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第二章 第1話「捕らえよ! 謎の美女」

 空吹圭太がよく出入りする『西3丁目公園』のダンジョンは、南東の方向に5キロほど離れた高琳寺のダンジョン入り口と繋がっていると言われている。

 だがそれを確かめた人間はいない。入口は高琳寺墓地の中にあって、探検に来られることを嫌がったお寺が塞いでしまったからだ。だがベニヤ板で塞いだ程度なので、時々スライムが這い出してきて騒ぎになることがある。

 西3丁目公園と高琳寺の中間あたりに稲荷山古墳がある。こんもりとした小さな山で、近所の人ぐらいしか古墳だとは知らない。すぐ横に工務店があったのだが、今は倉庫だけが残っている。

 その、普段は閉まったままのシャッターが夜中近くにギリギリと音を立てて開いた。それを待っていたようにワンボックスカーがやって来て、狭い道路で慌ただしく何度か切り換えしてバックで倉庫の中に入って行く。

 再びシャッターが下りて、ようやく倉庫の中に照明が灯った。

「下りろ! 座席は畳んで、後ろは全部荷台にしておけ」

 助手席に乗っていた男が荷室のスライドドアを開けて、威圧的な声で中に声をかけた。仕方なくと言った様子で降りてきたのは若い男が4人、不安そうに倉庫の中を見回している。

「こいつを積み込め」

 助手席にいた男はそう言って、倉庫の隅にある大きなプレハブ物置の鍵を外して引き戸を開けた。中には色がまちまちなプラスチックのコンテナがびっしり積み上がっている。

 指図されるままコンテナを運び出しはじめると、カビ臭いような異臭が漂いだして4人とも咳きこんだ。余計な口をきくなと厳命されていたので、男たちは顔をしかめながら無言でコンテナを運んで車に積み込む。

 物置にあったコンテナが減ると、その奧にはトンネルの入口のようなものが見えた。そのトンネルからコンテナを抱えた薄汚れた男が出てきて、無言でそれを積み上げていく。

「これ……何だ?」

「さあ……」

 まともなことをやっているとは思えないが、4人の男も闇バイトに応募してここへ連れて来られたのだ。彼らもまともな社会人とは言えない。

「もしかしてこれ、『ダンジョンマッシュルーム』じゃねえの?」

「あの、空飛んでる気になるってヤツ? それじゃあの穴、ダンジョン?」

 助手席の男に聞こえないくらいの小声で会話が交わされている。トンネルから次々と運び出されるコンテナで、ワンボックスの荷台はほぼ一杯になった。

「あとはそいつの指示に従え」

 ワンボックスの後ろハッチを閉めて、助手席の男が言った。

「四人とも、一緒に来い」

 トンネルから出てきた、顔中がヒゲだらけの男が陰気くさい声で言った。男は空になった物置に入って、トンネルを指さした。

「ここを降りて、少し広くなったところで待て」

 若い男たちはたじろいだが、もうどうにもならなかった。スマホを預けさせられ、個人情報もすべて連中に握られているのだ。仕方なく足元が危なっかしい斜路を下って行くと、上の方でハイエースのエンジン音に続いて倉庫のシャッターが閉じる音が聞こえた。

