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第二章 第9話「最終決戦……じゃねえだろ、こんなの」

 りりんがまた小さく咳きこんだ。俺も喉の奥がざらつく感じがして気持ち悪い。

「外で待つかい?」

 一応聞いてみたけど、りりんは勢いよく首を左右に振った。

「エリカさん、大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろ。あいつら……4人とも逃げたみたいだから」

「4人?」

 りりんが意外そうな表情で聞き返す。

「この前、俺の友達が2人ボコって。俺はりりん攫って行こうとした2人をコイツで脅した」

 俺は自慢の大ハンマーをちょっと持ち上げて見せた。

「人間? モンスターじゃなく?」

「日本語喋った」

 不意に、りりんの周囲で空気が変わった。ピリピリするような嫌なオーラがりりんの体から立ち上っているような気がする。

「ムカつく……」

 りりんに似合わない、低い小さな声。何か、りりんが別の物に変わってしまったように思えた。

「引っ張って行かれただけで、何もされてないよ」

 俺はあわてて言った。あの時の詳しいことは、まだりりんに話していなかったのだ。

「人間だったら……恐く、なかったのに」

 どうやら、気絶させられたことがもの凄く悔しいらしい。

「……許さない」

 りりんが呪いのようにそう言ったときだった。エリカが向かったドームの奧で何か音がした。それから何かゴソゴソした音がして、静かになった。

「エリカ、大丈夫か?」

 声をかけてみたけど返事はない。でも灯りは見えている。

「ちょっと、ここにいて」

 りりんにそう言って、俺は灯りが見える方へ一人で入って行った。奥へ進むほど、何か気配がおかしかった。エリカだけじゃない人の気配がある。とっさに俺は走った。

「エリカ!」

 迷路のように並ぶ棚を通り抜けると、壁を背にして立つエリカの姿が目に飛び込んできた。男に囲まれて、ライトを浴びせられている。Tシャツは破けてその下のブラはずり落ちかけている。パンツは脱がされたのか、下半身は裂けたパンストとパンティだけだ。

「てめえ、また!」

 ボロボロの、かつて服だったものをまとった男が俺に向かってきた。手当たり次第に物を投げつけてくる。男が二人エリカに襲いかかって、腕をおさえてブラを引きむしった。

「そこどけ! じゃまだ!」

 カメラを持った男がわめいている。俺は投げつけられてくるゴミを腕で払いのけながら、男にずかずか歩いて近寄ってそいつの腰を蹴りつける。男が ゴミやら砂の中に頭から突っ込む。

