神崎青年の日常は、ゲームにかまけていられるほど至って安穏としていた。
一日の仕事を終えると、神崎はそそくさと自室でノートパソコンを開き、中の国へと旅立つ儀式――毎度のしちめんどくさいログイン手続きを始めた。
それは『デート』、なのかもしれない。神崎は彼女との逢瀬を心待ちにしていたのだから。付き合ってるわけでもない、彼女との。
◇◇◇
ふと、心の中でもう一人の自分がつぶやき始めた。
『近づき過ぎれば、また失ってしまうかもしれないぞ?』
(確かにそうだけれど。分かっていてもやめられない)
『でも、手放せないんだろう?』
(そう言われてしまえば、確かにそうなのだけど)
『一体お前はどうしたいんだ?』
(代替行為に目的もヘチマもあるか)
「クソッタレェ!!」叫んで枕を壁に投げつけた。
いつもの自問自答。いくら否定しても肯定しても、何もかもが納得がいかない。でも一番納得がいかないのは、いま自分の傍らに『
渡し守から伝え聞く、妻の地上への帰還時期はいつも正確だった。半世紀も遅れれば、今生では逢えないものと判断してもおかしくはないだろう。
『――もう、待ちくたびれたよ。諦めても、いいかい? 俺の白猫……』
◇
毎度のように面倒臭い手続きを踏んで、ログインをすると、
「ん?」
画面上部端で、ショートメッセージ受信のサインが点滅している。
「昨日の彼女かな?」
他には、自分宛にわざわざメッセージを送ってくる人物に心当たりがなかった。早速、開封してみる。
「ん……と、やっぱりあの子か。なになに……」
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>Log in time 19:25:13
>Server No.10 : Tricorn
>Welcome back! Alphonce!
>【Port Town】
(▼ショートメッセージを確認)
From:Flaw
Title:無題
こんばんは。昨日はどうもありがとうございました。
とても助かりました。
ご好意に甘えて、長時間付き合わせてしまい、ごめんなさい。
もうちょっと安全な場所で、一人で頑張ってみようと思います。
釣りのスキル上げがんばって下さいね。
それでは。
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「ええっとぉ…………、俺またやらかした、かな……」
Flawから自分宛に届いたゲーム内ショートメールを読んで、神崎は苦々しい気分で深いため息をついた。
さらっと書いてはあるが、明らかに拒絶を表す内容だと感じた。
神崎はソロプレイで思うようにレベル上げの出来なかった彼女を想い、いわば『おせっかい』で
恐らく昨晩の神崎は『おせっかい』の加減を間違えてしまったようだ。過去何度も繰り返してきたが、性根のやさしさだけは如何ともしがたく、結局迷惑がられたり割りを食うのが分かっていても『おせっかい』がやめられない。
「ごめん……」
彼女は他人の負担になることを忌避するが故にソロプレイの道を選んだはずだ。それなのに自分は、好意からとはいえ彼女の心に負荷を与えてしまった――。
彼は
中身を読むと余計に悲しくなってしまうので、ページはめくらずにそのまま抱きかかえてベッドの上で目を閉じ、「大丈夫、大丈夫」と、何度も念仏のように唱えた。
戦場では容赦なく敵を殺すのに、些細な事で心を揺らしてしまう。強いのか弱いのかわからないところが、神崎青年らしさだった。
浅い呼吸をしばらく繰り返した後、ノートパソコンから短いベルのような音が鳴った。――ショートメッセージの着信音だった。
「えっ?」
彼はガバっとベッドから跳ね起きて、慌てて枕元に広げたノートパソコンの画面を覗き込んだ。着信したメッセージは一件。恐る恐る開封をしてみる。
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(▼ショートメッセージを確認)
From:Flaw
Title:無題
Alphonceさん、こんばんは。私のメッセ届きましたか?
