目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第三章 第5話「誰がこんなにしやがった……」

 虫と出くわす回数が多くて、今回はエリア13まで1時間40分かかった。

「ここがこの間マトリの捜索が入ったところ」

 ついでなので、嘉月さんたちにも13西のホールを見せてやった。

「うわー、結構広いんですね」

 マトリが棚もゴミも塵ひとつ残さないで持って行ったので、ホールは本当に何もない。ダンゴムシが何匹かウロウロしているだけだ。

「ダンジョンマッシュルーム……ですか?」

「俺が見たときはもう何もなかったけど、たぶんそうなんだと思います」

「ニュースで見ましたけど、すごい量の物が運び出されてましたね。あれは公園の入口から入れたんですかね?」

 鈴木さんか牧村さんか、どっちかわからないけど。俺に聞かれてもわかるはずがない。

「公園から入れるのは、目立ちすぎるから無理でしょう。奧に縦穴があったんで、そっちじゃないですかね?」

 その縦穴を見に行ったけど、もうハシゴも外されていた。上はどこに繋がっていたのだろう。ヤクザ二人が降りてきたけど、たぶん『何とか組』の事務所なんてことはないだろう。

「これ、自然にできたんでしょうかねぇ?」

 縦穴を見上げて嘉月さんが言った。

「自然って?」

 何のことかわからなくて、俺は嘉月さんに聞き返した。

「ほらここ……ダンジョンの壁って普通は岩が凄くデコボコしてるじゃないですか。でもこの縦穴の壁、割と滑らかですよね。機械か何かで掘ったみたいに」

 言われてはじめて気がついた。縦穴の壁にはペグを打てるようなひび割れもないのだ。

「掘るって……どうやって?」

「さあ……削岩機使ったら、うるさいからすぐバレちゃいますよね?」

 考えてもわかるはずがないので先へ進んだ。18あたりからスライムが増えた。

「おー! すごーい! キレイー!」

叩いてガラス化させるたびに嘉月さんが歓声を上げる。感心してくれるのはいいのだが、はっきり言ってうるさい。嘉月さんは一分以上黙っていることができないらしい。

「あれ?」

 エリア19の途中で通信ケーブルが通っていない、ダンジョンスターにないルート分岐ができていた。こんな変化が起こるってことは、まだこのダンジョンが活発に活動しているってことなのだろう。

「また、凄い奥までのバイパスだったらヤバイな……」

 エリア20まで入ってくるパーティーは結構いるから、うっかり迷い込むかも知れない。ダンジョンスターにDSI(ダンジョン保安情報)を書き込んでおく。そうしたところで積極的に新ルートへ入って行くパーティーもいるけど。

「あ……止まって! 声出さないで。息、そーっと吐く」

 エリア23に入ったところで、行く先の壁がやたらにキラキラと赤や黄色の光を反射させているのが見えた。

「何ですか? あれ?」

 声を出すなと言ったのに、嘉月さんが質問する。

「しっ!」

 俺は唇の前で指を立てた。それからリュックに入れておいたマスクを全員に配る。

「大ダニだ。血を吸うヤツもいるからヤバイ」

「うえっ……」

 嘉月さんが声を上げそうになって自分で口を塞いだ。奥の方で何かがザワザワ動く気配。ダニが俺たちに気がついたのだ。

「やばいやばい……ミント吹いて追い払うから、下がって。モロに吸ったらむせるよ」

 リュックから掃除用のハンドポンプを出して、小さなガラス瓶からミント油を注ぐ。ポンプの中にはあらかじめ洗剤を溶いた水が入っている、使うその場で混ぜないと容器が溶けるし効かないのだ。

 トゲみたいな毛をキラキラ光らせたダニの群が迫ってくる。凄い数だ。あれに襲われたらミイラになるまで血を吸われる。

「くそっ!」

 焦って、スプレーのネジがうまく噛み合わない。やっとねじ込んでポンプのレバーを握る。出ない。まだ液を吸い上げていない。ダニの群れがもうすぐそこだ。

「この野郎ぉ!」

『ぶしゅっ!』

 やっとミント液が噴き出して、前の方にいたダニにぶっかかる。俺の握りこぶしくらいあるダニが、跳び上がって狂ったように走り回る。

「くそっ! くそっ!」

 スプレーをぶっかけ続けると、ミントを浴びたダニが逃げようとして群れの中に逃げ込んだ。こっちに殺到してきたダニの群れが、それでぐちゃぐちゃの大混乱になった。

「オラオラオラぁー!」

 スプレーをぶっかけながらダニを追いかけて、見える範囲から追い払った。

「畜生……」

 ミントのニオイでむせながら、俺は悪態をついた。レバーを引きすぎて100均のポンプが壊れていた、またダニに出くわしたらやばい。

 でも、普通ダニの群れはダンジョンの行き止まりに溜まっているものだ。それが通路の途中に出てきているのは、たぶん先に行った間抜けなパーティーが行き止まりから追い出したからだ。だとしたらこの先はもっとグチャグチャになっているかも知れない。

