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第四章 第5話「マナ枯れのダンジョンで」

 約束した時間からかなり送れて、エリカが西3丁目公園にやって来た。

「ごめーん、工事渋滞につかまったの」

 その上いつものコインパーキングが満車で、ちょっと離れた駐車場に止めるしかなかったらしい。

「エリカって、どこに住んでるんだっけ?」

 そう聞いてから、俺はエリカのプライベートをほとんど知らなかったことに気がついた。

「今さらそれ訊くか。多摩市よ、駅は京王永山」

「なんだ。モノレールでも来られるじゃないか」

「ここが駅からどんだけ離れてると思ってるのよ! 南武線の駅の方が近いじゃない!」

 なぜなのかわからないが、俺が文句を言われる。

「立川警察署から連絡がきた」

 ダンジョンに入ったところで、俺はエリカに言った。

「あさって、おふくろと一緒に引き取りに行く」

「そう……」

「親父は、免許証もサイフも持って行かなかったんだ。身元が分かるものって、ホントにあれだけだった」

「それでよかったかもよ。免許証とかクレジットカードとか持ってたら、犯罪に使われちゃうかも知れない」

 殺された上に銀行のお金まで盗まれたりなんて、あんまりだ。

「こないだの……4人は片づけまでの間、13西に人を入れない……見張りみたいな役目で。後から来た二人が……本当の片づけ役?」

「そのようね」

 見張りの4人も含めて、何もかも片付けるつもりだったらしい。へたをすればエリア13西の中を燃やす気だったかも知れない。俺もエリカも、しばらく黙って歩いた。エリア9まで何も出てこなかった。初めて出てきたものは、普通サイズのダンゴムシ。

「この辺はもう、マナが枯れたんだわ」

 それを見てエリカが言った。

「枯れたらもう……湧いてこないの? マナは」

「わからないわ……まだ枯れたダンジョンと言うのがが少ないのよ、枯れダンジョンだと入る人もいなくなるし。つまり、誰も調べたことがないのね」

 エリカが岩のかけらを蹴とばした。

「確か、岩槻だったかのダンジョンが、枯れ状態になって半年しないうちに崩れて埋まったことがあるわ。そこ、ぜんぶ土壁のダンジョンだったから」

「うえ……」

 この、西三丁目公園ダンジョンは入口からエリア2の半分ぐらいが土壁だ。そこからエリア3までがザクザクの関東ローム層で、壁を触るとボロボロ崩れる。『死にたくなかったら壁に触るな』と警告が出ているくらいだ。

 そこを通り過ぎてエリア5の途中から固い礫の壁になる。岩の壁になるのはエリア8からだ。

「そしたら、公園の入り口辺りが崩れるのかな?」

「知らないわ。崩れても新しい口ができるんじゃないの?」

 『ダンジョンは無理に塞ぐな』と言うのは鉄則だ、埋めたら別のどこかに口が開く。どうしても埋めたいならば、完全には塞がないで空気穴のようなものをを残しておく。井戸と同じだと誰かが言っていた。

 エリア13。『西ホール』と呼ばれるようになってしまった例の場所から野郎どもの下手な歌声が響いてくる。先に入った2パーティのどっちかがりりんのファン集団だったのだろう。りりんが楡坂にいた時代のナンバー『悲しいインビテーション』だ。

「おかしなことになってるな」

「そのうちりりんがやったダンジョンダッシュって、競技になっちゃったりしてね」

 連中は、いま騒いでいる場所で何人も人が死んだことを知っているのだろうか? 知っていたら、まず入ろうなんて思わないだろう。

「それでも……」

「ん? なに?」

 エリカが聞いた。つい言葉が出てしまった。

「あそこで人が死んでいること、知ってたはずなのに。それでもりりんは入った」

「どこか普通じゃないからね、りりんも……」

 エリア18で、ダンゴムシなんかが巨大化しはじめた。ボリュームは薄いけど、スライムも出はじめた。このエリアにはマナが存在するのだ。

「今度の……アタックの動画は、炎上してないよね」

 『チャりーんジ!』の時はひどかったけど、今回は『マネするバカが出たらどーすんだ?』程度の非難で、炎上にはほど遠い。高評価は2万を越えているのに、低評価は百以下だ。

「ダンジョニストって名乗ってる芸人が、あんなことは真似しようとしても不可能だって。エックスのツイートで呆れてたからね」

 何とかっていうダンジョン芸人は知らないけど、ダンジョンを知っている芸能人がりりんを擁護してくれたのはいいことだ。

「りりんには、仲いいタレントとかいるのかな?」

「あたしに聞かないでよ。本人に聞いて」

 『いつまでもタレントをやっている気はない』前にりりんがそう言ったのを聞いた。アイドルグループでデビューして、ソロでタレント活動。そして人気のあるユーチューバー。りりんは、何か他にやりたいことがあるのだろうか。

