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第三章 第7話「お前らダンジョンで何やってやがる!」

 御崎エリカが案内している3人は、厚生労働省の薬務官と都の保健医療局薬務課から来た二人だった。公務ではあるものの、エリカとしては全く気が進まない仕事だった。

 ダンジョンで違法キノコ栽培を行っているグループを追うはずが、ダンジョンの環境調査を行う技官たちを案内する役を押しつけられてしまったのだ。

 エリカは厚労省の職員ではなくなったものの、麻薬取り締まり課から手当てを貰って使われている身としては断ることも難しかった。いつも面倒なことばかり押しつけられる。

『空っぽのところ見て、今さら何がわかるのよ』

 主犯格であり、エリカをスライムはり付けにした濱田を追うはずが、あちこち寄り道をさせられるハメになってしまった。

『まあどうせ、同じダンジョンの中だからいいんだけど……』

 まずエリア13の西、『例のドーム』に案内すると、一行はいろいろセンサーを取り出して温度や湿度だけでなくレーザーまで使って何かを測っている。質問してもどうせ教えてはもらえないだろうから、エリカは危険な虫が入らないように注意を払った。

 測定が終わると、薬務官たちはさらに奧へ進みたいと言いだした。最初の打ち合わせでは、ここの測定が終わったら出て行くはずだったのだがもっと深い場所のデータも取りたいらしい。

「この先は、安全の保証ができませんよ」

「この間は大勢で入ったのに、一人のケガ人の出ませんでしたよね?」

 『大勢だったから虫が逃げたの!』と言いたかったが、どうせ聞き入れて貰えないのでエリカはこらえた。どこかで空吹圭太と出会えればいいのだが。

「御崎さんは、もうここのベテランじゃありませんか?」

 薬務官がエリカに気安く声をかけてくる。

「いーえー、そんなに数入ったわけじゃありませんよ」

 そう軽口っぽく答えたとき、エリカは左側の枝道奧に何かの気配を感じた。

「この……地面のケーブル、これもネット回線ですか?」

「いま回線の増設で、工事の機械が入っているそうです。それの電源だと思います」

 やはり左手から何かの気配を感じるが、もうエリア15の深部なのでよそ見をしている余裕はなかった。ダンジョンスターを見ながら慎重に進んで、時々遭遇する虫をおい払いながらエリア20の端まで到達した。

「ここからエリア21で、この先が最深部と呼ばれています」

 エリカがダンジョンスターのナビ画面を3人に見せながら言った。

「これは……どこまでナビしてくれるんですか?」

「いま回線が25まで行ってます。その先で増設工事をやっているはずです」

 薬務官はちょっと腕時計に目をやった。

「思ったより早く進めていますから、25まで行ってみましょう」

「まあ……今日は露払いが行ってますから、それほど虫も出てきませんし……」

 エリカはため息をつきたくなるのを我慢して言った。これでは当初の目的だった濱田の追跡は不可能だ。

「あっ……」

 エリア23に入ったところで、エリカは前方から引き返してくる一団に気がついた。ライトは4つ、濱田は3人パーティーだったので別のパーティーだ。

「この先、ダニが出てますよ。薬まいたけど、面倒なので違う道に行きます」

 4人組の一人がすれ違いながらそう声をかけてきた。

「ありがとうございます」

 そう答えながら、エリカは何かひっかかるものを感じていた。

「ダニ?」

「危険なものですか?」

 都の職員が聞く。

「血を吸うのがいるので、危険と言えば危険ですけど……普通は洞窟の行き止まりに群れているんです。通路に出てくることは、あまりないはずです」

 そう答えながら、エリカは感じたひっかかりが何なのか理解した。

『濱田が、ダニを追い出したんだ』

「行ってみましょう、何かあるかも知れません」

 エリカは俄然やる気を取り戻して言った。すぐにエリア24に入ると、そこここにダニの死骸が落ちている。やはり、誰かが何か普通ではないことをやったのだ。

 ネット回線ケーブルが通っているメイン通路、そこから分岐する少し細めの通路にもダニの死骸が積もっている。ダニはこっちから追い出されたのだ。エリカはツブテで投げ打つために、岩のかけらをいくつか拾い上げた。

