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第二章 第4話「地底のアイドルを護衛せよ!」

 西3丁目公園ダンジョンの第13エリアに閉じ込められた4人は、湿気と空気の悪さにうんざりしていた。食事は缶入りのパンやお湯で戻す非常食のご飯類、飲み物はペットボトルの水とお茶だけ。

「何日経ったんだ?」

 薄暗い地底では時間の経過もわからない。スマホの日付や時間が正しくせっとされているかもわからないのだ。

 スライムが侵入してきて、デッキブラシや棒で引きちぎるようにして追い出したことが娯楽とも感じるほど退屈な時間が過ぎて行く。

「いつ来るんだ、御崎って女はよ」

 4人とも話すネタも尽きて、口から出るのはそればかり。全員ストレスが溜まりに溜まって、ちょっとしたことでケンカが始まる。

 友人である溝淵竜也と森本大輝はお互いを支え合って何とか耐えていたが、スズキとマツムラの二人は常にいがみ合っている。いつ本気の殴り合いが始まってもおかしくない状態だった。

 そんな一触即発状態が続く中、マツムラが走って来てうわずった声を出した。

「女だ! 女の声が聞こえたぞ!」

 全員がものすごい勢いでダンジョンマッシュルームを栽培していたホールの出入り口に殺到した。確かに、かん高い女性の声が響いてくる。

「よし! やるぞ!」

 それまでのドロドロに停滞した気分はどこかへ吹き飛び、4人とも生き生きとした動きで襲撃の準備を始めた。

「ドラゴンの着ぐるみ、いるのか?」

「一発脅して……」

「それじゃみんな逃げちゃうだろ、捕まえないと……」

 結局4人揃って緑の全身タイツと腰ミノをつけ、ゴムのお面をかぶることになった。

「ぐはぁー! くせえー!」

 湿気がひどい中に放置されていた全身タイツもゴムのお面も、カビてひどい異臭を放っていた。

「こんなの付けていられねーよ! 顔に何か塗ろう」

 もう何が何だかわからない悲惨な状態になったが、薄暗い中では非常に気味の悪い格好になった。

「誰最初だ?」

「じゃんけん」

 女の順番を巡って相談が続いているうちに、女の声が近づいてきた。ライトの明るさもわかるようになってきた。

「最初に、ライト持ったヤツ狙え」

 女の悲鳴、そして笑い声が響く。ひどい姿の4人はそちらに向かってそろそろと移動を始めた。


 輝沢りりんの撮影隊から10メートルほど離れて、俺たちはのろのろと歩いていた。ただでさえ女の子の遅い歩き方な上に、スライムや大グモを見るたびにりりんが大騒ぎして止まってしまうのだ。

 そして、しばらくするとガイドだったはずの朝倉さんが一人で戻って来た。

「あれ? どうしたんですか? みんなは?」

「話が違う。最初は1時間程度で引き返すって契約だったのに、女の子が絶対に13層まで行くって言うんだ。そんなのは自殺行為だ、責任が持てない」

 朝倉さんが首を振りながら言った。

「空吹君。13まで行けるとは思えないけど、済まないけど後ろに付いて行ってもしもの時は助けてやってくれないか」

「え? そんな……」

 そのつもりでここまで来たのだけど、こんな展開は予想していなかった。

「頼むよ」

「はあ……」

 俺は呆然として朝倉さんを見送り、向こうで移動を再開した撮影隊を振り返った。

「嫌なことになったなー、あっ……そっち、行き止まりだぞ」

 カメラと音声とあと一人、あれだけスタッフが付いているのに誰もダンジョンスターを見ていないらしい。もしかするとここまでガイド頼りだったので、見かたが解らないのかも知れない。

 りりんと撮影隊が戻ってくるまで、スライム狩りをして待たなくてはならなかった。

「ただのロケなのかな?」

「なんで?」

 独り言だったのに尾形が聞き返したので、俺はちょっと考えた。

「13層を目標にしてるのが、何かおかしい」

「ここ、何層まであるんだ?」

 池谷がペットボトルの水を飲みながら聞いた。

「25まで通信ケーブルが入っていて。その先に行ったパーティーは33層まであったって言ってる。でもアンテナがないからダンジョンスターの記録には残らない。だいたい第何層って言ったって、上下に積み重なってるわけじゃないし」

