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第一章 第3話「違法地下撮影会をぶち壊せ!」

「御崎エリカさん、だよね? 元マトリの……」

 男が聞いたが、エリカは男を睨みつけただけで答えなかった。体中にスライムがまとわりついて、エリカは壁にはり付けにされた状態だった。

「顔が割れた(知られた)もんでマトリをクビになったけど。まだダンジョンに出入りしてるってのは、感心できないねぇ」

 男の額についているLEDランプが眩しくて、エリカにはその顔が見えなかった。脚を壁から引き剥がそうとしてみたが、スライムの粘着力が強くてほんの少ししか動かせない。

「そいつは特別に飼育したスライムでね……いろいろ使い途がある。死体を処理させたりとかね」

 表情には出なかったはずだが、スライムに覆われたエリカの体に嫌な汗が浮いた。

「まあ、心配はしなくていい……殺すなって指示が出てる。あんたを殺したら、もっと面倒な連中が乗り込んでくるのは目に見えてるからな」

「……あたしを何だと思ってるのよ」

 ついエリカは口をきいてしまった。

「まあ、瀬踏みってやつだろうな。目立つあんたをダンジョンに入れて、動き回らせて反応を見る……違うか?」

「とんだ買いかぶりだわ」

 エリカは不機嫌そうに言った。

「ところで、いつまでこうやってたらいいの?」

「もうじき撮影の機材が来る。そしたらスライム剥がしておっ始める」

「撮影? 何を?」

「そうだなー。『特殊捜査官御崎エリカダンジョンに潜入してお漏らし20連発』とかどうだ?」

 エリカは一瞬ぽかんと目を見開き、それから顔を真っ赤にさせた。

「ちょっと! やめてよ! 何なのよ、それは!」

「わかりやすいタイトルでいいだろ?」

「そうじゃなくて! 何でそんな恥ずかしいビデオの撮影になるのよ!」

「さっきも言っただろ? あんたを殺すとかえって面倒なことになるんだよ。だったら激恥ずかしいビデオを拡散させて、世の中に顔出しできなくさせるってのが次善の策なんだ。心が折れてくれたらなおさらよし、報奨金も出るしね」

「その報奨金、どこが出してるのよ?」

「そいつは言えないね」

 殺されるよりもっとむごたらしい目に遭わされると知ったエリカは、必死で考えを巡らせた。だが何も思いつかない。

 そのうちに男の手下らしい数人がやってきて三脚を立てて眩しいライトを点し、ビデオカメラをセットし始めた。そしてエリカの前に、見るのも嫌なおぞましい器具が並べられた。

「舌かみ切って、死ぬ……」

 エリカが低い声で言うと男が微かに笑いながら言った。

「そしたら、あんたはダンジョンで迷った挙句ゴブリンの餌食になったってことで終わる。連中は、あんたが生きていようが死んでいようがおかまいなしでいろいろ楽しむだろうよ」

 普通に死ぬよりお漏らしさせられるよりも、さらに惨たらしい目に遭うらしい。

「おお……エリカちゃんよぉ。うちのスライムがだいぶあんたの服を消化しているぞ」

 エリカは自分の体を見下ろしたが、ぬらぬらしたスライムがライトを反射させるのでどうなっているのかよくわからない。

「くそ……」

 エリカは悪態をつく以外何もできない。だがそのとき、エリカの耳に何か物音が聞こえた。


 ロールに巻いてあるミズイトの残りが少なくなり、それを持つ手もだるくなってきた。

「糸なくなったら、帰るか……」

 いるのかどうかも……いや、いることは間違いなのだけど。どこにいるのかわからない要救護者を探すのに俺が体を張る理由なんかない。

「あと……50かな?」

 歩き出してしばらくすると、奥のほうから何かの気配が伝わってきた。女性が叫んで、誰かを罵っている。

「いやだなぁ……」

 俺はため息と一緒に小声を吐き出した。何が起こっているのかわからないが、御崎って女の人がトラブルに巻き込まれているらしい。

 モンスターならぶっ叩いてガラスにしてしまえばいいのだが、人間じゃそうも行かない。俺はライトを消して、カートをそこに残して物音をたてないようにそろそろ進んだ。洞窟の奥に光が見えて、人の姿が小さく見えた。壁に向かって何か話しかけている。

 そこでしばらく観察して、壁にはり付いたスライムの中に人が閉じ込められているらしいことがわかった。何を話しているのか聞き取れないが、たぶん嫌なことだろう。閉じ込められているのが御崎さんだとして、どうやって助けたらいいのか。