「ちょっと、別の危険があるかも知れません。この先は、虫ではなくて人間に気をつけてください」

 ポツポツと落ちているダニの死骸を踏まないように進むと、やがてエリカたちは行き止まりに突きあたった。

「なに……これ?」

 それは異様な光景だった。周囲の壁一面に細い金属の杭が打ち込まれているのだ。

「これも、ネットの関係?」

 薬務官がそう聞いたので、エリカは首を振った。

「行き止まりでこんなことはしません……こんなの、見たことがありません」

 突然、何かを打つ鈍い音。そして呻き声。

「おい、何を……」

 薬務官の声もそこで途切れた。そしていきなり強いライトがエリカに向けられた。

「あんたと会うのは、これで三度目になるのか? 御崎エリカ」

「あーら……まだここにいらしたんですか? 濱田さん」

 手でライトを遮りながら、余裕の口調でエリカが言った。

「住んでたわけじゃねーよ、ここが懐かしくてな……見に来たのさ」

 後ろの二人は、倒れた3人の手脚を何か細いバンドで縛ってる。

「この……釘だらけのおまじない、何ですか?」

「知らんよ、誰かが掘ってたんだろ」

 そう言いながら濱田はエリカに近づいてくる。ツブテを打つことはできるが、近すぎた。

 ツブテは近いほどあたりにくいのだ。そして濱田の背後には薬務官たちが倒れている、もの凄い威力のツブテが跳弾して頭にでも命中したら無事では済まない。


 のろのろとドローン作業車が動き始めた。このスピードだと出口まで3時間以上かかるだろう。

「それじゃ、私たちは先に出ましょう」

 俺ですら疲れて、喋るのも億劫になっているのに嘉月さんはまだ元気いっぱいだ。ダンジョン耐性があるのかも知れない。

「空吹さんは、ここ以外のダンジョン入ったことあるんですかぁ?」

「いや、ここだけですよ。でも多い時は週に3回も4回も入ります」

「ああ……ガラスの材料にするんでスライム狩りやるんでしたねー」

「さっきドローンにくっついてたのも、そのうち取りに来ます」

 出くわしたモンスターはガラスにするか追い払ったので帰りは早い。そしてエリア24まで来た時に、俺は何となく異変を感じた。

「ダニの死骸……増えてるな」

 後から入って来たパーティーが退治したのだろうか。でも25にダニは来なかったので、生き残ったのがまだその辺に潜んでいるかも知れない。

「そう言えば……最初に入った人たち、どこ行ったんだ?」

 どこかですれ違ってもいいはずなのだが、どこか脇道に入っているのだろうか。ダンジョンスターを覗いたが救援要請は出ていない。まだテントにいるはずの杉村のおっさんに電話してみた。

「空吹です。今日最初に入った3人、出ましたか?」

「いやー、まだひと組も出てきてないよ。最後にエリカさんも入ったぞ」

「え?  一人で?」

「男三人率いて」

 また役所かどこかの人たちだろうか。

「こっちドローンの修理終わって、上がってるところです」

 おっさんと通話を終えてスマホをポケットに戻したときだった。何かが聞こえた、人の声みたいだった。

「ちょっと、静かにして」

 3人パーティーが遭難して、ダンジョンスターで救難要請も出せずにいるのかも知れない。

 そこでしばらくじっと待った。また何か、微かな声が聞こえた。間違いなく人の声だ、右側の分岐から聞こえてくる。

「救助、いりますかー!」

 声をかけてみた。救助が必要でも必要がなくても、ダンジョンではこうやって声をかけられたら何か応えなくてはならない。でも、奧からの反応はなかった。

 ただの探索パーティーだったら面倒がって声掛けだけでスルーすることもある。でも俺は一応ダンボのレスキュー役でもあるのだ。聞こえた声が何なのか、確認しないで行くことはできない。

「確認してくるんで。先、出ていてください」

 嘉月さんたちにそう言って、俺は分岐の細道に入っていった。ちょっと狭い通路なので体を過かめて進んで行くと、いきなり上から打撃が来た。担いでいた大ハンマーに何かが叩きつけられてきた。

「ぐあっ!」

 悲鳴を上げたのは殴りつけてきたヤツだった。まさか鉄の棒を殴るとは思わなかったのだろう。何だか知らないがこいつは敵だ、俺はそう決めた。

「なにすんだよ!」

 怒鳴るのと同時に打撃が来た方にハンマーを突き出した。鈍い手応え、声もなく人影が崩れ落ちた。。

「何だてめえ!」

 邪魔者扱いされるのは何度目なのか。もう何とも思わない。

「うるせえ! 掃除屋だ! お前らダンジョンでなにやってやがる!」

 最近はこんな啖呵の切り方が気に入っていた。大ハンマーを肩に担いで、何だかわからない奴らを見据えた。

「あ……」

 俺はまた、半裸に剥かれたエリカとご対面してしまった。何でいつもこうなるのか。


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