いまログインされているのを見つけて、メッセ送りました
港にいるってことは、今日もあの池で釣りですよね
私はこれから、実家に帰ります
釣りのスキル上げがんばって下さいね
それでは
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「へ? ちょっとマテ。今どこだ?」
神崎は、慌てて彼女の居場所をサーチした。
なんだ、同じ場所じゃないか。
――実家に帰るって、まさか、ここから?
実家とは、プレイヤーのスラングでPCの所属国、ホームタウンを意味する。彼女のレベルでは、自分が使用した定期便には乗船出来ない。きっとダチョウの如き騎乗鳥で、陸路を長々と往くつもりだろう。リアルでも三十分はかかる、正にロングドライブだ。
(なんてこった……。俺のせいで、国に帰らせるようなもんじゃないか! こりゃうだうだヘコんでる場合じゃないぜ! 追いかけないと)
「でも……、何で念を押すように、メッセ送ってきたんだぁ?」
うーん、と唸りつつ、向こうもログインしているならメッセなんてまどろっこしいことはせず、リアルタイムでの接触を試みようと考えた。自分の
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Alphonce:
こんばんは!メッセありがとうございました。ちゃんと届いてますよ!
Flaw:
こんばんは(^^)/お声掛けありがとうございます♪今日も釣りですか?
Alphonce:
いや・・・それよりも、フラウさんに、お詫びをさせて欲しい。
Flaw:
え?なんでですか?別に謝られることはなにもないと思いますけども?
Alphonce:
自分のお節介で、気を悪くされたようなので・・・申し訳ないです。
Flaw:
え??あのー・・・ほんとになにもないですよ。もしかして、かんちがいをさせるような事を書いちゃった、とかでしょうか・・・だったら、かえってごめんなさい
Alphonce:
本当に何もない?俺の方こそ、気分害していません?
Flaw:
害してなんていないですよ。どっちかと言うと、私の方が。昨日も帰りに気分悪くさせてしまったみたいで・・・
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「え。ちょっとマテ。それどういうこと?」
てっきり自分が、相手の気を悪くしてしまっていたと思っていたのに。
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Alphonce:
え?そんなことないですよ?ああ、参ったな。こっちが勘違いさせちゃったのか・・・多分、俺がしばらく黙ってたことを、そう思っちゃったんですね。
Flaw:
そうです。多分私浮かれてたかもだから・・・またやっちゃったのかと思って
Alphonce:
やっぱり。あれは、俺が余計な事を言わないように黙ってただけ。機嫌が悪かったわけじゃないから、安心して下さい。
Flaw:
そうなんですか・・・よかった(T-T)私、調子に乗りやすいから、気分を害されちゃうことが多くって・・・でも、余計なことって何ですか?
Alphonce:
ホントに余計な事だからあんまり言いたくないけど・・・俺、基本的におせっかい焼きだから、初心者さんを見ると、つい余計な手出しとか説教とか始めちゃうんです。それで結構失敗してるんで、自重してただけ。文字しかないから、色々と難しいよね。気持ちを伝えるのとか。
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「これで少しは、猫さんの誤解は解けたろうかなぁ……」
神崎は少しほっとした。気持ちは明文化しなければ伝わらない。しかし、明文化することによって角が立つこともまた多い。
ネットの世界では、文字と過ごした時間だけが互いを計る物差しだ。そこには思惑を伝えるべき表情や、ボディランゲージ、
とかく霞みの中で手探りをするようなものだから、行き違いや事故が頻発する。それでも求め合わずにはいられないのが、人の性というものか。無論彼とて、人のひな形たる存在だからこそ、同じ性を持っているのだが。
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Flaw:
そうなんですよ!チャットだけだから、言いたいことがちっとも通じないっていうか・・・世間じゃヘッドギアつけて、ボイスチャットするのが普通だけど、ここじゃこのゲームやるのが精一杯だし(-_-)
Alphonce:
へ?俺と同じだ。ここ外国でしょ?だからヘッドギアなんか持って歩けないし、ノートパソコンしかないから、環境的にこのゲームやるので精一杯です(-_-)
Flaw:
(・_・)/\(・_・)ナカマ!
