立川西三丁目公園のエリア27で崩落事故が起こったことは、杉村のおっちゃんからダンボ(ダンジョン保安管理協力会)の事務局には報告されていた。ダンボはDSI(ダンジョン保安情報)で注意を呼びかけるだろうが、それだけだ。
崩落事故を発生させた連中も、それをどこかに報告することなどなかった。雇い主に報告したところで「タガネはちゃんと納入されるだろうな?」と言われるだけだ。作業員が行方不明になろうがたとえ死のうが、知ったことではないのだ。
そんな状態なので、ダンジョン崩落で危うく死にかけた牧原雅道は怒り狂っていた。工藤明日香にはなかなか連絡が付かず、ようやく電話が繋がって言われたことは『無事にお帰りになれてよかったですね』だった。
「俺をバカにしやがって……」
幸い財布とスマホは身につけていたので無くさずに済んだが、もともと着ていた衣服はどこへ行ったのかわからない。もっと最悪なことは、なぜかまたマトリに目をつけられてしまったことだった。
あの御崎という女は雅道を警察につき出すと言って脅し、強引に電話番号を聞き出した。今回は違法な薬物など持っていないのだが、崩落が起きた現場に居合わせて救助されたことはかなりまずい事実だった。
「タガネ打ち込んだだけで……なんで、あんな……」
ホテルのテレビでは、また幼稚園からの現場中継が映っている。
『立川市
幼稚園と曙町の交差点からの中継が終わると、DQコミュニケーションのCMが入った。ダンジョンが原因らしい陥没事故が起こったことに配慮したのか、輝沢りりんがダンジョンを走るシーンはカットされたショートバージョンに変更されていた。
「本当は、俺のモノになっていたはず……」
雅道は憎々しげにつぶやいた。計画通りにコトが進んでいれば、りりんは未成年飲酒のスキャンダルで芸能界を追放されて雅道のペットになっているはずだった。
それなのに、今では立場が逆だった。りりんは人気急上昇中で、雅道は仕事もなくタレントとも言えない飼い殺し同然の身になっていた。
「何とか、しないと……」
雅道はいらいらした様子で部屋の中を歩き回った。
祝日で、俺は朝早くから工房の照明を点けた。市内で起こった二箇所の陥没事故に駆り出されたおかげで、スライムガラスの製造が予定より遅れているのだ。今日は学校が休みだから、森元彩乃ちゃんも早くから来て手伝ってくれるはずだった。
電気炉の予熱を始めて、もう一度スライム粉の在庫を点検した。あと百枚作れるかどうか、ダンジョンガラスのペンダントもまだ注文の残りが50個以上ある。時間を作ってまたスライム狩りに行かなくてはならない。
「あ、今日の10時からりりんが出るんだっけ……」
ニュースワイドの中で、ダンジョンに入ったことがあるアイドルとしてコメンテーターで出演するらしい。りりんからメールで知らされていた。リビングで録画予約を入れて工房に戻ると、玄関前に車が止まった。
「すいませーん! 魔王様!」
飛び込んできたのはりりんだった。
「あれ? 今日、生出演は?」
「これから、赤坂行くんです。それでお昼に終わるから、帰って家でそば打ちます。あのぉ!」
「はい?」
「今度、ダンジョンの中でチャリティーのライブやる……やる予定、じゃなくて。やりたいんです! 珪子ちゃんの幼稚園、あのままだと閉鎖しちゃうから。あたしがダンジョンの中で歌って、配信して、寄付集めてみせます!」
「え? え?」
りりんが何を言ってるのか、俺にはよくわからなかった。
「お願いです。魔王様の力貸してください! あ、珪子ちゃーん! あたしチャリティーライブやって、幼稚園修理する寄付集めるからねー!」
工房に降りてきた珪子にりりんがそう叫んで、俺はようやく事態が飲み込めた。
「それ、いつ?」
「これから決めるんですけど、一日でも早く。時間経つと幼稚園どんどん大変になるそうです」
りりんが何を考えているのかはわかったけど。なんでいきなりこうなるのだろう。
「なんで……りりんが、あの幼稚園を?」
「珪子ちゃんが、廃園になるって。泣いてたって聞いたから」
「……それだけ?」
「あそこ……古いんですよね? 75年?」
わかば幼稚園が昔からあることは俺も知っているけど、そんなに古いとは知らなかった。
「そう……かな?」
「とにかく」
りりんがものすごく真面目な顔で俺に詰め寄った。ふんわり甘い匂い。エリカとは全然違う、これはきっと化粧品じゃない。俺は
「もう、やるって。決めちゃいました。もう、インスタにも、エックスにも書いちゃいました」
まだやれるかどうかだってわからないのに、りりんはすごい度胸だ。
「だから、お願い。手伝ってください」
りりんに『ぎゅっ』と手を取られて、俺はまた鼓動が激しくなってしまう。
「そりゃ……手伝うのは、できるけど。何をどうするの?」
「あたしも、お手伝いします!」
珪子までりりんの『やる気』にあてられてしまった。
「おはようござい……あ、りりんさん!」
もう彩乃ちゃんがやって来た。
「彩乃ちゃん! あたし、ダンジョンでチャリティーライブやるよ!」
「えー! すごーい! いつですか?」
女の子3人で勝手に盛り上がって、りりんは待たせていたハイヤーで赤坂のテレビ局に向かった。珪子と彩乃ちゃんは飛び跳ねて手を振っているけど、俺は一人だけ呆然としながらハイヤーを見送った。
彩乃ちゃんと一緒にガラス原料をふるいにかけているとスマホに着信。エリカだ。
『昨日ね。りりんの誕生会で、有楽町のバーに連れて行ったのよ』
有楽町と言えば東京駅の隣だ。渋谷や新宿じゃないあたりがエリカらしいと言えるか。
「俺が二十歳になったときも、そこ連れて行ってくれる?」
『お望みならね。でもそのときあんたにカノジョがいなかったら、そのあと覚悟しておきなさいよ……それよりね。そのときりりんが立川の幼稚園……陥没したあそこ。そこの修理資金のためにユーチューブでチャリティーライブやって言いだしたの』
「りりん、さっきまでいたよ。その話しで勝手に盛り上がってた」
エリカの笑い声が聞こえた。
『もう行ったのか。ホントに本気なんだ、困ったわね』
「自分の中でやるって決めただけみたいだけど、もうインスタとかで宣言したって」
『うわ……それじゃもう、絶対引っ込みつかないね。そのことでね、
りりんが歌って、配信は前にダンジョンダッシュでやっている。でも今度は入って出るだけじゃなくて、ダンジョンの中で何曲も歌うことになる。そのための機材だってたくさん要るだろう。
『いろんな機材なんかはりりんが自分で手配するだろうけど、それ運ぶ人手は何とかなる。あとはダンジョンの中での安全確保。あんたとダンボさんで考えてあげて』
何だかもう、りりんの周囲がみんなで準備を始めている感じだ。