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第二章 第5話「地底アイドルを奪還せよ!」

 出くわしたスライムやワームは片っ端からガラスに変えて、ダンジョンネズミと巨大ハサミムシには手こずったが何とかガラスにして叩き割った。

 危険そうな場所では俺が先頭に立ち、安全そうなところでだけ輝沢りりんが先頭で実況しながら進む。第10エリアまで来て休憩、俺は気になっていたことをりりんに聞いてみた。

「このロケ、どこのテレビ?」

 疲れなのかそれとも巨大ネズミや巨大虫を見たショックなのか、ライトの反射で浮かび上がるりりんの顔は真っ白だった。

「テレビじゃなくてユーチューブです」

 ペットボトルの水を一口飲んで、彼女はちょっと首を傾げながら続けた。

「最初は一人で、ガイドさんお願いしようと思ったんです……でも、女の子一人じゃダメだって言われて。パーティに入れてもらおうとしたら、ライブで流しながらって言われて。だったら自分で作って、公式チャンネルで公開した方がいいかって思って……」

 俺はりりんが言ったことをちょっと考えてみた。

「え? ってことは。これどっかのロケじゃなくて、自分の?」

「製作会社にお願いして、会社からガイド頼んでもらったんです」

「うえー?」

 尾形たちが呆れたような声を上げた。

「すっげーお金かかったんじゃないの?」

「広告料で元は取れると思います……たぶん」

 俺たちとたいした年齢は変わらないのに、やっぱり別世界の人間だった。

「そこまでして……お兄さんは、どこのダンジョンで?」

「高尾の……実家があるんですけど、日影沢ダンジョンで……」

 聞いたこともないダンジョンだった。

「高尾って、中央線の終点か……」

「駅は京王線の高尾山口です。実家、そば屋なんです」

 都内ではあるけれど、そんなところでもダンボ(ダンジョン保安管理協力会)は活動しているのだろうか。ダンボはあっても、たぶん通信ケーブルは入っていないだろう。杉村のおっさんに電話してみた。

「高尾の日影沢ダンジョンって、知ってます?」

『あー、高尾山の裏っ側だな。それがどうした?』

「輝沢りりんさんのお兄さんが、そこで行方不明らしいんです。そこってアンテナ入ってますか?」

『いやー、知らないなぁ。保安体制がどうなってるのかもわからない、本部に聞いてみる』

「お願いします」

 りりんが俺をじっと見つめていることに気がついて、ちょっと胸が騒いだ。

「管理とかどうなってるか、聞いてもらう」

「どこでもスマホが使えるわけじゃないんですね……」

 俺はりりんの方へ這い寄ってきたスライムを叩いて砕き、ハンマーをカートに放り込んだ。

「さあ、ここからが本番だ。覚悟はいいかな?」

 一応りりんを先頭にして、俺はカメラに映り込まない程度の後ろにつく。しかし撮影スタッフも尾形たちもすっかり怖じ気づいて、歩く格好も腰が引けている。無理もないことで、俺以外は全員が初ダンジョンなのだ。

「あー! いま、12エリア入ったみたいですー!」

 りりんがダンジョンスターの画面をカメラに向けた。

「ここ抜けたらぁ! 魔のエリア、13層! すごーい! 初めて来たのに、ここまで来れちゃったー! ガイドの、空吹さんのおかげー!」

 だが威勢が良いのは声だけで、笑顔はこわばっている。突然りりんに腕を引っ張られて、彼女の横に並ばされた。

「空吹さんですー! 私より若いのに、すっごいダンジョン経験豊富な人です。あのー。エリア13って、なに出てきますか?」

 いきなりインタビューまでされた。

「いや……ス、ライムとか、ザコ以外にデカ虫とか人型の……ゴブリンも。出る、かな?」

 言葉が口の中でひっかかって、うまく喋れない。こんなカメラで撮影されるのは初めてなのだ。

「ゴブリンって……小人のモンスターですか?」

「一回だけ、出くわしたことが、ある……」

 さすがにそこからはりりんと並んで先頭を歩いた。飛びかかってくるモンスターに襲われたら、俺が身をもってりりんを護らなくてはならない。まあ当然なのだけど、この名誉な役目を尾形たちは拒否しやがった。

「ここからが13層」

 エリア12の後半あたりから、出現するモンスターの種類が変わってきた。スライムやワームはほとんど出なくなり、ワームを餌にする「巨大おケラ」なんかが出てくる。強い光を嫌がってすぐ逃げてくれるのだが、りりんの悲鳴が絶え間ない。

「そんなに叫んでたら、声出なくなるぞ」

「も……ヤバイかも……あした、収録、あるのに……」

「なんか……前よりモンスター少ない気がするな」

 なのに、そのあとりりんは2発悲鳴を上げた。

「ここを、真っ直ぐ行くと14に出る、左の通路に入ると13西ってめっちゃ危険なゾーンになる。入るか?」

 正直、俺も初心者ばかり引き連れて13西に入るのは気が進まなかった。だが相手は束になって襲ってくるわけじゃない、進めば次から次に出てくるのだ。りりんが耐えきれなくなったところで撤退する手もある。

