クリップでとめた衛星写真を箱の中に放り込んだ。

「ギャラは明日、向こうの倉庫から持って来るよ」

「了解、ボス。忘れずに持ってきてくださいよ」

 と、しっかり神崎に念を押したマイケルは、会議机の上に散らばった書類や光学ディスクを整理し始めた。

「じゃあな」

 神崎は資料データの入った光学ディスクを上着のポケットに無造作に突っ込んで、慌ただしく部屋を出て行った。

「デートの約束でもしてんのかね」マイケルは、彼を見送りながら呟いた。それはあながち間違いでもなかった――。

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