Alphonce:
おー、ナカマですね(^_^)どういう所でプレイしてるんですか?やっぱり普通は自分の部屋とかかな?
Flaw:
自分の部屋と言えるような、言えないような・・・寮みたいなとこです。そこで、ノートでやってます
Alphonce:
俺も職場の寮住まいですよ。空調悪いんで、ちょっと暑いです。外は涼しいけど窓がないんで。
Flaw:
東京は、雨でちょっと寒いですよ
Alphonce:
そういえば梅雨なんですね。こっちは雨なんかちっとも降らないです。
Flaw:
全然?水ないんですか?
Alphonce:
はいカラカラですよ。肌けっこう乾燥するから唇とかしょっちゅうリップとか塗ってますよ(-_-)あ、雨はなくても地下の水源はあるから水は飲めるけどね。
Flaw:
そうなんだ。商社の方って大変なんですね。リップまで塗らないとだなんて
Alphonce:
うーん、どうなんだろうか。俺よりも、警備の人の方が大変かも・・・
Flaw:
警備の人?ビルとかにいるやつ?
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「いやいや。それよりもっと屈強でマッチョなのだよ。ゴツい武装してるよ。俺はマッチョじゃないけどな。いや、日本じゃこういうの細マッチョって言うんかな?」
などと下らないことを独りごちる神崎。オフタイムではただのゲームオタクだ。
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Alphonce:
暑いからね。彼等は外の仕事だから結構大変そうで・・・自分は仕事中はエアコンをガンガン効かせてるから平気です(^0^;)
Flaw:
あんまり冷やすと体に悪いですよ~
Alphonce:
けっこう暑がりだから、空調効いてないと仕事しづらくて(~_~;)
Flaw:
あ、釣り行かれるんですよね?話し込んじゃってごめんなさい<(_ _)>
Alphonce:
いや、今日は行かないです。
Flaw:
え、そうなんですか?
Alphonce:
実家帰るって言うから、もしかして自分のせいだろうかと・・・
Flaw:
うーん、そうなような、違うような。見つかっちゃったら、また迷惑かけるかなと思って。だから、地元でおとなしく一人でやってようかなって思って・・・
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「やっぱりそうか……ごめんな……」
神崎は、苦虫を噛み潰したような顔をした。多かれ少なかれ、負担に感じさせてしまっていたことには、間違いなさそうだ。
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Alphonce:
うーん・・・・・俺は特に迷惑とは思っていないし、役に立てるなら手伝いたい。でも、重く感じるなら、これ以上声はかけない。
Flaw:
私、いつも部屋にこもってるから、人付き合い苦手で・・・あ、べつに引きこもりじゃないですよ☆
Flaw:
体が弱いだけなんです。だから、ともだちとかいないし。それでも・・・なかよくしてもらってもいいですか?
Alphonce:
はい、こちらこそよろしくお願いします。友達いなくても全然問題ナシですよ。俺もこんな仕事だから一カ所に長くいることほとんどなくて友達あまりいません。
Alphonce:
東京に帰ったときに顔を見せに行く友達がいるくらいかな。だから安心してください(^_^)ぼっち同士だから、どうぞ気兼ねなくね☆(^_^;)
Flaw:
はい(^^)/ありがとう!よろしくお願いします^^
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「ふぅ……何とか仲直り出来てよかった」
それにつけてもネットの世界での意思疎通はもどかしい。神崎は、よくこんなことを延々と続けていられるものだ、と自分の事ながら呆れてしまう。
「なかよくしてもらってもいいですか……か。社交辞令でも、うれしいな……」
――でも、体弱いって、気になるな……。
まさか、病院に、いる……?