 俺一人で材料集めに来ている時だったら、こんな場合は危ないから引き返す。でも嘉月さんたちはドローン作業車を回収するために来ているのだから、行くと言うだろう。

「いちお言っておきますけど。先に行ったパーティーが何かやらかして、ダンジョンの中ひっかき回したみたいです」

「危ない?」

 嘉月さんが聞く。俺はちょっと考えた、キノコの連中がいなければゴブリンは出ない……たぶん。ここに肉食コオロギはいない。

「何が起こるのか、予想もつかないってところ……かな?」

「あんなのが、また出ますか?」

 俺はまたちょっと考えた。

「あんなダニって、普通はダンジョンの行き止まりになったところにいるんですよ。知ってるパーティーならダニ見たら何もしないで引き返します、行き止まりのダニを退治したって何にもなりませんから」

 自分でそう説明して、行き止まりからダニを追い出した奴らは何がしたかったのだろうと疑問に思った。

「だから……逃げて行ったダニも、どこかの行き止まりに隠れると思います」

 たぶんそうなる。それだけは自信を持って言えた。

「それじゃ行きましょう」

 嘉月さんの決断は早かった。本当に危険を理解しているのかちょっと心配になる。

「うわー! なにあれ……」

 10メートルも進まないうちに、でかいカニムシがダニを食っているところに出くわした。もうロブスターのサイズだ。

「ダニ食う虫です。見た目危なそうだけど人間は襲いません」

 逃れようとジタバタ暴れるダニを巨大なハサミで捕まえて、カニムシがミチミチパリパリと音を立てながら食べている。こいつが群れでダニの巣に攻め込むなんてことはないだろうから、ダニが逃げ出したのは別の理由だろう。

 しばらく進むとダンジョンスターのナビ表示が止まった。エリア25を過ぎて『圏外』になったのだ、さいわい今は、工事ドローン車のケーブルをたどって行けばいいので迷うことはない。

「先まで行ったのかな?」

「何ですか?」

 俺の独り言を嘉月さんが聞き返す。

「いや……俺たちの前にパーティーひとつ入ってるんですけど。どこまで行くんだろうと思って」

 入るときに杉村のおっさんに「先3人さん」と言われた。3人パーティーが先行しているという意味だけど、目標までは聞かなかった。何となく気になって、スマホが繋がるうちにおっさんに聞いてみた。

「これから25の先なんですけど。先に入った3人って、どこまで行くことになってます?」

「あー、13西見に行くって書いてる」

「え? いませんでしたね。奥まで行ったのかな?」

 エリア13を見に行ったパーティーが25にも見あたらなくて、19に新しいルートができていた。そして巣からダニを追い出した奴らがいる。これは何か関係があるのだろうか。

「それ、リピーターさんですか?」

「いやぁ……」

 おっさんはリストをめくっているのだろう、少し間があった。

「たぶん初めてだな」

 ちょっと嫌な予感がした。

「25まで誰にも会ってないんですよ。19の分岐に入って迷ってるのかな?」

「いやー、知らないダンジョンならナビがないルートには入らないだろ」

 『普通は』だ。でもダンジョンに入ること自体が普通とは言えない。

「俺たちの後からパーティー入りました?」

「さっき4人、配信で入った。(エリア)20まで」

「うわ……ヤバそう」

 配信のパーティーは積極的に新ルートに入って行く。新ルートの警告は逆効果になるだけだ。まあ、俺がいま心配しても意味はないけど。

「それじゃ進みますから、切れます」

「はーい。ご安全にー」

 空吹との通話を終えて杉村がスマホを置いたとき、探索のパーティらしい4人が公園に入ってきた。その中に、見覚えのある目立つ女性がいることに杉村は気がついた。

「あれ? 御崎さん、今日は空吹君と一緒じゃないのかい?」

「ええ、今日は別のチームで行動です」

 御崎エリカがにっこり笑って答えた。

「今日。濱田って人、入ってませんか?」

「ああ……」

 杉村は入場名簿に視線を落とした。今日の一番に入って、13西を見に行くと書いていたパーティーの中にその名があった。

「空吹君とDQさんの前に入ってるね」

「あら、彼も入ってるんだ。だったら何かあった時に心強いわ」

「25の先まで、DQの機械を回収しに行くらしいよ」

「私たちもたぶん、それくらい奧まで行くかも知れません」

「もしかして、御崎さんは濱田って人を追いかけて来たの?」

「さあ、どうかしら……職務上の秘密です」

 御崎エリカは手早く名簿を書き込んで、とろけるような笑顔を杉村に見せながらドックタグを受け取った。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?