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第三章 第6話『俺は何をやっているんだ?』

 ダンジョンに入る名簿には「エリア13の見物」と書いた。だがその3人パーティはそこを素通りして、時々虫を追い払いながらどんどん奥へ進んで行った。

「おい濱田、どこまで行くつもりだ?」

 一人が気持ち悪そうに虫の体液を拭い取りながら言った。

「まだ決めてねーよ」

 濱田と呼ばれた男が、LEDライトで通信ケーブルを照らして見せた。

「こいつがあるとユーチューブでダンジョン配信をやるバカが後から後から入って来やがって厄介だが、ないと外と連絡が取れない。こいつが通っていて、なるべく深いところだな」

「こいつはどこまで取り付けてあるんだ?」

「20とか25とか言ってた。あまり奥だとブツの運び出しが面倒になる、25あたりで適当な行き止まりを探すんだ」

「また13みたいにやるのか?」

「そうだ。虫を追い出したら拡張杭を打ちまくれ」

 『拡張杭』とは、超硬鋼鉄でできた巨大な釘だ。ダンジョンの壁や床に打ち込むんで放置しておくと、打ち込んだところから溶けるように岩が消えていくのだ。これはダンジョンの行き止まりを拡張しようとしていた時に偶然発見したテクだった。

 何しろ一酸化炭素中毒の危険があるので、ダンジョンの中ではエンジン式削岩機も発電機も使えない。それを人力で堀広げようとして、岩に打ち込んだまま放置たタガネの周囲が「溶けて」いたのだ。

 一日タガネで叩き続けてようやく10センチ掘れるかどうかだったのが、タガネを打ち込んでおけば勝手に30センチも岩がへこんでいくのだ。13西のドーム空間はこれで作られた。もちろんこんな技術があるなんてことは、空吹圭太も知らない。

 エリア24で、3人はわざとダンジョンスターのエリア外通路に入った。

「おっ……こいつは使えそうだな」

「うわ。すげえダニ……」

 適当な広さがある行き止まりの通路だったが、ダンジョンダニの巣になっていた。

「ここからスプレー放り込んで、すぐ逃げる。お前らはさっきの分かれ道で、ダニが入口の方に逃げないように奥に向かってスプレー吹け」

 「虫退治スプレー」を用意しながら濱田が指示をする。家庭用のダニ忌避スプレーだが、ダンジョンダニにも効果がある。

「やるぞ!」

 スプレー缶の噴霧ボタンを押してダニの巣に放り込んだ、一瞬の間があって薬の噴霧が始まる。

『ザザザザザ……』

 背筋が寒くなるような音をたてて大量の巨大ダニが逃げ出してくる。

「うはあっ!」

 ネットケーブルがあるメイン通路まで全速力で走り出して、濱田は一瞬立ちすくんだ。

「おい!」

 ダニの群れをダンジョンの奥へと追い払う役目の二人がいない。

「こっちだ!」

「バカ野郎! 違う! そっちじゃダニが入口に逃げちまう!」

 何と二人は、ダンジョンの奥を背にしてスプレーを構えていた。

「え?」

 場所を構え直す暇はなかった、音を立ててダニの群れがメイン通路に出てきてしまった。

「もういい! やれ! クスリ撒け!」

 殺虫剤を吹きかけられたダニの群れは、ダンジョン入口に向かって逃げていく。

「帰りに、アレに出くわしたら面倒だぞ」

 ぶつぶつ言いながら濱田はダニがいなくなった行き止まりに入り、手あたり次第壁に釘のような鋼鉄のタガネを壁に打ち込み始めた。

「これを半月も続ければ、13くらいの広さになるだろう」

「ブツを運ぶのはどうするんだ?」

「ある程度できたら測量やって縦穴を作る」

 タガネをひたすら天井に打ち込んで、縦に穴を広げていくのだ。どこに出るかはダンジョンスターとグーグルアースを見比べて見当をつける。

 持ってきたタガネをすべて打ち込み終わって3人が一息入れていると、人の声が響いてきた。

「いま、女の声がしたな」

「ライト消せ、声を出すな!」

 人の気配が遠ざかって行くまで、3人は息を殺していた。

「探検の奴らが来はじめたな」

「あいつら、ダニに遭わなかったのか? まあいい、戻るぞ」

 タガネを全部出してすっかり軽くなったリュックを背負い直し、3人は出口に向かって歩き始めた。前方から来る4人のパーティーを脇道に隠れてやりすごす、できるだけ姿を見られたくはないのだ。

