ヘルメットのヘッドランプは無事だった。だがその明りが、自分がどれだけ絶望的な状態に陥っているかを映し出していた。
「おーい……」
牧原雅道は弱々しく声を出した。体中が圧迫されていて、息を吸い込むにも力をこめなければならなかった。体は上から下まで砂か土の中に飲み込まれて、顔だけがようやく出ている有様だった。
「お……」
もう一度助けを呼ぼうとして、雅道は土ぼこりを吸い込んで激しくむせた。
「たす……けて……」
あの3人は自分を見捨てて逃げてしまったのだろうか。それよりも、あいつらが生きてここから出られたかどうかもわからない。ダンジョンが全部崩れたのかも知れない。
「ちく……しょう……」
どこで人生が狂ってこんなハメになったのか。雅道は怒りの呻きと一緒に呪いの言葉を吐き出した。
「見てろ。あいつら……みんな……」
自分を見捨てた3人と、薬物疑惑に引きずり込んだ上にダンジョンに置き去りにした半グレたち。こんな仕事を押しつけてきた工藤明日香。
「あの、女……
それより、まだ全然望みを叶えていないことがあった。
「りりん……くそぉ……」
すべては伯母の牧原理恵子が、輝沢りりんを潰そうと企んだことが始まりだった。いつまでもCMの女王ではいられないのに、プライドを守るためになりふり構わないで行動するからだ。
「りりんを……」
輝沢りりんも、自分がこんな惨めな思いをすることになった原因だった。
「りりん、にも……思い知らせて、やる……」
メチャクナチャな
俺にわかっているのは「崩れたのはエリア27あたりのどこか」だけだった。行方不明の一人の他にも3人パーティーが出てきていない。逃げたやつらが何をやったのか知らないが、メインの通路が塞がっていないことを祈るばかりだった。
普段は危ないのでやらないけど、エリア13へのショートカットを駆け下りる。スライムを踏まないように気をつけるだけで、虫なんかは全部無視してとにかく走った。
「りりんは……よく、こんなとこ……走った、な……」
さっき出てくるときは夢中だったから、足元がどうのこうのなんて考えていられなかった。エリア13まで一気に下って、俺は息を整えなくてはならなかった。
「25まで、行って、出てきて……また、行くんだもんな……」
へばるのは当然だった。
「でも、りりんは……ショートカット、使わなかった」
こっちのような急な坂道はないけど、その分距離がある。でも今はそんなこと考えている場合じゃなかった。
「エリア27あたりって……どこだ?」
地上だとモノレールの立川南駅のあたりだ。大きいビルもあるし、地上まで陥没したら曙町どころじゃない大惨事だ。
「どーすんだろ……」
呼吸が少し楽になって、俺は水をひと口飲んで先を急いだ。
地上では、御崎エリカが所在なさげに芝生に腰を下ろしていた。
「杉村さん、もう……何年ここで受付やってらっしゃるんですか?」
「ああ? まあ……もう、5年かなあ……協力会の事務所ができて、すぐだからな」
どこか遠くでサイレンの音が聞こえていた。
「それまでは、お務め……ですか?」
「普通の会社員だよ。仕事しながら、休みにはダンジョン潜りやってたさ」
エリカは頭の中でダンジョンが発見されてから現在までの年月を振り返った。
「それじゃ……本当の、初期の、探索者ですか?」
杉村のおっちゃんはちょっと渋い表情で頷いた。
「あの……事務局の石田と、佐々木とつるんでな。会社に橋本って若いヤツがいて、そいつが最初にダンジョン探検するって言いだしたんだ。俺と石田たちは
「それで……地面の中が平気だったんですね?」
「あんたも、よく何度も潜ってンな?」
「私はまあ……仕事でもありますし」
「厚生局かい? まあダンジョンじゃなくたって危ない仕事だわな」
杉村は笑って、水筒のお茶をひと口飲んだ。
「空吹君に、ダンジョンの歩き方教えたそうですね」
エリカが言うと、杉村の顔から笑いが消えた。
「お父さんを探すって理由があっても。まだ高校生の彼をダンジョンに入れたのは、危険すぎませんか?」
「うん……それは解ってンだ。でもあいつには引け目があったんでな……」
「引け目? どんな、ですか?」
杉村は、難しい顔をしてちょっと首を振った。
「あいつの親父に、ダンジョンの中に良い砂があるって教えたのは俺たちなんだ」
エリカが何かを言いかけて口をつぐんだ。
「連れて行けって言われたけど、ど素人連れて行く訳にゃ行かねーからよ……まさか一人だけで行くとは思わなかった」
「そのころ……もうエリア13は、危険だった」
エリカが確かめるように聞くと、杉村が頷いた。
「砂があったのが12の横道でよ。ダンジョンスターもできたばっかで、見ながら歩いたって迷うような状態だったからな。たぶん迷って13に入っちまったんだろな」
それで圭太を強く止めることもできなかったのだろう。
「あんたは、あいつと連んで。ガラス屋の嫁にでもなるんかい?」
「いーえ」
エリカは笑って首を振った。
「あたしなんかが付いてたら、圭太をダメにしちゃいます。それにもっとお似合いの子がいますよ」
エリカの言葉はヘリの爆音に遮られた。公園の上空をやけに低く飛んでいく。
「どっか、陥没の被害出たのかしら?」
エリカはスマホでニュースを調べてみた。
「大変……幼稚園が、陥没したようです」