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第三章 第3話「ダンジョンを拓く者」

 西3丁目公園ダンジョンにマトリの捜索が入ったことは、テレビのニュースでもちょっとだけ流された。でも映っていたのは棚とかが運び出されるシーンで、そのとき俺はもう家に帰っていた。

 SNSでは、ダンジョンが犯罪に利用されたことで怒りの声が渦巻いている。

『ヤクザの手からダンジョンを護れ!』

『役所が及び腰だからこんなことが起こる』

『ダンボに任せっきりにしないで自警団を組織するべきだ』

 ダンジョンが放置されていることが間違いで、すぐに埋めてしまえと言う乱暴な意見まであった。でも、もし埋めたとしても別の場所に口が開くだけだ。そんなことはダンジョンに関わったことがあればみんな知っている。

 そんな中でりりんが『ダンジョンにチャ、りーんジ!』をユーチューブで公開して、やっぱり炎上した。タイミングが悪いと言えば悪いのだが、それはエリカがお願いしてマトリの捜索が終わるまで待ってもらったからだ。

 りりんは批判のコメントにひとつひとつレスを付け、ダンジョンを甘く見ていたことを詫びていた。ケガ人まで出してあちこちに迷惑をかけてしまったので、スタッフの苦労を無駄にしたくないのだと説明していた。

 そのうちに『りりんが入ったのはマトリの捜索前なんだから、これが捜索のきっかけだったんじゃないのか?』という擁護が出始めた。そして『りりんを担いで出てきたヤツって何者だ?』と詮索も始まってしまった。

 こうなることを心配して、りりんは俺の名前も顔も出ないように編集し直してくれていた。助け出してくれた人物について説明を求めるコメントには『ダンジョンの中で偶然会ったパーティーの人です』とだけ回答していた。

「あの見た目で、りりんの精神って鉄でできてるのか……」

 小柄で華奢に見えるりりんだけど、根気よく批判や荒しコメントにまでレスを付けていく精神力は普通じゃない。俺だったらとっくにアカ消して逃亡している。

 完全に時間のムダでしかないのだが、どうしても気になって一日に1時間くらいは『チャりーんジ!』のコメント欄を追ってしまう。ニュースネタに被ったのと炎上騒ぎの影響で、動画の再生回数はあっという間に100万回を越えている。

「まあ……元は取れたんだろうな」

 りりんにいくら入るのか知らないが、これだけ再生されたら利益も凄いだろう。

「そろそろスライム屑、取りに行くか……」

 マトリの大勢さんを案内したときに、出くわしたスライムなんかをぜんぶガラス化させてそのまま放置してきたのだ。工房の在庫も少なくなってきたし、そろそろ西3丁目公園ダンジョンの野次馬も減っただろうから屑を回収しに行かなくてはならない。

 いつものキャンプ用カートにクラフト袋と竹ホウキとちり取り、大ハンマーを放り込んでのんびり歩いて西3丁目公園に向かった。

「お疲れ様でーす」

 相変わらず退屈そうにしている、杉村のおっちゃんに挨拶する。なんだかんだで10日はここに顔を出していなかった。

「おお。久しぶりじゃないか」

「増えましたか? お客さん」

「あのあと見に来る人は結構いたけど、中まで入ったご新規さんは3組だよ。今日もわざわざ墨田から来たパーティーが入ってるよ。ああそうだ……君が来たら電話してくれって言われてたんだ」

 杉村のおっちゃんはスマホを取り上げて、どこかに電話をかけた。

「もしもし……ああ、ダンジョン協力会の杉村です。どうも、今ね、例の空吹君が来たんだけど。話しますか? はい」

 おっちゃんが俺にスマホをよこした。

「誰です?」

「ここに回線入れてる通信会社の人」

 何でそんな人が俺に用があるのか、理由がわからないが話をするしかなかった。

「あの……空吹です」

「ああ。空吹圭太様ですか、お世話になっております。私は通信キャリアのDQコミュニケーションで施工管理を請け負っているアサダネット株式会社の技術営業で時東と申します」

「……はあ」

 俺はそんな会社のお世話なんかした覚えはない。お世話になっている方だ。

「空吹様に相談したいことがございまして、杉村さんに伝言をお願いしていたのですが。今ちょっと、時間よろしいですか?」

「あ、はい……」

 杉村のおっちゃんがパイプ椅子を指して座れと身振りしたので、俺はわけがわからないままおっちゃんの隣に腰を下ろした。

「現在私共では、そちらの西3丁目公園ダンジョンに通信回線とアンテナを設置させていただいておりまして。先日エリア25から先に工事ドローン車を入れて回線の増設を行っておりました」