 エリア15まで戻ってきたときに、もうひとつのパーティーをやりすごした。また女が混じった4人組らしい。

「御崎さんは、もうここのベテランじゃありませんか?」

「いーえー。そんなに数入ったわけじゃありませんよ」

 大きな声での会話ではなかったが、はっきりそう聞こえた。

「御崎?」

 濱田は思わずつぶやいた。

「御崎エリカか? また……」

 この西3丁目公園ダンジョンだけでも、濱田は2度エリカに会っていた。これで3度目になる。

「また性懲りもなく……」

 ハダカにひん剥いてネット中に恥を晒してやるはずだったのに、ことごとく邪魔が入って失敗していた。

「あれはマトリの関係だ。ついて行って、様子を見よう」

 新たに作り始めたキノコ栽培ドームを発見されたら、もうこのダンジョンは使えない。その時は恨みをエリカにぶつけるだけだ。

「チッ……」

 24の分岐ポイントで、エリカがダニの死骸に気がついた。周囲を見回して分岐の通路にも死骸が落ちているのを見つけてしまったようだ、ホールに繋がる通路に入って行く。

「あそこはもうダメだ、あの女を懲らしめてから逃げるぞ」

 通路に消えていったエリカとその一行を追って、濱田たちも動き出した。


 ダンジョンスターのナビがないエリアなのだが、工事ドローンのケーブルをたどって2時間半でスタックしたドローンを発見できた。

「うわ……」

 キャタピラがついた縦長の箱みたいなものに何本もマジックハンドがついている。それが、全部ぬらぬらしたスライムに覆われていた。スライムに包まれて故障したのか、それとも故障した後でスライムに包まれたのか。

「えーと……」

 嘉月さんが腕を組んで呻っていた。

「もう……何だかよくわからない状態になったら、空吹さんに任せろって言われました」

「そう、なんだ……」

 まあ、こんな状態を何とかできる人間はそんなにいないと思う。と言って俺ができることだって限られているのだが。

「これさ……」

 俺はぬらぬらの固まりになっているドローンを大ハンマーの柄でちょっと突いた。アルコールをぶっかけたらスライムは剥がれるだろうけど、こんな大きさだとバケツでぶっかけないと足りない。俺がいま持っているアルコールは100ccくらいだ。

「スライム全部ガラスにして叩いて落とすしかないけど、それでいい?」

「ドローンには影響ないんですよね?」

 嘉月さんが聞いた。

「ガラスになるのはモンスターだけみたいなんで、人間は平気だから……たぶん、機械も」

 試したことがないから断言なんかできない。

「ほかに、やりようありますかぁ?」

「ほかは……消毒用アルコールぶかっける? それくらい」

「んー。それじゃ、おまかせしますぅー」

 任されてしまった。これでもしドローンが壊れたらどうするのだろうか。俺はかなりビビりながら、そっとスライムまみれのドローンにハンマーをあてた。機械に直接あたらないように、スライムの表面をこするくらいの気持ちで。

『チリチリチリ……』

 スライムがハンマーの先端から逃れようとうごめいて、そこからどんどんガラス化していく。全部固まってしまうと剥がすのが難しくなりそうなので、ガラス化したところとまだスライムなところの境目からこじって剥がす。

「うわ、凄い……」

 スライムがガラス化から逃れようとして地面にボタボタ垂れて落ちる。考えていたよりうんと早くスライム除去が終わってしまった。

「足元! 気をつけて! スライム行くよ!」

「うわっと!」

 俺はアタフタしながら地面をヌルヌル広がって行くスライムを叩いてガラスにして、そうしている間に嘉月さんたちはドローン車にとりついてインカムを取り付けていた。

「秋本さーん、嘉月ですぅ。いまドローン車のところ来ました。聞こえてますー?」

 ダンジョンの外にいるオペレーターと話しているらしい。

「非常電源入れまーす。はい、オンですー」

 ドローンにいくつか小さなランプが点いた。

「えーとですねー、スライムにびっしり覆われてましたー。どっかぶつかったとかじゃないと思いますー」

 鈴木さんと牧村さんがドローンにとりついて作動をチェックしている。嘉月さんは、今度はパソコンをドローンに接続して何かやっている。俺は何もやることがなくて、ただ見ているしかない。

「これ、どーします? まだ先行かせますか? 戻す? そしたらここでモジュール付けてエンドにしておきますか? はい……」

 嘉月さんはリュックを下ろして中をごそごそ探って、段ボールの箱を取り出した。『DQ光ファイバー接続モジュール』と書いてある。

「それじゃアンテナまで付けておきますよ」

 今度は小型のドリルを取り出して、ダンジョンの壁に穴を開けた。手際よく金具を取り付けてモジュールともうひとつ部品を固定する。

「空吹さーん。スマホ、Wi-Fi繋がりますかー?」

「あっ……はい」

 スマホが公共Wi-Fiを検出していた。そのうちダンジョンスターが更新されて、エリアいくつになるのか知らないがこの場所もマップに書き込まれる。そしてライブ配信のために、パーティーが気軽に深みへ入ってくるだろう。

「俺……なに、やってるのかな?」

 本業じゃないけど、これじゃ遭難パーティーを救助する役目の俺が遭難の原因を作っているようなものだった。


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