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第二章 第2話「ダンジョン博士とパンストと?」

 スライムが原料の『打ちガラス』を一個ずつ緩衝材で包んで段ボールに詰めた。二回に分けて無事300枚のガラスをデザイン事務所に納入できた、売り上げは税込みで14万8千円。安いのか高いのかよくわからない。

 かかっているのは俺の作業費用と電気代くらいで、仕入れはほとんどゼロ円だから利益は悪くないはずだ。請求書の発行元は『空吹硝子工芸社』で変らないけど、製造の担当者名が『空吹圭太』俺の名前になった。それはまあ、悪い気はしない。

「さてと……」

 宅配便に集荷の依頼をかけて、俺はため息をついた。一枚450円のスライムガラスを作っていただけじゃ稼ぎは知れている。300枚を作るのに一か月ちょっとかかっているのだ。作業スピードはもう少し上がるだろうけど、それでも2倍作れるわけじゃない。

 母のパート収入と合わせれば何とかやっていけるがけど何とかして売り上げを増やさないと妹の学費支払いだけいっぱいいっぱいになることは目に見えている。

「と言っても、俺にデザインとかのスキルはないし……」

 金具も接着もいっさい使わないでガラスのパーツを組み立てるデザインライトなんか俺に作れるはずがない。

 スマホが着信のメロディーを鳴らした。俺を勝手にパートナー認定した超級美人からだ。

「いま地面の下? 上?」

「工房です」

「それはちょうどよかったわ。30分くらい、いい?」

「どっかに来いじゃなくて?」

「あたしがそっち行く。一緒に観てほしいものがあるの」

 御崎エリカ。俺を勝手にパートナーにした超級美人の名前だ。今日も俺に脚を見せつけるような革のショートパンツに革ジャン姿で現れた。

「静岡の工業大学に、『ダンジョン博士』って呼ばれている地質工学の教授がいるの。その人とオンラインで話しが聞けたの」

 そう言いながらエリカは薄っぺらいノートパソコンを開いた。

「どっか、並んでこれ見られる机とかない?」

 俺はガラス伸ばし台の前に丸椅子を二つ持ってきた。並んで腰を下ろすと、エリカの髪から漂い出す香りで胸が苦しくなった。

 動画が始まった。リモート会議を記録したものだろう、顔が映っているのは大学の名前が出ている教授の先生とエリカだけ。ほかは黒い窓に名前だけが出ている。

「あれがダンジョン博士の真柴教授。他の人たちの名前は忘れて」

 エリカがタッチパッドに触れて動画を少し送った。

「……申しましたが。ダンジョンに出現する、いわゆるモンスターにつきましては、ほとんどが異常成長した地中生物であると言えます」

 大学教授の説明、途中から始まった。

「異常成長と言いますと、元は普通の生物だったと言うことでしょうか?」

 画面の中のエリカが質問して、教授が頷いた。

「学生に協力してもらって、スライムとワームを捕獲して調べました。ワームに関しては完全にシマミミズです。1メートルサイズの固体で、体の構造は一緒で巨大化しただけです。スライムは……言ってみれば微生物の群体です」

「群体とは?」

 顔が出ていない誰かが聞いた。

「スライムをいくつかに切り分けても、それぞれの切れ端はスライムとして問題なく活動を続けます。スライムは細胞の集合体ではありますが、ひとつの生き物ではありません。様々な種類のアメーバが数億匹集まった物です」

「つまり……切っても、叩いても。死なない?」

「強い紫外線に晒してみましたが、多少体積が減りますが死滅はしません。もともとアメーバは分裂を繰り返す事実上寿命が無限の生物ですから」

「一人だけ、スライム殺してガラスにできる男がいるけどね」

 エリカが俺の横でそう言って笑った。脚を組んだときに、ストッキングのふくらはぎが俺のスネをこすって行った。たぶんエリカはわざとやっている。

「スライムを退治したという、YouTubeの動画がありますが?」

 顔が見えない誰かが言って、教授が頷いた。

「私も見たことがありますが、すべて叩いてスライムを飛散させています。あの状態では、個々の破片はまだ生きています。一時的に集合体ではなくなったというところです」

「教授。私は一度、ゴブリンと呼ばれる小人モンスターを見たのですが。それについては?」

 画面の中でエリカが質問した。

「県内のダンジョン3箇所と大阪で2か所を調べたのですが、そこでは人型の存在は確認できませんでした。御崎さん、それはどこで?」

「立川市にある、西3丁目公園のダンジョンです」

「映像はありますか?」

「すみません。石を投げつけて追い払っていましたので、撮影はできませんでした」

「なるほど、立川市の……ああ、確かに遭遇の報告がありますね」

 教授は横を見て、画面には映っていないパソコンを操作しているようだ。

「YouTubeの配信で『ゴブリン遭遇か』と言うのが……ああ、ちょっと映って……あっ」

「どうしました?」 

 エリカの声に、教授が答えるのにちょっと間があった。

「何かを投げつけられて、パーティーの一人が倒れて……そこで切れました」

「教授が見たのは、13エリアでロストしたパーティのライブ配信。誰かが録画しててアップしたやつ」

 俺の横でエリカが言った。

「パーティは3人とも行方不明……見たことある?」

「たぶん……見た。カメラに何か飛んでくるの」

 俺がまだ中学生だった頃の出来事だ。ようやくダンジョンの中に通信ケーブルとアンテナの設置が始まった頃で、この事故のためにその後1年以上アンテナの増設が止まった。

「今でも再生数凄いんだけど、コメントに変な奴らが粘着してるのよね」

「どんな?」

「消せとか、見るなとか……よほど見られたら都合が悪いらしいね」

 エリカがそう言って笑った。革ジャンの下はVネックのざらっとした青いセーターで、胸元からブラの黒いレースがのぞいている。エリカが髪をかき上げながら座り直す。ふくらはぎが俺の脚に『ぐいっ』と押しつけられた。

