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5話「崩壊! 謎の新ルート」

 その次の日。俺が取り残したゴブリンガラスを回収しに西3丁目公園の入口に行くと、御崎さんがダンボのおっさんと話をしていた。

「おはよう、私のヒーロー君」

 御崎さんが派手な笑顔を俺に向けて手を振った。脚にぴったりしたジーンズ、ブルゾンの上にフィッシャーマンベスト。髪を後ろでまとめている。

「俺のどこがヒーローですか?」

「御崎さんに聞いたよ。ゴブリン吹っ飛ばしたそうじゃないか」

「連中腰引けてましたし、御崎さんがスラ……いっ!」

 御崎さんに背中をギュッとつねられた。余計なことは喋るなと言うのだろう。

「しかし奇遇だね、13層へのショーカットが出現したなんて」

「えっ?」

 おっさんに言われて、俺は体がすくんだ。『第13層』は、俺の親父が消息を絶ったらしい場所なのだ。

「国交省の人が持てったダンジョンスターを見たけど、あれは西半分にダイレクトだね。危険すぎるから、通行止めにしないと犠牲者が出る」

 そこへ3人のパーティーが入場手続きにやって来た。軽装備だから浅いところの探索か配信だろう。

「最近ゴースト出てますか?」

 パーティーの一人がおっさんに聞いていた。

 ゴースト。それはモンスターなのか人間なのか、それとも幽霊なのかぜんぜんわからない。時々ダンジョンの中をさまよう姿を目撃される半透明の少女。壁の中から現れるところを見たと言った人もいる。

 それが出るためにこのダンジョンは変に注目を集めることになっている。ダンジョン探検ではなく、心霊スポット探検の目的で入ってくるユーチューバーも少なくないのだ。

「先週の土曜日、16層に出たって言ってたよ。今週はまだ聞いてないねー。それより2層に入ってすぐのところに分岐ができて、いきなり13層の禁止エリアに行くらしいから、壁にハーケン打った方には入らない方がいいよ」

「うえっ? 13層のショートカット?」

 3人が顔を見合わせている。このパーティーの装備では10層だって危ないだろう。

「俺が先に行きますから、付いてきてください」

 俺は3人が危険ルートに入らないように案内することにして、カートを曳いて先頭でダンジョンに入った。御崎さんもついてきた。

「受付の人が奇遇だって言ってたわね。何のこと?」

「あの……杉村さんは、俺にダンジョンの歩き方教えてくれたんです」

「へぇ……それじゃお師匠さん?」

「まあ、そうですね。いろいろお世話になってるんで、それもあって俺はダンボの手伝いみたいなことになってるんです」

 危険な分岐で正規のルートをパーティーに伝えて、俺は13層へのショートカット入口の壁にもう一本ペグを打ち込んだ。

「あのひと。30年前に本格的にダンジョン探査やりはじめて、中で撮った動画をユーチューブにアップしたのもあの人が最初だそうです」

「ええっ? そんな凄い人だったんだ」

「でも……その後から。完全に遊びで入ったり、配信で稼ぐために知識もなしで入ったやつが何人も死んで……杉村さんたち責任感じてダンジョン探査やめちゃったんです。それで、パーティーのメンバーだった人たちでダンボ立ち上げて。ダンジョンスターの開発とかも手伝ったそうです」

「……知らなかった」

 左右のペグにプラスチックの鎖を張り渡して、ダンボに渡された『危険につき通行禁止』の札を提げておく。これでも入るやつはもう自己責任だ。

「親父が……ガラスの材料探しにダンジョンに入って、それっきりになったんで。探しに行こうとしたときに杉村さんがダンジョンのこと全部教えてくれて、16層ぐらいまで探すの手伝ってくれたんです」

「見つかったの? お父さん」

「いえ……まだ、手がかりも。でも、一緒に行った人がダンジョンスターに応答しなかったのが、13層だったんです。親父はダンジョンスター使わなかったんで、手がかりって言ったらそれだけなんです」

「そう……」

 13層へのショートカット。昨日の場所にあった撮影機材はなくなっていたが、ゴブリンガラスの破片がそのままだったのですぐにわかった。

「あ……崩れてる」

 でもそこから先は崩落して、洞窟は完全に塞がっていた。

「わざと崩したわね」

 それを見ながら、御崎さんが険しい表情で言った。

「昨日私たちはここを下りて、着いたところが13層の西半分だったの……13西、入ったことある?」

 御崎さんに聞かれて、俺はゴブリン砂を掃き集めていた手を止めた。

「杉村さんと二人で少しだけ入ってみたんですけど、ヤバいくらいモンスター出るんですぐ逃げました」

 かなり重装備の6人パーティーで挑戦してもダメだったらしい。『13西』は、機関銃を持って行かないと絶対無理だと言われている。

「そのときって……ガラスのスキル習得して?」

「いえ……まだでした」

 『スキル』は、何度もダンジョンに出入りするうちに身に付く。どんなスキルが付くのかは本人しだい、スキルがついても本人が気が付かないこともある。俺は、ハンマーでスライムを押しのけようとしたらガラスになったので気が付いた。

「御崎さんは、えーと……国土交通省は、何のためにダンジョンを調べてるんですか?」

「私は国交省の人間じゃないのよ。昨日はただ案内に駆り出されてただけ」

「ガイドとかじゃなく?」

「前は厚生労働省に勤めていたのよ。いまはフリーターみたいな状態だけど……ねえ、今のスキルでもって、13西に再チャレンジしてみる気はない?」

 御崎さんが腕を組んだまま俺に向き直って、ちょっと首を傾げながら言った。

「は?」

「あたしも13西には行く必要があるの。あんたと組めば制覇は無理でも、中に何があるのか見てくることはできそうな気がする」

「なんで……いきなり、あんたになったんですか?」

 御崎さんが目を細めて、これまで見なかった妖しい笑顔を浮かべた。

「ガラスのパンツに手を突っ込まれてむしり取られたときから『あたしとあんた』の関係よ、そう決めた」

「ちょっ……そんな。だって、あれ……」

 ゴブリン砂をクラフト袋に流しこんでいた俺は、あやうく砂をぶちまけるところだった。

「あんたもあたしを『お前』と呼んでいいわ。それで対等」

 こんな美人と対等に話せるのは魅力的だけど、何だかひどく危険な雰囲気だった。

「御崎さんは……」

「お前か、エリカと呼んで。対等の男と女なんだから」

 さっきよりもパワーアップした妖しい笑顔。大人の女の迫力で、俺は金縛りになりそうだった。

「エ、リカの……スキルって。なに?」

「そう。それでいのよぉ、ケイタ……あたしのスキルはねぇ……」

 御崎さん……じゃなくエリカは、足元にある岩のかけらを拾い上げた。右手の指先にそれを持って、サイドスローみたいに投げた。

『シュッ』

 エリカの腕がしなって、風を切った。

「パン!」

 爆発するような音を立てて、洞窟を塞いでいた岩のひとつが砕け散った。

「何てスキルなのか知らない。あたしはツブテって呼んでる。今のが頭に当たったら人でも死ぬよ」

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