 俺は静かにカートのところまで戻って、救助の手段を考えてみた。何も思いつかなかったので、わざと音を立てながらカートを曳いて歩き出した。出たとこ勝負だ。

 さっきの光が見えるところまで来ると、人間が増えて明かりも強くなっていた。

「あれ……」

 こうなるとは思わなかった、ちょっと後悔したけどもう遅い。何人かが音に気が付いてこっちを見ている。

「あのー、すいませーん。そこに、御崎さんって女の人いませんかー?」

 『誰だ』と訊かれる前にこっちから声をかけてやった。どうせ訊かれるだろうけど。

「なんだ、おめーは?」

 当然だけど、やっぱり訊かれた。

「何って……」

 俺は休学中の高校生だ。肩書なんてない。

「掃除屋……かな?」

 『ガラス屋』よりはこの場にふさわしいかもしれない。俺はそう思って答えた。連中がどんな答えを期待していたのか知らないけど、期待には沿わなかったと思う。何だか困ったように顔を見合わせている。

「帰んな、掃除はまだ必要ない」

 ヘッドランプをつけている一人が言った。最初に見た、壁に向かって話していたヤツだ。

「御崎ってひと探してます。そこ、通してください」

 言われて帰るわけには行かないので、俺はカートを曳いたままズカズカ歩いて行った。

「おいこら! 来るんじゃねぇ!」

 ポールが何本も立てられて、大きなライトで壁を照らしている。ポータブル電源まで用意してあるから本当の動画撮影を妨害してしまったのかも知れない。でもそれにしてはスタッフの柄が悪すぎた。

 女の人。スライムで壁にべったり、はり付けみたいになっている。

「えーと。御崎……さん、ですか?」

 スライムを着ているような女の人は、ひきつったような顔で頷いた。こんな面倒なことになるとわかっていたら国交省の3人と一緒に出ていればよかった。激しく後悔したけどもう遅すぎた。この様子じゃ、こいつら絶対に御崎さんを解放しないだろう。

「あの……なに、やってるんですか?」

 自分でも間抜けな質問だと思った。でもこんな質問しか思いつかない。

「勝手に話しかけるんじゃねぇ! 撮影の邪魔だ! どっか行きやがれ!」

「こいつら、勝手にあたしでAV撮ろうとしてるのよ! 君、人呼んできて!」

 御崎さんが現実的な解決方法を提案してくれたけど、こいつらが黙っているはずがない。

「てめーは動くな! 撮影が終わるまでここにいろ!」

 俺はかなりムカッとした。この状態で、脅されて黙って見ているなんて屈辱だ。

「だが断る」

 言ってしまってから、あまりふさわしくない答えかただと気が付いた。『百万やるから見なかったことにしてくれ』だったら格好良かったのだが。

「そのひとを連れて帰る」

 『だが断る』と言ってしまった照れ隠しだったけど。とんでもないことを言ってしまったと、また後悔した。これじゃケンカ売ったようなものだ。

「何だとぉ?」

 やっぱり怒った。もう引っ込みがつかない。

「邪魔だ、どけ」

 言葉の威勢だけはいいけど、俺は内心ものすごくビビりながらカートから鉱石破砕に使う長柄の大ハンマーを引っ張り出した。柄が1メートル半あってヘッドが2キロなので、なかなかの凶器だ。男たちがみんな一歩引いた。

「おい、ゴン助ども! こいつ、やっちまえ! 構うことねえ、ぶっ殺せ!」

 一人が声をかけると、奥の暗がりから変な人影が湧いて出てきた。子供サイズなのにやけに横幅が広い。俺は遠くから見たことしかなかったけど、たぶんゴブリンって奴だろう。でも、人をハンマーで殴るのは嫌だけどモンスターなら遠慮はいらなかった。

「おらあ!」

 俺は気合を込めて大ハンマーを横なぎに振った。飛びかかってきたゴブリンをまとめて3匹吹っ飛ばして、洞窟の壁に叩きつけた。自分でもびっくりするくらいの威力だった。立ち上がろうともがいているゴブリンがその姿のままガラス化する。男たちが変な悲鳴を上げた。

「おい! お前、魔法使いかよ!」

 俺はその声は無視して、大ハンマーでガラスゴブリンを粉々に叩き割った。

「掃除屋はなりゆきで、本業はガラス屋だ」

 そう言ってハンマーを肩に担いで振り返ると、男たちがじりじり後ろに下がっていく。

「おらぁあ!」

 ハッタリでハンマーを岩に叩きつけた。火花が散って岩の波面が飛んで、男たちが背中を向けて逃げて行く。

「はあ……」

 俺は打ち下ろしたハンマーによりかかって大きなため息をついた。

「あー。怖かった」

「あんなもの凄いことやったのに?」

 スライムを着てはり付けになっている御崎さんが言った。何とか彼女を助けることには成功した。まだ半分だけだけど。

「あの……」

 小さいほうのハンマーに持ち替えて、俺は御崎さんの姿を見て固まった。

「御崎さん、服……溶けちゃってます」

「さっき、あいつもそう言ってたわね。どうなってる?」

「何て言うか……上着とかジーンズとかみんな溶けて、下着出ちゃってます」

 御崎さんが、何とも言えない顔になった。

「それで……君はこの状態を何とかしてくれるの?」

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