 足元には緑色の砂、この間のゴブリンのなれの果てだ。俺はその砂を手にすくって、カメラを持っている男の後頭部めがけて投げつけた。

「あ……」

 狙いがちょっと外れた。砂は男の頭を外れてエリカの体に命中した。

「痛ぁーい! ちょっとお! なにすんのよ!」

「ごめん」

 こんな状態で俺に怒るのだから、エリカはまだ余裕なのだろう。それよりも、ゴブリン砂がエリカの胸を覆って緑のガラスブラになっていた。

「邪魔すんじゃねー!」

 ボロボロの汚い男たちがわめく。

「お前らこそ集団で女襲ってンじゃねー! 頭叩き割るぞ!」

「うるせー! こうしねーと、俺たちはここ出られねーんだよ!」

「だったらここで腐ってろ!」

 そう言ってエリカを助けに行こうとしたけど、ゴミの中に転がりこんだヤツが這い出してきて、俺の足にしがみついた。

「放せ、この野郎!」

「今のうちに、早くやれ!」

 男は俺に蹴られながらあとの3人に向かって言う。一人がエリカのパンティに手をかける。

「触るな、このゴミクズがー!」

 エリカが男を蹴り飛ばした。でもその勢いでパンティが引きちぎれて、男は後ろ向きに転がってカメラの男を巻き添えにした。

「この馬鹿野郎! いいとこ取り損なったじゃねーか!」

 男たちが立ち上がる前に、俺はまたゴブリン砂をひとすくいエリカの腰に投げつけた。

「圭太ぁ! 痛いんだけどぉ!」

「それくらい我慢しろ!」

 とりあえずエリカのヤバいシーンを撮影されるのを防いだのだが、事態はあまり好転していない。俺は足をとられたままだし、あの状態ではエリカは戦闘不能だ。

「そいつを先にやっちまえ!」

 誰かがわめく。まずいことになった。俺の武器は大ハンマーだけで、これで殴ったら死んでしまう。死なない程度に殴ることもできるのだろうけど、その自信はない。

 とりあえず、向かって来た一人を柄の先で突き飛ばした。打ちかかってきた棒を肘で弾き飛ばす、腕が痺れた。

「この野郎!」

 ハンマーを逆に持って振り回したけど、足にしがみついている奴は手を放そうとしない。こいつを振り払わないと、そのうち転ばされて袋叩きになるのは目に見えている。

「圭太!」

 悲鳴のようなエリカの声。男の一人に後ろからしがみついて、片手でボカボカ頭を殴っている。でもあまり効いている様子じゃない。

 突然、俺の頭の上を何かが跳び越えた。

「がっ!」

 一人が空中から降りてきた『何か』に踏みつけられて、頭を抱えてうずくまる。その後ろに降り立った『何か』が、うずくまった男の背中を容赦なく蹴りつけた。

「りりん!」

 空を飛んできたのは、何とりりんだ。

「なんだこのアマぁ!」

「どっから出てきやがった!」

 文字通り降って湧いたりりんに、残りの二人がわめきながら詰め寄る。

「りりん! 逃げろ!」

 りりんの姿に不意を突かれたのか、俺の足にしがみついていた手が緩んだ。蹴り飛ばし踏んづけて、俺はやっと手から逃れた。

「りりん!」

 俺の声が聞こえたのか、りりんが走り出す。だが、俺の方ではなく壁に向かってだ。

「おらぁ! お前も、服。ひん剥いてやる!」

 男二人がりりんを追いかけて行く。最悪だ。エリカとりりんと、どっちを先に助けたらいいのか。

「りり……あ……」

 壁際まで走ったりりんが、走る勢いのままタタタン! と音を立てて壁を駆け上がった。

「おわぁー!」

 男たちが叫ぶ。りりんが壁を蹴って空中でバック転。体をひねって、追ってきた男の顔面にキックを入れた。

「ぐわっ!」

 男が地面に倒れ込むその前に、りりんはもう一度空中に跳び上がってもう一人の顔面に回し蹴りを入れた。

「すっ……げえ……」

 りりんがパルクールで戦っている。戦っていると言うより、男たちを一方的にボコっている。俺は足にしがみついていたヤツにもう一度蹴りを入れて、りりんのバトルフィールドを避けてエリカを助けに向かった。

「パルクールって言うか、あれもうカポエーラ(ブラジルの踊るような格闘技)じゃない?」

「何でもいいから、今のうちにエリカは逃げて」

「冗談! りりん置いて逃げられる?」

 そう言うとエリカは少し屈んで石を拾い上げ、サイドスローで放った。ゆっくりした動きだったけど、エリカの手首あたりから風を切る音が鳴った。

「ぐっ!」

 俺の足を押さえていた男が立ち上がろうとして腹にエリカの石を喰らい、仰向けにひっくり返った。

『スパン! スパン!』と音が続いている。もう倒れこんでいる男たちを、りりんが執拗に蹴りつけているのだ。あれではそのうち殺してしまう。

「りりん! もうやめろ!」

 それが声をかけると、りりんは蹴りかけていた足を止めて俺を見た。怒りの表情を浮かべているかと思ったのに、りりんは気味が悪いほど無表情だった。

「意外と……凶暴なんだ。それとも、あれがスキルかな?」

 エリカが言った。どっちにしてもありがたくない。

「圭太。その辺にあたしのカーゴパンツ落ちてるはずから、探してくれない?」

 俺がエリカのカーゴパンツを見つけ出して戻ってくると、エリカは俺に背を向けてガラスのビキニを外しているところだった。うっかりガン見してしまい、非難するようなりりんの視線に気がついてエリカに背を向けた。

「エリカに……渡して」

 カーゴパンツの汚れを叩き落として、エリカに背を向けたままりりんに手渡した。

「お怪我……ないですか?」

「打ち身と擦り傷はあるけど、ぜんぜん平気よ」

 二人がぼそぼそと話す声を聞きながら、やることがないので男たちを見張っていた。一人が這うようにして立ち上がると、ふらふらとホールを出て行った。

 どこへ行く気なのか知らないが、声をかけようとも思わなかった。

「帰るよ、圭太」

 カーゴパンツとパーカーを着込んだエリカが言った。ガラスのビキニは外しただろうから、あの下には何もつけていないのだろう。

「エリカの用事は済んだの?」

「一応ね、あとは局がやってくれる」

「局って?」

「厚生労働省の地方厚生局」

 エリカが前に勤めていたところだろうか。

「おい……待って、くれぇ」

 歩き始めたところで、男たちがのろのろと体を起こして声を出した。

「ここから出してくれ……警察でも何でも行くから」

「勝手に出て行けばいいでしょ! あたしに断る必要なんかないのよ!」

 エリカが鬼みたいな顔になって怒鳴る。

「出口……行き方、知らないんだ」

「どーやって入ったのよ」

「倉庫みたいなところの、縦坑から」

「それじゃそっから出て行けばいいでしょ!」

「ハシゴが……なくなって、出られないんだ」

 エリカがため息をついた。

「やっぱりあんたたち、時間稼ぎでここに押し込められたんだ」

「時間稼ぎって、何の?」

 俺は思わずエリカに聞いた。

「ここはダンジョンマッシュルームを作っていたけど、もう引き上げちゃったのよ。人が来るとかカビがひどくなったとか、何か都合が悪くなってね。こいつらの仕事は、証拠をぜんぶ消しきるまでここに人を近寄せないこと。ただの捨て駒よ」

「やっぱり……そうだったんだ」

 ようやく体を起こした男が、がっくりとうなだれて言った。

「後ろについてきて、勝手に警察に自首しな」

 エリカが吐き捨てるように言った。

「ひとり、先に出て行ったのがいるけど。そいつは?」

 俺が聞くと、3人は顔を見合わせた。

「あいつはキノコのカス食っておかしくなっちまった。俺たちも、かかわりたくない」

「そんなヤツは放置ね。行きましょう」

 俺はスライムガラスをごっそり載せたカートを回収して帰途についた、みんな……りりんのスキルがどうだったのかよくわからなかったけど、それぞれが目的を果たしたようだ。

「りりん。家に帰るなら、どこかの駅まで送ってあげる」

 出口でドックタグを返してエリカが言った。俺は重いカートを曳いて自力で帰れと言うことらしい。

 りりんが小さく頷いてエリカについて行く。パルクールでバトルをしてから、ずっと無表情なのがひどく気にかかった。

「あいつら、どうするんだ?」

 3人を見ながら杉村のおっさんが言った。どれほど13西にいたのか知らないが、陽の光に耐えられないようで頭を抱えてうずくまっている。

「そのうち、自分でどうにかすると思います」

 『奴らはダンジョンにいるべき人間じゃなかった』そう言いかけて俺は口をつぐんだ。ダンジョンにいるべき人間ってどんなヤツなのか、訊かれても答えられない。


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