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第九章 第10話「総理ダンジョン?」

 衆議院では補正予算を審議しんぎするための臨時国会が召集されていた。総理大臣による所信表明演説しょしんひょうめいえんぜつを受けて、今日は各会派からの代表質問が始まっていた。

「総理。先月の、21日ですが。立川市の交差点で大規模な道路の陥没が発生しております。これは、地下で発生した空洞。いわゆるダンジョンと呼ばれる現象が原因ではないかと疑われております。この事故に対して国の対応が遅いとの声が出ておりますが、現在どのような対策が行われているのかお聞きいたします」

 『ダンジョン』という言葉が国会の場で使用されたのはこれが初めてのことだった。本山総理大臣が演題に立った。

「地下空洞については。誠に憂慮ゆうりょすべき危険な現象であると、識者しきしゃから伺っております。目下、監督省庁に調査を命じ、事態の把握はあくと対応策の検討を行っているところです……ああ、現在の監督省庁は国土交通省でございます」

 続いて質問に立ったのは日本改革党の議員だった。

「総理。地下空洞、いわゆるダンジョンについては、今回発生した陥没事故だけではなく、同じ立川市内で違法薬物の原料となるキノコの栽培が行われていて、今年7月に麻薬取締部によってダンジョン内の捜索が行われまております。これほど問題が起こっている、いわゆるダンジョンについて今だ正式な調査が行われず実態の把握ができていないのは極めて問題ではないかと思われます。これについて総理の見解をお聞きしたい」

 検索トレンドにもなっている『ダンジョン』に対しては、政府の対応がひどく後手後手に回っていることは明らかだった。各会派は、ダンジョンについて総理に集中砲火の質問を浴びせることで意思を統一しているようだった。


 エリア25を通り過ぎたあたりから空気がザラザラしはじめた。ライトで照らされる部分が白くモヤっている、タオルのマスクをしていてもいがらっぽい土のニオイを強く感じる。

「どこだ……」

 メインの通路が崩落していればすぐにわかるけど、脇道も奥の方だったら気がつかないで通り過ぎてしまうかも知れない、

 ライトに照らし出されるモヤモヤはだんだん濃くなってきて、先の方が見えにくくなってきた。

「エリア、27か……」

 俺とエリカの後から出てきた怪しい連中は、崩落したのは27のあたりだと言っていた。確かに、ここは特に土ぼこりがひどくて視界がきかない。

「ん?」

 足元に気をつけながらそろそろと歩いていると、一瞬だけ視界の端に光が見えた気がした。振り返ってみたけど何も見えなかった。でも、すごく気になったので戻ってみた。

 壁に横道の入口とは言えないくらい、50センチあるかどうかの狭い隙間があった。その奧が『ぼやっ』と光ってる。

「誰かいるのか!」

 声をかけてみる。光が少し動いた。

「助け……て……」 

 弱々しい声も聞こえた。やはり、遭難者だ。俺はリュックを置いて体を横にして隙間にもぐり込んだ。

「おいっ! ケガしてるのか?」

 ぐいぐい入り込んで行くとライトの中にヘルメットと人の顔が見えた。でも体は見えない、土に埋まっている。

「うわ……」

 掘り出さなくちゃいけない状態だけど、俺が持っているのは小さいハンマーだけだ。狭い中でベルトに挿したハンマーを苦労して抜き出して、逆さに持って柄の方で土を突いて崩した。でもこんな物じゃ全然はかどらない。

「どうした! なにがあった!」

 焦りながらハンマーを使っていると、後ろから声をかけられた。3人組が隙間をのぞきこんでいた、まだ出てきていなかったパーティーだ。

「崩落して、ここに人が埋まってます!」

「うわ! 何かおかしいと思ったら、また崩れたのか」

「何か、掘るものないですか?」

「あー、ステッキある。代わろう」

 『ステッキ』と呼ぶけど、ダンジョンで使うステッキは杖じゃなくて虫退治に使う1メートルぐらいの鉄の棒やパイプだ。

 俺の代わりに一人入ってくれて、ステッキでガスガス土を崩し始めた。長さがあるから威力が違う。たぶん5分もしないうちに土の中から男が一人引っ張り出されてきた。

「手と足、動くか?」

 水を飲ませて、ケガをしていないかを確認。3人はベテランパーティーのようでトラブルには慣れている感じだった。

「もう、死ぬかと……思った……」

 男がかすれた声で言った。

「歩けるんなら急いで出よう、またどこか崩れるかも知れない」

 埋まってた人を押して引いて早足で歩かせて、1時間半で公園の入口まで戻った。

「おお! 救助できたか!」

「ケガはないようです」

「お疲れ。また大活躍だね」

 エリカがタオルで俺の顔をふいてくれた。ありがたいけどちょっと恥ずかしい。埋まってた人はおっちゃんに事情を聞かれていたけど、何を言ってるのかよくわからなかった。

 それより俺は、一度そいつに会ったことがあるのを思い出していた。それもこのダンジョンの中でだ。

「あんたといっしょに入った3人。逃げちまったんだけどよ、入場表にデタラメ書いてて連絡もつかないんだ。あんた、名前は?」

「あ……オオキ……モトヤ」

「違うだろ!」

 俺は思わず言ってしまった。おっちゃんもパーティーの3人も、ぎょっとした様子で俺を見ている。

「あんた、牧原雅道だろ」

 今度は牧原雅道がぎょっとして俺を見た。

「はあ?」

 エリカが大きな声を出した。

「違う……」

 顔は土ぼこりで真っ黒だけど、ヘルメットを外したらはっきりわかる。

「あんた、前に俺と一緒に高琳寺から一緒に逃げただろ」

「あ……あの時の……」

「あんた……牧原雅道が、何でこんなことやってんのよ?」

 エリカにそう聞かれて、牧原雅道はひどくうろたえていた。

「頼まれて、作業を手伝ってただけだ」

「何の作業よ?」

「天井に、こんな……」

 牧原雅道は両手で20センチくらいの長さを示した。

「おっきな、鉄の。タガネ? 釘みたいなの打たされた」

 俺は思わず顔を上げてエリカを見た。エリカも俺を見ていて、ちょっと顔をしかめた。

「あんたがやらかしたおかげで、幼稚園の庭に穴が開いたわよ。幸いケガ人とかいないみたいだけどね」

「知らない、俺は何も知らない!」

「あんたと一緒に来て、逃げちまった3人はよ。何者なンだ? これ、警察呼んだ方がいいンでねーか?」

「知らないんだ! 新浦安で車に乗せられて、ここに連れて来られただけだ!」

 牧原雅道が叫ぶように言うと、エリカが手を額にあててため息をついた。

「ここで尋問するわけには行かないでしょうね。牧原さん、連絡先だけ教えてくださる?」

「いや……それは……」

 エリカが『ずいっ』と牧原雅道に近寄って、顔の前に何かを突きつけた。

「あたしは関東厚生局麻薬取締部特別捜査官の御崎エリカ。あなたの、初台のマンションにガサ入れあったときも外にいたのよ」

 牧原雅道が硬直していた。俺からは顔が見えないのが残念だった。

「ウソじゃない、必ず連絡がつく電話を教えてくれるなら今は帰ってもいいけど。あくまでシラを切るなら警察署に行ってもらうわよ」

 そこでエリカはにっこり笑った。

「どうする?」


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