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第二章 第3話「追加注文でダンジョンにアイドル?」

 工房の片付けをして、ガラス材料の残りを確かめた。スライムの粉はあと袋に半分ほど、緑色のはゴブリンの粉だ。こっちはまだガラスにしていない。

「こいつでガラス作ってもなぁ……」

 もし売れて追加の注文をされても、材料を手に入れるのは簡単じゃない。スライムやワームならそこら中にいるけど、できればゴブリンとは会いたくない。

 ステンレスのスコップでゴブリンの粉をすくい取ってふるいにかけてみた。これに炭酸塩や石灰を混ぜて、うまく融けてひび割れたりしないで固まる配合を見つけなくてはならない。ほとんど勘でやるしかない。

 ゴブリン粉をかき混ぜていると工房の窓がノックされた。高校2年まで一緒のクラスだった3人がこちらを覗いていた。

「ホントにガラス職人やってるんだ」

 尾形が珍しそうに工房の中を見回して言った。

「親父さん、どうなったんだ?」

「まだ行方不明。困ってるんだ、保険も下りないし」

 保険金が入れば、俺も休学なんてしなくても済んだのだ。死んだなら死んだで、それをはっきりさせないと全部が宙ぶらりんだ。

「スライムでガラス作ってるんだって?」

 池谷が言った。どこかから噂を聞きつけたのだろう

「どんなの? 見せろよ」

「今はないよ。全部納品しちゃった……あ、割れたのあった」

 固まりかけたところを叩いてしまい、ヒビが入ったもの。ちゃんとスライムガラス独特のウネウネ動く表面にはなっている。;

「おおっ! すげー!」

「どーやってスライム獲ってくるんだ?」

「スキルさ。ダンジョンの中だけで使える特殊能力、ハンマーでぶっ叩くとガラス化して割れる」

 高校に通っていた頃はガタイが良いだけしか取り柄がなかった俺だったけど、今はこれだけは威張れる。

「空吹、どこのパーティーに入ってるんだ?」

「入ってないよ、いつも一人」

「うえーっ?」

 3人とも大げさにのけ反って声を上げる。未成年で一人ダンジョンなんてあまり大きな声では言えないけど、ダンボが認めてくれているのだから自慢はしてもいいはずだ。

「ダンジョンから配信してるパーティーって、3人とか4人とか。もっと多い時もあるよな?」

 とにかく誰よりも早く深エリアに足を踏み入れたいなんて命知らずたちは6人とかで入る。そんな深いところには通信ケーブルもアンテナもないから、必ず一人は記録係だ。でも明るめの照明を点けて歩くから襲われる危険は先頭にいるヤツと同じくらいだ。

「俺が行くのは西3丁目公園ダンジョンだから、あんま強いモンスターは出ないんだ」

 まるでベテラン探検者のような口ぶりで話しながら、俺は何となく嫌な予感がしていた。

「だったらさ空吹……一度俺たちもダンジョン連れて行ってくれないか?」

 池谷が言い出して、俺の嫌な予感は的中した。

「ガイド頼んだらめっちゃ高いし、未成年はダメだって言うし……」

「おい……強いモンスターは出ないって言っても、あそこ10人以上ロスト出てるんだぞ」

「だからさ、浅くてもスキルゲットできそうなところまで。頼むよ」

 そんなことを頼まれても責任が持てない。ダンジョンの中では何が起こるかわからないのだ。押し問答をしていると、俺のスマホに着信が来た。

「はい空吹……あ、どうも。お世話になってます」

 スライムガラスを買ってくれたデザイン事務所だった。不良品でもあったのかと、俺はちょっと下腹のあたりが痛くなった。

「はあ……ありがとうございます。え? ご、500……ですか? はあ、時間……あ、はい。ありがとうございます。やります、ええ……どうも」

 通話が切れて、俺は呆然とした。スライムガラス500枚の追加注文だった。しかもその後もっと大量に必要になるかも知れないらしい。

「材料……ねえよ……」

 500枚分のスライムなんて、どんな量が必要になるのか想像できなかった。

「仕事か?」

「ああ……」

 俺は上の空で答えて、それから思いついた。こいつらを荷物運びに使えば一回でもかなりのスライム粉を運べる。高校生ばかりだとダンボのオッサンは渋るだろうけど、ボランティアで中の清掃活動やると言えば何とかなるだろう。

「池谷、ダンジョンに連れて行ってやる。その代わりどっかでキャンプ用カート借りてこい」

 約束した日、3人は思い思いの変な装備で西3丁目公園のダンジョン入口にやってきた。武器は絶対に持ってくるなと念を押したので手ぶらだが、誰かが果物ナイフぐらい隠し持っているかも知れない。でもどうせ何の役にもたたない。