「え? そうなの?」

「ダンジョンスターの画面切り換えの都合で、横並びに繋がっているのに別の層って区切られてるところも多いんだ。だから13層って言っても、地下13階じゃないんだ」

「でもエリア13は速効スキルゲットできるって、SNSに書いてあったぜ」

 広田が言った。

「マジでか?」

「そんなの聞いたことねーよ」

 俺は速攻で否定しておいた。こいつらSNSの無責任な書き込みを本気にしかねない。まさか輝沢りりんがそんな目的で13層を目指しているはずがないだろう。

「空吹は、ガラス化のスキルどこでゲットしたんだ?」

「知らない。いつの間にか使えるようになってた」

 俺は這い寄ってきたスライムを叩いて粉々にしながら答えた。ほとんどの場合、スキルは本人が気付かないうちに身についているのだ。

「いや……」

 俺はちょっと考えてみた。

「スキルに気がついたのって、13西に入った後だったな……」

「やっぱ、そうなんじゃね?」

 そんな話しをしているうちに話し声が響いてきた。途中でルートを間違えたことに気がついたのだろう、思ったよりも早く戻って来た。

「あ……何でこっち来るかな……」

 戻って来たのはいいが、方向を見失ったらしい。逆方向に歩き出して俺たちがいる方へ向かってくる。撮影用のライトが眩しい。

「あ、ちょっと。ライト落として……あれ? すいません。さっき、会いましたよね」

 輝沢りりんが言った。確か19歳だったはずだけど、1メートルもない間近で見る彼女は高校生ぐらいにしか見えない。

「逆戻りして来たんじゃないのか?」

 現役アイドルに話しかけられて気持ちは高ぶったけど、俺はできるだけ無愛想に答えた。

「え? うそ?」

 りりんはスタッフがいる後ろを振り返った。長いポニーテールが勢いよく揺れる。

「あの……」

 りりんが遠慮がちに言った。

「あっ、あの……わたし、輝沢りりんって言います。いま、公式チャンネルの撮影をしていたところなんですけど。ちょっと……ガイドさんと、あの、行き違いがあって……それで、あの。入口の、受付の人に聞いたんですけど。ここのこと、お詳しいんですか?」

 杉村のおっさんが余計なことを話したらしい。でも、彼女は意外と礼儀正しかった。

「ああ……俺、空吹って言う。こいつは池谷と尾形と広田、ボランティアで掃除やってるところ……ここはさんざん潜ってるから、詳しいと言えば詳しいけど」

「よかったぁー!」

 俺が言い終わらないうちにりりんが大きな声を上げた。

「スマホのダンジョンマスター、ぜんぜん見方がわからなくて。さっきも行き止まりのところに入っちゃったんです。案内してくれたら助かりますー!」

「ダンジョンスターは、慣れないと今の居場所もわからないからね……どこまで行くの?」

 知っていたけど、俺は知らないふりをして聞いた。

「エリア13まで」

「君は……今までダンジョンいくつ潜った?」

「まだ、これが初めてです」

「ここの13は、めっちゃ危険だよ」

 それに、ガイドなしと言うことは『武器なし』の丸腰だ。朝倉さんが言った通りの自殺行為だ。

「でも……どうしても行きたいんです」

 りりんの目は真剣だった。

「どうしてもって、理由……聞かせてくれる? そうじゃないと俺も責任持てない」

「ダンジョンスキルを……できるだけ早く手に入れたいんです」

 まさかと思ったけど、やっぱりこれだった。

「13で確実に獲得できる保証はないし、使えるスキルだとは限らないよ。それに……アイドルがダンジョンスキルを何に使うの?」

 りりんが俯いて唇を噛んだ。

「兄が……ダンジョンで、行方不明になったんです」

 俺は目を閉じて小さくため息をついた。そして後ろの尾形たちを振り返って言った。

「お前ら、カート曳いて出てくれ。俺は13まで行ってくる」

「おいおい! 自分だけ良い格好する気か? 俺たちも行く!」

 3人が口々に言い立てる。まあ……俺が奴らの立場でもそう言うだろう。

「来るなら止めないけど、何があっても責任持てないぞ」

 ふいに、ひんやりした小さな手が俺の手を包んだ。

「勝手なお願いしてすみません! すごく嬉しいです」

「お礼なら、無事に出られてから言ってくれ」

 心臓が激しく暴れていたけど、俺はできるだけ無愛想に答えた。


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