『いかん……』

 エリカと一緒にいるのに、俺はりりんのことばかり考えている。

「りりんはね……」

 いきなりエリカがりりんの名を口にしたので、俺は焦って声が出なかった。

「二十歳になったらタレント辞める気なんだって」

「え? なんで?」

 俺は思わず足が止まってしまった。

「十代のうちはまだパーティーだとか誘われないけど、お酒飲める年になったら先輩の顔を立てなきゃならないでしょ?りりんはフリーランスで立場が弱いから、嫌な相手でも大物だったらお誘いは断れないし」

「それで? 辞めちゃうの?」

「何だか……楡坂も、自分で望んでオーディション受けたんじゃないって言ってたよ」

 俺が何を考えても仕方のないことだけど、いろいろ考えているうちにエリア24に着いてしまった。

「え? ここ、こんな……だっけ?

 エリカが行き止まりの真中に立って、天井を見上げて声を上げた。この前エリカとどっかの役所の人たちを助けた時は、ここはただの行き止まりだった。それが今は、左右にも上にも広がって小さなドームみたいになっている。

 俺もそこに入って行こうとして、地面に転がっていた何かを蹴とばしてしまった。金属の澄んだ音がドームに反響する。

「いまの、何それ」

 足元に転がって行った「それ」をエリカが拾い上げた。

「何だろ? 釘にしちゃ大きいし、ドリルの刃じゃなさそうだし」

 エリカがそれを俺に手渡した。けっこう重い。

「彫金用のタガネじゃないかな? こんな大きいのは見たことないけど」

 金属加工もやるウチの工房には、似たような形のタガネがあった。金属の表面を、溝を彫るような加工をするときに使うものだ。

「ここで、チョーキン?」

 見回すと、同じ物が何本も転がっている。壁にや天井に刺さっているものもある。

「岩に、打ち込んだんだ」

「掘ったの? これで……」

「いや。岩を掘るんだったらこんな尖ったのじゃなく、先が平たいタガネを使うはず」

 俺はそのタガネを岩肌に突き立てて、ハンマーを短く持って打ち込んだ。『キン!』と鋭い音がして、タガネの先が1センチぐらい岩にめりこんだ。

「あれ? 割れない」

「どうしたの?」

 俺は打ち込んだタガネを上から叩いて落とした。刺さっていたところには丸く穴が開いてる。

「普通、岩ってタガネ打ち込んだら割れたり飛び散ったりするんだけど……ヒビも入らないで刺さるって、変だ」

 エリカも、タガネが食い込んだ穴を指先でなぞって首を傾げた。

「ホントに岩なの? これ」

「岩じゃなかったら………何だろ?」

 わけが解らな過ぎた。

「ここの岩が特別なのか、このタガネが特別なのか……ってところ?」

 エリカがタガネとドームの中をスマホで撮っている。

「ここが失敗したんで……とかじゃ、時間が合わないわね」

「なにが?」

「あんたが散々な目にあわせたあの3人。ここで何をやろうとしていたのか……あれで諦めたとして、次に何をするのか」

 何にするのか、エリカはタガネを何本か拾い集めていた。

「これ、持ってて」

「これだけで、もう良いのか?」

「あとは……DQさんに調べてもらう」

「DQに……何を?」

「前に話さなかったっけ? ダンジョンの3Dデータ化、あれをここでやって貰うの」

 横道から、ケーブルが通っている本ルートに出た。でも何か騒々しい、奥の方から人が走って来る。

「ヤバイよ! 逃げて!」

「逃げろー!」

 俺とエリカに叫んでよこした。

「何があったの?」

「モンスターだ! 半端ない化け物が出た!」

 どんな化け物か確かめようなんて、バカなことは考えなかった。俺とエリカも4人パーティーに混じって、できるだけの速さで出口を目指す。

「体、でかかった。あんま、早く動けないはずだ」

「どんなヤツ?」

「クモみたいな、とにかくでかいんだ!」

 奥の方から岩が擦れるような嫌な音。振り返った俺は、ヘッドランプの光の中で見てしまった。長い棒のようなものが現れて、それが恐ろしく長い脚だとわかった。その体がどんなかなんて見たくもなかった。

「うわあぁぁ!」

 俺の声で、全員のスピードが上がった。りりんのアタック並のスピードでエリア18を通り抜けた。ここから先はマナが薄いはずだ。

「来ない……ぞ」

 息を切らせながら、俺はちょっと立ち止まった。みんなも少し先で足を止めている。

 奥の方から、低い呼吸のような音が聞こえた。そして低い声で何か言って遠ざかって行った。

「くそっ……」

 そう言ったように、俺には聞こえた。


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