「そこに名前と住所と緊急連絡先書いて、タグもらって……行き先は10層までの掃除って書け」

 やっぱり杉村のおっさんはいい顔をしなかったけど、危険なエリアには入らないからと言って押し切った。

「スマホで、ダンジョンスターをダウンロードする」

 一人ずつ教えて確認するのが凄く面倒だったけど、ダンジョンスターなしで入るなんて危ないことはできない。

 公園の隣にあるコンパーキングにマイクロバスみたいなワンボックスが入ってきて、ごちゃごちゃ道具を下ろし始めた。配信のグループかも知れない。

「入る前にトイレに行っておけよ。基本中じゃ小便禁止だし、モンスター見てチビるかも知れないから」

 広田があわてて公園のトイレに走って行った。その間にワンボックスから男が一人こっちへ走って来る。

「すみません。映像製作会社の者なんですが、ここのダンジョン貸し切りってできます?」

「はあ?」

 杉村のおっさんが呆れたような声を出した。俺も呆れた。ダンジョン貸し切りなんて聞いたことがない。

「そんなことできないよ。料金取ってるわけじゃないし、入る人間個人の責任でやってるからねえ」

「本部に問い合わせたんですけど、同じこと言われました。中での撮影許可って、いらないんですよね?」

「まあ……勝手にやってくれってところだね」

「わかりました!」

 男はワンボックスに走って戻り、少ししてぞろぞろ人が降りてこっちにやって来る。男が5人と女がふたり。

 女は二人とも呆れるくらいの軽装だ。一人はTシャツにブルゾンで、まるでその辺を散歩しに行くような格好だ。

「おい。あれ……輝沢りりんじゃね?」

 トイレから戻ってきた広田が言った。

「あ、ほんとだ。マジで? ダンジョン入るのかな?」

 俺もその名前くらい知っていた。アイドルグループに所属していたけど、何かでもめて脱退して今は一人でタレント活動をしている。

 撮影の邪魔とか言われて入るのを邪魔されると困るので、俺は一行がこっちに着く前にダンジョン入口に向かった。

「いいか、ダンジョンの中で大声は出すな。できるだけ音をたてるな。何かおかしな物見ても勝手に触るな。俺が止まれと言ったら息も止めて絶対に動くな」

 最初は無駄口を叩いていた3人も、2層目に入ったころにはダンジョンの圧迫感で無口になっていた。

「スライムだ」

 俺は壁をライトで照らして教えた。

「そこにいると判ってたら危険じゃない。気付かないで踏んだりするとまとわりつかれる」

「まとわりつかれたら?」

 池谷が聞いた。

「歩きにくくなる。たちの悪い奴だと足から這い上ってきて皮膚にくっつく。アルコールなんかぶっかけて落とさないと皮膚が溶ける」

「うえ……」

 俺はハンマーでスライムを叩いて、ガラス化させて壁から払い落とす。

「これがガラスの材料さ」

 そうやって時々スライムを退治しながら5層目まできたとき、後ろが騒がしくなった。輝沢りりんの一行が追いついてきたのだろう。

「この先少し広いところがあるから、そこでやりすごそう」

 俺たちは少しだけ足を速めて、洞窟の巾が広くなった場所で止まった。

「テレビかな?」

「危なすぎるからテレビはダンジョン入らないよ。公式チャンネルとかじゃね?」

 待つほどもなく、やたらにライトで照らされた輝沢りりんがやってきた。上で見たまんまの、心配になるほどの軽装だ。ガイドは付いているけど、安全指導はしなかったのだろうか。

「こんにちはー!」

 笑いかけながら俺たちに手を振って、輝沢りりんが通り過ぎて行く。3人は呆けたようになっているけど、俺はエリカで耐性ができたのか特に何でもなかった。

 何となく気になって、杉村のおっさんに電話してみた。

「あの撮影、どこまで行くって書いてます?」

「あー。時間がどーのこーのって言って、13層あたりで引き返すらしい」

 俺は胸の中で悪態をついた。何でよりによって13層を選ぶのか。

「杉村さん、止めなかったんすか?」

「数字が不吉で良いって言ってねぇ……まあ朝倉君もついてるし」

 『朝倉君』がガイドだけど、それでも女の子をあんな服装で入らせるのは無茶だ。

「ちょっと……計画変更」

 俺は3人に告げた。

「嫌な予感がする。輝沢りりんのガードで付いていく」


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