 俺は嫌な予感がしてダンジョン入り口に目をやった。太いケーブルが地面を這ってダンジョンの中に消えている。

「そうしましたところ。えーと、恐らくエリア28と推定される位置でドローン車が動かなくなりまして。現在増設作業がストップしている状態なのです」

「えーと……故障、ですか?」

「原因は不明ですが、恐らく」

 何となく、俺はその先が読めたので聞いてみた。

「そちらの社員に、ダンジョン経験者っていないんですか?」

 ダンジョンに通信回線を入れるくらいだから、ダンジョンに入ったことがある社員だっているはずだ。

「はい、ダンジョン作業班は3名いるのですが。2名が関西方面に長期出張中で現在手が足りない状態なのです」

「その、手伝いで入ってほしいってことですか?」

「はい。その通りでございます。大変ご迷惑なこととは思いますが、西3丁目公園ダンジョンに一番詳しい空吹様にぜひご助力をお願いしたいと思う次第です」

 何でこう……あっちもこっちも俺に頼ろうとするのか。でも日当も出るそうなので引き受けるしかなかった。

 4日後、西3丁目公園ダンジョンにDQコミュニケーションの派手なバンとトラックがやってきた。

「空吹さんですかー? DQグループの嘉月と申します。今日はよろしくお願いしますー」

 バンを運転してきた女性が俺に名刺を差し出した。『DQコミュニケーショングループアサダネット株式会社施工管理課ダンジョングループ 嘉月紀代実』。文部科学省の桐島さんと違って漢字は少ないけどやっぱり肩書が長い。

「嘉月さんが……ダンジョンに入って、作業するんですか?」

「はい」

 嘉月さんは20代前半くらいだろうか。ちょっとぽっちゃり気味で、茶色い作業服と安全靴にヘルメット。ダンジョンに入ると言うより建設工事現場の格好だ。

 腰に懐中電灯にしては長くて大きい、変なものを吊るしている。交通整理に使う誘導バトンに似ているけど、赤く光るパーツがないし妙に長くてゴツい。

「それ、何ですか?」

「あ、これショックバトンって言って。電気ショックで虫とか追い払うんです」

「実際に、使ったこと……」

「ありますよ」

 彼女は嬉しそうに言った。

「私は……中ではだいたい作業補助ですから、虫退治係です」

 何とも、頼もしい返事だった。

「作業ドローンの修理と回収は、こちらの鈴木さんと牧村さんがやります」

 その男性二人はたぶんダンジョンに入った経験がないのだろう。明らかに緊張していて動きがぎこちない、この間の尾形たちと似たようなレベルだ。

「床や壁がテラテラ光っていたらスライムです。触ったり踏まないように気をつけてください。ほかは嘉月さんか俺が片付けます、自分のとこに迫ってきたときだけレーザーポインターで虫の目を狙ってください」

 俺が入る回数が減ったせいか、スライムはまた増えていた。とうぶんガラスの材料がなくなることはなさそうだった。

「こんな……ドローンまで使って、ダンジョンで利益ってあるんですか?」

 いい機会だったので、ずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。

「ダンジョン部門は、何とか利益が出てる程度だと思いますよー」

 嘉月さんはあっさりと答えてくれた。

「まあ設備費が安いからですね。ビルにアンテナ立てさせてもらうときみたいに賃料必要ありませんし。それにあの工事ドローンだってウチで開発した物じゃありませんし……」

「え? 」

 何だかよくわからない。

「鈴木さんのところの会社が突然あの作業ドローンを持ち込んできて、何だか訳がわからないうちにダンジョンで通信回線工事をやることになったんですよー。ねえ、鈴木さん?」

「はあ……まあ……」

 俺たちの後ろを歩いていた鈴木さんが気のない声で答えた。

「資材と作業費あっち持ちだからゴーしたんだと思うんですけど、DQコミュニケーションとしてはあんま乗り気じゃなかったはずです」

 何だか複雑な事情があるらしい。

「Wi-Fiの貸し出し始めて、ライブ配信のユーザーが増えたからほかのダンジョンでもアンテナ設置を進めてるところなので。ドローン車が壊れるとすごく困るんです」

 嘉月さんは、俺が聞いていないことまで話してくれた。すると鈴木さんの会社がDQにドローンを持ち込まなかったら、ダンジョンからライブ配信なんてできなかったのだ。

 でも、そもそもどんな必要があってダンジョンに通信回線をつけようなんて思いついたのだろうか? 説明を聞いても、何だかもやもやした疑問が俺のみぞおちあたりに溜まっていた。


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