「ここが……」

 そこでりりんは一瞬息が詰まったらしい。胸に手をあてて深呼吸して、ちょっと震える声で続けた。

「スキル……貰える、ポイント?」

「もしこのダンジョンにあるとしたら、ここじゃないかと思う」

 りりんは真っ白い顔を上げて俺を見上げた。

「行きます」

 何か気の利いたカッコいい文句を口にしたかったけど、何も思いつかなかった。

「お前らは、どうする?」

 足手まといになるので本当は来てほしくはなかったが、一応尾形たちにも声はかけた。3人とも顔を見合わせて、それから自信がなさそうな声で言った。

「……行く」

 カートはそこに残して、俺は大ハンマーだけを担いでりりんと並んで13西に踏み込んだ。背後からのライトが影をつくるので前が見にくい。

「いよいよ……13の西って、ここで一番危険だって言われるエリアに入ります。ここでは、ダンジョンでしか手に入らない『スキル』って言う特殊能力が……何ていうか、身につくそうです。でも、ここに入って行方不明になったパーティーもいるそうです」

 りりんの肩ごしにカメラが奧を狙った。俺は奥の方で一瞬何かが動いたような気がした。でもまあ、間違いなく何かはいるだろう。

「ダンジョンスキルを手に入れて……私はやりたいことがあります。個人的なことで、お金も……タレントとしての人気も関係ありません。だから……ものすごく危険だけど、ここへ来ました」

 りりんは何度か息をついた。

「もしこれで死んだら。世界でただ一人、ダンジョンで死んだ馬鹿なアイドルって名前が残るかも知れませんねー!」

 りりんがけたたましい笑い声を上げたが、カメラに向けていないその顔は笑っていなかった。そしていきなりりりんが勢いよく歩き出して、俺はあわてて後を追った。

「ちょっと待て、一人で行くな!」

「すみません。もう頭の中、恐くて、パンクして、メチャクチャです」

 りりんを見ながら足元に注意しながらダンジョンの先で動く物はないかも見る。超人的に忙しいことになった。ダンジョンの奧から視線を外た瞬間、また何かが動いた気がした。

「あっ、ちょっと待って!」

 撮影隊の誰かが声を上げた。コードがどこかに引っかかったらしい。思わず俺は足を止めて振り返る、そして正面に向き直ったとき。りりんが一人で進んで行っているのに気がついた。パニックになっていて聞こえていなかったらしい。

「りりん! 止まれ!」

 思わず呼び捨てで声をかけてしまった。彼女がぴくんと痙攣したように体を震わせてこちらを振り返った。その、りりんの向こうに何かが現れた。

「りりん!」

 叫ぶのが精いっぱいだった。ライトの中、りりんの左右から緑色の人のような物が現れた。左右から彼女の腕をつかんで、奧へ引きずって行く。りりんの絶叫がダンジョンの壁を震わせた。

「りりん!」

 後を追って走り出した俺の前に、もう一人の緑色のヤツ。何か棒のような物で殴りかかってきた。

「どけぇー!」

 緑色より俺の方がガタイが良い。走る勢いのままそいつに跳び蹴りを食らわせた。

「ぐわあ!」

 撮影隊の照明が追いついてきた、影が揺れる。俺はそこが広いホールみたいな空間だと気がついた。何だか棚が並んでいる。叫び声が飛び交って、ライトがあさっての方を照らす。

「りりん!」

 俺はりりんの悲鳴が聞こえる方向へ走る。何かが前を遮った。ハンマーで横殴りにすると変な声を上げて飛んでいき、地面に落ちて粉々に砕けた。棚を蹴り倒して、プレハブみたいな中にりりんを引きずり込もうとしているヤツらに追いついた。

「なんで、プレハブ?」

 考えている余裕はなかった。りりんの悲鳴が聞こえなくなった、そして緑色のが一人俺に向かってくる。

「この野郎ぉ!」

 俺は大ハンマーを思い切り振り上げた。

「うわぁー!」

 そいつが叫んで、腰を抜かしたように座り込んだ。

(人間?)

 もう振り下ろしているハンマーだったが、無理やり腕をねじってわずかに逸らせた。

『ガゴン!』

 ものすごい音が反響して、火花と岩の破片が飛び散った。

「うわあぁぁ! うわぁー!」

 そいつは情けない声を上げて、這いずって逃げて行く。あとは、りりんを抱きかかえている一人だけ。後ろの方では怒声が飛び交っている、さっきの緑色が尾形たちに袋叩きにされているのだろう。

「おい」

 俺は壁を背にしてりりんを抱えている緑色に声をかけた。

「その女を放せ、放さないならお前の頭かち割るそ」

「うううううるさ……こいつ、どうなって……」

「うるせーのはお前だ!」

 大ハンマーを振り上げて、そいつの頭のすぐ横に打ちつけた。かなり力を抜いていたけど、それでも凄い音がして火花が飛んだ。

 壁に背をつけたままずるずる崩れ落ちるそいつの腕からりりんを抱き上げた。お姫様抱っこをしたいところだったが、ハンマーが邪魔で無理だった。半分肩に担ぎ上げるような格好になったけど、思っていたよりもりりんの体は軽かった。

 カメラマンと照明係が軽いケガ。りりんは、ケガはない様子だが気を失っていた。空にしたカートにりりんを乗せて地上に戻ったときには救急車が待機していた。途中で杉村のおっさんに電話を入れておいたのだ。

 救急車とロケバスが行ってしまうと、俺は一部始終を杉村のおっさんに説明しなくてはならなかった。ケガ人や死者が出たときは、ダンボが警察に報告しなくてはならないからだ。

「人間?」

 メモを取っていたおっさんっが、訝しそうに聞き返した。

「ひとり、ハンマーあたってるのにガラスにならなかった。ゴブリンは一発粉々だったのに」

「何やってたんだ? そいつら」

「俺が聞きたいです」

 どうであれ、俺はもう一度13西に入らなくてはならない。スライム粉を満載にしたカートを置いてきたのだ。

 俺はため息をついて、ちょっと左の肩に手をやった。まだりりんの重さが残っている感じがした。


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