「あの……」

 俺は思わずツヤツヤしたパンストの脚に視線を向けてしまう。

「なによ。触りたかったら触ってもいいわよ」

「そうじゃなく……」

 これじゃ気が散って仕方がない。

「まあこの辺は飛ばして……」

 エリカがまた少し動画を送った。画面の、エリカの顔がメイン窓になった。

「教授。最後に、いわゆる『マナ』についてご意見を伺いたいのですが」

「ああ……はい」

 教授は指先でちょっとメガネを押し上げた。

「マナという呼び名だけがあって、でも実体は不明。ダンジョンに入った人間に作用して、ある特殊能力を行使できるようになる……正体不明のエネルギーですね?」

「はい」

 教授は小さく息をついた。

「様々な方面から意見や解説を求められますが、正直私には判りかねることです……ただ手に入る限りのダンジョンに関する情報から考えて、ひとつ仮説を持っています」

「どのような?」

 画面のエリカが体を乗り出して、顔がちょっとアップになった。

「外国で出現したダンジョンからは、かなり危険なモンスターが人間の生活圏にまで侵出して人的被害まで出ています。なのに日本では、スライムやワーム、巨大昆虫程度……ここではちょっとゴブリンのことは置いて。たいした物は出現しません」

「確かに」

 顔の見えない誰かが言った。

「その違いに……」

 画面の中でエリカが言いかけて口をつぐんだ。

「そうですね。なぜここまで海外と日本で違いがあるのか……まあ日本ではダンジョンに人間が入って行ってモンスター退治をしているのも理由ですが」

「すると、海外では違う?」

「はい」

 教授はまた横のパソコンを操作して、画面の下を見ながら何かを操作した。共有画面が出た。

「これは……アメリカのオレゴン州ダラスの近郊に出現したダンジョンです」

 写真はスーパーマーケットの中だった。台風にでも襲われたように、店内はめちゃめちゃに壊されている。

「深夜に警報が鳴って、警備会社が駆けつけるとダンジョンが出現していたそうです」

 写真が何枚か続き、洗剤やらいろいろな商品が散乱するど真ん中に洞窟が口を開けている。

「冷凍食品庫の中にスライムが入り込んで、みんな凍っています。恐らく融けたらまた復活すると思いますが」

 次の写真はスーパーマーケットの外で、ライフルを持った兵士が警戒線を引いて警備をしている様子だった。

「警報が鳴ってから4時間で、このスーパーだけでなく周囲2キロほどが立ち入り禁止になりました」

 次の写真は、何なのかよくわからなかった。赤や黄色の飾り物が壁を埋め尽くし、果物などのお供えが山のように置かれている。

「これはミャンマーですが、どこの町なのかはわかりません。飾られてまるで神様扱いになっていますが、これがダンジョンです。悪魔が棲む穴と信じられて、鎮めるためにお祭りまで行われています」

「なんで?」

「いいから。聞いて」

 写真が切りかわって、俺にはおなじみの風景になった。ダンジョン入口があって、その脇にダンボ(ダンジョン保安管理協力会)のテントが立っている。向かい側には飲み物を売る軽トラや、ホットドッグの屋台まで出ている。

「説明するまでもなく、これが日本のダンジョンです。危険を承知で中に入っていって探検するのは、世界中で日本だけです。何しろ……入って行ってモンスターを倒したところで、何にもならないのですからね」

「あ……」

 画面のエリカが声を上げて、一瞬だけ画面が切りかわった。

「退治しているからじゃなくて……もしかすると、人間が入って行くからモンスターが弱いまま。ですか?」

 エリカの言葉に教授が頷いた。

「『マナ』というエネルギーが実在するならばですが。人間が入らないダンジョンのマナはすべてモンスターを産み出すことに消費される。だが人間が入って行くダンジョンでは、人間によってマナが消費されてしまう……そんな仮設です」

「スキル、ですね」

「それもありますね。ダンジョンに入って得られるスキルは、ダンジョン外では発揮できない。マナエネルギー存在下でなければ使えないとも考えられます」

「マナはどのようにして証明できますか?」

 誰かが質問して、教授は首を振った。

「測定器を開発して持ちこんできた業者がいましたが、マイナスイオンと一緒でエネルギー実体を測定するものではありませんでした。現在のところ、マナは理論上でしか存在しないエネルギーです」

 エリカが再生を止めた。

「理解できた?」

 俺は曖昧に頷いた。いきなりこんな話しを聞かされても、頭が追いつかない。

「なんで、これを俺に?」

「いま聞いたでしょ? モンスターを確実に殺せるのは世界であんただけ。だからあんたにはダンジョンで大活躍してもらわないといけないの。知るべき事は知っておくのよ」

 エリカが俺の脚に、パンストが擦れる音が聞こえるほどふくらはぎを擦りつけ。

「ゲームで言えばレベルアップ、あんたにはガンガンスキルを強化して欲しいの、そのためならあたしは何だってやる。体差し出せって言うなら今すぐでもOKだよ」

「か……」

 心臓も息も一瞬止まった。でも、体の一部分だけは思い切り活性化した。


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