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第三章 第9話「女子高生りりんはリベンジしたい」

 メシをおごるとエリカに言われた。何を食べたいかを聞かれて、ここ何年も食べた記憶がない寿司が良いと言った。

 待ち合わせは立川の駅。駅ビルの中にある、回っていない寿司屋だった。当然ながら俺は入ったことがない。

「ステーキとか焼肉って言うかと思ったけど、意外だな」

 今日のエリカは黒っぽいジャケットに短いスカートみたいなパンツ、黒いストッキングの脚が思い切り見えている。

「肉よりコメのほうがいい」

 駅ビルだからそんなに高級な店じゃないのだろうけど、俺は慣れない雰囲気でちょっと委縮していた。

「なんだ、定食屋の方がよかったのかしら?」

「正直……回ってる寿司屋も、あんま入ったことない」

「食べられないもの、ある?」

「いや……」

 食べたことがない物はいろいろあるけど、親父がいても好き嫌いを言っていられるほど家計に余裕のある家庭じゃなかった。何でも腹一杯食えればそれで満足ってところだ。

「一番量が多いセット頼むから、足りなかったら後はお好みで好きなだけ頼みな」

 メニュー表越しに俺を見ながらエリカが言った。

「特選握りをふたつ」

 そう注文して、エリカは手拭きを使ってお茶を一口飲んだ。

「ビールでも飲みたいところだけど、未成年者の前だから我慢しておく」

 俺だって親父の付き合いでビールくらい飲んだことはあるけど、今ここで飲みたいとは思わない。俺も大きな湯飲みを取り上げて、渋みが強いお茶を一口飲んだ。

「濱田を……ああ、ナイフ持ってた奴ね。あいつをハリセンボンにしたあれ……何だったの?」

「わからない」

 そう答えるしかなかった。

「DQの……通信ケーブルが光ファイバーだから、あれガラスだし。ガラスなら作れるかなって、やってみた」

 エリカが眉をひそめて俺を見ていた。

「やってみたで……あんなことできるの?」

「まあ……やってみたら、できた……あんなことになるとは思わなかったけど」

 ファイバーグラスを作る、そこまでは意識していた。それでナイフ野郎を絡めて動けなくさせる……そう、考えていたような気がする。とにかくエリカをあんなにされて腹が立っていたのだ。

「結構凶悪な攻撃になったわね。あたし体竦んだ、怖くて見てらンなかった」

「深いエリアだと、スキル上がるのかな?」

 俺が聞くと、エリカはこめかみに指先をあてて考え込んだ。

「深層エリアであんま人が入ってないところだと。マナの濃度が高くてスキルが強力になるってことは、あるかも……」

「あそこで……あいつらは何をやっていたの?」

 ふいに、壁一面に打ち込まれた釘のような物を思い出して聞いてみた。

「その、何かをやってる途中であたしたちが踏み込んじゃったからわからないわ。まあ……あんな場所であいつに会ったんだから、13西でやったのと同じことかも」

「また……キノコ?」

「さあ?」

 エリカがちょっと肩をすくめた。お寿司に茶碗蒸しとお吸い物、アナゴが丸ごと一匹鮨になっている。

「DQがね、いま大学やあっちこっちと組んで、大宮のダンジョンで3Dマップを作ってるんだって」

「3Dって……立体の?」

 そんなものを作って何になるのだろう。

「今のダンジョンスターは平面でしょ? DQの、最新型の工事ドローンはサブの小型ドローンを積んでいて、メインルート以外の枝道にも入って行ってレーザーで測るんだって。そのデータをAIで処理して、上下の傾きまで計算して3Dマップを作るの」

 何となくわかった。今までは通路の「長さ・向き」しか分からなかったのが「深さ」もわかるようになるらしい。

「大宮のダンジョンではね、今まで何となく18エリアで2層構造って言われてたけど、実際は3層22エリアだってわかった」

 エリカはそう言って、マグロの赤身にぎりを口に入れた。

「ふーん……」

 俺は白身魚をモグモグ噛みながら考えた。この白身魚はウニが乗っていてすごく美味い、後で追加してもらおう。

『すると……』

 今までは『エリア』とか『レベル』が、人によって呼び方がまちまちだった。それを2層目3層目を『レベル2』『レベル3』と統一できるかも知れない。『要救助者はレベル2のエリア〇〇』と知らせてくれた方がわかりやすい。