「タツヤ。俺たち、なに……させられると思う?」

「さあ……」

 溝淵竜也と森本大輝の二人は友人関係だったが、あとの二人はワンボックスの中で初めて顔を合わせたのだ。まだ名前も知らない。

 所々に照明があり、足元はゴムの滑り止めシートまで敷かれているのでそれほど危険は感じなかった。

だが。

「ここで……待つのか?」

 そこは確かに縦横3~4メートルほどの平らな場所だった。だが隅に見えるのは不吉な縦坑の黒い口と、そこにかかっているハシゴだ。

「ここ……降りる、のかな?」

「やっぱり、これダンジョンだよ」

 恐る恐る穴から下を覗くと、どこまでも続くようなアルミのハシゴが心細い照明で点々と照らされている。底がどれほど深いのかわからない。

「一人ずつだ、ハシゴを2本降りたらここと同じようになっている。そこで一度休む。もし足滑らせて落ちたら、底は80メートル下だ」

 ハシゴにしがみつくような状態で何とか降りきった4人は、木枠やら金属棚がびっしり並べられた空間に降り立った。

「やっぱり……そうだよ」

 『空を飛べる』としてその筋では有名な毒キノコで、ダンジョンの中でしか栽培できないと言う。もちろん外では違法薬物扱いだ。

「うわ、やっべぇー」

「でも、空っぽじゃんか」

 誰かがぼそっとつぶやいた。確かに、薄暗い灯りで照らし出されている棚には何も乗っていないようだ。

「さっき運び出したのが最後だ」

 ヒゲの男が降りてきて言った。

「お前たちはここでしばらくの間、やって来る奴らを追い払う」

「誰を?」

「探検に来るいろんな奴らだ」

 ヒゲの男は棚に押し込んである物を指した。

「そいつを出せ」

 二人がかりで引っ張り出した物は、恐竜の着ぐるみだった。ほかにも腰ミノがついた緑色の全身タイツやゾンビみたいなゴムのお面。

「もしかして、これで脅かして追い払うんスか?」

「そうだ」

 4人とも、困惑の表情で顔を見合わせた。

「探検に来るバカを追い払うのはバイト代の内だが、ボーナスがつく仕事もある」

 ヒゲの男はスマホで写真を呼び出して、全員に見せた。

「この女の顔を覚えておけ、たぶん一週間かそこらでこの女はここに来るだろう」

 男はスマホをポケットに戻して、顔を歪ませた。ヒゲに隠れてよく見えないが、笑ったらしい。

「そいつが来たら、お前たちの好きにして良い」

 また4人とも顔を見合わせた。

「好きにって……なに、やっても。良いってことか?」

 興奮で少し震えた声。

「そうだ。殺さない限り、どんなことでもやっていい。ただし、証拠として一部始終を撮影しろ。それでその女は外を出歩けないようになる」

 男は棚にあった箱からスマホを4台取り出した。

「これはSIMカードが入っていないから通話はできん。だがWi-Fiには繋がるからそれなりの使い方はできる。こいつか、そこにあるビデオカメラで最初から最後まで撮影しろ。遠慮はいらん、好き放題やってそいつを撮れ。うまくやればボーナスが出る」

 4人に渡されたスマホの壁紙が『その女』だった。顔写真ではなく、街中で盗撮したのだろうかタイトスカートのスーツを着た姿はOLにも見える。爆乳と言うほどではないが、Eサイズは間違いない胸がシャツを思い切り押し上げている。

「女が恥ずかしくて外に出られないようにするのが目的だ。だから女の顔はしっかり写せ、お前たちは映ってもいいようにお面でもつけていろ」

「この女が、なんでここに?」

 大輝が聞いたが、ヒゲの男は首を振った。

「余計な詮索はするな、言われたことをやれ。成功すれば、お前たちはたんまり金を持ってここを出られる」

「悪い話しじゃねーな」

 誰かが言った。ほかの3人も、それを聞いて自信なさそうに頷いた。ほぼ『住所不定無職』な彼らには百年経っても無縁な美人を好きなようにできて、その上金まで貰えるのだ。

「いくら、貰えるんだ?」

「上の方でかなり抜くだろうが、それでもお前らの取り分は一人頭位千万以下ってことはない」

 見合わせた4人の目から、諦めと沈滞の色が消えていた。「やろうぜ、おい。やらなきゃ損だ」

 一人が言って、あとの3人が呻るような賛同の声を上げた。

「お前らのバイト代はもう振り込まれているはずだ。やるならそれに前金が入る」

 そのとき、棚の間を小さな人影が横切った。

「なんだ、あいつ?」

 4人が一斉に声を上げた。

「ゴブリンって呼んでる、元は人間だったがな。密入国してきた人間をここで働かせていたらああなった、もう言葉も話せん。お前らも半年くらいここに居続けるとああなるかも知らんぞ。嫌なら早いとこ成功させることだな」

 おかしな歩きかたで出て行く『それ』を、4人は言葉もなく見送った。

「御崎エリカ。女の名前だ」

 ヒゲの男が言って、全員がスマホの画面に視線を戻した。

「成功したら、スマホに入れてあるG mailで一箇所だけ登録してあるアドレスにOKとだけ書いて送れ。迎えに来てやる。寝場所と水と食い物は用意してある、ついてこい」

 竜也と大輝は、ヒゲの男について行く二人の後ろ姿を少しの間見ていた。

「迎えに来てくれると思うか?」

 大輝が言うと、竜也が小さく首を振った。

「迎えにじゃなく、送りに来るかもな……あの世に」

 しかし逃げ出す手段はほとんどなかった。二人は食料と寝床があるプレハブに向かってとぼとぼと歩きだした。

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