「その3Dデータを国土地理院の地図に重ね合わせて、ダンジョンと地形なんかの関係を調べるらしいよ」

 また何か難しいことをエリカが言った。

「関係……調べてどうするんだ?」

「私も知らないんだけど……こないだ見せたダンジョン博士のウェブ会議。あれとの関係があるみたい。あれを主催したのがアズサホールディングスって会社で、DQコミュニケーションズはそのグループ会社なのよね」

 俺はサーモンを取り上げたようとして箸を止めた。

「つまり……それ、どう言うこと?」

「アズサホールディングスがダンジョンで何か事業を計画してる……かも知れない」

「どんな?」

「さあ? 予想もつかないわ。DQの回線を広げているのは探索する人の安全のためって言ってるけど、現実は逆に事故増やしてる感じだし」

 エリカはそう言って茶わん蒸しを匙ですくった。ネット接続ができるから入る人間が増えて事故が起きる。それは俺も同じ考えだ。

 そう言えば嘉月さんも、ダンジョンの回線使用料だけじゃ利益は出ないと言っていた。

「もしかすると……調査して何かするんじゃなくて、調査そのものが目的なのかも……」

 エリカが匙を唇にあてたままつぶやく。

「つまり……利益は考えてない?」

 俺が聞くと、エリカは曖昧に頷いた。

「ところで魔王様……」

 俺が白身とエビの追加を平らげたところでエリカが言った。

「ガラスの追加は間に合いそう?」

「今の調子なら、材料もダンジョンにたまってるし」

「それはよかった」

 エリカが意味ありげな笑顔を浮かべた。しまった、楽観的なことを言うんじゃなかった。

「当然、それ取りに行くのよね?」

「……うん」

「もう一度24のあそこ行きたいの。誰かを案内するんじゃなくて、調査のリベンジ」

 つまり一緒に来いと言うことだ。俺は黙って頷いた。

「入るのは来週、決まったら今週中にメールするわ……りりんにメールしてあげた?」

 不意を突かれて、俺は一瞬答えに詰まった。

「うん……なんか。相談したいことあるから、工房行っていいかって」

「あら、ずいぶん慕われてるわね」

 皮肉なのか何なのかわからないことをエリカが言う。でも俺はエリカともりりんとも、交際してるわけじゃない。


 日曜日の夕方。今月中に400枚目のスライムガラスを仕上げようとして大汗をかいていると、妹の珪子が工房を覗いて声をかけてきた。

「お兄ちゃん。たぶん、あれ……りりんさんだと思う」

「たぶん?」

 なぜ『たぶん』なのか、りりんを見て納得した。髪を三つ編みにしてメガネをかけ、白シャツに紺色のカーディガン。ヒダスカートに黒タイツ。その辺の女子高生にしか見えない。

「珪子ちゃん、チームりりんキャップあげる。イベントであたしが使ったの、サインも入れてあるよ」

「きゃーっ! ありがとうございますー!」

 妹はキャップを胸に抱いて、完全に舞い上がっている。

「センパぁイ。お久しぶりですぅ」

 りりんが胸の前で手を組んで、上目遣いに俺を見上げながら変なことを言い出す。

「やめろ……どっちが先輩だよ」

 見た目はまんまJKだけど、りりんは俺より3つ年上だ。

「これやりたくてコスしてきたんです」

「マジかよ」

「ウソです。今日バラエティーの収録で、出演者みんな高校生のコスプレだったんです。これ、昔着てた自前の制服ですけど。笑っちゃうぐらいぜんぜん普通に着られました」

 りりんはスカートの裾をつまんで『くるん』と回った。でも実際には『しゅぱっ!』と風を切る音がしそうな高速旋回だった。

 それで、ただでさえ短いスカートがひるかえって黒タイツの腿がはるか上の方まで見えた。俺は一気に鼓動がはね上がる。

「で……相談って、なに?」

 りりんの笑顔で、俺はいつものようにクラクラした。やっぱり普通の女の子の威力じゃない、エリカと比べても目力とオーラが圧倒的に強力なのだ。

「これ。魔王様……じゃなくて、空吹さんにしかお願い出来ないことなんです」

 りりんが思いつめたような表情で言う。

「……なに?」

「もう一回、エリア13行きたいんです」

 『何だそんなことか』と思った、でもりりんは続けて言った。

「ひとりで」

「はあ?」


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